ロックベーシスト 西本圭介 -2ページ目

ロックベーシスト 西本圭介

テクニカルベーシストとしてベース・マガジンでも紹介 / ディープ・パープルのグレン・ヒューズ達と共にヨーロッパ11カ国を周り、また巨匠ビリー・シーンと共にKoRnのドラマー[レイ・ルジアー]のリズム隊として登場。

こんにちは。
本日は月参りでした。

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前回の月参りでは亡くなった聖子(きよこ)が僕のとなりに座って、僕に数珠をちゃっと手渡ししてくれて、一緒に拝んでいたなと思い出されました。


前回までは聖子は自分が直接知らないご先祖様に手を合わせていたのですが、今日はまさか自分が手を合わされる立場になるとは当時思いもしなかったことでしょう。

さて、毎回書いている繰り返しですが、妻・聖子が交通事故で亡くなってから、私のところには毎日のように、さまざまな郵便物が届きます。
 

その多くが、支払いや解約、名義変更、相続に関する書類です。

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封筒を開けるたびに、聖子がもういないという事実を、事務的な文字によって改めて突きつけられます。

今回届いたのは、聖子の国民健康保険税の納入通知書でした。
 

請求されていたのは、2026年4月と5月のわずか2か月分です。
それでも、私が想像していたより、はるかに高額でした。
アルバイトの子がMAX働いた月収くらいの金額です。
最初に見たときは、何かの間違いではないかと思いました。
 

私と娘の陽子は私学共済に別で加入しているため、国民健康保険に入っていたのは聖子一人だけです。

それでも、決して簡単に支払えるとは思えない金額でした。
 

なぜ、これほど高いのか...

通知書を詳しく確認すると、国民健康保険税は前年の所得を基に計算されていました。
 

聖子は個人事業主として「3丁目のたこボール」を営み、自分で国民健康保険税を負担していました。

国民健康保険税には、医療分だけでなく、後期高齢者支援金分、介護分、子ども・子育て支援金分なども含まれています。
 

所得に応じた負担に加え、加入者一人あたりの均等割や、一世帯あたりの平等割も加算されます。

今回の金額は、聖子が亡くなったことに伴い、4月と5月の2か月分だけに減額された結果でした。
 

市役所の計算そのものは、どうやら間違っていません。

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しかし、制度上正しいことと、遺族の気持ちが納得できることは、必ずしも同じではありません。

支払いだけが、あとから残される...
当然生きていても払った金額なのですがね...

 

健康保険は、実際に病院へ行った回数に応じて支払う制度ではありません。

その期間、必要な医療を受けられる資格があったことに対して負担する制度です。

頭では理解できます。

 

それでも私は、どうしても割り切れない気持ちがあります。
 

聖子が事故に遭わず、生きていれば、これからも健康保険の権利を使いながら生活を続けることができました。

ところが、何の前触れもなく命を奪われ、健康保険を利用する本人はもういません。
 

それでも、加入していた期間の支払いは、遺された家族のところへ届きます。
 

制度として正しいことと、遺族が納得できることは、まったく別の問題なのだと思います。

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悲しむ時間より、手続きに追われる時間
 

家族が亡くなると、遺族は静かに悲しんでいるだけではいられません。

僕も葬儀くらいまでは映画の悲劇の主人公みたく酒浸りでソファーで寝込んで、何年も悲しみに落ちていくような人になるのかな...と思っていました。



実態は泣き崩れていたのは葬儀中くらいで、それ以外は通夜、葬儀、火葬場と段取りや弁当手配などで頭を冷静にしておかないと何も進まない状態です。
この一ヶ月を振り返っても、会社で仕事しているように、朝起きたらメール確認とポストの確認をして、書類の記入や各所へ電話をしたり市役所へ行ったり、法務局や税務署に行ったり、献花台の手入れをしたり、家の掃除など所謂家事をしたりで落ち込んで飲んだくれている(もともと酒飲まないけど)暇など無いのです。
 

本当に葬儀が終わった直後から、次々と手続きが始まります。
 

銀行口座、生命保険、証券会社、携帯電話、クレジットカード、税金、健康保険、年金、車両、事業に関する契約。
 

相続手続きのためには、聖子が生まれて(出生)から亡くなるまでの戸籍を集めなければなりません。

それも約5,000円と高額です。
普通に戸籍を出してもらうことと、出生から出してもらうことは似て非なるものです。

本日も法務局で出生から死亡までの戸籍を提出したのですが、担当者から「後日原本はお返ししますね。」と言われたときはガッツポーズしたくなるくらい嬉しかったです。
それくらい、手続きに日々色々なお金が出ていくのです。


