鳥肌音楽 Chicken Skin Music

鳥肌音楽 Chicken Skin Music

WRITING ABOUT MUSIC IS LIKE DANCING ABOUT ARCHITECTURE.

2008年のローリングストーン誌の記事だそうです。トランプがニール・ヤングの大ファンであるというのは本当のことだったんですね。しかも、なかなかに的を射たニール・ヤング評になっています。

今やニール・ヤングにとってトランプは「今そこにある危機」なのですが、11年前にこうなるとは誰も想像すらできなかったのでしょうね。

>ニール・ヤングの最大のファンであるドナルド・トランプは語る、「彼の声は忘れられない」。



>2年前、マディソンスクエアガーデンの2列目で、パティ・スミス、サルマン・ラシュディ、ドナルド・トランプという奇妙なトリオがクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングを楽しんでいることに気付きました。昨年、ドナルドはユナイテッド・パレス・シアターでのヤングのソロ公演の最前列に座り、月曜日には、再びマジソン・スクエア・ガーデンでニールを楽しんでいました。昨日、トランプに電話しました。

「彼は何か特別なものを持っているよ」とトランプは言います。「彼の音楽を何年も聴いているし、以前、彼に会ったこともある。数年前のマディソン・スクエア・ガーデンでのボブ・ディランを称えるコンサート(ボブズ・フェスト 92/10/16)にも行ったけど、ニールは最高で拍手喝さいを浴びていたよ。他にいないよ。彼は長年にわたって私のカジノのためにパフォーマンスをしてくれていた。彼に会ったことがあるけど、素晴らしい男だよ。」

トランプにはお気に入りのニール・ヤングの曲やアルバムがあるのだろうか?「すべてお気に入りだ。古いものが好きだよ、どんな歌手でもそんなもんじゃないか、有名なリッキーネルソンの「ガーデン・パーティー」みたいなものさ。彼のすべての歌が好きなんだよ、分かるだろ、「ロックン・ロール」さ、最高だよ。声も完璧で忘れられない。 彼は63歳だけど、なにも変わってないと思うな。声は演奏よりも重要だよ、
素晴らしいプレイヤーはたくさんいるけど、ニールみたいな声は1つしかない。「それ」がどんなものであれ、 彼はたしかに持ってるんだよ。」
ローリングストーン誌の記事より。ニール・ヤングが今までに録音したが未発表のままになっている音源の大部分ついて自身のアーカイヴ・サイト=NYAで新たなサービスとして2020年中に公開を予定しているというニュースです。NYAで限定公開される音源にはファンであればご存知の『ホームグロウン』『クローム・ドリームス』といったお蔵入りした幻のアルバムや76年の武道館公演といったライヴ音源が含まれるようです。

ニール・ヤングは今回の公開についてあるファンからの「叔父のエディが高齢で今後発売されるアーカイヴのすべてを聴けないだろう」という投稿を読んで決めたとしていますが、おそらくはファン・レターとは関係なくずっと考えていたことについて自身のタイム・リミットが迫って来ていることをあらためて考えて急いだということなのかなと考えます。それが最後の「これは時間との闘いです」という言葉にあらわされていると思います。なんとも複雑な気持ちになるニュースですが、死後に自分の意思に反した「墓堀り」が行われているのも実際目にすることも多いので、ニールの決意も分かります。一枚でも多くの新譜も聴きたいという思いもありますが・・・・。

ニール・ヤングはあなたが亡くなる前に彼の未発表の音楽を聞いてほしい

「これは時間との闘いです」とヤングは、2020年に膨大な未発表アルバムを彼のファンに対しリリースするという野心的な計画について語っています。
by Andy Greene




