ロックベーシスト 西本圭介

ロックベーシスト 西本圭介

テクニカルベーシストとしてベース・マガジンでも紹介 / ディープ・パープルのグレン・ヒューズ達と共にヨーロッパ11カ国を周り、また巨匠ビリー・シーンと共にKoRnのドラマー[レイ・ルジアー]のリズム隊として登場。


うちの奥さんがやっている広島のたこ焼き屋さんです!


 



ベースレッスンは難しい契約など無しで即日スタートできます。


ここをクリックしてホームページをご確認ください。

 

低予算で音楽とナビを復活

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購入希望者との良い出会いがあるまでは、このワーゲンバスを私自身がレジャー用として楽しみながら維持していこうと思っています。

長期間動かさず、不動車になってから手放すのは心苦しいものです。

 

定期的に走らせ、気になる部分には少しずつ手を入れ、調子の良い状態で次のオーナーとの出会いを待つ。

それが、このバスにとっても一番よい形だと考えています。

 

今回は、長年空いたままになっていたダッシュボードの1DINスペースへ、中古のCDデッキ「KENWOOD U373」を取り付けました

さらに、中古で購入したiPad mini(第5世代)を組み合わせ、音楽プレーヤー兼簡易ナビとして使える環境を整えていきます。

音楽のないワーゲンバスは、少し寂しい

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先日、久しぶりにワーゲンバスで走ってみて、少し寂しく感じたことがありました。

それは、車内で音楽を聴けないことです。
 

このバスを購入した当時は、日本製の1DIN CDデッキが付いていました。
しかし、いつの頃か故障したようで、聖子(きよこ)はデッキを取り外し、空いた場所へ中華製のミラー型前後ドライブレコーダーを工夫して取り付けていました。

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後方カメラの映像を表示し、バックカメラとしても使っていたようです。
 

ところが、そのドライブレコーダーもすでに故障しており、後方の映像はまったく表示されません。
 

故障した機器を付けたまま次の方へお渡しするわけにもいかないため、ドラレコは取り外して処分しました。

残ったのは、ダッシュボードにぽっかりと空いた1DINの穴でした。

新品ではなく、このバスに似合う中古デッキを探す

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せっかくなら、もう一度CDデッキを取り付けて、音楽を聴けるワーゲンバスに戻したい。
 

とはいえ、最新の新品オーディオへ大きな金額をかけることが、この1971年式のバスに本当に似合うのかという迷いもありました。

そこで、中古カー用品店のアップガレージへ行って探してみることにしました。
 

すると、KENWOOD U373の訳あり中古品を3,500円で発見。

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以前付いていたデッキもケンウッド製だったため、車両側には当時のカプラーと配線がそのまま残っています。
 

配線には、

  • BATT

  • ACC

  • ILLUMI

  • ANT CONT

  • P.CONT

  • LINE MUTE

などの表示が付いており、スピーカー用の配線も残っていました。

「同じ頃のケンウッドなら、このカプラーをそのまま差せるのでは?」

そう考えて購入してみました。

 

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2011年発売の1DIN CD・USBレシーバー「KENWOOD U373」

KENWOOD U373は、2011年に発売された1DINカーオーディオです。

最新機種ではありませんが、CD、AM/FMラジオに加えて、前面にUSB端子と3.5mmステレオミニジャックのAUX入力を備えています。
 

CD-RやCD-RWに記録したMP3・WMA・AACにも対応し、最大出力は50W×4です。
 

Bluetoothは搭載されていませんが、古いワーゲンバスで音楽を楽しむには十分な機能があります。
 

フロントUSB端子から音楽を再生したり、AUXケーブルでiPad miniなどを接続したりできるところも、現在の使い方に合っています。

カプラーを差すだけで、CD・AUX・ラジオが復活

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早速、ワーゲンバスへ取り付けてみました。

結果は予想どおり。残っていたケンウッドのカプラーをU373へ差し込むだけで、問題なく電源が入りました。


AUX端子へミニピンケーブルでiPad miniを接続してみると、音楽も問題なく再生できました。
 

現在はフロントの2スピーカーだけですが、想像していた以上に迫力のある音が出ます。
 

空冷エンジンの音を楽しむのもワーゲンバスの魅力ですが、ときには好きな音楽を流しながら、のんびり走るのもよいものです。
 

今後、後部座席側にも2つのスピーカーを追加すれば、車内全体でさらに気持ちよく音楽を楽しめそうです。

取り付けは、この車らしい実用重視の仕上げ

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今回は、デッキ本体に専用の取り付けマウントが付属していませんでした。
 

内部へ複雑なステーを製作することも考えましたが、差し込んだ状態でも意外にしっかり収まりました。そのため、今回はデッキを簡易的に固定し、周囲の隙間もエアコン用隙間埋め粘土で埋めて仕上げています。
 

新品のカーオーディオを専門店で取り付けたような、完璧な外観ではありません。
今後、必要に応じてマウントを製作し、取り付け方法を変更できる余地も残しています。
 

それでも、空いていた穴が埋まり、CD・USB・AUX・ラジオが使えるようになったことで、レジャーカーとしての快適性は大きく向上しました。

1971年式の車ですから、私はこうした少し手作り感のある実用的な仕上げも、このバスらしさの一つだと思っています。

iPad miniは、あえて第5世代の中古を選んだ

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簡易ナビとして使用する端末には、中古のiPad mini(第5世代)を選びました。


私は普段からiPad Proも所有しています。
しかし、ワーゲンバスのダッシュボード周辺で使うには、iPad Proは少し大きすぎます。
 

一方、スマートフォンではナビ画面が小さく、地図の確認が少し窮屈です。

大きすぎず、小さすぎない。


ワーゲンバスでナビや音楽プレーヤーとして使うには、iPad miniのサイズがちょうどよいと考えました。

最新モデルにこだわらず、今回はあえて第5世代を安価に購入しています。

セルラーモデルとイヤホン端子を選んだ理由

今回購入したのは、iPad mini 第5世代はWi-Fiモデルではなくセルラーモデルです。

セルラーモデルなら、モバイル通信を利用できるだけでなく、位置情報を利用したナビゲーション端末としても使いやすくなります。
私はは楽天モバイルのsimをいれて運用しています。
 

