大雪山系旭岳
SOS遭難事故
1989年
毎日新聞(1989年7月26日)
*これについては、Wikipediaなど「SOS遭難事件」とされていることが多いですが、遭難に関して本人または第三者による「故意」の要因がないことから、このブログでは「SOS遭難事故」としています
【大雪山系旭岳】
(Googleマップ)
大雪山系の諸峰(Wikipedia)
北海道の中央部に位置する大雪山は、一つの山ではなく、「北海道の屋根」とも呼ばれる2000m級の峰々が20以上も連なる巨大な火山群で、「大雪山系」と言われます。
一帯は「大雪山国立公園」に指定されており、なかでも道内最高峰として登山者の人気を集めているのが旭岳(標高2291m)です。
旭岳に向かう登山者
「登山の初心者でも挑戦できるのが旭岳。脚力に自信がなくても〈大雪山旭岳ロープウェイ〉を利用すれば、標高1600メートルに位置する姿見駅まであっという間に辿り着きます」(「おもいっきり北海道」)と観光案内サイトに書かれているように、五合目付近までロープウェイで上がると、あとはほぼ一直線に山頂まで片道2時間ほどで行けるとあって、旭岳は手軽に登れる山という印象が強くあります。
姿見駅から旭岳への登山ルート
(YAMAP)
「山の日」に登山客でにぎわう旭岳山頂
(毎日新聞、2016年8月11日)
しかしそうしたお手軽なイメージとは裏腹に、旭岳は遭難事故が多発している山でもあるのです(YAMA HACK「遭難事故の多い旭岳。なぜ?どこで?実際の事故原因から学ぶ対策方法」2020年9月12日)。
上の記事によると、旭岳遭難事故のもっとも多い原因は「道迷い」だそうです。
というのも、「山の天気は変わりやすい」と言われるように、晴れていると思うと一転して天気が崩れ霧がでて視界が悪くなると、たとえ道標があっても道に迷ってしまうことがあるのです。
晴れている時(上)と霧が出た時(下)の旭岳登山道
(上記の記事)
この大雪山系旭岳で、1989年の遭難者捜索をきっかけにして、その5年前に起きたミステリアスな遭難事故が明るみに出たのです。
【発見されたSOS遭難事故】
1989(平成元)年7月24日の午後、同じ大雪山系の黒岳から旭岳に向かっている途中で行方不明になった東京からの登山者2名を捜索するため、北海道警察(以下、道警)のヘリコプター「ぎんれい1号」が旭岳周辺を飛行していたところ、同岳南方の湿地帯で倒木を組んだと思われる「SOS」と読める大きな文字を発見しました。
行方不明だった登山者2名は、その場所から3kmほど北で午後6時50分ごろに無事救助されたのですが、この文字については知らないとのことでした。
そこで道警は、他に遭難者がいるものと考え、翌7月25日にあらためてヘリを飛ばし、見つかった文字の周辺を捜索したところ、人骨と見られる白骨3片(大腿骨、上腕骨、骨盤のそれぞれ一部)と、カセットテープレコーダーとカセットテープ4本(1本はレコーダーに装着)、洗面用具や山王神社のお守りなどが入ったリュックサックが発見されました。
なお、骨には動物の噛み痕と見られるものがついていました。
朝日新聞(1989年7月26日)
発見された骨について旭川医科大学で鑑定したところ、骨盤の形状から20−40歳の女性のもので、身長は160cm前後、採取された骨髄から血液型はA型とされました。
「SOS」の木文字は、シラカンバ(白樺)の倒木を集めて3段に積み上げた長辺が5mと大きなもので、中には直径50cm長さ5mもの木もあり、これを作るには相当な労力(男性1人だと少なくとも丸2日)が必要と推定されました。
「S」の字(朝日新聞、1989年7月28日)
なお警察が調べてみると、この「SOS」の木文字は、1987(昭和62)年9月20日に林野庁と国土地理院が地図作成のために高度3700mから撮影した航空写真に、3文字合わせても幅は約0.9㎜と小さいながら写っていたことが分かりました。
読売新聞(1989年7月31日)