また、子どもたちは遠方に住んでいるため、印鑑証明書や委任状を用意してもらうにも時間がかかります。
レターパックを何個も買って北海道・神奈川・高知へ封書リレーです。


金融機関によって書式や手続きが異なり、同じような情報を何度も書かなければなりません。
 

電話をかけるたびに、本人確認のため、
「契約者ご本人様はいらっしゃいますか」

と尋ねられることもあります。

そのたびに、

「妻は交通事故で亡くなりました」

と説明しなければなりません。

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一日に何度も、見ず知らずの人へ妻の死を伝える。

これは、経験した人でなければ分からないつらさだと思います。
 

聖子が営んでいた「3丁目のたこボール」の後始末もあります。

食材や備品、車両、商標、契約の整理。そして、残された猫たちの今後も考えなければなりません。

 

郵便物を分類し、必要書類をコピーし、市役所や金融機関へ電話をかける。

 

気がつけば、一日が事務作業だけで終わっています。

 

忙しくしている間は、かえって気持ちが保たれていることもあります。

 

しかし、手続きを一つ終えるたびに、聖子の名前が私たちの生活から一つずつ消されていくようにも感じます。

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事故による損害として請求できるのか

私は当初、この国民健康保険税を加害者側へ損害として請求できないだろうかと考えました。

事故がなければ、聖子は健康保険の権利を使いながら生活を続けていたからです。

 

ただし、法律上は難しい可能性があります。

今回の国民健康保険税は、事故が起きる前の4月と5月に、聖子が国民健康保険へ加入していたことに対する税金です。

 

事故がなくても発生していた支出であるため、「事故によって新たに生じた損害」とは認められにくいようです。

 

交通死亡事故の損害賠償では、一般的に葬儀費、逸失利益、被害者本人と遺族の慰謝料などが対象になります。

この国民健康保険税についても弁護士へ資料を渡し、請求や慰謝料の算定で考慮できる余地がないか、確認したいと思っています。

 

請求できるかどうかと、遺族として納得できるかどうかは別の話です。

 

人が亡くなった後も、社会の請求は止まらない

 

今回、このことを書こうと思ったのは、単に金額への不満を伝えたいからではありません。

大切な家族を突然亡くした後、遺族のもとには、想像もしていなかった請求や手続きが次々と届きます。

葬儀費用だけではありません。

 

戸籍や証明書の取得費用、郵送費、交通費、契約の解約費用、税金、保険料、残された事業や財産の整理。

一件ずつは制度上必要なものでも、それが一度に押し寄せてきます。

 

遺族は、最も冷静な判断が難しい時期に、期限のある手続きを正確に進めなければなりません。

今回の国民健康保険税も、その一つでした。

 

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もちろん、国民健康保険という制度そのものを否定したいわけではありません。

 

聖子が加入していた期間の保険税であり、計算上は正しいことも理解しています。

 

それでも、本人が亡くなった後、その人の名前が記された請求書を遺族が受け取り、支払わなければならない。

その封筒を開けたときの戸惑いは、簡単には言葉にできません。

 

交通事故は、一人の命を奪って終わるものではありません。

 

葬儀が終わっても、事故の影響は終わりません。

遺族の生活には、その後も請求書や手続きという形で、事故の現実が繰り返し届き続けます。

今回の国民健康保険税の通知書を見ながら、私はそのことを改めて感じました。

 

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2026年6月15日、妻・西本聖子が突然この世を去ってから1か月を迎えました。


 

この間、本当に多くの皆様が献花台へ足を運んでくださり、手を合わせ、聖子との思い出を語ってくださいました。
 

その光景を見るたびに、聖子がどれほど多くの方々に愛され、支えられてきたのかを改めて実感し、遺族として何度も励まされてきました。
 

皆様からいただいた温かいお気持ちに、家族を代表して心より御礼申し上げます。

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一方で、私自身も事故後から今日まで、相続手続きや各種届出、仕事の休職、家の管理など、目の前のことを一つひとつ進めながら生活してまいりました。
 

