今回、FacebookにワーゲンバスとHONDA CD125Tの売却について投稿しました。
すると、相互フォローでもない、面識もない、まったく知らない方が突然コメント欄に現れ、私のことを「金の亡者」という趣旨の書き込みをしていきました。
たまにこういうことがあります。
私はこれが本当に理解できません。
普段からお互いにフォローしていて、毎日のように投稿が流れてくる関係なら、考え方が合わずに何か言いたくなることも、まあ理解できなくはありません。
しかし今回は、ただの通りすがりです。
たまたま私の投稿を見かけた。
内容が気に入らなかった。
それなら、そのまま画面を閉じればいいだけの話です。
もっと言えば、私の投稿が今後も表示されるのが嫌なら、私をブロックすれば二度と見る必要もありません。
それなのに、わざわざ他人の投稿欄へ入ってきて、相手を侮辱する言葉を書き残していく。
現実の世界で考えてみれば、かなり不思議な行動です。
知らない人たちが集まって話をしているところへ突然入っていって、
「俺はお前のやっていることが気に入らない」
と言って立ち去るようなものです。
私はそんなことをしません。
気に入らない場所なら、その場から離れます。
今回、おそらく気に入らなかったのは、私が聖子のバイクやワーゲンバスを売却していることなのでしょう。
故人の物を売ることについては、いろいろな考え方があって当然だと思っています。
「自分ならずっと残しておく」という方もいるでしょう。
それはそれでいいと思います。
ただ、それを私に要求されても困ります。
バイクは置いておけば永久に保存できる物ではありません。
ガソリンは劣化します。
バッテリーも上がります。
タイヤも硬化します。
キャブレターも詰まります。
エンジンも定期的に動かしてやらなければ状態を維持できません。
聖子は何台ものバイクをきちんと走らせながら維持していました。
私もその手伝いをしていました。
しかし、それを今後すべて私一人で続けていくことは現実的ではありません。
私はバイクは走ってこその物だと思っています。
ガレージの奥で何十年も眠らせて朽ちさせるより、気に入ってくれた人が乗ってくれる方がいい。
そう考えて売却しています。
もちろん、売れば代金をいただきます。
当たり前です。
「金の亡者」と言われないためには、全部無料で配ればいいのでしょうか。
でも無料にしたら今度は希望者が殺到するでしょう。
「あの人にはあげたのに、なぜ自分にはくれないのか」
そんな別の争いが始まるかもしれません。
だから私は相場を調べ、それなりの価格をつけています。
その価格でも欲しいと思ってくださる方と、きちんと話をして譲りたい。
それだけのことです。
もし「聖子さんの物は一つ残らず永久保存するべきだ」と本気で思われるのであれば、少々乱暴な言い方になりますが、
それなら全部あなたが買い取って、ご自身で博物館でも作って保存してください。
維持費も税金も保管場所も整備費も、すべて引き受けてくださるのであれば話は別です。
外から「残しておけ」と言うだけなら簡単です。
実際に管理している人間には、現実があります。
私は現在、仕事も休職しています。
生活もしていかなければなりません。
さらに今回、聖子の遺品整理を経験したことで、自分自身の所有物についても考えるようになりました。
もし数年後に私が突然死んだらどうなるのか。
子どもたちが、
「このバイク何?」
「この車はいくらするの?」
「名義変更はどうするの?」
「この楽器は売れるの?」
と、一つずつ調べることになります。
私はそれをさせたくありません。
だから今回の整理は、聖子の遺品整理であると同時に、私自身の終活でもあります。
必要な物は残す。
大切な物も残す。
しかし、管理できない物は次の人へ渡す。
それでいいと思っています。
そして今回改めて決めました。
今後、私や家族、故人、あるいは私の投稿を見てくださっている方に対して、誹謗中傷や侮辱的な書き込みをする方については、問答無用で削除・ブロックします。
反論合戦もしません。
説得もしません。
議論もしません。
私の考え方が嫌いなら、それで構いません。
ただ、嫌いな人間の投稿をわざわざ追いかけて、自分から不快になりに来る必要はないでしょう。
ミュートしてください。
フォローを外してください。
ブロックしてください。
そして、お互い関わらずに生きましょう。
SNSにはそのための便利なボタンがちゃんと付いています。
私は現実の世界でも、SNSでも、気持ちよく付き合える人たちと過ごしたいと思っています。
今回の件も、「世の中にはいろいろな人がいる」ということを再確認する機会になりました。
それ以上でも、それ以下でもありません。
そして最後に。
聖子の物を手放すことを、一番辛く感じているのは、少なくとも通りすがりの誰かではありません。
私です。
そこだけは、外から簡単に決めつけないでいただきたいと思っています。