ファンは最近、76歳のエディおじさんについてニールヤングに連絡しました。エディはニール・ヤングのすべてのアーカイブのリリースを聞けるほど長くは生きられないだろうと懸念しているといいます。「本当に悩ましいね」とヤングは彼のアーカイブ・サイト(NYA)に書きこみました。そして、アーカイブの有料購読者に対し、一般公開のかなり前に未公開資料の巨大な所蔵物をリリースする計画の可能性を説明しました。

「2020年にNYAですべてのアルバムをリリースすることについて私たちのチームと話してきました。当初、これらのアルバムはCDやレコードとしてはリリースされません、最終的には可能性がありますが、それまではNYAで限定公開します、かなりのヴォリュームになります」

現在のシステムでは、『タスカルーサ』『ソング・フォー・ジュディ』『ロキシー:トゥナイト・ザ・ナイト・ライヴ』など年に数回、ニュー・アルバムの邪魔にならないようにアーカイヴ盤をリリースしています。それらはストリーミング・サービスやフィジカルのアルバムとしてリリースされると同時に、NYAのWebサイトにアップされています。

ヤングがここで言及している未発表の録音には、1975年の『Homegrown』、1976年の『Chrome Dreams』、1977年の『Oceanside-Countryside』、1982年の『Island in the Sun』、2000年の『Toast』などの多数のアルバムが含まれています。1976年の『Odeon Budokan』、1978年の『Boarding House』、1986年の『Live in a Rusted Out Garage』そして2012年の『Alchemy』など、いくつかのライブアルバムもあります。また、彼がアーリー・デイズと呼んでいるダニー・ウィッテン時代のクレイジー・ホースの録音のコレクションもあります。(上記のリストはおそらく、ほんの一部に過ぎません。彼はすべてのコンサート、サウンド・チェック、スタジオ・セッションを記録しているからです。)



ニールヤングアーカイブへのアクセスは現在、月額1.99ドル(217円)または年額19.99ドル(2179円)です。彼の大きな計画を遂行すれば、それは変わるでしょう。「これによって、NYAに新しい料金体系が追加され、オンデマンド・ビデオ、映画、レコードに独占コンテンツとして「エディおじさんコース(名称未定)」が含まれる可能性があります。このコースのサブスクリプション価格は高くなります。これについてはさらに検討の上で説明します。」

さらにヤングは続けます、「これらのNYA限定レコードと映画は、完成品のカバーとアートを含むハード・グッズとデジタル・ファイルとして一般公開されますが、多くの人はShakey PicturesまたはNYA Recordsから一般向けに発売されるずっと前から、NYAで利用することが可能になります。」

潜在的な問題の1つとして、NYAで利用可能になった資料が一般に流出する可能性があります。「もちろん、NYAに限定されている間は、インターネットに流出しないようにします。これを解決できれば、2020年にそれらの多くをリリースします。以上が私たちが考えていることです。決定次第お知らせします・・・これは時間との闘いです。」

RS誌の元記事はコチラ→https://www.rollingstone.com/music/music-news/neil-young-archives-2020-910631/


ジョン・レノンのファンの方であれば『アビーロード』収録の「カム・トゥゲザー」がチャック・ベリーの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の盗作であるという訴えがあったことはご存知かと。

訴えを起こしたのは当時ベリーの版権を所有していたマフィアともつながりのあるモーリス・レヴィでした。結局レヴィと作者であるジョン・レノン(クレジットは勿論レノン=マッカートニー)の間で和解が成立しレノンは次のアルバムでレヴィの出版社ビッグ・セヴンが管理する「You Ca n't Catch Me」「Angel Baby」そして「Ya Ya」をカバーして収録することを約束します。



当時、ヨーコから三下り半をたたきつけられLAで「失われた週末」を過ごしていたレノンは、独りだし自分の好きなことやるかとばかりに上記の3曲だけでなく、自分のルーツであるR&R/オールデイズを集めたアルバムを作ることを思い付きR&Rとくればプロデューサーはこの人とフィル・スペクターを招きセッションを開始します。当初は順調だったセッションはスペクターがスタジオで拳銃を発砲したりマスター・テープをスタジオから盗み出すといった奇行を繰り返したために頓挫してしまいます。