悲しみが癒えたわけではありませんが、少しずつ日常を取り戻していかなければならない時期でもあると感じています。
 

そのような思いから、
献花台につきましては、2026年8月16日(日)の送り盆を一区切りとして終了させていただくことといたしました。

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お盆は故人を偲ぶ大切な期間ですので、それまでは現在の形を維持いたしますが、
最終日を含め、イベントやセレモニー等を行う予定はございません。
最終日に混乱して近隣に迷惑は掛けられないため、最終日の駆け込みはご遠慮いただきますようにお願い申し上げます。

また喪主の西本圭介も特にお盆だから、最終日だからと献花台でご挨拶をするということもありません。
「行ったのに圭介さんがおらんかった。」となる確率が高いです。ご了承ください。
 

また、灯籠、生花やお菓子、お飲み物などのお供えにつきましては、管理や衛生面の都合もございますので、お持ちいただく必要はございません。

お気持ちだけで十分ですので、どうかお気遣いなさいませんようお願いいたします。

 

これまでどおり短時間で静かにお参りいただき、近隣の皆様へのご配慮をお願いいたします。

 

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また、お問い合わせをいただくこともございますが、

墓所の場所に関するお問い合わせにはお答えしておりません。
 

西本家のお墓は、聖子個人のお墓ではなく、西本家代々の墓所です。
お盆の時期には、遺族だけでなく親族もお参りに訪れます。

事情をご存じない親族が、敷地内に見知らぬ方がおられることで戸惑ったり、ご心配をお掛けしたりすることも考えられます。
 

また、灯籠、お線香やろうそくなどの火気は、時期や天候によっては思わぬ火災につながる危険性もございます。
あわせて、遺族や近隣の皆様へのご配慮という観点からも、ご理解を賜りますと幸いです。
 

四十九日法要や納骨式につきましても、故人を静かに見送る時間を大切にしたいという家族の意向により、親族のみで執り行わせていただきます。
 

なお、電話・メール・SNS等を含め、個別のお問い合わせにはお答えいたしかねます。
 

皆様が聖子を想ってくださるお気持ちは、遺族一同、十分に受け取らせていただいております。

どうか事情をご賢察のうえ、ご理解とご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

 

なお、8月17日以降は、この場所は3丁目のたこボールが開業する前の状態である、家族が生活する住宅の敷地として管理してまいります。
 

そのため、これまでのように皆様をお迎えすることは難しくなりますが、これまでお寄せいただいた温かなお気持ちは、遺族一同、決して忘れることはありません。
 

皆様のご理解とご配慮に、心より感謝申し上げます。

6月15日の不慮の事故で聖子が旅立ってから、28日が経過しました。
気がつけば毎日が「あっという間」に終わっています。


 

今は東京の仕事を休職せざるおえない状況になり、仕事をしているわけでもなく、家で過ごす時間が多いので、「少し落ち着いたのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
 

でも実際は、その逆です。
 

相続に関する手続き、銀行や証券会社、保険会社とのやり取り、各種会員サービスの退会や名義変更、役所へ提出する書類の準備。

電話を一本するだけでも確認事項がいくつもあり、必要書類が足りなければまた取り寄せる。その繰り返しです。
 

家の中も、聖子が元気だった頃のまま時間が止まっています。


「あれはどこにしまったんだろう。」
「この書類は何のためのものだろう。」


そんなことを考えながら、一つひとつ引き出しを開け、整理し、必要なものと不要なものを分けています。


一度目の家探しでは気にならなかった物が、2周目の家探しでは必要なものになっていたりして、何回家中を調べても毎回違う感情と必要性で物が見えてくるので、本当に終わりがないと感じます。

先日もハイターが必要だと思って買いに行ったら3周目の家探しではハイターの買い置きが何本も見つかって、「なんで俺はこの在庫を記憶できていなかったんだ...」と悔しくなるようなこともありました。


 

掃除や片付けもそうです。
これまで聖子が担ってくれていたことを、自分が初めて経験することも多く、一つ終わったと思えばまた次のことが待っています。
 

移動販売のたこ焼き屋さん3丁目のたこボールの事業に関することもあります。


設備や在庫、車両は今後どうするのか。

先日は自宅前に引いていたガスボンベと配管を撤去し、自販機も撤去を依頼しました。
ホーム営業の幕を下ろしているように思われるかもしれませんが、事実として廃業を決意したという事でも無いのです。


とても説明に苦労はしますが、廃業に向けて進めている一方でもしもかして、何かこれを使って事業ができるかもしれないという気持ちは毎日出ては消え・出ては消えを繰り替えしているのです。