そして、第5世代を選んだ大きな理由が、3.5mmのイヤホン端子を備えていることです。
 

U373にはフロントAUX端子があるため、一般的な3.5mmステレオミニケーブルを1本接続するだけで、iPad miniの音声を車両のスピーカーから流せます。
 

iPadの音声をラジオ周波数へ繋ぐ接続機器を別途、買い足す必要ありません。

私はベースレッスンでも、イヤホン端子を備えた旧世代のiPadをあえて使い続けています。
 

音楽機材やカーオーディオへ有線で確実に接続したい場面では、イヤホン端子が今でも非常に便利だからです。
 

新しいものが、必ずしも自分の用途に一番合っているとは限りません。
 

今回のワーゲンバスでも、古いKENWOOD U373とiPad mini(第5世代)の組み合わせが、価格と使い勝手の両面でちょうどよい選択になりました。

[追記]
このモデルのUSB接続にライトニング端子のUSB線で接続したら、なんと充電しながらデッキに接続できました。
ヘッドフォン端子は結果的に使わなくても音が出ました。
しかもUSBで充電を別途しなくても良くなったので一石二鳥でした。
古いモデルですが、USBライトニング端子一本で繋いで、デッキの送りボタンで曲を次に飛ばしたり、YouTubeで次の動画へ進めたりと便利になりました。

音楽プレーヤーと簡易ナビをiPad mini一台に集約

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このiPad miniは、簡易ナビゲーションとして使う予定です。

ナビゲーションを利用しながら、Apple Musicなどの音楽をU373のAUX入力経由で再生できます。

YouTubeも、停車中の視聴や走行中の音声コンテンツ再生に利用できます。

ナビの案内音声も音楽も、フロントスピーカーから聞くことができます。

これ一台で、

  • 地図とナビゲーション

  • Apple Musicなどの音楽再生

  • YouTubeなどの音声コンテンツ

  • 目的地や周辺施設の検索

  • 旅先での情報確認

といった用途をまとめてこなせます。

CarPlay対応オーディオを買わなかった理由

当初は、Apple CarPlayに対応したディスプレイオーディオの購入も考えました。
 

しかし、対応機種は中古でもそれなりに高価です。
機種によってはケーブル接続や設定も必要になり、1971年式のワーゲンバスへ取り付けるには少し大げさに感じました。
 

このバスに必要だったのは、最新の大型ディスプレイではありません。

音楽が聴けて、現在地と目的地を確認でき、旅先で必要な情報を調べられることです。

そこで、

  • 3,500円の中古KENWOOD U373

  • 中古のiPad mini(第5世代・セルラーモデル)

  • 3.5mm AUXケーブル

  • iPad mini用マウント

というシンプルな組み合わせで、希望していた環境を実現することにしました。

高価な最新機器を取り付けなくても、用途を明確にすれば、中古品の組み合わせで十分に快適な環境を作れます。

この少し工夫しながら仕上げていく感じも、古いワーゲンバスを所有する楽しさの一つです。

次はドライブレコーダー

今後は、故障した古いミラー型ドラレコは処分したため、新しい前後ドライブレコーダーも取り付ける予定です。
 

iPad miniはナビと音楽、ドライブレコーダーは走行記録と後方確認というように、役割を分けて使います。

調子の良い状態で、次のオーナーとの出会いを待っています

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このワーゲンバスは、ただ置いたまま購入希望者を待っている車両ではありません。


私自身が走らせながら状態を確認し、必要な部分を少しずつ整えています。
今回のオーディオ取り付けとiPad miniの導入も、その一つです。


今後は、

  • 新しい前後ドライブレコーダーの取り付け

  • 後部スピーカーの追加

  • 内装をキャンパー仕様へ戻す作業

  • 外装の錆処理

  • 日常的な走行と機関の状態確認

などを進める予定です。
 

50年以上前の車ですから、現代の車と同じ快適性や故障の少なさを求める車両ではありません。
 

しかし、空冷エンジンの音、ゆったりとした運転感覚、特徴的なスタイル、キャンパーとしての楽しさ、そして自分で工夫しながら仕上げていく面白さは、今の車ではなかなか味わえません。
 

古いワーゲンバスの性格を理解し、この車を大切に引き継いでくださる方との出会いを待っています。
ただしiPad mini は付属しませんm(_ _)m
 

現車を見てみたい方、車両の状態や価格について詳しく知りたい方は、以下のメールからお気軽にご連絡ください。

webmaster@rootwest.com
 

購入を急かすことはありません。
実際に車両をご覧いただき、古い車であることも含めて、十分にご検討いただければと思います。
 

よいご縁があるまでは、私が音楽を聴きながら、このワーゲンバスとの時間を楽しみます。

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聖子(きよこ)を見送った私が、新しいベースレッスン室をつくるまで

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この部屋は、もともと長男が使っていた部屋でした。

その後、聖子(きよこ)が営んでいた「3丁目のたこボール」の資材置き場となり、仕事に必要な道具や備品が保管されていました。
 

人が長時間過ごすことを前提にした部屋ではなく、エアコンもありませんでした。
長男が過ごしていた時代はまだまだエアコンがなくてもなんとかなっていた時代ですが、昨今は無理でしょう。

当然、ここをベースのレッスン室として使うという発想も、当時の私にはありませんでした。
 

しかし、聖子が亡くなり、相続の手続きや遺品の整理、事業に関係するさまざまな片づけを進めるなかで、家の中に残された空間と、これからの自分の生活について考える時間が増えていきました。
 

何を残し、何を整理し、これからどこで、どのように暮らしていくのか。
 

それは単なる片づけではありませんでした。

聖子が生きていた時間と向き合いながら、残された私が、これからの人生をどう歩いていくのかを考える作業でもありました。

ガレージの片隅から始まったレッスン

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これまでベースレッスンは、主にガレージの一角で行ってきました。


ガレージには一般的な壁掛けエアコンがなく、ウインドエアコンを使いながら、どうにか室温を調整していました。
 

特に真夏は大変でした。

生徒さんが来られる約1時間半前にエアコンを入れることが、毎回のレッスン前に欠かせない私の仕事でした。
 

ウインドエアコンを動かし、複数の送風機を使って冷気を循環させ、レッスンが始まる頃までに、なんとか過ごせる室温へ近づける。いわば、夏のレッスン前の「儀式」です。
 

それでも、猛暑の日には十分に涼しいとは言えませんでした。
 

冬は冬で、大型ストーブを使ってガレージ全体を暖めていました。楽器を演奏するには手が冷えない温度が必要ですから、レッスン開始前からストーブをつけ、少しでも快適な環境をつくろうとしていました。
 

これまで通ってくださった生徒さんには、ずいぶん不便をかけてしまったと思います。
 

暑い日も寒い日も、決して十分とは言えない環境のなかで、ガレージの片隅までベースを習いに来てくださいました。

あらためて、これまでレッスンを受けてくださった皆さんに感謝しています。

本当にありがとうございました。

エアコンの入れ替えが、最初のきっかけになった

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今回、この部屋をレッスン室へ変えようと思った直接のきっかけは、エアコンでした。
 

