高校の部活動という特殊環境。 | "楽音楽"の日々

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音楽、映画を中心にしたエンタテインメント全般についての思い入れと、日々の雑感を綴っていきます。

高校の部活動は、毎日長時間にわたってみっちり行われることは、日本人なら誰でも知っていることです。ですから、吹奏楽部に限らず運動部も文化部も総じてとても充実しています。中でもその学校で注目されている部活は、朝も昼休みも放課後も寸暇を惜しんで練習します。もちろん、休日に活動するのも当たり前の世界です。そこが「ブラック」と言われる理由ですね。けれども、それが嫌なら辞めれば良いんです。ですから、「ブラック企業」とはかなり違っています。

 

私が京都橘高校吹奏楽部に出会うまでは、そういった部活動は世界中に存在するものだと漠然と思っていました。ところが、京都橘への世界中からのコメントを見ているうちに、学校の課外活動は世界に例を見ない日本独特のものだということに気が付きました。

そうすると、いろいろと合点が行くことがあります。吹奏楽はもちろんのこと、チアリーディングも日本一が自動的に世界一ですよね。事実、世界大会でも優勝するのはほとんどが日本代表です。

 

日本独特の長時間の練習は、個人のレベルが高くなくても団体競技でのまとまりを作る結果に結びつきます。それは、日本人の気質によるものかもしれません。個人主義の外国から見たら、驚きの声が上がるのも当然です。ですから、海外で日本と同じやり方をしても、同様の結果を出せるのか甚だ疑問です。

 

ということで、日本の吹奏楽部です。

強豪と言われる吹奏楽部は、全て我々庶民の想像を超える猛烈な練習をしています。ただ、どういう練習をしているか、どこに重きを置いているかで、方向性も結果も変わってきます。座奏で演奏の技術をブラッシュアップすることに専念している学校もあります。そういう学校の目標は、基本的に「全日本吹奏楽コンクール」の舞台です。マーチングをやっている学校は、それに加えて「全日本マーチングコンテスト」や「マーチングバンド全国大会」を目指すことになります。この二つは、マーチング・スタイルの違いですね。マーチングバンドの方は、世界的に行われている「ドラム・コー(Drum Corps)」というスタイルで行われます。日本での詳しい規定は全く知りませんが、それぞれの団体が個性溢れる発展をしているように思えます。ドラム・コーには入らないはずの木管楽器を取り入れる団体もあるし、正統派の構成でも世界大会でグランプリを受賞する沖縄の西原高校のような学校もあります。世界大会での他の団体と比べても、日本人らしい精度の高さで圧倒していることが明白です。逆に、少ない人数でも特別枠で参加している神戸弘陵学園高校のような個性的なバンドもいます。ドラム・コーについては明るくないのですが、今後書くことがあるかもしれません。

で、日本独自のスタイルなのが「マーチングコンテスト」の方です。「吹奏楽で行進をする」ことを基本にしていることは、マーチングのファンの方ならご存知のはずです。そこから「ゴメハ」の概念が生まれたワケです。そういう文化が全くない台湾で、京都橘のパフォーマンスが驚きをもって受け入れられたことは、痛快です。あの美しさは、日本ならではのものですもんね。

 

で、前回の記事で、「吹奏楽のポップスに、指揮者はいらない。」ということを書きました。

プロの楽団でも絶対にやらない長時間の全体練習のおかげで、高校の吹奏楽においてはテンポもリズムも全員が共有できるはずなのです。指導者(あるいは指揮者)は、練習では綿密に厳しく指導しますが、本番では曲の始まりを指示するだけです。曲が始まってしまえば、後はリズム・セクションが刻む正確なリズムに吹奏楽器が合わせるだけです。それで、音楽は成り立つのです。

 

京都橘が、ちょくちょくやるフォーメーションが、こちら。

 
 

指揮者より前に出て来ています。

明らかに、見た目の美しさや楽しさを表現する形です。これは、指揮者も「演者」の一人であることを証明しています。驚いたことに、これらの動画へのコメントに「指揮者より前に出るなんて、非常識。」といった大真面目な批判をしているものがありました。思わず笑ってしまいました。頭の固い「指揮者至上主義」でありポップスを全くわかっていない人間が、吹奏楽界には一定数いるようです。

写真の中で白いジャケットを着て指揮をしている前顧問の田中宏幸氏も、「生徒に共演させてもらっている。」と明言しています。全くその通りで、こういったパフォーマンスにおいては、指揮者は全体の要の位置にいて見た目の統一感を作り出す重要な演者の一人なのです。