なので答えを出さなければいけないことは他にも山ほどありますが、そのほとんどは「すぐに決められること」ではありません。
 

それは単純にワーゲンバスを中古車として売ればいいと考える冷たい面も私の中にありますが、周りから見ると聖子の思いの詰まったバスなので、「知らない人に売らないで」「適切な人に売ってほしい」、「車検を切って展示しておいてください」という別の方向性の声もたくさん入ります。

ただ私も保管しておくにしても維持費の問題だけでなく、そのモノを維持するという責任が発生するため、モニュメント的に残しておくには経費や根気が必要になります。
バスを飾っておいて、僕はそれをマネタイズできるのか?
私自身の生活にも関わることなのでなかなか判断はできないのです。

私には聖子との思い出も大切ですが、これからの現実的な生活もありますので、特に冷酷にシビアに考えざるを得ないという面もありますが、そういう判断や私の心の中を常にSNSで公開しているわけではないので、一挙一動が気になる方も多いのだと思います。


 

また、色々と作業や考えを巡らせている間に、加害者本人とお会いする機会がありましたし、今後は勤務先の上司の方とのアポイントもあります。

加害者と会うことは精神的に大きな出来事ではありましたが、遺族として必要な時間だったとも感じています。
 

一方で、それ以外にも弁護士の先生との相談、事故に関する資料の整理、猫たちのこと、自分自身の今後の仕事のこと、自分の終活のことなど、頭の中では常にいくつものことを同時に考えています。

もしも東京に単身赴任に戻って仕事をした場合に、一ヶ月のうちの3週間程度は留守にするという生活を56才の私が少なくとも後4年は続けるのか...というシビアな判断も必要です。

聖子が守ったこの家を維持管理する、外猫のまる子の面倒を見るとか、ワーゲンバスを売るのか維持管理するのかということを月に1週間程度の滞在でこなしていくのに、あと何年の月日がかかるのかという葛藤があります。

もしかすると頑張って今年中に概ねほとんどのことが片がつくかもしれないし、まだまだ何年も掛かるのか全く先が読めません。


そんな毎日を送っている中で、本当にたくさんの方から温かい励ましやお気遣いのメッセージをいただいています。


その中には、

「さくらねこのまる子はどうするの?」
「にゃーとエネオスの二匹の猫の里親は?」
「ワーゲンバスは乗るの?売るの?」
「3丁目のたこボールは再開しないのですか?」
「ブランドは誰かに譲渡しないの?」
「東京の仕事にはいつ戻るの?」
「加害者の刑事罰については、どう考えていますか?」
「事故の詳しいことを知りたい。」
 

など、今後について心配してくださるご質問も数多くあります。

 



本当にありがたいことです。
皆さんが気に掛けてくださっていることは十分伝わっていますし、そのお気持ちには心から感謝しています。

私自身も毎日、「今日は何が進んだんじゃろ? 意味の無い一日を過ごしたのではないかな? ただ業者からの折り返し電話待ち続けた一日じゃったの...」という日も珍しくなくて、自分の人生が進んで何か実を得ているという実感はほとんど有りません。

とにかく毎日が聖子のカードの支払いや出ていくお金ばかりで仕事もしていない自分はとても不安になります。
もちろん、私の休職や様々な必要経費は損害賠償請求するので、最終的にはなんとかなると信じていますが、それでも日々の心境としては何も生み出さず、お金を出しているばかりで精神的にはなかなかきついです。

そんな状況なので周りから見ているともっと何も進んでいるように見えないと思うので、気になってしまったり、「これはどうするんじゃろ??」と聞きたくなることが出てくることも仕方ないかと思います。

私自身がもう少し、「これについてはこう思っています。」
「こういう判断をして進めています。」
「このようにかんがえています。」
ということをもっと発信すべきなのかもしれません。

ただ発信すると、また否定意見が出てきたり、思いもしない意見が出てきて、判断に苦労したりするので、安易に発信もできないな...、だから今回のブログのように赤裸々に今の気持ちを書いておきたいという結論に達しました。

何度も言いますが、これまでメッセージいただいた方を批判したり蔑ろにするという気持ちではありません。
一つずつのコメントや提案はとてもありがたく感じているのですが、それが日に何通も重なると判断のタスクが増えてきて、私がキャパオーバーになっているのです。