私の寝室で使っていたエアコンも古くなり、この夏は設定温度を22度まで下げても、夜に寝苦しさを感じるほどでした。

修理の見積もりも検討しましたが、費用を考えると、修理するより新しいものへ買い替えた方がよいという結論になりました。
 

そこで寝室のエアコンを入れ替えるのと同時に、これまでエアコンがなかったこの部屋にも、新しく設置することにしました。

エアコンが入るなら、ここをレッスン室として使えるのではないか。
 

そう考えたところから、部屋のリニューアルが動き始めました。
 

単に机と楽器を置くだけではなく、ベースを演奏し、音を聴き、生徒さんと会話をしながら、音楽に集中できる場所にしたい。
 

壁にはベースを安全に掛けられるようにし、ケーブルや周辺機器も整理する。

少しずつですが、この部屋は「物を保管する場所」から「音楽をつくり、伝える場所」へと変わっていきました。

聖子の机を、これからも使い続ける

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新しいレッスン室には、聖子が使っていた赤い天板の机を置くことにしました。
 

新しいデスクを購入すれば、部屋全体を簡単に統一できたかもしれません。
しかし、私はこの机を使いたいと思いました。
 

聖子が仕事で使っていたものを、ただ遺品として保管するのではなく、これからの私の仕事のなかで役立てたい。

赤い机の上には、MacBook Proと拡張ディスプレイなどの機器を置きました。
 

隣には、聖子が使っていたオレンジ色の作業台を配置し、プリンターを置いています。


以前とは用途が変わっても、この机や作業台は再び仕事の道具として使われます。

聖子が使っていたものが、今度は私のベースレッスンや音楽制作を支えてくれる。

それは、物を残すだけではない、新しい受け継ぎ方なのかもしれません。

遺品整理でも、事業のクローズでもなく

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聖子が亡くなってから、私は多くの手続きをしてきました。
 

相続、遺品の整理、仕事に関係する物の確認、家の片づけ。

外から見れば、この部屋を整理することも、その一連の作業の一つに見えるかもしれません。
 

けれど、私にとって今回のリニューアルは、遺品整理でも、「3丁目のたこボール」という事業を閉じるための作業でもありません。

もちろん、聖子が残したものと向き合う過程ではあります。
 

しかし、それだけではありません。

これは、私自身の生活をもう一度動かし始めるための、最初の一歩でした。
 

大切な人を失ったあと、以前とまったく同じ生活へ戻ることはできません。

だからといって、すべてを忘れ、新しいものだけに置き換える必要もありません。
 

残されたもののなかから、これからも大切にしたいものを選び、形や役割を変えながら、次の時間へつないでいく。

このレッスン室づくりは、私にとって、そんな作業だったように思います。

ROOTWEST STUDIO、新しいレッスン室へ

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新しいレッスン室には、エアコンが入りました。
 

明日からは、真夏でもレッスン開始の1時間半前からガレージを冷やす必要はありません。
真冬に大型ストーブで部屋全体を暖め続ける必要もありません。
 

季節を問わず、快適な室温のなかで、音楽に集中していただけます。

ベースの音、指の動き、リズムのわずかな違い、生徒さんとの会話。

これまで以上に、一つひとつの音と丁寧に向き合える環境になりました。
 

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壁にはポスターや聖子の遺品を飾り、棚とLED照明を設置しました。
 

楽器や機材を並べるだけではなく、この場所へ来たときに少し気持ちが上がり、「今日は音楽をやるんだ」と感じてもらえる空間を目指しました。
 

決して広大なスタジオではありません。

けれど、生徒さんと一緒に音を出し、考え、試し、成長していくための場所として、大切に育てていきたいと思っています。

この部屋から、もう一度始める

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長男の部屋だった場所。

聖子の「3丁目のたこボール」の資材置き場だった場所。
 

そして今度は、ROOTWEST STUDIOのベースレッスン室になります。

この部屋には、家族が過ごした時間も、聖子が働いた記憶も残っています。
 

それらを消して別の部屋にしたのではありません。

すべてを抱えたまま、新しい役割を与えました。
 

聖子が残してくれたものを使いながら、私はここで、自分の仕事と生活をもう一度つくっていきます。

このレッスン室のリニューアルは、完成ではありません。
 

私がこれから歩いていくための、始まりです。
 

これまでガレージへ通ってくださった生徒の皆さん、本当にありがとうございました。

そして、これからROOTWEST STUDIOで出会う皆さん。

新しいレッスン室で、一緒に音楽を楽しめることを心からお待ちしています。

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妻・聖(きよこ)が2026/6/15に亡くなってから、私は彼女が残したものを少しずつ整理している。


たこ焼き店「3丁目のたこボール」。

商標。

ワーゲンバス。

営業用品。

そして、何台かのバイク。

 

どれも私にとっては、単なる中古品ではない。


そこには聖子が働いていた時間があり、笑っていた時間があり、私たち家族の生活がある。

だから私は当初、

「できることなら、大切にしてくれる人に引き継いでもらいたい」

と思っていた。


今もその気持ちは変わっていない。


ただし、この数か月で一つだけ大きく変わったことがある。

私はもう、

“熱い言葉”だけでは人を信用しなくなった。

 

なぜなら、人の言葉というものは、驚くほど熱くなる。

ところがそこに、


「では、いくらで買いますか」

「いつ契約しますか
「どうやって維持しますか」


という現実が入った瞬間、急に温度が下がることがあるからだ。
 

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聖子が長年続けてきた「3丁目のたこボール」。現在、商標やワーゲンバス、営業用品などを少しずつ整理している。

 


「いつか、たこ焼き屋をやりたい」

妻が亡くなって間もない頃。

SNSのMessengerに、知らない人から突然メッセージが届いた。

 

聖子のたこ焼きを何度か食べたことがあるという。

その人自身も過去に家族を亡くした経験があるといい、私のことを気遣う文章が丁寧に書かれていた。

そして、自分は将来たこ焼きの移動販売をやってみたいという夢がある。

もし、いつか聖子のキッチンカーを手放すことがあれば、その時に話を聞かせてほしい。

 

そんな内容だった。

非常に熱のこもった文章だった。

私はその時、このメッセージには返信しなかった。

妻が亡くなった直後でもあり、まだそんな話を具体的に進められる精神状態ではなかったからだ。

 

それでも、「聖子の店を覚えてくれている人がいるんだな」

とは思った。

 


そして、本当に募集を始めた

その後、私は「3丁目のたこボール」の事業承継先を正式に募集することにした。

ワーゲンバスだけではない。

 