その後、レノンはNYのスタジオでオリジナル曲のセッションを行い『心の壁、愛の橋』として発表します。収録曲の中にはお遊びのような「Ya Ya」も含まれていました。次のアルバムでは自分が権利を持つ3曲がカバーされているという約束を反故にされたレヴィは勿論かんかんになります。

レヴィを恐れたジョンはレヴィと会合を開き、スペクターの奇行のせいで本来は「次に」になるはずだったアルバム(『ロックン・ロール』)は中断しているが、必ず発売することを宣言し、懐柔策としてそのアルバムをTV通販する権利をレヴィに与えると口約束をします。(レノンはTVを使ったプロモーションの有効性に興味があったようです)

スペクターが盗んだテープも取り戻し、足りない楽曲を『心の壁 愛の橋』セッションのメンバーを再招集し74年の10月中には録音を完了し、11月にはミキシング作業を行いますが、作業が順調に行われている証としてラフ・ミックスの収録予定曲などをテープに収めレヴィに送ります。レノンとの口約束があったレヴィはあろうことかこのテープを『ルーツ』というタイトルのレコードにして75年の1月にTV通販で販売してしまったのでした。



これを知ったレノンとキャピトルは大慌てで販売差し止めを行いますが、市場にはすでに1270枚が出回ったとされ、後にレノンのコレクターズ・アイテムとして高額なレコードとなります。キャピトルは4月発売予定だったアルバムを2月半ばに『ロックン・ロール』というタイトルで緊急発売します。しかし売上は芳しくなくレノンとキャピトルはレヴィの『ルーツ』によって販売枚数に影響が出たとして訴え、最終的に訴えが認められレノンとキャピトル(EMI)側が勝訴しています。

この裁判でのレノンとキャピトルの訴えは3つありました。一つ目は『ルーツ』の売上そのものが『ロックン・ロール』の売上に直接影響を与えた。二つ目はTV通販で安価な価格設定の『ザ・ルーツ』に対抗するため『ロックン・ロール』は通常のアルバムより1ドル安い価格設定になっており、本来受け取る販売金額より1ドル×枚数分の損害があった。三つ目は『ルーツ』収録の音源が完成版より劣るラフ・ミックスであり、ジャケットもチープでジョン・レノンというスターの名声を大きく損なったというものでした。

判決は三つともジョンとキャピトルの主張が認められ賠償金を得ています。ここで面白かったのが三つ目のレノンの名声を損ねたという不調に対するレヴィ側の反論です。曰くジョン・レノンはすでに『トゥー・ヴァージンズ』のヌードおよび『サムタイム・イン・NYC』のニクソンと毛沢東の写真などで自ら名声を損なっているため、『ルーツ』の写真でさらに名声が損なわれることはないというものです。

 

思わず納得してしまいました(笑)。

ちなみに、この名声云々が争われているとき、レノンが髪を切って法廷に現れたことにレヴィ側の弁護士から「『ルーツ』のカバー写真よりさっぱりしたイメージに見せるために髪を切りましたね」と尋ねられたレノンは「くだらん!俺は18か月おきに髪を切ってるんだ」と叫んだんだとか。





和田誠さんがお亡くなりになりました。R.I.P.