さらに、テープレコーダーにセットされていたカセットテープには、アニメ「超時空要塞マクロス」と「魔法のプリンセス ミンキーモモ」の主題歌や「マクロス」を話題にしたラジオ番組の録音のあとに、2分17秒にわたって男性が大声で「えーすーおーおーえーすー たーすーけーてーくーれー」のように一文字ずつ区切りながら叫ぶ声が録音されていたと7月27日に道警が発表しました。
その声は、当時テレビで何度も流され、今でもこの事件を扱ったYouTube動画で聴くことができます。
カセットテープレコーダー
カセットテープのケース
「ミンキーモモ」の切り抜きが貼られていた
(毎日新聞、同上)
また、7月28日にも道警がヘリで4人の捜査員を現地に降ろし捜索をしたところ、あらたに頭蓋骨*やカメラの三脚、男性用のバスケットシューズ(27cm)の片方など35点の遺留品が発見されましたが、周囲に新しいヒグマの足跡が多数見つかったために捜索を切り上げて撤収しました。
*この頭蓋骨についても、旭川医科大学は先に見つかった骨と同様に女性のものと鑑定した
毎日新聞(1989年7月28日夕刊)
こうして、最初に見つかった骨が女性のものと鑑定されながら、他の遺留品やテープの声が男性のものであったことから、遭難者は男女のペアだったのか、男性と女性が別々の時期に同じ場所で遭難したのかなど、遭難者の身元確認は混乱することになります。
というのも、旭岳での女性の行方不明者の届け出は記録になかったからです。
(読売新聞、1989年7月28日)
【特定されたSOSの発信者】
当時、旭岳周辺で行方不明のままになっていた登山者は、1984年7月の愛知県の男性と1989年6月の東京都の男性の2人で、その他に1989年4月に札幌から網走の女満別に向かったまま消息を絶った3人乗り小型飛行機のルートもこの近くでした。
そのうち、発見された骨や遺留品の経年状態から、1984(昭和59)年7月10日に旭岳に登ったまま行方不明になっていた愛知県江南市の会社員・岩村賢司さん(行方不明時、25歳)の可能性が高いと見てテープの声を両親に聴いてもらいましたが、確証が得られませんでした。
ところが、7月28日に北海道放送(HBC)の取材班4人*が旭岳に入山し、29日に現場付近を取材中、「SOS」の木文字から北に約50mのところにある木の根の部分の自然にできた穴に倒木や枯れ枝を立てかけて雨露をしのげるよう細工し、ゴミ袋や雨ガッパを敷いてビバーク(登山での緊急時の野営)した跡があり、穴の中とそこにあった袋から岩村賢司さんの免許証やユースホステル会員証、印鑑、彼が愛用していたカメラなど30数点を見つけたのです。
*取材班4人は、このあと過労のため自力で現場から動けなくなり、7月30日の朝に道警のヘリで救出されました
岩村賢司さん
毎日新聞(1989年7月30日)
読売新聞(1989年7月31日)
これら遺留品を、岩村さんの両親と会社の同僚に見せたところ、彼のものに間違いないと確認された*ことから、道警は木文字を作った遭難者は岩村賢司さんであるとほぼ断定しました。
*下の記事にあるように、最初に発見されたお守りは岩村さんの実家(京都市右京区)の近くの山王神社のもので、父親が毎年交通安全のお守りを息子の賢司さんに渡していました
読売新聞(1989年7月30日)
道警は、8月3日にも4度目の捜索を現場でおこない、さらに人骨や毛髪、衣類、時計などを発見しています。
読売新聞(1989年8月4日)
4回の捜索をおこなった北海道警旭川東署は、8月4日に「捜すべきところはすべて捜した」として捜索を打ち切ると発表し、骨の「女性」はいったい誰かという謎を残しながら、「SOS遭難事故」は岩本賢司さんの遭難ということでひとまず落着しました。
【謎の「女性」の正体】
それから1年半後の1991(平成3)年2月28日、旭川東署は発見された人骨を女性のものとした当時の鑑定は誤りで、遺骨も岩村さんのものだったと発表しました。
DNA鑑定が本格的に導入され始めたのは1992年になってからで、1989年当時の鑑定は骨の形状によるものでした。