商標も含めて、聖子が作ったブランドそのものをどう未来へ残すか。

そこまで考えた募集だった。

 

しかし、あれほど熱いMessengerを送ってきた人から、正式な応募が届くことはなかった。

もちろん、それを責めるつもりはない。

 

こちらは最初のメッセージに返信していないのだから、相手としても「脈がない」と考えた可能性はある。

気持ちが変わったのかもしれない。

 

家庭の事情もあるだろう。

だから、この人について理由は分からない。

 

ただ、私の中には一つ、小さな疑問が残った。

 

あの時のあれほど長く熱い文章は、一体どこまで“現実の商売”を想定して書かれたものだったのだろう。

 


今度は、正式な応募者が現れた

事業承継募集には、具体的な応募もあった。

 

ある応募者は、かなり詳細な計画を書いてきた。

 

家族にたこ焼き店の経験がある。

飲食業を始める準備もしている。

本人は旧車の整備を仕事としている。

 

若い頃には同型のワーゲンバスを使った移動販売経験まである。

そして、広島だけではなく、中国・関西一円へ出店を広げたい。

所有する同型車を使い、県外で「のれん分け」のような形でも営業できないか。

 

応募書類だけを見れば、

「これはかなり具体的な人が来たな」

と思った。

私も興味を持った。

 

そこで、かなり丁寧に返信した。

県外で展開すること自体は問題ない。

ブランドを大切に育ててもらえるなら嬉しい。

こちらも前向きに検討する。

ただし、一つだけ具体的に教えてほしい。

「いくらで承継したいと考えていますか」

と。

 

応募欄には、「希望金額を銀行から融資してもらう予定」

とは書かれていた。

 

しかし肝心の、

希望金額そのものが書かれていなかった。

もともと金額のオファーは応募条件だったし、当然、事業承継なのだから聞く。

 

私は金額だけで決めるつもりもない、とも書いた。

聖子の店に対する思い。

今後のコンセプト。

ブランドをどう残すのか。

 

そうしたものも含めて考えたいと伝えた。

それでも、まずは具体的なオファーが必要だ。

商売なのだから。

 

ところが、その後、返事は確認できなかった(苦笑)

 


「想い」は書ける。でも、値段は書けない?

ここで私は、かなり辛口な疑問を持った。
 

ひょっとして、“聖子の想いを継ぎたい”“大切にします”と熱く書けば、タダか、それに近いような法外に安い金額で譲ってもらえるとでも思っていたのだろうか。


もちろん、本当のところは分からない。

これは私の推測にすぎない。

融資の事情が変わったのかもしれない。

家庭で話がまとまらなかったのかもしれない。

単に連絡を忘れただけかもしれない。

理由は確認できない。
 

ただ、事実として、

夢や事業計画については非常に具体的だった人が、

「では、あなたはいくら出しますか」

という最も現実的な質問をしたところで、会話が止まった。
 

そこには、どうしても引っかかるものがある。


言葉は立派だった。

構想も立派だった。

銀行融資という話まで出ていた。

なのに最後の一歩、
 

自分の財布から、いくら出す覚悟があるのか。

そこが出てこない。


俗な言い方をすれば、

「いざ値段の話になったら芋を引いたのかな」

と感じてしまったのも正直なところだ。


どちらにしても大人なのだから、既読無視は辞めてほしい。
疲れる。

 

 

募集したのは単なる中古車ではなく、商標を含む事業承継。
だから最終的には「想い」だけではなく、条件と金額の話になる。
 


遺品だから安く譲る、という話ではない

ここは誤解されたくないので、はっきり書いておこうと思う。
 

聖子が亡くなったからといって、

私は彼女が残したものを投げ売りするつもりはない。
 

むしろ逆だ。

聖子が15年以上かけて育てた店だからこそ、価値を雑に扱いたくない。

「大切にします」

「想いを継ぎます」
 

という言葉をもらったからといって、

それだけで数十万円、数百万円の価値が消えるわけではない。

ワーゲンバスにはワーゲンバスの市場価値がある。
 

商標には商標の価値がある。

営業用品にも価値がある。
 

そして、ブランドには15年以上積み上げた時間がある。

それを、

「亡くなった奥さんの思いを引き継ぎます」
 

という美しい文章と引き換えに、タダ同然で手放す理由はない。

本当に欲しいのなら、

思いと一緒に、条件も提示してほしい。

それだけだ。


そして、バイクでも似たようなことが起きた

今度は、聖子が残した一台のバイクだった。

ある男性が事前に長文で思いを伝えてきた上で現車を見に来た。

 

とても気に入った様子だった。

話も盛り上がった。


そしてその場で、

「今日、お金を置いて帰りましょうか」

というほどの勢いを見せた。
 

実際にまとまった現金まで持っていた。

私は直感的にその場で現金を受け取ることを断った。

 

古いバイクである。

今は調子が良くても、これからノーメンテナンスで乗れる車両ではない。

一度帰って、冷静に考えてほしかった。

そして何より、これは聖子の遺品だ。

勢いだけで決めてもらう必要はない。
 


 

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聖子が残したバイクの一台。古い車両だからこそ、価格だけでなく「誰に渡すか」も大切にしている。
 


現金を出した人が、一週間沈黙した

ところが、その後こちらから購入意思を確認しても、返事が来なくなった。
 

既読にはなる。

でも返事はない。

1日。

3日。

そして、ほぼ1週間。
 

私は思った。

あの日の札束は、何だったのだろう...
 

その場で現金を置いて帰ろうとするほど欲しかったものが、

家に帰った途端、一週間返事すらできなくなる。
 

その落差は、さすがに気になる。

 

買わないなら、

「今回はやめます」

でいい。

それだけなら何も思わない。
 


一週間後に届いた、長い回答

ようやく返事が来た。

結論は、

「一旦見送ります」

だった。

そこまではいい。
 

しかし理由は、かなり複雑だった。


要約すると、

自分は本当にバイクが欲しいのか。

それとも私たちに喜んでもらいたいだけなのか。

自分のエゴで私たち家族に関わっているのではないか。

その気持ちが整理できなかったという。


そして、

「最初に連絡する以前の状態に戻してください」

という。
 

私はそれを読んで、ある意味では納得した。
 

本人自身も、

バイクを買うという話に、私や聖子や家族に対する感情を混ぜすぎてしまった

ことに気づいたのだろう。
 

悪意があったとは思わない。

自分で一度ブレーキを踏んだこと自体は、むしろ正しかったと思う。

 

