地上天国への道 9. | ブログ.

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事実は小説よりも奇なり.
Truth is stranger than fiction.

息子りんの絵と猫と, 愛する人生と.
Rin’s arts,cats,and loved life.













そして
まつやま絵画教室











りんくんは
絵を描くごとに
大人になっていく」
と言った









それは
自分の作品が
増えるごとに








それが
自信になるからだ
























そして
まつやま絵画教室に
通い始めて
8ヶ月くらい経ったころ









まつやま絵画教室の
第一回の絵画展
開かれることになり








息子も
出展することになった











そしてわたしは
10年以上前の
息子の脳障害のリハビリ









友人、知人、隣人
家族、親戚
募集で来て下さった方など










50人近い
毎日入れ替わりで
無償で
お世話になっていて








だからいつか
ボランティアさんに
恩返しがしたい
とずっと考えていた










もちろん
ボランティアさんは
そんな事は
望んでもいないかもしれないが










でもわたしは当時
わたしのあんなわがままを
無償で助けて下さったことは
奇跡だと思っていて








だからいつか
何かの形で
恩返しがしたい
とずっと思っていて









それはわたしが
ここまでくる
原動力の一つだった










そして
わたしは当時
ボランティアの皆さんに
リハビリの説明をするためや
わたしの楽しみとして









風便り〟という
お便りを
発行していて









またいつか
そのお便りを発行することも
ずっと夢だった










そして
ボランティアさんらへの
恩返しは何が良いか
と考えたとき










やはり
一番は息子の成長だと
思った








それも
学校を卒業しました
20歳になりました
という









それも決して
当たり前では無く
物凄い奇跡だけど










でも
もっと
皆さんが










心から
安心し喜ぶような
泣くような











息子の自立した成長を
奇跡中の奇跡を
届けたい
とずっと思っていた











だから
絵画展に出展する
と決まり








松山先生から
出展者一人一人に
絵画展の案内のDMが
配られたとき








ああ、
これをボランティアさんに配ろう
と思った










その後も諦めず
模索を続けながら
必死に生きてきた結果









息子は
爆発的な絵の才能を
発揮するようになったことを










風便りに載せ
DMと共に皆さんに
お送りしようと思った












そして
ボランティアさんは
ほぼ市内の方だったが








ボランティアには行けないけど…
と忙しい方や
隣県や九州など
遠方の親戚や知人は









いつも
わたしたちを
応援して下さったし









リハビリとは関係無しに
息子がお世話になってきた
幼稚園や学校の先生や
養護学校のお友だちや









わたしの
友人、知人、恩師や
母の友人、知人
前の家と今の家の
近所の方など









本当に
たくさんの方に
応援を頂いていたので









わたしは
絵画展に来て下さるかどうか
関係無しに









これまで
縁があった全ての方に
息子のこの成長を報告するために
DMを送りたい
と先生に伝えると









先生は
一人20枚のDMを
生徒さんに配っていたが










「りんくんの家は
幾らでも持って行ってください」
と言って下さり
涙が出た










そして
わたしたちは
結局150枚を頂き
風便りと共に送り
封筒に入れ








その一つ一つに
その方のお顔や
当時のやりとりを
思い出したり










どんなに
喜んでくれるだろう
と想像しながら
泣きながら
メッセージを書き









父に
宛名書きをしてもらい
送り








それは
わたしがいつかまた
風便りを出したい
と願い続けてから
11年後の事だった






















そして
絵画展になり
50名くらいの方が
来て下さるだけでも
奇跡だな…
と思っていたら










結局5日間で
息子の観覧者の方だけで
180名の方が
来て下さり









それは
全く想像もしていない
ことだった








それも
一度来て下さった方が
何度も来て下さったり
お友だちを誘って
来て下さったり









その日たまたま
隣県の親戚が
市内の親戚宅に
集まる予定だったらしく
そのまま絵画展にも
来てくれたり









わざわざ
市外、県外からも
たくさんの方が
来て下さったり








新聞社も
2社来て下さったり
など








画廊という静かな場所が
息子や息子の絵やわたしに
会いに来て下さったひとで
ごった返すという








画廊のオーナーさんも
画廊を何十年もやっているが
こんな事は初めてだ
と言うほどの








地上天国どころではない
爆発的な
有り得ない景色が
広がった









そして
皆さん










成長をした息子を見て
息子の絵を見て
わたしを見て










そして中には
最近交通事故に
合い








車椅子だから
来れないんじゃないか
と聞いていたひとが
コルセットをして










「愛子さんに会いたかった
苦しいときもずっと
愛子さんのことを思い
頑張ってきた










と言ってくれ
二人で
抱き合って
泣いたり












また
旦那さんが鬱で
家族で
修羅場の毎日を過ごし









ずっと暗闇を
生きていた友人も
「やっと来たよ…」
と言い









わたしは
「よく来たね…」
と言い
二人で泣いたり








精神疾患を
抱える知人や








視覚障害を持つ
友人と
そのお母さんや








子どものことで
悩んでいる
という知人や








旦那さんを
亡くしたばかりの
知人や








お母さんを介護中の方
子どもさんの障害で
悩んでいる方など








ご自身が今
大変な渦中の方が
多く来てくれ








皆さん
封筒が届き
居ても立っても居られず
飛んできた
と言い









皆さん
顔を見るなり
顔をくしゃくしゃにして
わたしを痛いくらい抱きしめて
泣いていた











そして
松山先生が
「りんくんは絵を描くたびに
大人になっていく」
と言われたように









「絵は見てもらわなければ
この世に無いものと同じで

だから
見てもらうことが大切で

そして絵は
コミュニケーションの
きっかけなんです」
と言われたように








その5日間で
息子はどんどん大人になり
それは








ずっと
小学校から一緒の
お友だちが










今度りんくんに会うのが恥ずかしい」
と言うくらいで








そして
絵をきっかけに
たくさんの方や
自分自身との
たくさんの繋がりできた










そして
わたしは
息子が初めて
その爆発する世界に









わたしは
夢中になっていたころ







「いつかあちら側の
アーティスト側の
人間になりたい」
と思っていたので









「これが、それか…」
と思った









そして
NEWSに
夢中になっていたときに









シンクロや
息子の奇跡
これでもかこれでもか 
と起こったが









この世界でも起こり
それは
それ以上だった