子育てを振り返ってみた 1. | ブログ.

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事実は小説よりも奇なり.
Truth is stranger than fiction.

息子りんの絵と猫と, 愛する人生と.
Rin’s arts,cats,and loved life.




















長女5歳、次女3歳、息子9か月、愛子29歳 笑。














2歳違いの

同じ誕生日に生まれた

今もシンクロだらけの

長女と次女

生まれたばかりの頃は













車で
10分ほど
離れたところに住む
実両親や










隣家のおばさんに
よく手伝って貰って
いたが


 






三人目
息子
生まれてからは









誰かに預けたり
行ったり来たり
するより










その時
幼稚園の年中の
年齢の長女は









入園の
くじ引きで外れ
年長まで
家にいることになったので










だから
0歳の息子と
3歳前の次女と
5歳前の長女という
チームで 笑










朝から晩まで
その一年は
過ごしていて










その
〝愛子と愉快な仲間たち〟との時間は 笑
本当に大変だったが
泣くほど楽しかった












愉快な仲間たち、チームの皆さん 笑。長女が機嫌が良い時に、この肩車が始まる 笑。次女の前髪は、長女に切られる 笑。七五三前なのに 笑。息子は、姉二人が遊ぶ時、常に、腹這い、ハイハイで這いずり回り 笑、眠たくなったらうつ伏背のまま寝て 笑、姉たちにタオルをかけてもらい1、2時間寝て 笑、起きたらまたハイハイをする生活を送っていた 笑。













元夫
家にいたら
家事も子育ても
自然によく
手伝ってくれるひと
だったし









基本
わたしの
やりたいように
させてくれたけど











彼は
仕事で
帰りも遅かったし






















わたしは
どんどん
逞しくなるし 










多分この頃から
彼は
鬱々しくなり始め 










今思うと
多分この頃から
少し上手くいかなく
なっていたようで 








普段は
仕事は全て
彼に任せて







両家の両親や
隣家のおばさんに
見守られ
助けられながら







家事の全てと
子育ての全ては
ほぼわたし










無事前髪が伸びた次女の七五三 笑。息子と長女の間は、姉の子、姪っ子次女と長女で、この3年後、姪っ子三女が誕生し、女ばかり 笑。











そして
長女が
幼稚園に入るまでは











わたしは
携帯も持たず
パソコンも無く
長電話をすることも無く









酒もタバコも
ギャンブルもせず 
もちろん男もおらず 笑









わたしは
テレビに
夢中になっているときに
誰かに邪魔をされたら
腹が立つタイプなので  










それなら
テレビを見ることを
辞めようと
あまり見ていなかったし












週末は
たまに元夫が
子どもたちと出かけたり










家族で
出かけたり
両方の実家に行ったり










1、2年に
一回くらいは
元夫に子どもを預け
好きなアーティスト
LIVEに行くことはあったが










普段は
特別な
推しもおらず 笑










子どもたちと
即寝をして
夜中も授乳をする
生活だったので












自分だけの時間は
ほぼ皆無だった
















この写真は、愛子が盛れているので載せておく 笑。












そして
わたしは当時
奥様雑誌を見て
生活費を袋分けにしたり









生活費や食費を
切り詰めながらも
無農薬無添加の
食品や調味料を選んだり











自分や子どもの洋服も
フリーマーケットで買ったり
フリーマーケットをしたり












息子をおんぶし
長女と次女と
いつも買い物に行ったり

(息子はおんぶか、おっぱいか、腹這いか、ハイハイか 笑)












全ての食事を
手作りしたり











わたしの体調から
東洋医学を
取り入れたり











息子の離乳食は
玄米菜食で
三歳まで完母で
布オムツだったり

(長女は布オムツがかぶれ、手作り離乳食をあまり食べない子だったので、紙オムツ、市販ベビーフード育ちで、次女は、半分布オムツ、手作り離乳食育ちで、二人ともミルク混合で、一歳までに断乳)











子どもに
ヨーロッパの
木のおもちゃを
少しずつ集めたり










育児サークル
会報作り
手伝ったり











子どもたちに
洋服をよく作ったり










わたしが
絵本はまったので
300冊くらいを
古本屋さんで集め 
毎晩子どもたちに
読み聞かせをしたり











家計簿をつけ
節約をして
家を建てるために
貯金をしたりしていて










それが当時のわたしの
やりたいことで
それは全て
初めての体験で新鮮で
それで満たされていたのだと思う










右三人が姉親娘で、左四人がチーム愛子で 笑、帽子で見えないが、このとき切られたばかりで、次女の前髪はほとんど無かった 笑。










そして

わたしたちは
両家の両親から
たくさんのサポートを
受けていたし









親戚でもない
隣家のおばさんには
本当に身内のように
お世話になり









本当に本当に
恵まれていたが









元夫は
あまり
ありがとうと言ったり
褒めるひとではなく











もちろん
わたしも
子ども達に
怒ることもあったし
当たることもあったし
悩むこともあったし








キレる
本当に
怖かったが 笑











自分の子も
他人の子も
見守る視点持って
子どもにも関わっており










でも
わたしは
誰にも
自分にも











あまり
褒められたり
感謝をされることなく
その時を生きていた 













長女6歳(幼稚園年長)、息子1歳4ヶ月、次女4歳で、娘二人は近所でも有名なたくましい女の子で 笑、次女は優しく器用でちゃっかりしていたので、お菓子がたくさんあり子どもたちで取り合いになるときは、自分の分だけでなく、いつも弟の分も素早く取り 笑、弟にあげていた 笑。