ただし、

売る側としては、かなり疲れる。
 


私が欲しいのは「共感」ではなく、普通の買い手なのかもしれない

この数か月、遺品を整理していて分かった。


私はどうやら、

「聖子さんの思いを受け継ぎます!」

と涙ながらに語ってくれる人より、

「このバイク、格好いいですね。15万円なら買います」

と言って、

約束した日に15万円を持ってきて、

名義変更をきちんとして、

その後普通に乗ってくれる人の方が安心する。
 

ワーゲンバスでも同じだ。

「奥様の魂を受け継いで……」

と長文を書かれるより、


「状態を確認しました。私はこの金額で買いたいです」

と具体的な数字を出してくれる方が、よほど話が早い。

冷たいだろうか。
 

私はそうは思わない。

むしろ、それこそが誠実な取引だと思う。

 


営業資材を整理しながら、少しずつ「店の車」から次の時間へ向かう車へ変わっていく。

 

 


善意はありがたい。でも、善意では名義変更できない

人の悲しみに触れた時、

「何かしてあげたい」

と思う気持ちは分かる。

善意なのだと思う。
 

ただし、

善意では車検は通らない。

善意では修理代は払えない。

善意では銀行融資も下りない。

善意では商標の譲渡契約も成立しない。
 

そして、

善意だけでは、遺品を引き継ぐ責任は果たせない。

 

最後に必要なのは、

お金。

約束。

手続き。

維持。

そして行動だ。
 

地味だが、それが現実である。
 


「熱意」だけなら、誰でも書ける

今回のことで、私は人を見る基準が少し変わった。

「絶対に大切にします」

「奥様の思いを引き継ぎます」

「以前からファンでした」

「ぜひ自分に」
 

もちろん、そう言ってもらえることは嬉しい。

でも私はこれから、

その次を見ると思う。
 

こちらが質問したら、返事をするか。

金額を聞いたら、数字を出すか。

約束した日に遅刻せずに来るか。
 

分からないことを誤魔化さないか。

無理なら、

「無理です」

と言えるか。

買わないなら、

「買いません」

と言えるか。
 

結局、人の本気というのは、

一番派手な言葉ではなく、

一番地味な行動に出る。
 


売らない自由もある

私は最近、

「買いたい人がいるから売らなければ」

とは思わなくなった。

 

嫌なら売らない。

違和感があれば売らない。

条件が合わなければ売らない。
 

いくら熱いことを書かれても、

こちらが納得できなければ売らない。
 

聖子が残したものなのだから、

なおさら急ぐ必要はない。
 

金額だけがすべてではない。

しかし、

想いだけがすべてでもない。
 

その両方がちゃんと釣り合う人に渡したい。
 


 

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車内を整理したあと、山道を走った。
聖子の面影を消すためではなく、また新しく走り出すための大掃除だった。

 

 


熱い文章より、一つの約束

今後また、

「ぜひ引き継ぎたい」

という人が現れるだろう。
 

私は歓迎する。

ただし、

熱い手紙だけはいらない。
 

その物が本当に欲しいのか。

維持できるのか。

いくらなら買うのか。

そして最後まで責任を持てるのか。
 

そこを普通に話したい。

妻の遺品だからこそ、

同情で買ってほしくない。
 

恩を売るつもりで買ってほしくもない。

私たち家族の物語に参加するために買ってほしくもない。


ただ、

その店が好きだから。

その車が好きだから。

そのバイクに乗りたいから。
 

そんな単純な理由でいい。

むしろ、その方がずっと信用できる。
 


 

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少しずつ整理は進んでいる。

それでも、誰にどう引き継ぐかだけは、急がず決めていこうと思う。
 

9月11日にRCC「イマナマ!」の「広島超大家族」で、西本家のドキュメンタリー第2回が放送されました。
 

番組の中では、これまで「3丁目のたこボール」で使用してきたワーゲンバスを、次の方へ譲りたいと話している場面も紹介されました。
 

取材から約2カ月。考え方も変わりました

今回の取材が行われたのは、妻・聖子が亡くなってから約1カ月後でした。
 

私にとっては、あのとき話したことが、すでに随分前のことのように感じられます。

その後の約2カ月で、私自身の考えや周囲の状況も変化しました。

 

取材時には、「3丁目のたこボール」の屋号、ブランド、ワーゲンバスを一式で引き継いでいただく可能性についても話していました。

 

しかし現在、屋号とブランドは私が管理していく方針になっています。

そのため、「3丁目のたこボール」の名称を引き継ぎ、このワーゲンバスでたこ焼き店を開業したいという方は募集していません。

 

引き継ぎに関心を示してくださった方も何人かいましたが、具体的な話に進む途中で連絡が途絶えたケースが続きました。
 

結果として、屋号やブランドまで急いで譲渡しなくてよかったと考えています。

 

「移動販売車」ではなく、一台のワーゲンバスとして

今回、次のオーナーを探すのは、屋号や営業権ではなく、車両そのものです。

たこ焼き店や移動販売という用途から一度切り離し、一台の個性的なヴィンテージカーとして、新しい出会いを探します。

 

もちろん、購入後にキッチンカーなどへ改装して使用していただくことは構いません。

 

ただし、移動販売車の営業許可や設備基準は、営業する地域や自治体、取り扱う食品によって異なります。

本車両が新しいオーナーの地域で営業許可を取得できることを、私が保証するものではありません。

 

キッチンカーとして使用される場合は、購入者ご自身の責任で、保健所などの関係機関へ事前にご確認ください。

 

キッチン設備を降ろし、キャンパー仕様へ戻します

現在搭載しているキッチン設備や冷蔵庫などは、近日中に取り外す予定です。
現状のキッチンカーの内装のままで引き継ぎたい方は9月 21日 (月曜日)までに第一報をお願いします。
それ以降は内装が外されて廃棄されると思ってください。


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イメージ図 
2010年に撮影時なので完璧にこんな感じに戻ることを保証する写真ではありません。

 

 

現在の配置は、たこ焼きの移動販売に合わせて作ったものです。

 

別の業種で使う場合には、必ずしも使いやすい配置とは限りません。

次のオーナーが自分の目的に合わせて内装を仕上げられるよう、一度、もともとの座席や棚を戻し、キャンパーとして使える状態へ近づけていきます。

不動車として手放すつもりはありません

私は、この車を放置したまま不動車として売るつもりはありません。

 

自分で実際に走らせ、車内を整え、気づいた不具合を直しながら使っていきます。

その過程で「この車を引き継ぎたい」と思ってくださる方との出会いを待ちます。

 

古い車ですから、現代の車と同じ感覚で維持できるものではありません。

年式相応の傷みや錆、癖もあります。

 