和田誠さんというと思いだすのが小泉今日子の「快盗ルビイ」。和田さんが脚本/監督を務め小泉が主役の映画「快盗ルビイ」の主題歌で、作曲は大瀧詠一師匠、そして作詞は和田誠さんでした。

小泉の歌う主題歌の作曲を大瀧さんに依頼したのは小泉の担当ディレクターだったビクターの田村充義氏でした。

>田村は学生時代から〈はっぴいえんど〉のファンで小泉今日子の担当でした。「渚のはいから人魚」は「はいからはくち」から、「タイフーン ナイト(颱風騎士)」は「颱風」からのイタダキだとの話でした。(大瀧詠一「SONG BOOK2」ライナーより)

大瀧ファンであった田村にとって自分が担当する小泉今日子に大瀧作の新曲を歌わせるというのが悲願であったようでかなり強引なお願いであったようでした。

>あまりにも僕がしつこく言うので「まあ、いいや」と思われたのかもしれません。大瀧さんは映画好きだったですしね。どう思われて僕の依頼を承諾されたのかは、もうわからないんですが」(田村充義「コイズミクロニクル」ライナーより)

田村とは「ゴーゴー・ナイアガラ」時代からの知り合いであり、小泉今日子も面白いと思っていた大瀧師匠ですが、依頼を受けた理由としては和田誠さんが絡んでいたというのが大きかったようです。

>和田誠さんということで、映画を見るようになったのも小林信彦さんとか和田誠さんとか、そういう本を読んで古い映画とかを見て、それで理解がいっそう深まったというかね。だからそういうことがあるんで、そういうお話をいただいて、一度そういう話であればね、これはまたとない機会だと思って。(大瀧詠一 1989年新春放談より)

ということで悲願の作曲をお願いできた田村ディレクターですが、作詞に関しては大瀧さんに一任したようです。

>ビクター製作の同名の映画主題歌でしたが、監督は和田誠さんでした。作詞は映画制作関係者側には『探偵物語』の関係者も多かったので〈松本隆〉になるものだと思っていたようですが、私は和田誠さんご本人が面白いのではないかと考え依頼しました。(大瀧詠一「SONG BOOK2」ライナーより)

和田さんの映画についてのウィットに富む文章に影響されていた大瀧さんですから、当然の選択でしょうね。もちろん脚本/監督ということで映画の内容についても一番分かっているし、自身で作曲もこなすなど音楽に対する造詣も深いことは知っていたと思われます。

>最初は〈意外〉に受け取られたようですが〈脚韻〉を踏むなどの和田さんならではの詞となりました。(大瀧詠一「SONG BOOK2」ライナーより)

大瀧さんも脚韻に触れているように、日本語の歌詞では難しいが、英語の歌詞では当たり前の脚韻を「どうや」と言わんばかりに20カ所以上も使っていたのです。

著作権があるので全ての歌詞は引用しませんが、こんな感じの歌詞が続きます。

>好きよ金銀サンゴ
憧れてたタンゴ
欲しいのはサファイア
それとも素敵なキス・オブ・ファイア



歌詞を見た大瀧さんも「どうや」と言われたら「なんや」と思ったのか、ストリングスとホーンのアレンジに服部克久氏を招き、今までにも無いようなゴージャスなナイアガラ・サウンドでお返しをします。上の歌詞の「キス・オブ・ファイア」の部分では和田さんの謎かけに答えるようにジョージア・ギブスの「キス・オブ・ファイア」のメロディを引用するなど、お互いのらしさが出ていてにんまりしてしまいます。



ところで、この「快盗ルビイ」のメロディは何かに似てるなぁと思っていたのですが、シェリー・フェブレーの代名詞ともいうべき「ジョニー・エンジェル」の続編「ジョニー・ラヴズ・ミー」に似ているなぁと。



で、「ジョニー・ラヴズ・ミー」はアルバム『ティ-ンエイジ・トライアングル』に「ジョニー・エンジェル」ともども収録されています。ご存知のように当時大人気だったアイドル3人の楽曲をコンパイルしたこのアルバムをヒントに大瀧は山下達郎、伊藤銀次とともに『ナイアガラ・トライアングル』を発表します。