そのため、今の私には「どうするの?」という問いに答えられないことがほとんどです。

一つは私自身の判断だけではなく、子供たちの意見も尊重する必要があるからです。
何かを売るとしても財産なので、細かいことをいうと財産は子供たちにも適正に分配をしなくては行けない。
だから売る判断や価格の判断、その利益をどうするかという判断も必要になります。

また、周りの目や意見もあるでしょう。
「聖子の思い出を安易に売るな」「あの人には売らないでほしい」「あの人にあげないで」「知ってたらもっと多く支払っていたのに」など、色々な声が出てくることも想定されますので、なかなか難しい面があります。

実は先日の冷凍のカット生蛸37kgを売りますと、私が安易にSNSで投稿をしてしまったことで多くの混乱を生んでしまい反省しました。
私は大量の在庫を一気に買ってくれる人がいると嬉しい。
その方がお試しで1個買って使ってみて、よければ全部買ってほしい。

その合間でたまたま私が献花台にいるときに声を掛けてくれれば店頭で1 個単位でも売りますよ。
というニュアンスだったのですが、説明がうまくなくて、少量の遠方発送の依頼、コメントだけの取置依頼、DMが殺到してしまい、自分で自分の首を締めたのは言い過ぎですが、自分で作業を増やしてしまった。
そんなことになってしまい、販売はすぐに撤回しました。

その時にメッセージをいただいた方には感謝しか無いですし、すべて私の段取り不足だったのですが、このように一つのモノ・事を進めるにも膨大な準備とマニュアル・約款を作っておかないと混乱を招くこともわかりました。

こうやってSNSで売るとトラブルので、今後はジモティーやメルカリで告知してシステム的にドライにやろうかな...と考えたりもするのです。
ただこういうフリマサイトで売ると、故人のモノをフリマサイトで安易に売っているという批判も来るんだろうな...とも思うのですよね。

ですので、これから売却するモノ達は聖子との思い出が詰まったものばかりです。

感情だけでも決められないし、お金だけでも決められない。
購入を希望される方達でトラブルにならないようにを考えたり、不公平が発生しないように考えたり、
逆に私の作業量が増えて自分の首を締めないように考えたり、現実と気持ちの間で、毎日少しずつ整理をしている途中です。



 

一つだけ、お願いがあります。
 

もし、「ワーゲンバスを譲ってほしい」「3丁目のたこボールを引き継ぎたい」「什器・設備を購入したい」「聖子が所有していたバイク達が気になる」といったお気持ちがある場合は、「○○円で譲っていただけませんか」「このような条件で引き継ぎを希望しています」といったように、できるだけ具体的なご提案としてお伝えいただけると、「どうするのですか?」という抽象的な質問よりも私としても検討しやすくなります。
 

ただ、それでも今の私は、どんなご提案であっても、すぐに判断できる状態ではありません。
前記したように他の方にも意見を聞かないと「知っていたらもっと多く払ったのに」や、「あの人には引き継いでほしくなかった」という声が出ることもあるでしょう。


どのような方法をとっても、私には肯定と否定の2つの意見や批判がくることは想定できていますので、それは自分で腹をくくるしか無いのですが、やはり今の精神面として不要なトラブルや批判などは避けたいという気持ちが強いため、なかなか腰が挙げられないということを察していただけると嬉しいです。

100人中、たった1人でも批判が耳に入ると私はとても心を痛めます。

先日も献花台にいらした方が私を含めて弔問に来ていた方達のホスピタリティーが無いことにご批判の意見を頂戴しました。
それ自体はその方がそのように感じられたことは事実なので、私自身も反省しましたし、その時にいらした他の方がウェルカムな態度ではなかったように見えたことは残念だなとは感じました。

ただ、私も献花台をアミューズメントパークだと思っていないですし、そもそも商売で行っていたわけだは無いので、私が弔問客の態度やマナー・ホスピタリティーまでをすべて担保した運営は不可能です。
また私も弔問客の方に対して、ホストのように徹するような精神状態ではその時はなかったです。

なので感じられた気持ちに対しての謝罪はしましたが、実際に自分が弔問客全員にホスピタリティーを持ってください。
お互いを称賛して挨拶をしあって仲良くしてくださいというような管理業務はできないと感じました。

僕にはできることとできないこともあるし、もちろん全員がハッピーになることはもっとも高いゴールではあるけど、今の僕はベストを目指すのではなくベターなことを毎日安定してやり続けるしか無いのだなとその事案では感じました。