旭川医科大学では、見つかった骨片のうち主に骨盤の大きさと形状からそれが女性のものだと鑑定したのですが、頭蓋骨と生前の写真とを比較し、輪郭の他に鼻や口、耳、眉など特定のポイントの一致からその人物を特定するスーパーインポーズという新たな手法で再鑑定したところ、頭蓋骨が岩村さんのものであると分かったのです。
また、血液型についても骨髄が変質していたために当初A型とした鑑定は誤りで、岩村さんと同じO型であったと訂正されました。
こうして骨だけを残した謎の女性遭難者は最初からいなかったことが分かり、SOS遭難事故は岩村賢司さんの単独遭難事故だったことですべて決着がついたのです。
朝日新聞(1991年3月6日)
【岩村さんの登山ルート】
冒頭にロープウェイの姿見駅から旭岳山頂への登山ルートを紹介しましたが、岩村賢司さんはそれとは異なり、5年後に東京から来て遭難した2人の登山者(その捜索過程でSOSの木文字が見つかった)と同じ黒岳から旭岳に至る縦走コースをたどっていたようです。
岩村さんが届け出た登山ルートについては、全国紙では読売新聞(1989年7月29日付)だけが報じています。
それによると岩村さんは、1984年7月10日に宿泊していた層雲峡ユースホステル*(現在の層雲峡ホステル)を出て、黒岳(標高1984m)ふもとのロープウェイ駅から五合目の黒岳駅(1300m)に上がり、さらにスキー場のペアリフトに乗り継いで、7合目(1520m)からまず黒岳に登りました。
*ユースホステル(YH)は、旅する若者たち(ユース)に安全かつ安価な宿泊所(ホステル)を提供しようという理念をかかげ20世紀初頭にドイツで始まった運動が世界に広がり,日本では第二次大戦後に多く作られた会員制の宿泊施設
層雲峡ユースホステル
黒岳ロープウェイのふもと駅
(右手奥に見えるのが黒岳)
ペアリフトで黒岳7合目駅へ
黒岳山頂から中岳・間宮岳を経て旭岳に登り、西の姿見駅からロープウェイで下山し、旭岳温泉に行くというのが岩村さんの計画でした。
YAMAPのルート地図に小川加工
YAMAPによるとこのルートは、黒岳7合目のリフト駅から旭岳の姿見駅まで11.9km、7時間を要する「きつい」部類のルート*になります。
モデルケースによると、朝の7時に黒岳7合目リフト駅を出たとすると旭岳に着くのは12時19分と5時間以上(約9.1km)かかるそうです。
*このルートは、走破するのにどれだけのエネルギー(体力)を必要とするかを示す「コース定数」( 1.8 x 標準コースタイム(h) + 0.3 x 歩行距離(km) + 10.0 x 上り累積標高(km) + 0.6 x 下り累積標高(km))が「28」で、健脚向きの「きつい」コースだとYAMAPでは表示されています。ちなみに、姿見駅から旭岳を往復するだけならコース定数は「16」で初心者向きの「ふつう」です
(ルートの高低と距離、YAMAP)
岩村さんにどれだけの登山歴があり健脚だったのかは分かりませんが、スポーツマンというよりアニメ好きでやや太り気味だったと言われることも考えると、旭岳を出た時点ですでにかなり疲労が溜まっていたのではないでしょうか。
【遭難場所と遭難原因】
ところで、岩村さんが遭難しSOSの木文字を作った「旭岳山頂から南へ約4km」という場所がどこなのか、その正確な位置情報を得ることはできませんでした。
そこで、新聞各紙が載せた現場見取り図と後に述べる遭難ポイント、それに「saitama-n」さんが「YamaReco」に掲載しておられる日記(「SOS遭難事件」2021年3月2日)の地図を参照すると、次の場所ではないかと推定されます。
(YAMAP)
(Google Map)
このように、旭岳山頂からSOSの木文字の場所への位置関係から考えると、山頂から姿見駅に向かって下りるときに、ある地点で西方ではなく南方へと道を間違えてしまったものと思われます。
その「ある地点」とは、実際にそれまでも道を誤る人がしばしば出ていた場所で、岩村さんもそこで道迷いをしてしまった可能性が非常に高いと考えられています。
下の地図の、山頂から下ってほぼ直線に西の姿見駅に向かう手前で道がカーブしているところがその地点です。
(YAMAP)
