『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第4章 原因は遺伝要因より環境要因が強い
         ——自閉症原因研究の流れとDOHaD
103〜106頁

【第4章(5)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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 3. 脳の発達に影響する遺伝要因と環境要因

 一般に子どもの行動(脳)の発達にはさまざまな要因がかかわる。
 脳の高次機能の基本となるヒトの記憶研究の先達で「学習のへッブ(Hebb)型シナプス」の理論で著名な「神経心理学の元祖」ヘッブがまとめた網羅的リストをみてみよう(表4-1)。

  (1) 遺伝要因と新規の突然変異の重要性
 環境化学物質によるエピジェネティックな変化などが判明した今日、じつは純粋に遺伝子の塩基配列で決定されていると考えられた、さまざまな人体のもつ構造や機能でさえ、逆に遺伝子の塩基配列で決まっているのは基本的部分だけ、と理解が変わってきている。しかしこの表は、エピジェネティックスのことがよく分かっていない時代のものであるにもかかわらず、すべての要因を整理し、網羅的に議論するには、良いリストである。
 この表を見ると、遺伝要因はだけで、II からⅥまではさまざまな環境要因である。しかもの受精卵の生理学的特性も、最近では遺伝要因一〇〇%でない。生殖細胞以降の精子、卵子や子の細胞で新しくおこる(de novo の)突然変異、遺伝子の欠失や重複に自閉症の原因がある場合など、「親から子に遺伝したものでない」遺伝子による発症も重要視されはじめた。
 高齢化した父親の精子レベルで突然変異がおこりやすくなり、子どもに自閉症や統合失調症などが発症しやすくなる現象が発見された。その原因放射線や突然変異原性をもつ毒性化学物質などの曝露期間が長くなり遺伝子異常が蓄積する環境要因であることだけは確かである。
 日本では福島原発事故以降は、ことに放射性物質からの各種放射線の外部被曝、内部被曝によるDNAや染色体の変異の可能性も高まってきている (9章5項に詳述)。
 さらに最近、放射線や遺伝毒性のある環境化学物質の影響は生殖細胞系の変異だけでなく、ガンと同様に体細胞に分化する一般の細胞群の遺伝子にも異常をおこすことが判明した。
 二〇一三年七月に発表されたばかりの論文では、この体細胞レベルでの遺伝子変異は脳が発達する過程でもおこっており、じつはヒト脳は細胞レベルでは、部分的に変異した遺伝子をもつ細胞が共存するモザイク状になっている。そして、この変異細胞のモザイクは、たとえ極く小さなものでも、ガンだけでなく、てんかんや知能低下の原因になっているものがあるらしい。当然自閉症など発達障害を引きおこすリスクもある
 両親からのもともとの遺伝子の遺伝ではないが、環境要因で子どもの代の受精卵や体細胞の遺伝子に異常がおきて発症しやすくなり(遺伝要因ではない)、受精卵からの変異の場合は変異した生殖細胞により孫の代にも確実に遺伝する(遺伝要因となる)ケースが増えたのだ。
 じつは、最近では「神経科学の父」とも呼ばれるようになったヘッブが、彼の時代に網羅的にと熟慮して作ったこの表4-1は、半世紀後の現在、少なくとも遺伝要因とされた部分は書き換えなければならなくなったのだ。
 すると、病気や障害の原因が純粋に遺伝要因といえるのは、単一の遺伝子の変異が必ず発症に結びつく遺伝性の疾患、「遺伝病」のみになる。「遺伝病」としての脳機能の発達障害は、突然変異によるレット症候群や、脆弱X染色体症候群がある。また21番染色体のトリソミーにより知的発達に障害が生じるダウン症のように染色体レベルの異常によりおこることもある。
 自閉症では15番染色体の部分重複など、染色体レベルの変容がある例も少ないながら報告されている。最近では遺伝子のコピー数変異などが注目されている。DNA上には各種の突然変異が起こりやすいホットスポット構造(高率変異領域)があり、自閉症だけでなくヒトのさまざまな疾患・障害のリスクを上げており、放射線などによる新規の突然変異は、この意味でも各種疾患の増加の一因になっている(9章5項、放射線からの予防参照)。脳高次機能にかかわる真の遺伝性の病気は淘汰されやすいためかごく稀で、患者数も自閉症にくらべるとごく少ない。
 その上、一般に「遺伝病」とされてきた病気でさえ、詳しく調べてみると、発症に環境因子が必須であることが判明した「家族性アミロイドーシス」の例さえある(5章6項に詳述)。「遺伝」よりも「環境」が医学の主流になってきた。