何をやっても批判もあるし、こうやって目立つことが単純に気に入らないという人もいるでしょう。
葬儀の日に店電話にいたずら電話をしてきた不謹慎なバカもいます。
そいつは「私せいこですよ」と馬鹿な声で電話をして来ましたが、読み方が間違っているので、関係者ではない愉快犯だったのでしょう。

世の中には色々な人がいるのだなと思うことがありますね。

今回はあまり言わないほうがいいと思ったこともあえて自分を赤裸々に見せたほうが良いと思ったので、書きましたが、皆さんに私に届いているメッセージや声を都度公開するわけにはいかないのですが、この約一ヶ月の間に様々なご意見が寄せられたことは事実なのです。
 

だから、月日が経過するにつれて私は過去に事例を照らし合わせて進歩してるので、トラブルを回避を考えたり色々した結果、お返事が遅くなったり、お返事をあえてしないことがあるかもしれません。
 

それは決して皆さんのお気持ちを軽く見ているからではありません。

今の私には、一つのご提案や一つのご質問に対しても、想像以上の時間と気力が必要になっています。
 

ご報告できることがあれば、これからも私自身の言葉でお伝えしていきます。
 

どうか少しだけ時間をいただき、温かく見守っていただけたら嬉しいです。
 

いつも支えてくださって、本当にありがとうございます。



今朝、事故を起こしたご本人が、ご両親とともに私の自宅を訪ねて来られました。

私は最初から、「許す・許さない」の話をするつもりではありませんでした。


私が知りたかったのは、あの日、妻 聖子(きよこ)に何が起きたのかという事実です。
聖子が最後に何か語っていなかったのかという事。


 

事故から今日まで、多くの方から「実際はどうだったのですか」と聞かれました。

しかし、一番知りたいはずの遺族である私自身が、その答えを持っていませんでした。

壊れたバイクもまだ戻ってきていない。
遺品もまだ手元にない。

 

さまざまな噂だけが耳に入り、何が本当なのか分からない。

その状態が、私の心をずっと苦しめていました。

だから私は、今日の面談では事実を一つひとつ確認しました。


その日、どんな思いで運転していたのか。
事故のあと妻はどんな状態だったのか。
その後どう行動したのか。


聞くたびに胸は締め付けられましたが、それでも知ることは、遺族として前へ進むために必要な時間だったと思っています。

一方で、改めて実感したことがあります。




交通事故で亡くなるのは、一人だけではないということです。

亡くなった本人はもちろんですが、残された家族の人生も、一瞬で変わってしまいます。

私は東京で仕事を続けることが難しくなり、現在は一時休職を余儀なくされました。
 

妻が守っていた家。
妻が営んでいた店。
残された猫たち。
山積みの手続き。
 

毎日が「妻がいない現実」と向き合う時間です。

悲しむ時間すらありません。
 

朝起きてから夜眠るまで、「妻がいたら必要なかったこと」を一つずつ片付け続けています。

この現実は、経験した人にしか分からないと思います。




今日、私は加害者の方に一つだけお願いしました。

今後、様々な状況において嘘をつかないでほしい。

事実に誠実に向き合ってほしい。


 

そして、これ以上お互いが傷つくような争いにはしたくないということです。

どれだけ時間を巻き戻したくても、妻は帰ってきません。

だからこそ、これから先は、残された私たち家族が少しでも穏やかな生活を取り戻せるよう、誠実な対応が続くことを願っています。

 


 

交通事故は、ニュースでは数十秒で終わります。

しかし、遺族の人生は、その日から毎日続いていきます。
 

もし今日この文章を読んでくださった方が車やバイクを運転されるのであれば、どうか数分早く着くことよりも、大切な誰かの人生を守る運転を選んでください。
 

その数分が、一つの家族の未来を守ることにつながるかもしれません。

 

聖子が亡くなって15日が経ちました。
 

今の自分が感じていること、この15日間で経験したこと、忘れたくない出来事を、自分自身の記録として残しておこうと思います。

 

令和8年(2026年)6月15日午前4時25分頃、私の妻であり、「3丁目のたこボール」オーナー店長の西本聖子(きよこ)が、広島市西区の西広島バイパスで交通事故に遭い、救急搬送先の病院で死亡が確認されました。

 

