田捨女 48)染川と紅葉にいはんたつた河
田捨女 48)【む】「む」が切字かどうか悩ましいが、使い方によるのだろう。郭公や何処までゆかば人に逢はむ 臼田亜波瀬の音や月夜に落つる鮎もあらん 正岡子規連体形なら切れないとすぐワカル。手をうたばくづれん花や夜の門 渡辺水巴しかし、捨女には「む」がかなりの数あるので項立てした。1)いさつまむわかなもらすな籠の内 春 18 「もらすな」の「な」終助詞は、動詞の命令形に付く「せ・れ・へ・け」とは違って切字ではないようだから、「む」で切れるのだろう。意味的にも「わかなもらすな籠の内」がひとかたまりである。この「わかなもらすな」は「摘んだ若菜をこぼさないように」の意味として、万葉集の巻頭を飾るの雄略天皇御製の歌に「籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児 家告らせ 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそいませ 我こそば 告らめ 家をも名をも」と強引すぎる台詞があり、その「吾名もらすな」とが掛けられている。月岡芳年「大日本史略図会 雄略天皇」猛々し過ぎるのは芳年だから。「いざ」とは気分ノリノリで人を誘ったりする言葉なので、「さぁ(若菜を)摘みに行くわよ!」と娘や下女などに声を掛けている。「でも、春の野で誰かに問いかけられても、名前は教えちゃダメよ」と心構えを伝えている、、自由にさせればいいのに。いざ摘まむ若菜漏らすな籠の内吾が名漏らすな 2)めたつ時さなへといはんこめ柳 春 38「めたつ」は「目立つ」だが、「芽立つ」と「新芽が現れる」の意味もあるだろう。そこから「早苗」は「米柳」の「米」の縁語。米柳とは、生け垣にも使われる「蜆花しじみばな」のことか。蜆花https://www.hana300.com/sijimi1.html3)郭公(ほととぎす)百鳥の巻頭にせんほとゝきす 夏 98「百」は多数の意味で、「百鳥」は「たくさんの鳥」だろうが、「百桟敷」というと「百文」と変わる。時鳥を売っていたかどうかはワカラズ。「百舌鳥」はたくさんの鳥の鳴き真似声色が得意で「百舌」となったらしいが、「百もも」の「も」の音からもあったろう。「巻頭」はその多数を並べた先頭の意味だろうが、鶯の初音の感激も去っていよいよ夏を告げる鳴き声がそれほど恋しいとは、想像がつかない。しかし、風の音の他は生活音しかない時代だったし、当然かも。僧侶の読経に女心が吸い寄せられてしまうことはよくあった。声明を聞いていると、心の澄む気がする。長谷寺声明Bing 動画百鳥の巻頭にせんほとゝぎす1)俗もこよひいもゐして見む月の顔 秋 173「俗」は「僧」に対する「俗」と言うより、「世の習わし」程度ではないか。「俗も今宵」は「世間でも今夜は」で、次の「いもゐ」は「いもひ斎ひ忌ひ」の誤記で、心身を清め慎むことだろう。句意は「みんなで潔斎してお月見をしましょう」となる。形式的には、「いも」「月」と「芋名月」を折り込んだお遊びで、貞門流の真骨頂。芋名月俗も今宵斎ひして見む月の顔2)染川と紅葉にいはんたつた河 秋 183赤い紅葉が龍田川を染めあげている景色を見ながら、捨女が連想しているのは例のちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとはである。上五の「染川」は太宰府天満宮と観世音寺との間を流れる川で、和歌にも詠われている。拾遺和歌集/巻第十九そめ河をわたらん人のいかてかは色になるてふ事のなからん 在原業平朝臣であるが、伊勢物語にこの歌を引用して「むかし、男、筑紫までいきたりけるに、『これは、色好むといふすき者』と、すだれのうちなる人のいひけるを、聞きて、染川を渡らむ人のいかでかは色になるてふことのなからむ女、返し、名にしおはばあだにぞあるべきたはれ島浪のぬれぎぬ着る といふなり」とある。捨女にどちらか、或いは両方の知識があったのだろう。捨女は血縁地縁の中では貞女なのだろうが、もっと自由であって欲しい。この「染川」には彼女の悩みがにじみ出ている。染川に宿かる波のはやければなき名立つとも今は恨みじ 源重之(拾遺集)「なき名」は「無き名」で、「身に覚えのない浮名」だが、そう歌うことからナンパは始まっているのかも。捨女はwidowだし、なにかと言われたか。で、句中では、これがまだ見ぬ筑紫の歌枕の「染川」なのだろうかと捨女は思うワケだが、さきほど見たように、「これは、色好むといふすき者」から「染川」は「逢初川あいぞめ」「思川おもい」とも言われている。捨女には投げ出せない思いやしがらみがあったのでは、と気の毒に思える。染川と紅葉に言わん龍田川回文龍田川紅葉立ち見も墓だったたつたかはもみちたちみもはかたつた※紅葉見に登った岩は古い墓石だった。春雨ぞ思ひの紐を染めざるははるさめそおもひのひもをそめさるは※桜はムリ。染川の「染め」から(続く)