 

 

 

 

 

 

京都橘のパフォーマンスは、どれを見ても素晴らしく全員が揃っています。それが最大の魅力なんですが、スローな曲だと更にテンポ感が共有できていることが良くわかります。そういうことが分かりやすい動画を、いくつかピックアップしてみました。

 

まず、2021年の年末に名古屋センチュリーホールで行われた「心の絆コンサート」から、映画「タイタニック」の主題歌「My Heart Will Go On」です。

 

 

まずは、イントロの終わりに、全員が一斉につま先を開くところに注目してください。実に美しいです。つま先を開くのは、その後左右に体を揺らすからですね。海藻の揺れを表していて、「海」を表現する時に京都橘はしばしばこの振り付けを使用しています。その後がこの曲のポイントで、スローな曲では珍しくずっと振り付けが続きます。そのどれもがピタッと揃っていて、感動します。京都橘の底力を見せつけてくれます。カラーガードの大きなフラッグも、大きい波と同時に主人公の心の揺れまで表現しているように思えます。映画の主題をちゃんと理解した、繊細な振り付けだと思います。

 

 

続いて、2022年8月に開催された「ハウステンボス・ブラスバンドフェスティバル」から、「Memories Of You」です。

 

 

 

この曲はBenny Goodmanの演奏を元にしたアレンジで、当然クラリネット・ソロがメインです。ですから、ソロを引き立てるための振り付けになっています。ソロのパートでは、他のメンバーは微動だにしません。しかも、それぞれの楽器は、構えたまま。楽譜の上では「休符」ですが、決して「休み」ではなくずっと演技しているのです。振り付けは、従来の京都橘のパターンの組み合わせで目新しさはありませんが、曲調にピッタリ合っていて実にエレガントです。やはり、動きのタイミングが合っていることがキモです。

 

 

そして、本年度のメイン・イヴェントだった、台湾の国慶節でのパフォーマンスです。観た人に感動を与えた「愛の讃歌」をどうぞ。

 

 

 

基本的に、振り付けはほとんどありません。フォーメーションの移動だけで美しさを見せる構成です。

クライマックスへ向かうところでは、パーカッションとスーザフォン以外はドラム・メジャーに背を向けています。誰も指揮者を見てないワケです。それでもこの揃い方。何百回、何千回と練習をしたからこその結果です。更に、横一列で前進する(「カンパニー・フロント」と呼ばれる、マーチングの見せ場のひとつですね。)場面では、ドラム・メジャーは演技をしていて全く指揮はしていません。これが、高校の部活動の長時間練習の特徴なんですね。体に染み込んだテンポ感で、全員がひとつになっています。まさに、本年度のクライマックスの瞬間です。この後の「全日本マーチングコンテスト」での金賞は、全部員とスタッフへのご褒美にすぎないと思うのです。

 

 

さて、京都橘のパレードの多彩さについては以前も書きましたが、本年度は前代未聞の挑戦をしています。振り付けは関係ありませんが、繰り返しの全体練習で実現できる好例をひとつ。

2022年10月の「PARADE & KITCHEN in ふそう」のパレードより、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のテーマ曲です。

 

 

 

スネアとマルチタムでテンポを指定した後、リズムなしで壮大なイントロが始まります。指揮なしでこんな展開は、京都橘のパフォーマンス史上初めてのことだと思います。日々の練習を見ていて、顧問やスタッフが「こんなことも可能じゃないか?」と思って選曲したんじゃないかと思っています。見事に揃ったイントロに続いてリズムインするメロディも、ゾクゾクする一体感です。通常なら、座奏で指揮者を見ながら演奏するのが普通です。いかに体に染み付いているかを感じられる見事な演奏です。

ちなみに、この動画は扶桑町の公式動画で、普段のアマチュア・カメラマンでは絶対に撮れない画角がたっぷりで、見どころ満載です。京都橘のパレードの魅力をパッケージングした、最高の動画の一本だと思います。

 

 

 

ということで、京都橘にしかできないパフォーマンスの魅力の一部をご紹介しました。これも、高校の部活動という日本の特殊環境なしでは実現しないことなんだということを、橘と出会ってから知ることとなったのでした。

 

音楽的にも常に冒険と進歩を恐れない京都橘の姿勢こそ、ファンを捉えて離さない最大の魅力なのでしょう。