この近くには、旭岳の道しるべとして有名な四角い「金庫岩」があり、山頂に上るときはこの岩を左手に見、下る時はこの岩を右手に見て通るのです。
金庫岩
(最上晶さんのブログ「追分日乗」より、2022年)
ところが、金庫岩から少し離れたところに、非常によく似た「ニセ金庫岩」と呼ばれる四角い岩があるのです。
ニセ金庫岩(同上)
上の写真に写っているように、SOS遭難事故が明るみに出た後の7月31日、環境庁(現在の環境省)大雪山国立公園の管理事務所は、旭岳登山道の中で最も迷いやすいニセ金庫岩の近くに新たに標識を設置し*、その後さらにロープを張って誤った方向に迷い込まないための措置を取りましたが、岩村さんが訪れた時には標識もロープもありませんでした。
*今では地図にも、従来から記載のあった金庫岩に加えてニセ金庫岩が載せられています
朝日新聞(1969年8月1日)
可能性として、岩村さんは旭岳を下りるときに金庫岩を見過ごし(岩村さんの疲労に加え、上りと下りとで金庫岩は形が異なって見えるとの指摘もあります)、ニセ金庫岩の方を金庫岩と見誤り、それを右手に見て進んだため、出口のない道へと迷い込んだのではないかと思われます。
正しいルートだと、上図のように姿見駅へと西に向かって進むのですが、間違うと南に下りますので、もし岩村さんがコンパス(方位磁石)を持っていたり登山に慣れていればすぐに間違いに気づいたのでしょうけれど、軽装備で特に登山経験が豊富というわけではなかった岩村さんは、「ちょっとおかしいかな」と思ったとしても「まあ大丈夫だろう」という気持ち*で間違った道なき道をそのまま進んでしまったのではないでしょうか**。
*危機が迫っていても「大丈夫だろう」「大したことない」と過小評価して心の平静を保とうとする「正常性バイアス」と呼ばれる心理的な自己防衛機制が働いたのかもしれません
**2000年代後半から急速に普及したスマートフォンがこの時代にもしあれば、事故は防げたかもしれません
【遭難現場の状況と録音テープ】
岩村さんがどのようにしてSOSの木文字を作った湿原にまでたどり着いたのかは分かりませんが、湿原の周囲には「笹地」の地図記号が書かれているように、斜面が笹で覆われていました。
旭岳の笹は「チシマザサ(千島笹)」という大型の笹で、「主に標高1000メートル前後の山地は、山の斜面を埋め尽くすほどの大群落をつくることが多い」(Wikipedia)そうです。
1〜3mのチシマザサが伸びた斜面を下から登ることは非常に難しく、岩村さんがテープに「笹深く上へは行けない」と吹き込んだのは、いったん下りるともう元には戻れない状況を言っていたのだと思われます。
チシマザサ(那須岳:栃木・福島の例)
またテープの声に「がけの上で身動きとれず」とあることを含めて、山岳ガイドの宮下岳夫さんは、「リュックが見つかった現場付近には笹が一面に生えている。近くの忠別川を川下に4、500m下りていくと、急に切り立ったがけに出る。川を下れば人家に出ると判断して川下に向かった場合、急に両岸が高さ200mのがけに突きあたったら、一般のハイカーはパニックになる。テープの声はその時に吹き込んだものではないか。遭難した人物は湿原方向にやむなく引き返し、ヘリの助けを求めてSOSの記号をつくったのだと思う」(毎日新聞、1989年7月28日)と推測していますが、ほぼ事実に近いのではないかと思われます。
「SOS 助けてくれ 場所は初めにヘリに会ったところ」という点については、岩村さんの消息不明の知らせを受けて道警は救助ヘリを飛ばし旭岳一帯を捜索したのですが、彼を発見できませんでした。
ヘリでの捜索には多額の費用がかかるため、道警としてはいつまでも捜索を続けることはできず、岩村さんの会社の同僚たちが民間ヘリをチャーターしようとカンパを集めたりもしたそうですが、結局彼の発見には至りませんでした。
しかし、岩村さんの方はいずれかのヘリを見てそれに希望をつないだのでしょう。
テープレコーダーに救助を求める声を吹き込んだ時期や意図についてはよく分かりませんけれど、自分が衰弱して大声を出せなくなったときに備えたのかもしれません。