あの日から今日までの15日間は、葬儀、行政手続き、銀行や証券会社の相続手続き、保険会社への申請、弁護士との打ち合わせなどに追われ、悲しみに浸る時間もない毎日でした。

 

それでも、この15日間で本当に多くの方々から温かい励ましやご支援をいただきました。

 

 

献花に来てくださる方、メッセージをくださる方、たこボールや私たち夫婦を大切に思ってくださる皆様のお気持ちに、心から感謝しています。
 


 

これまで広島の自宅は、聖子が一人で守ってくれていました。

私は東京・渋谷にある音楽専門学校で副校長として勤務しています。
 

子どもたちは、それぞれ北海道、神奈川で社会人として生活し、長女は高知で医学部6年生として医師を目指して勉強しています。

このような家族構成だったため、聖子が亡くなった今、広島の家を日常的に守る人がいなくなってしまいました。
 

事故以来、私は仕事を休み、広島に滞在しながら様々な手続きを進めています。
 


20年以上前の写真です。


銀行や証券会社での相続手続きは、想像以上に大変でした。(現在進行系)
 

法定相続情報一覧図の作成や各種届出には、戸籍謄本、印鑑証明書、委任状など、多くの書類が必要になります。
 

県外に住む子どもたちにも協力してもらいながら進めていますが、「マイナンバーカードの時代なのに、まだこんなに印鑑や紙が必要なのか」と感じる場面も少なくありません。
 

なんのためのマイナンバーカードなのか??
もっとデジタル認証で遠隔地でもスムーズな手続きができる世の中になってほしい。
僕自身が議員にでもなって、改革したいくらいです。


愛する人が亡くなった後の手続きとしてはあまりにも思いやりが無い煩雑な事務処理です。
私はギリギリ遂行できそうですが、高齢者だと絶対に理解できないでしょう。
 

先日も銀行で大切な書類が見つからなかったので、なくしたことをお詫びする文章兼申請書を書いた際、自分の誕生日「14日」の数字が震えてしまい、「114日」と読めるような字になってしまいました。

後日、緊急で呼び出しをいただいて店頭ですべて最初から手書きで書き直すことになりました。
数字だけを修正印で対応できると思っていたのですが、まじか!!!と思いました。
 

全文が僕の手書きの意味は何かあるのか?
申請で書くべき文章の下書きが用意してあったので、それに直筆の署名と実印でなぜだめなの??
会社ごとに決まりがあるのでしょうが、デジタル社会でまだこういう慣習があるのかと思った次第です。

もちろん銀行にもルールがあることは理解していますが、心身ともに余裕がない中では、こうした一つひとつの出来事が思いのほか重く感じられます。

またAIが発展する世の中において、このような煩雑な事務処理というのは、AIに置き換えられそうな雇用者達を守るためにワザとペーパーと印鑑にしているのではないかと思ってしまいます。

この事務処理をしてくれた担当者も私のために時間をたくさん割いているわけですから、もっと事務の簡略化は必要だと思いますね。


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そして、一つ、大きな決断をしました。
 

広島の家には、聖子が大切に世話をしていた猫が2匹います。

東京へ戻らなければならない日もあり、今後もしばらく広島と東京を行き来する生活になることを考えると、十分な世話を続けることが難しいと判断しました。
 

悩みに悩んだ末、一般社団法人サニーサイドアップ「マリコさんち」にお願いし、保護していただくことになりました。

 

その前に動物病院で健康診断を受けましたが、2匹とも健康で、感染症もなく安心しました。

実は猫ちゃんをケージに入れて事がなくて、マリコさんにお借りしたケージと洗濯ネットを使って捕獲したのですが、一匹目は洗濯ネットを被せたら大人しくなってケージへ入りましたが、もう一匹がそれを見たため、洗濯ネットに反応して逃げ回りました。

結果的に2.5時間ほど家中をチェイスして、最終的には僕はネットを後ろポケットに突っ込んで、四つん這いで猫みたいに近寄って、そこでナデナデして安心している最中で抱え込んでネットへ入れました。
騙した感じになったので、それ以降僕を恨めしいような目で見られます(涙)
 

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今後は新しい家族とのご縁を探していただくことになると思います。

 

もし今後、自分が広島へ生活拠点を移すことができるのであれば一緒に暮らせたかもしれません。

 

しかし、それがいつ実現できるか分からない以上、猫たちにとって一番良い環境を選ぶことが、今の私にできる責任だと考えました。

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聖子も、この判断を理解してくれると思っています。

 