また
息子は
生後二ヶ月から













外遊びや
友だちと遊びたい
娘たちと一緒に
公園へ連れて行き











わたしは
週に何日も
お弁当を持って 














友だち親子らと
一日中
公園にいたので













息子はいつも
そこで
おっぱいを飲み












敷物の上で
4、5時間
うつ伏せで寝たり 笑

(三人ともうつ伏せ寝で育った。色々試して、それが一番よく寝たからで、育児書などは読まず、それはその後脳や運動機能に物凄く良いことがわかり(息子の脳障害のリハビリで())、だからか三人とも賢く、物凄く運動神経もよかった)













少し大きくなると
背もたれのあるブランコに
揺られながら
いつも寝ていて 笑














子どもたちはいつも
泥遊びや水遊びや
外遊びを全力でし











わたしは
それを見るのが
本当に好きだった













「ママ!この水のんでいい?」と聞いた瞬間、もう、この公園の噴水の水を飲んでいた、たくましい次女 笑。次女のワンピースは、長女とお揃いのわたしの手作り。















そして
遊具があった
わたしの歯医者にも
長女と次女と息子も
連れて行き












娘たちは
そこで遊ばせ










息子は
本当に大人しく
賢い子だったので










お腹の上に乗せて
いつも30分くらい
治療をしてもらい 笑
















わたしの美容院も
三人を連れて行き













息子が
車で寝ている間に
カットをしてもらい














長女と次女が
ちょくちょく
車を見に行ったり













起きたら
抱っこをしたり
してくれていた















次女4歳、息子1歳半。次女は本当に遊びの天才で、運動神経も抜群に良く器用で賢くて、家でも外でも幼稚園に通うようになっても、いつも上手に、男の子とでも女の子とでも、年上でも年下でも、永遠に遊び、息子にも優しくいつも遊んでくれた。












だから
お風呂も
いつも4人で入り










今ほど
便利グッズも
無かったので









わたしが
体や髪を
洗っている間は











上の子が
下の子を
抱っこをしていて










夜寝る時も
もちろん4人で
両脇に
長女と次女が寝て












息子は胸に乗せ
おっぱいを
飲ませながら 笑












わたしは毎晩
絵本の読み聞かせを
していて













それが
親子で楽しすぎて












最後は
ハリーポッターを
毎日数ページ
読み聞かせるまでになり












読み終わったら
映画を観に行き
それも本当に楽しかった

















長女も、2ヶ月半には寝返りをし 笑、6ヶ月には伝い歩きを始め 笑、10ヶ月には少しずつ歩き、どこにでも登り 笑、3歳では補助輪無しで自転車に乗り、4歳ではそのカゴにプラスチックゴミを入れゴミ捨て場まで捨てに行ってくれるくらい運動神経の良い子で 笑、でも自分が年上の子などに遊んでもらうのは好きだが、年下の子と遊ぶのは、たまにで 笑、だから次女はいつも子分で 笑、でも息子にはいつも優しかった。










また
家から
半径100mくらいの
車の来ない
安全な道限定だったが














夕方にはよく
長女を後ろ
次女を前の椅子に乗せ
息子はカゴに乗せて 笑













よく自転車の
4人乗りをして
散歩をしたり 笑

(良い子はマネしないでね 笑)















三人の子どもを
乗せて
夜ドライブも
たまにしていて













運転中に
チャイルドシートから
息子が出てきて
わたしのおっぱいを
飲み始めたので
そのまま運転したり 笑

(良い子は絶対マネしないでね 笑)












そうしたら
狭い路地で
検問をしていて













わたしは
後にも先にも
検問はその時しか
出会っていないのだけど












おっぱいを
飲ませるのをやめさせて
チャイルドシートに
乗せるより










検問手前で
Uターンして
それを避けたことも
あった 笑

(良い子は絶対絶対絶対マネしないでね 笑)
















5歳の長女と、3歳の次女。ピカチューが重すぎて、かえって危なそうだが 笑、わたしの父に、〝ヤンキー〟と呼ばれ 笑、この自転車を乗り回しブイブイ言わせていた二人  笑。(この、次女が乗っている自転車の、補助輪無しを、多分1日くらいで乗れるようになり 笑、長女は3歳で乗り回していた  笑。)













そして
息子が
2歳になり











長女が一年生
次女が幼稚園年中に入り
少し楽になるな
と思ったときに












息子が
インフルエンザ脳症で
突然脳障害を負った












それは
一時期は
全盲で

多動で
自閉傾向がある
測定不可能の理解力の
診断され












それは
わたしの今までの












そう思う瞬間で
わたしたちの生活は
一変した












息子、1歳半。










でも
と同時に
わたしはどこかで









その状況やその非日常や
何かが起こってきたことに
ワクワクもしていて 











でも
周りが皆悲しんでいる中
そんな自分を不謹慎だと
そのワクワクを
封印したわたしもいた











でも
と同時にわたしは
奇跡的で衝撃的に









一日8時間以上
365日
休み無しに
脳に刺激を与え続ける





 



アメリカに本部がある
世界一ハードな
脳障害児の
リハビリ出会い 














わたしは
今までが
100なら








その三倍の
300くらいの
エネルギーで








その後
約三年半










さらに
パワーアップして
生き始めた 










 

この半年後、インフルエンザ脳症で、脳障害を負うことになるとは知らず、笑っているわたし 笑。
























◆息子に焦点を当てた
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