なお、岩村さんの死因についても、死後5年が経過し遺骨も部分的にしか残っていなかったことから特定できていません。
現場がヒグマの生息地であり、遺骨に動物の噛み痕があったことから、ヒグマに襲われた可能性もありますが、骨の散乱や噛み痕は死後のことかもしれず、またキツネの仕業との見方もあるようで、衰弱死の可能性も含めて真相は藪の中です。
岩村さんが、たった独りどんな思いで懸命に倒木を集めて巨大なSOSの木文字を作り、またテープに助けを求める声を吹き込んだのだろうかと考えると、ご遺族ならずともいたたまれない気持ちになります。
アニメ好きの彼が、テープに録音していたアニメソングやラジオ放送を聴いて心を慰めていたとも考えられますが、電池が消耗してしまうといざというときに録音が役に立たなくなるので、それも思うようにはできなかったことでしょう。
ただ、彼が作ったSOSの木文字が、5年後に他の遭難者を発見・救助するきっかけになったことが、せめてもの慰めと言うしかありません。
ちなみに、SOSの木文字は現在はもう目視できなくなっているようで、事故発生から41年が経過して自然に還ったのかもしれません。
「ミステリアスな遭難事故」と初めに書きましたが、SOSの大きな木文字、テープに吹き込まれた叫び声、遺骨の女性(これについては後に判明)といった「謎」が発見当初からさまざまな推測・憶測を呼び、今でも「事件」と呼ばれることが多いように人びとの興味を引きつけています。
遭難の現場が発生から5年も経って発見されたことから、今となっては確かに推測するしかない「謎」は残りますが、出来事自体は岩村さんの道迷いによる遭難であって、それをことさらミステリー仕立てにすることはないでしょう。
ただ、気になったことをあげるとすれば、読売新聞が報じた岩村さんの当日の登山計画は、彼の体力や技量に比してややハード過ぎたのではなかったかとの懸念です。
旭岳も観光案内に「初心者でも挑戦できる」「脚力に自信がなくても」とありますが、黒岳も「ロープウェイとペアリフトを利用すれば、比較的手軽に山域の高原風景や紅葉、雲海、雪景色を楽しむことができます。「大雪山 黒岳」は登山・トレッキングファンに定番の山であり、北海道の自然美を象徴するスポットの一つです。ロープウェイを使えば5合目駅(黒岳駅)まで上がれるため、体力に自信がない方でも高所の絶景を満喫できます」(北海道観光ツアーズ)と手軽さをアピールして登山者を誘っています。
しかし、脚力や体力に自信がなくても手軽に楽しめる旭岳と黒岳とはいえ、この2つの山をつないで縦走するコースは、先に見たようにかなり「きつい」ものであるにもかかわらず、岩村さんや5年後に同じルートで遭難した登山者たちは、山の魅力と誘い文句に惹かれるあまりつい見方が甘くなってしまった可能性を否定できないように思いました。
人間がいくら飼い慣らそうとしても、自然はそう簡単に人の思い通りにはならない厳しい顔を持っているという畏れと謙虚さを私たちは失ってならないことを、正常性バイアスに流された根拠のない楽天性ではなく最悪の事態を想定して危機を危機と認知できることの重要性とともに、事故の教訓として再確認しなければならないと小川は思いました。
もう一つ気になったことは、岩村さんの死にヒグマが関わっていた可能性です。
というのも、今年はクマ(ツキノワグマ、ヒグマ)が人間の生活圏に出没して被害を及ぼす事件がこれまでになく多発したからで、恒例の「今年の漢字」にも2025年は「熊」が選ばれたほどです。
(写真提供:日本漢字能力検定協会)
旭岳をはじめ大雪山系にはヒグマが多数生息しており目撃情報は多々ありますが、人命に被害が出た記録は1949(昭和24)年7月30日に1人が亡くなったただ一件だけです。
この事件は、北海道秩父別町から来た男性9人のパーティーが、愛山渓温泉から旭岳山頂を目指し往復26kmを日帰りするという、この場合は明らかに無謀な計画の中で起きました。
