田捨女11)
【や】間投助詞 -7
【上五冬】
1)初ものや七十五日雪のもち 冬 223
初ものを食べると七十五日の寿命が延びると言われるが、初雪から数えて七十五日も経てば、雪も積もり餅のように見えたのだろう。
七十五日の謂れ、本当かどうかはワカラナイけど。
「初物七十五日」の意味と長生きの理由とは?なぜ75日寿命がのびるの?
初ものやしちじゅうごにち雪の餅
2)せつぶ
いとし子やのせてくらへむ宝ふね 冬 231
前書「せつぶ」は節分、冬と春とを分けるワケだ。正月の縁起物の宝船に大切なわが子を乗せて比べてみたいのだが、何と比べるのであろうか。この「や」には違和感があるが、「を」ではインパクトが無いかも。
「舟に事々しき人形(ひとがた)乗せて流すを」源氏物語須磨
ここでは陰陽師を召して祓をさせるのだが、源氏の君はご自身になぞらえて
知らざりし大海の原に流れきてひとかたにやはものは悲しき と詠う。
我が子の幸せを願うのにこの悲劇を持ち出すとも思えないが、もしかして、例の須磨返りの経験があったのかも。
愛し子や乗せて競べむ宝船
3)柊や鬼をとをさぬ戸はりてう 冬 233
「戸はり」は「帳とばり」で、鴨居から垂れ下げる布のことで、室内の仕切りや外部との遮断をしている。その「帳」の布を強調するためにあえて「戸張帳とはりてう」と言ったのか。あるいは、「てう」は「朝てう・チョウ」を指して、「帳」で仕切った空間を一つの町と見做して、より複雑な何かをいいたいのか。意味的には、素朴に柊は鬼は侵入できない戸ばりとワカルけれど。
柊や鬼を通さぬ戸張帳
字余り
4)つむた雪やはらハぬ庭の朝きよめ 冬 215
「積む」は四段活用の自動詞なので、ここでは連体形か。「つむ」が断定の「たり」と接続すれば「つむたり」で、完了の「たり」なら「つみたり」となるので、この「た」は「たり」の語幹か?
と前々から不思議で悩んでいたので、調べてみたらあった。
『助動詞「た」が確立した時期の調査 東京工業大学 齋藤 大志著』
一部抜粋
『よって「た」は遅くとも1593 年には使われており、それ以降はずっと現代と同じ使い方で使われていると考えられる。』
田捨女は寛永十年1633年の生まれなので、使いこなしていたのだろう。
『一方、多くの文献において、地の文及び間接話法の会話文では「たり」、直接話法の会話文では「た」を使う、という使い分けがなされている。さらに、長い間書き言葉は漢文や擬古文体が主流で話し言葉とも乖離していたため、「たり」は比較的最近である明治時代の文献にも登場する。』
なるほどと膝を叩いた。また、例の「たや」は希望の「たし」の語幹「た」に間投詞「や」が付いたものなので、別物。
と言うことで、手入れもままならない庭が、「積もった雪」のお陰で朝日に清々しく映えて、けがれが無いと見ているワケだ。
句中の「はらハぬ」は「払はぬ」としたが、「祓ふ」なら下二段活用で「祓へぬ」「はらヘぬ」となるからで、まぁ捨女さんの文法は時に怪しいのではあるけれど。
つんだ雪や払わぬ庭の朝きよめ
東林院
5)くれて行や子ひとつ計けふのくれ 冬 229
「行」は「とし」とルビが振られている。下の補)参照。
「行し」を「疾し」と書き換えて、「日が暮れてからは特に早いなぁ」と解することにした。そして、真夜中ほどにもなって、「けふのくれ」は「今日は大晦日だ」と素直に読む。
「子一つ」の「子一つ時」は、23時から23時30分の間を言い、年が改まる直前だ。伝統的な日本の時刻制度では、「子の刻」は0時を中心にした23時から1時までの真夜中2時間を指している。ただ捨女の時代は「明け六つ暮れ六つ」のごとくに時刻には非常にルーズな感覚なので、近頃のような人生ぎゅうぎゅう詰め感は無い。うらやましい。
テキストでは、『「くれ」の語が上下に重複する難解句。一方が日の暮れ、一方が年の暮れ。もうわずかで、一年が終わろうとする。』と簡単なコメントがあるが、「疾し」「子の刻」の二カ所を押さえればより実感を持って味わえる。
補)くれて行や歳暮につんだ雪の綿 冬 230
ここでは、「くれてゆくや」と読ませている。年末に降り積もった雪はまさに天の贈物の真綿のようと、面白くはないがすっきりと大晦日。
(続く)