っていうことで「快盗ルビイ」は大瀧-和田-小泉のトライアングル・シングルだったんじゃないかと・・・・♬ルビィ・ラヴズ・ミー♬







まもなく発売のディランの新しいブートレグ・シリーズ『Travelin’ Thru, 1967 – 1969: The Bootleg Series Vol. 15』の英文記事をGoogle翻訳で訳していると「ものみの塔にそって」という訳語がたびたび出てきます。「ものみの塔」ってなんだと一瞬考えて、あぁそうか「All Along The Watchtower(邦題「見張り塔からずっと」)」の訳かと気づきました。ネット辞書の英辞郎では「watchtower」は「望楼、物見やぐら、観点」となっていて、「watch tower」だと「見張り塔」となるようです。



日曜の午後なんかに家でくつろいでいるとチャイムがピンポーンとなって、誰やねんとドアをあけるとおばちゃんの二人組かなんかが「あなたは神を信じますか?」とかいきなりの重たい言葉を投げかけてくる。「すんまへん、うち浄土真宗ですねん」とスルーしようとすると「では、これだけでも」とかいって小冊子を手渡され、何やコレと表紙をみると「ものみの塔」。



「ものみの塔」のWIKIには以下のような説明があります。
>「ものみの塔」は新世界訳聖書のイザヤ21章8節に由来している。現在の正式名称は『エホバの王国を告げ知らせる ものみの塔 (The Watchtower Announcing Jehovah's Kingdom)』と言う。

またボブ・ディランの「見張り塔からずっと」のWIKIには
>「見張り塔からずっと」の歌詞は、イザヤ書の第21章、5節から9節までの歌詞に似ていると指摘した評論家もいます。

ということで出所は一緒だったんですね。もちろんボブ・ディランは一時期を除きユダヤ教の信者なのでエホバの証人とは無関係かとは思いますが、アメリカ人であれば「All Along The Watchtower」というタイトルを見ればキリスト教との関連、中にはエホバの証人との関連性を思う人も多いのではないでしょうか。この辺は日本人には分かりづらいところです。

「ものみの塔」が出てきたついでにというわけではありませんがエホバの証人にはもう一つ一般向けの機関誌「目ざめよ!」というものがあります。



「目ざめよ!」のアメリカでの誌名は「AWAKE!」です。この「AWAKE!」がジャケットに登場するアルバムがあります。ご覧になった方も多いのではないかと思いますが、雑誌名までご記憶されていない方がほとんどではないかと思います。




収録曲の「ブラジル」がTVCMに使われたりと、日本ではエイモス・ギャレットの素晴らしいギターが聴けるルーツ、オールド・タイム系の名盤としてひょっとしたら本国以上に愛されているんじゃないかと思えるジェフ&マリア・マルダーの『ポッテリー・パイ』です。。ベットに半身を横たえているマリア・マルダーが読んでいる雑誌が「AWAKE!」です。

ということで、アメリカ人はこのアルバムを手にしてジャケットを見たときに真っ先に思うのは「この二人はエホバの証人だったのか」ということじゃないかと思います。すると、そこで内容についても聴く前から何らかのバイアスがかかっちゃうんじゃないのかなと思ってしまいます。日本に置き換えると例えば歌手の書斎を再現したジャケットの本棚に「人間革命」が並んでいるみたいなことと置き換えれば、日本社会では、まずありえないジャケットなのかなと思います。

ところでさきのディランも70年代の一時期、ユダヤ教からいきなりキリスト教福音派へと信仰の対象を変えたことがあります。その際に後に「キリスト教三部作」と呼ばれるアルバムを発表するのですが、『スロー・トレイン・カミング』と『セイヴド』の2枚のジャケットはあからさまに宗教観を出したものになっていました。

 

ということでアメリカでは自らの宗教観を表明することって当り前のことだということなんでしょうね。そもそもゴスペルとかクリスチャン・ミュージックみたいなジャンルがロックやカントリーといったジャンルと横並びである国ですからね。僕がこんなこと書いてること自体、アメリカ人からしたら何しょーもないこと書いとんねんという感じなんでしょね(笑)