それも含めて現車を確認し、この車との生活を楽しめる方に引き継いでいただきたいと思っています。

 

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2026-09-11に往復30kmほど山道を走ったときの写真です。
スパ羅漢まで行きました。

現在確認できる主な車両情報

・車名:フォルクスワーゲン
・用途:乗用
・車体形状:ステーションワゴン
・乗車定員:5名
・排気量:1.58リットル
・燃料:ガソリン
・初度登録:平成12年9月
・走行距離表示値:メーターが一周しているかもしれませんし、一旦不明としておきます。
・車検有効期限:令和10年3月11日


古い輸入車であるため、一般的な国産中古車とは維持や整備の考え方が異なります。

購入を検討される方には、現車を見ていただき、分かっている状態や不具合を説明します。


価格は「ASK」とします

現時点で、販売価格は「ASK(お問い合わせ)」とします。
 

これは価格を隠して相手を選ぶためではありません。


今後、専門店へ委託する場合や、オークションサイトなどへ出品する場合には、手数料や整備費用が発生します。
一方、仲介を挟まない個人間売買であれば、その分を考慮した条件をご提案できる可能性があります。
ここで発表した価格が独り歩きした場合に、今後委託販売する際にショップ様に迷惑が掛かるからです。
 

また、私は今後も自分で乗りながら、必要な整備や修理、内装の復元を進めます。
作業を行えば部品代や整備費用が増えるため、車両価格も状態に応じて見直します。
 

つまり、現状に近い早い段階でお話がまとまる場合と、整備や内装の復元が進んだ後とでは、価格が変わる可能性があります。
 

早い者勝ちにはしませんが、整備が進むほど価格が上がる場合があることは、あらかじめご了承ください。

お問い合わせの前にお読みください

この車は、聖子との思い出が数多く残る一台です。
しかし、思い出だけで購入を決めるのではなく、一台の古い車を所有し、維持していく現実まで考えた上でお問い合わせください。
 

購入希望の方には、原則として対面で現車を確認していただきます。
その際、現在の状態と販売条件をご説明します。


最初のご連絡では、次の項目をお知らせください。
webmaster@rootwest.com


・お名前
・お住まいの都道府県
・予定している用途
・購入を検討できる時期
・現車確認を希望する日時の候補
 

ご質問には可能な範囲でお答えしますが、匿名の方、購入目的が明確でない方、価格だけを聞く方、見学のみを目的とした方には、回答や現車案内を控える場合があります。
 

もちろん、現車確認後に見送られること自体は問題ありません。
ただし、購入意思の有無については必ずご連絡ください。
 

試乗については、運転免許証の確認など、こちらが指定する条件を満たした場合に限ります。
支払い、名義変更、車両の引き渡し方法についても、双方で書面を取り交わした上で進めます。

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思い出を保存するためではなく、未来へ走らせるために

走行動画は以下をクリック

 

 

このワーゲンバスには、「3丁目のたこボール」として過ごした時間と、聖子の思い出が詰まっています。

 

だからといって、動かさず永久に保管することだけが、この車を大切にする方法だとは考えていません。

 

車は、走ってこそ車です。

 

私が乗りながら状態を整え、この車を理解してくださる方が現れたとき、きちんと引き継ぎたいと思っています。

 

このワーゲンバスそのものと向き合い、次の時間をつくってくださる方との出会いをお待ちしています。


お問い合わせは、webmaster@rootwest.com からお願いいたします。
 

2026年6月15日。

妻の聖子(きよこ)が交通事故で亡くなってから、私の生活は大きく変わりました。

もうすぐ3か月になります。

今でも、聖子が亡くなったということを完全には理解できていません。


写真を見れば、普通に笑っています。

家の中には聖子が使っていた物があります。

服もあります。

バイクもあります。

「3丁目のたこボール」で使っていた道具もあります。

そして、ふとした瞬間に、

「これ、ついこの前まで使っていたよな」

と思います。

 

頭では分かっています。

でも、感覚が追いつかない。

たぶん、まだしばらくはそうなのだと思います。

 

悲しんでいるだけでは、何も終わってくれない

人が亡くなると、しばらく悲しむ時間が与えられる。

事故前の私は、どこかでそんなふうに思っていたのかもしれません。

実際には全く違いました。

人が一人亡くなると、膨大な実務が発生します。
 

相続。

銀行。

証券。

保険。

年金。

税金。

名義変更。

契約解除。

準確定申告。

消費税。

事業の廃業に伴う手続き。

店舗設備や什器の処分。

車やバイクの整理。

そして交通事故に関する警察、保険会社、弁護士とのやり取り。
 

一つ終わると、また別の封筒が届きます。

東京で仕事をしている間にも、広島の自宅には郵便物が届きます。

「重要書類を送りました」

と言われても私は東京にいる。

開封できない。

確認できない。

それだけでもかなりの精神的負担でした。

人ひとりの人生を閉じるというのは、とんでもない量の作業なのだと初めて知りました。

 

