田捨女24) 【かな】 春
1)賀茂山の梅はこよミのはかせかな 春 29
為永春水作『春色梅児誉美』(しゅんしょくうめごよみ)は、江戸時代の人情本の代表作と言われるが、春色梅暦と表記されたり、略されて「梅暦」とされることもある。
この中に、『頃しも春の梅暦、れんじに開く鉢植の、花の香かほる風寒み』とあるようだ。この部分しか読めないが、「花の香かほる風寒み」と梅の花が早春の訪れを教えている。
賀茂山は静岡県賀茂郡にある山か?
賀茂郡は、下田市を含めて賀茂地区と呼ぶこともあるが、東伊豆町、河津町、南伊豆町、松崎町、西伊豆町の五町。
そこに三倉山と呼ばれる山があって、奈良県桜井の三輪山に似た神奈備型の山なので、古くから人々の信仰対象となったそうだ。
昭和初めの國に院大學大場博士は、三倉山近の洗田遺跡の遺物が奈良の三輪山周辺の遺跡から発見される祭祀遺物とまったく同じものであることに気づいた。
https://sizkk-net.or.jp/magazine/297/intro/
この山のある伊豆の賀茂郡なら気候温暖で安定していそうなので、梅の開花時期も大きくずれることはなかったと想像がつく。
三倉山地図
「はかせ」は学問や諸道に精通した人、学者ではあるが、「節博士」を「はかせ」と略すこともあり、転じて「手本、模範」や「基準、標準」の意味を表す。
なので句意は、賀茂(にある)山の梅の開花は、暦の基準と。捨女は古代史もご存じだったようで、知識をこっそり披瀝しつつ…
テキストでは「暦のない中では、季節の到来を告げるものに梅があり、これを梅暦と言った。賀茂山の梅は毎年正確なので、これを『梅の博士』と敬った。」とあった。
しかし、捨女はあの山へは行ってないと思われるので、こんな味わいの無い句を作ったのは、もしかしたら業務連絡の如くに、愛しい人へ「春には京都(賀茂)で」と、なにかしら約束事があったのでは?
京都地図
賀茂山の梅は暦の博士かな
2)独吟歌仙
梅がえはおもふきさまの香ほり哉 春 32
独吟歌仙とは一人で三十六句の歌仙を巻くことで、この句はその発句。恋の句ばかりで三十六句を付け進めた作品も実在するとか。非力ながら、いつかやってみるか。
有名な「桃青門弟独吟二十歌仙(とうせいもんていどくぎんにじっかせん)」は、宗匠となったばかりの桃青(芭蕉)が弟子を集めての狼煙のような作品である。
それにしても「独吟」は大変だろうな、自己撞着を避けつつ、新たな世界を次々に示さなければならないので、実力がバレちまう。でも面白そうだ。
桃青門弟独吟歌仙
句中の「きさま」は「貴様」で、対象の人代名詞なので「あなたさま、おまえさま」なのだが、近世前期では敬称ながら後期に至ると、同等以下の者を指してぞんざいに言うときにもちいるようになってしまった。捨女の時代では、「愛しい貴様(あなたさま)」の敬称で、当たり前に読めば夫季成(すえなり)なのだろうが、ダンナにそんな思いを寄せるかな。彼女は情熱的な方なので、他の男では。
「え」は「えん」の撥音「ん」が表記されない形として、「宴」と解した。「なんめり」を「なめり」と書くのと同じ。
気晴らしに「な」の回文俳諧
ジビエ(秋)
串カツな母の手の幅なつかしく
くしかつなははのてのははなつかしく
※断定の助動詞「なり」の連体形「なる」の撥音便「なん」の「ん」を表記していないので、音読は「串カツなん」と。「それな」の「な」ではないつもりだが。
本論に戻って、句意は、梅の花見の宴は愛するあなたさまの香がいたしますわ、と。
この「え」を「枝」としては味気ない。
「香ほり」は捨女流の遊びか誤読か不明だが、「香をり」が正しい。「香をり」は「香をる」の名詞化で、好ましい香や、(顔などの)艶やかさ美しさなどの意味がある。
我家の今年の梅
よそにのみあはれとぞ見し梅の花あかぬいろかは折りてなりけり 素性法師
この歌を捨女が含みにしていたら、「枝」も無い話じゃない。
歌の内容は、遠巻きにしながら素晴らしいと見ていた梅の花なのだけど、見飽きない艶やかさは折って手に取ったら、確かに梅が漂わせているのだった。
「あかぬ」は「飽かぬ別れ」としばしば使われ、「名残尽きない別れ」を言うから、ここでの「あかぬ」にも「別れ」の気配が滲んでいる。
また、色香は梅の色と香りだが女性の容色の美しいことも言うワケで、僧籍にある人なのにと文句は言わずに、言葉遊びとして恋を詠うことはよくあると承知しておく。
梅が宴は思ふ貴様のかをり哉
参考;浮世草子作家西鶴編纂「古今俳諧女哥仙すがた絵入」貞享元1684年のステ評と代表句
奥山の桜も梅もその匂ひに人もしるぞかし。丹波の柏原の里に、栗より外をしらぬ野夫迄、今俳諧の道つけしは此女也。哥学の窓より都を見おろし、万の事にくらからず。
梅が香はおもふきさまの袂かな 捨女(すてにょ)
井原西鶴
句は似ているが、こちらは「あなたさまの袂」の妖しい香へと収束している。古今和歌集では「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」と「袖」だったが、それを捨女はより体に近く艶めかしい印象のある「袂」とした。
梅の宴
梅がえはおもふきさまの香ほり哉
共に遊んだ梅の宴の時の、あるいは宴の後の「懇ろ」の「あなたさま」の香を思い出しているので、「え」を「枝」などと白けるはずがない。
(続く)







