住み慣れし町や頭上の冬の雲20251231
昨日20251230日は、朝に、通い慣れた神社が初詣の準備をしていた。毎朝境内を清めている人々とは違うようだ。言葉を交わすようになった方々が一人も居なかった。開け放つ扉や神の年用意 あき坊この日の朝ご飯は前日の残りのパスタを飯に乗っけて、アスリートのようにエネルギーを補給した。老躯には不要なエネルギーなので、必死に歩き回った。山盛りのパスタの朝餉ちゃんちゃんこ あき坊このパスタはホットプレートで、茹でるままに味を調えて食す。何回やってもイケる。ホットプレートを囲みつつ鍋焼やトマト風味のスパゲティ あき坊神社の脇の川に回ったら、ダイサギが居た。コサギは足先が黄色いので、そこが黒い鳥はダイサギだろう。小晦日や鷺の飛び行く先は海 あき坊で、いよいよ本日は20251231日、大晦日。神社へのお参りは明日行くつもりなので、今朝は埼玉の彩湖へサイクリングをした。人影はあまり見えず、快適に風を切ってきた。空には今朝も東西に雲が出来ているので、ふと考えてみた。もしかしたら、南の東京湾からの暖気が、北からの冷気に乗り上げて雲ができるのかしらと思いついた。住み慣れし町や頭上の冬の雲 あき坊彩湖は暴れ川荒川の調整池として作られた人工湖だけど、2019年の大雨の際には大いに期待に応えたので、今は3,4 kmほど上流にもう一つ湖を作っている。出来上がれば、環境整備が進んで憩いの場となって楽しめるかも。北へサイクリングする我がコースの途中にある。とりあえず、今見えている橋は外環道で、埼魂(さきたま)大橋と呼ばれている。大袈裟な橋だこと。青空を黒く映せり冬の湖 あき坊富士山はよく見えたけど、まだ空気が湿っているのかすっきりとはしなかった。人の営みが鎮まると、もっとくっきり見えるはず。もう少し冷え込んでくれてもいいかな。人並みに肥ゑ始めたり雪の富士 あき坊土手を突っ走るだけでなく、彩湖の傍に降りて富士山を眺めるのも好き。水辺って時間の進み方が遅くなって気分が落ち着く。さざ波に濁れる白や富士の雪 あき坊彩湖では護岸工事もしてあるのだけれど、内堤防側は自然な感じになっていて、安らぐ。コンクリートで固めた岸に親しみは感じないから。湖を護る岸辺の枯木かな あき坊荒川土手から彩湖を越えて、内堤防に上がると荒川の流れを見ることができる。青頸や都会へ下る川の旅 あき坊目を凝らせば、大好きな新宿も見える。冬霞新宿ドコモビルがある あき坊富士山を眺めるためにサイクリングしているワケでもないんだけど、月初めには鉤裂きのように見えた登山道がすっかり消えていた。雪が深くなったのだろうな。雪の降り始めは北斜面がまず白くなるが、その白さが全山に行き渡った。富士山の南斜面も雪の色 あき坊富士山と対面する位置としては、JR武蔵野線や荒川に流れ込む鴨川の水門を取り込むポイントが好き。山々を従えた富士山も素敵だけど、なにやら意味のある建造物を睥睨する富士山もいいじゃありませんか。のどやかに鉄橋渡る大晦日 あき坊北には浅間山も真っ白だった。関東平野のどん詰まりに秩父連山越に頂上近くが見える。赤城山はムリだけど、晴れれば草津白根、日光連山、少し離れて筑波山も。さいたまから見えるのは長野の浅間山だが、万葉集の浅間山は静岡県の乎那の峯(おなのみね)。波奈治良布 己能牟可都乎乃 乎那能乎能 比自尓都久麻提 伎美我与母賀母 作者未詳 巻十四 三四四八 読み方は花散らふ この向つを(峰)の 乎那のを(峰)の ひじにつくまで 君が代もがも「治良布」は「ぢらふ」と読んで「散らふ」花の散り続くこの向かいの嶺の乎那の嶺が、洲となって水に漬かるようになるほど、遠い後まで君は生き長らえてほしい 中西進訳「を」とは、動物の尻尾「尾」から山裾の伸びたところを指すので、峰も嶺も山の頂なので、ご承知あるべし。浅間嶺や老躯にスキー板もがも あき坊浅間もいいが、とにかく富士山は美しい。手前を横切る送電線は画像のひっかき傷のようで不要とも思えるが、この線を電気が猛烈に流れる時代に生きていると知れるのだから、悪くない。マンションに洗濯物無し年の空 あき坊 では、良いお年を。