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私はいま、聖子の物を少しずつ整理しています

最近、バイクやワーゲンバスを売却しようとしていることについて、さまざまな意見を目にするようになりました。

中には、私のことを「金の亡者」という趣旨で書き込む人もいました。


ある方からは、批判的なコメントの最後に、

「もう少しゆっくり奥さんのことを考えてあげてください」

という言葉を書かれました。

正直、どういう意味だろうと思いました。


私は毎日、聖子のことを考えています。

考えない日はありません。

この家で生活していれば、至るところに聖子の面影があります。

聖子が育てていた花を枯らさないように気にかけています。

それでも枯れてしまった花を植木鉢から取り出して処分するとき、涙が出ることがあります。

衣類を洗濯して、きれいに畳んで、いったん引き出しへ戻す。


そこから、

「これは残す」

「これは子どもたちに聞く」

「これは誰かに使ってもらう」

「これは処分する」

と、一つずつ決めていきます。
 

そんな作業を毎日のようにしています。

外から言われるまでもなく、聖子のことを考えているに決まっています。

おそらく、その方が言いたかったのは、

「バイクやワーゲンバスを売ったりせず、しばらく何もせず静かに喪に服していた方がいい」

ということなのかもしれません。

でも、人の悲しみ方や、喪の過ごし方は一つではないと思っています。

私にとっては、物を整理することも、手続きを進めることも、生活環境を作り直すことも、すべて聖子の死と向き合う行為です。
 

「全部残しておけばいい」は、現実には簡単ではない

特にバイクについては、置いておけば保存できる物ではありません。
 

燃料は劣化します。

バッテリーは上がります。

タイヤも傷みます。

キャブレターも詰まります。

金属は錆びます。
 

聖子は生前、所有していたバイクを頻繁に走らせながら維持していました。

私もその手伝いをしていました。

しかし、それをこれから全部、一人で続けることは現実的ではありません。

だから、管理できない車両は少しずつ手放していきます。


自分の足として必要なバイクは、最終的には3台程度にしたいと思っています。


近場で使うもの。

少し遠くまで行くもの。

そして所有すること自体を楽しむもの。


それくらいなら、私一人でもきちんと面倒を見ることができます。


希少な車両については、室内ディスプレイとして残すことも考えています。


つまり、何でもかんでも処分するわけではありません。

残す物は残す。

でも、管理できない物は次の人へ託す。

その線引きを今、少しずつしています。


聖子の事故車について

事故に遭った聖子のバイクも、いずれ私のところへ戻ってくる予定です。

車両の状態はまだ正式には分かりません。


もし修復可能な状態なら、私は「事故前と全く同じ姿へ復元する」ことは考えていません。

これは先に書いておこうと思います。
 

事故前と同じ姿に戻すことは、私にとって事故そのものを強く思い出すことにもなるからです。

もちろん、聖子が乗っていた大切なバイクです。


でも、もし私が引き継ぐのであれば、

「お父さんが好きなように形を変えんさい」

と聖子なら言うだろうな、と私は思っています。
 

だから、修復可能なら復元ではなく、私なりの形へカスタムしていきます。


聖子のバイクだったという事実を消すのではありません。

むしろ、そのバイクを私が引き継ぎ、これから先も生きた車両として残したい。

そのための形を選びたいと思っています。
 

もし車両として復活させることが難しい状態だったとしても、いきなりスクラップにするつもりはありません。


使える部品があるのか。

部品を欲しい方がいるのか。

何か残せるものがあるのか。

それを確認してから判断します。

 

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ワーゲンバスについて

「3丁目のたこボール」のワーゲンバスも、売却する方向で動いています。

「圭介さんがそのまま乗ればいいじゃない」

と言ってくださる方もいます。

私自身、そう思うこともあります。

たまに乗るだけなら楽しいだろうな、と。


でも、私は考えます。

「乗れたらいいかも」

くらいの気持ちの人間が、この車を所有し続けることが本当に一番いいのだろうか。

ビンテージのワーゲンバスは、元気な個体が年々減っています。


価格も高騰しています。

もっと熱心な愛好家の方が所有して、整備して、レストアして、可愛がってくれるなら、その方が車にとって幸せではないかと思っています。

私が乗ることは最終手段です。
 

聖子をご存じの方で、本当に乗りたいという方がいらっしゃれば、一度ご相談ください。

少なくとも、私としては市場価格より現実的な条件で考えています。
 

加害者について、私が多くを語らない理由

事故の加害者について、私があまり発言していないことを不思議に思っている方もいるかもしれません。

腹が立たないわけではありません。

悔しくないわけでもありません。

「聖子を返してくれ」

と思うことだって当然あります。
 

ただ、現時点では刑事上の処分も確定していません。

事故について確認されている事実と、それに対してどのような刑事責任が問われるかは別の問題です。


それを判断するのは私ではありません。

司法です。

だから私は、感情に任せて加害者個人を公の場で糾弾することはしていません。

私がSNSで強い言葉を発したところで、司法判断が変わるわけではないでしょう。

むしろ、まだ決まっていないことについて迂闊な発言をすれば、別の問題を生む可能性もあります。

私はそこを冷静に考えています。

感情がないから書かないのではありません。

感情があるからこそ、書かないようにしています。

刑事手続きについては、長くなる可能性も覚悟しています。

 

一度、仕事へ戻ってみた

事故からしばらくして、私は東京の仕事へ一度戻りました。

「働いていた方が気が紛れるのではないか」

そんな気持ちも少しありました。

しかし、事故から3週間ほどで一週間復帰したとき、とても仕事ができる精神状態ではありませんでした。

仕事中にも、警察、保険会社、事故に関する連絡が入ります。

そのたびに校舎の外へ出て対応する。

電話が終わって席へ戻っても、すぐ仕事に頭を切り替えられません。

東京にいる間は、広島の自宅も気になります。

郵便物が届いていないか。

花は枯れていないか。

外猫のまる子はちゃんとご飯を食べているか。

防犯は大丈夫か。

そんなことがずっと頭にあります。

先々週にも一週間ほど東京へ戻り、仕事をしました。

やはり無理でした。

身体は東京にいても、頭の中はずっと広島にある。

広島のポストの中まで気になる。

花まで気になる。

家まで気になる。

その状態で仕事へ集中することは難しいと判断しました。

現在は長期休職を続けています。

給与はありません。

それでも今は、給料を捨ててでも事故後の整理に時間を使う方が、自分にとってはコストパフォーマンスが良いと思っています。

実際、休職して広島にいるようになってから、毎日少しずつ家を片付け、遺品を整理し、必要な手続きを終わらせることができるようになりました。

気持ちは少し軽くなりました。

 

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「聖子の家」から「これから私が暮らす家」へ

自宅も少しずつ変えていきます。

これまでこの家は、基本的に聖子が生活する家でした。

私は単身赴任で東京にいました。
 

物の配置も、生活導線も、基本的には聖子中心です。

これからは、私がここで暮らしていきます。

東京の荷物も戻すことになるでしょう。
 

掃除機も新しくしました。

エアコンも入れ替えました。


必要なら、今後リフォームもすると思います。

これは聖子の生活を消すという意味ではありません。

聖子の痕跡は、この家の中にいくらでも残っています。

でも、

「聖子が暮らしていた家」

だけではなく、

「これから私が暮らしていく家」

にもしていかなければなりません。

 

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ガレージも作り直していきます

ガレージの中も整理しています。

バイクを減らす。

工具を整理する。

管理する物を減らす。

今後、聖子のバイクが戻ってきたときに作業できる場所も作りたい。

ベースレッスンにも使える生活環境を作りたい。

自分の好きな物を飾る場所にもしたい。

私にとってこれは単なる片付けではありません。

これからの生活の舞台を作り直している感覚です。

 