「日本クマ事件簿 vol.01」(ソトラバ、2023年5月20日)によると、午後1時に愛山渓温泉を出発した一行が、当時はまだなかった大雪山旭岳ロープウェイ(1967年開業)姿見駅の近くにある姿見の池に夕方になってようやく到着したものの、うち4人は疲労困憊していたために登頂を諦めて下山することにしました。
姿見の池と旭岳
ところが午後7時ごろ、下山していた登山路で下から上ってくるクマと出くわし、大声をあげて威嚇したのがかえってクマを刺激したのか、笹藪に飛び込んだ4人のうち21歳の男性がクマに押し倒されて犠牲になりました。
通報を受け8月1日になって20人の捜索隊が現場付近を捜したところ、男性の頭と足、そして胴体がバラバラに見つかりましたが、筋肉はほとんど食べられていたそうです。
ただ、どうしてこのときクマが人を襲ったのかについては、「クマが人間を襲う場合は、空腹や苛立ち、戯れ、恐怖と、さまざまな要因が考えられるため、本当の理由は推測の域を出ない」とこの記事は述べています。
クマによる死亡被害が確認されたのは、先に述べたように大雪山系ではこの1件にとどまりますが、行方不明者の中には同様の被害者がいる可能性があり、もしかしたら岩村さんもその1人なのかもしれません。
ところで、今年の特に東北地方を中心としたクマの出没と被害については、原因としてクマのエサとなるブナ(どんぐり)の結実が青森・宮城・秋田・新潟・山形で大凶作だったことが指摘されています。
読売新聞(2025年11月17日、新潟県版)
ブナの結実は、年によって波(豊作と凶作の周期)があるそうですが、岩手県内の状況(下表)を見てもここ10年豊作の年はなく、凶作や大凶作の年が増えています。
読売新聞(2025年11月7日、岩手県版)
ブナ凶作の原因としては気候変動による温暖化の影響が指摘され、山でエサの不足したクマが人口減少・過疎化にともなう耕作放棄地の増加もあり人里まで下りてきてそこを生息地にする個体が増えている*というです(石田雅彦「「クマ被害」増加の原因は「人口減少」と「温暖化」だった。東京農工大などの研究」Yahoo!ニュース2025年4月20日、など)。
*こうしたクマは「アーバンベア」と呼ばれ、冬眠も浅く短くなっているそうです
また、エサ不足の環境下ではクマにも変化があらわれ、臆病と言われてきたクマでもエサがないことで性格が一変し凶暴になると言われます(読売新聞、2025年12月22日岩手県版「記者ノート2025」)。
岩手県内では今年10月16日、北上市の瀬見温泉で従業員の男性が露天風呂の清掃作業中にクマに襲われ行方不明になる(のちに死亡を確認)という痛ましい事件も起きており、人に直接の害を及ぼすクマ(個体)に対しては、緊急避難的措置として駆除することも必要でしょう。
読売新聞(2025年10月17日)
しかし、こうしたクマの異常行動の背景に気候変動や過疎化など人間の諸活動の影響があるとすれば、ただクマを駆除しさえすればいいということではなく、地球環境破壊に対する人類の責任を重く受けとめ、地球規模での有効な対策を国際的な協力関係のもと早急に講じることが必要でしょう。
ところが、「気候変動はフェイクだ」とする真逆の主張が台頭してそうした取り組みの足をひっぱり、国際社会に混乱が生じています。
いま増加しているクマ被害は、地球/自然の発する「SOS」なのではないのかと、小川には思えてならないのです。








































































































































































































































































































































