 

自宅前の献花台についても、多くの有志の皆様に支えていただいています。

 

 

花の手入れや管理を手伝ってくださる方々のおかげで、今日まで維持することができました。

本当にありがとうございます。

 

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今後も献花台自体は残す予定ですが、お花やお菓子などのお供えについては、どうかお気持ちだけで十分です。
私が留守の際には管理ができないからです。

 

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皆様のお心遣いだけで、十分に励まされています。

 

記帳ノートには、お客様や地域の皆様、小学生の皆さん、お子様たちからも温かいメッセージが寄せられていました。

 

 

一つひとつ読ませていただき、何度も救われました。

 

また親友の娘様からフォトフレームを作ってもらいました。
聖子の写真を入れて飾っています。

小さな応援者達のためにも塞ぎ込んでいる場合ではなさそうです。

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今日は、一つの節目になる出来事がありました。
 

警察から連絡があり、事故証明などの手続きのため、私の電話番号を加害者へ伝えてもよいか確認がありました。

事故直後は、精神的に加害者側と会話をする余裕がなく、電話番号の開示は控えていただいていました。
 

ただ事故証明がないと手続きできない保険もあります。
事故証明書のためにも連絡先の開示は必要だと判断しました。

 

わたしが当初は連絡先を開示していなかったため、これまで加害者や関係者から直接の連絡はありませんでした。

しかし本日、電話番号の開示に同意したところ、午前11時43分に加害者の方から初めて謝罪のお電話をいただきました。

 

私は感情的になることなく、謝罪の言葉を受け止め、短いやり取りで電話を終えました。
「保険会社にも電話を伝えていいですか?」と聞かれたので、「お願いします。」と簡単な返事をしました。

電話を切ったあと、「何か伝えるべきことがあったのだろうか」と考えました。

 

怒りをぶつければ気持ちが軽くなったのか。

もっと違う言葉を返すべきだったのか。

答えは今でも分かりません。

 

ただ一つ言えるのは、どれだけ謝罪を重ねていただいても、聖子は帰ってきません。

だからといって、謝罪に意味がないと言いたいわけでもありません。

 

誠実に向き合っていただけることは、とても大切なことだと思っています。

 

これから保険会社や関係者とのやり取りも始まります。

私は特別なことを求めているわけではありません。


ビジネス的な観点で故人を値引きするような対応はしてほしく無いなと...

一つひとつの対応を誠実に進めていただけることを願っています。

 

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事故の詳しい状況については、現在も正式な説明を待っている段階です。

今後、警察などから説明を受けることになると思います。

 

今回の事故を経験して、改めて交通事故は誰にでも起こり得るものだと感じました。

 

私はバイクが大好きです。

 


 

今回の件があったからといって、「危ないからバイクは乗らない方がいい」と声高に言うつもりはありません。

どれだけ注意していても、防ぎきれない事故もあります。

 

だからこそ、一人ひとりが少しでも安全運転を意識し、お互いを思いやる社会になってほしい。

 

聖子のような悲しい事故で涙を流す人が、一人でも少なくなることを願っています。

 


 

今日の電話を受けて、一つ区切りがついたような気がしています。

私の中では、これからが第二章の始まりです。
 

東京へ戻る日もあります。

また広島へ戻り、手続きを進める日々も続きます。

慌ただしい毎日は、もう少し続きそうです。

 


 

今回の出来事を通して、強く感じたことがあります。

 

人の一生は、本当に誰にも予測できません。

だからこそ、もっと夫婦で「もしもの時」の話をしておけばよかったと思います。

 

どんな人生を送りたいのか。

残された家族に何を伝えたいのか。

 

そんな話は、まだ先のことだと思っていました。

 

いつも私は冗談交じりに、

「俺がボケて何も分からなくなったら殺してくれ。」

と言うのが定番でした。

すると聖子は決まって、

「なんで私が殺人者にならんといけんのん!!」

と笑いながら返してくれていました。


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そんな何気ない夫婦の会話も、今となっては二度とできません。

「まだ先」は、誰にも約束されていない。
 

この15日間で、そのことを痛いほど思い知らされました。
 

これからも聖子との思い出を胸に、一つひとつ現実と向き合いながら、少しずつ前へ進んでいこうと思います。

 

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

 

皆様、安全運転で!!
[急]がつく運転は控えましょうね!