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私だって、これから楽しみたい

ここは、はっきり書いておこうと思います。

私は悲しいです。

今でも聖子がいないことを信じられない時があります。

でも同時に、

私はこれからの人生を楽しみたいと思っています。

新しいライフスタイルも手に入れたい。

新しいこともしたい。

旅行にも行きたい。

バイクにも乗りたい。

音楽も続けたい。

ガレージも楽しみたい。
 

自分が本当に欲しいと思う車やバイクを買うことだってあるでしょう。


そういう行動が、今後また批判を生む可能性があることも承知しています。


「奥さんを亡くしたばかりなのに楽しそうだ」

「もう次のことを考えているのか」

「もっと静かにしていればいいのに」

そう思う人もいるかもしれません。


でも、私は聖子の死と一緒に自分の人生まで終わらせるつもりはありません。

笑う日もあります。

バイクを見てワクワクする日もあります。

美味しい物を食べて「うまい」と思う日もあります。

それと、聖子を愛していたことは矛盾しないと思っています。

聖子が生きていたら、

「お父さん、いつまで暗い顔しとるん」

くらい言われそうです。


私は、聖子を忘れて楽しむのではありません。

聖子との人生を抱えたまま、それでもこれからを楽しみたい。

そう思っています。

 

今日、RCCで放送されます

本日、2026年9月4日。

RCCで、私たち家族について取材していただいた番組の、2週にわたる放送の初回が放送されます。

正直なところ、どのように編集されているのか、私は知りません。

もしかすると、思っている以上に楽しそうに映っているかもしれません。

笑っている場面が多いかもしれません。

逆に、重い内容になっているかもしれません。

それは放送を見るまで分かりません。

ただ、一つ予想していることがあります。


放送を見た方の中から、

「不謹慎だ」

「楽しそうじゃないか」

「もっと静かに喪に服していればいい」

というような声が出る可能性です。


それでも仕方がないと思っています。

人間は、一日中泣いているわけではありません。

悲しみの中でも、ご飯を食べます。

人と話します。

笑うこともあります。

買い物にも行きます。

バイクを触ることもあります。

そして、未来のことも考えます。

その一部分だけを映像で見た人には、それがすべてに見えるかもしれません。

でも、実際の生活はもっと複雑です。

笑っている時間と、突然涙が出る時間が同じ一日の中にあります。

私は今、その両方を生きています。

 

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私自身の終活でもある

今回、聖子の遺品を整理していて強く思うことがあります。

もし明日、私が死んだらどうなるのか。

子どもたちは、

大量のバイク。

車。

楽器。

工具。

趣味の物。

それらを前にして、

「これ、どうするの?」

となるでしょう。
 

私は今、聖子の物を整理する大変さを身をもって知っています。

だから子どもたちには、同じことをさせたくありません。

今回の整理は、聖子の遺品整理であると同時に、私自身の終活でもあります。


まだ56歳です。

死ぬ準備をするという意味ではありません。

これからの人生で本当に必要な物だけを残す。

管理できる量にする。

そして、自分の時間を取り戻す。

そういう意味での終活です。
 

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SNSで意見を言われることについて

私の行動について、いろいろな考え方があることは理解しています。

「なぜ売るのか」

「なぜ残さないのか」

「自分ならこうする」

と思われることもあるでしょう。
 

それは構いません。

もし本当に私の考えを聞きたいのであれば、きちんとアポイントをいただければ、直接お話しすることもできます。

また、ご自身のSNSで、

「私は西本のやり方についてこう思う」

と公に意見を述べられるのであれば、それも一つの方法だと思います。
 

私の名前を書いていただいても構いません。

聖子について触れていただいても構いません。
 

公の場で異議を示されるのであれば、必要に応じて私も公の場で自分の考えを説明します。

ただし、まったく面識のない方が、偽名や匿名で突然私の投稿欄へ現れ、侮辱的な言葉だけを書き残すようなものについては、今後も削除・ブロックします。
 

議論を拒否しているわけではありません。

ただ、議論をするなら、同じ土俵に立ってほしい。

名前も立場も明らかにせず、他人の場所へ突然入ってきて石だけ投げて去る。

それを私は議論とは思っていません。

 

なぜ私はこんなに文章を書くのか

最後に、これも書いておきたいと思います。

私は、誰かに共感してほしいから毎日のように投稿しているわけではありません。

もちろん、温かいコメントをいただけば嬉しいです。

励ましていただけばありがたいです。
 

でも、それが投稿の第一目的ではありません。

これは、私の日記です。

事故の直後に何を考えていたのか。

一か月後に何を考えていたのか。

三か月後に何を手放したのか。

何を残そうとしたのか。

仕事についてどう悩んでいたのか。

聖子のことをどんなふうに思っていたのか。

自分の心がどう変わっていったのか。

それを残しています。

「そんなものは誰も見ない日記帳に書けばいい」

という方もいるでしょう。

それも一つの考え方です。
 

でも私は現代に生きています。

家族も遠方に住んでいます。

私が今日何をしているのか。

元気なのか。

何を考えているのか。

SNSを見ることで分かります。

それだけでも、公に書く意味はあると思っています。

そして、私が経験していることが、いつか誰かの役に立つかもしれません。

突然家族を亡くしたとき、どんな手続きがあるのか。

遺品整理とはどんなものなのか。

仕事を休むという選択肢があること。

家を作り直していくこと。

物を残すことも、手放すことも供養になり得ること。

悲しみながら楽しんでもいいこと。

そういうことのどれか一つでも、誰かの生活のヒントになれば、それで十分です。
 

これから、どう生きるのか

実は、これが今一番分からないことです。

東京の仕事へ復帰できるのか。

復帰したとして、広島の自宅を長期間空ける生活を再び続けることが本当に良いのか。


西本家を守るという意味で、これからどこを生活の中心にするのか。

広島で、自分に合う仕事がすぐに見つかる保証もありません。

今の勤務先のグループに広島校があれば、私はすぐ異動願いを出したいくらいです。

でも、それはできません。
 

今は、給料を失ってでも事故後の整理に時間を使う方が、自分にとって価値があると思っています。

でも半年後、一年後はどうするのか。

まだ答えはありません。
 

ただ、一つだけ決めています。

2026年6月15日で、聖子の人生は終わりました。

でも、私の人生までそこで止めるつもりはありません。

聖子を忘れるという意味ではありません。

聖子との人生を抱えたまま、私はこの先へ進んでいきます。

何を残すのか。

何を手放すのか。

どこで暮らすのか。

何を仕事にするのか。

どんなバイクに乗るのか。

どんな家にするのか。

そして、どう楽しんで生きるのか。

まだ全部途中です。

だから最近の私の投稿は、その途中経過です。
 

物を売ったり。

部屋を片付けたり。

新しい設備を入れたり。

休職したり。

新しい乗り物を見てワクワクしたり。

将来について悩んだり。

突然泣いたり。

笑ったり。
 

外から見ると、脈絡がないように見えるかもしれません。

でも私の中では、全部一つにつながっています。

聖子がいなくなった世界で、自分の生活をもう一度作り直している。


そして、その先では、

私はもう一度、自分の人生を楽しみたい。

今は、その途中です。