『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第4章 原因は遺伝要因より環境要因が強い
         ——自閉症原因研究の流れとDOHaD
101〜103頁

【第4章(4)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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  2. 自閉症原因研究の流れ

 自閉症ほど、その原因論が紆余曲折し、さまざまな仮説が欧米を中心に世間一般の関心を呼んだ病気や障害はなかったであろう。
 まず世界で最初に児童精神科医を名乗り、一九四三年に自閉症を初めて報告したレオ・カナー自身は、原因として養育環境をあげ、「母親に温かさや愛情が欠けている」とした
 この「冷蔵庫マザー」仮説を一九五〇年代から、広く社会や医療機関に宣伝したことで有名になったブルーノ・ベッテルハイムは人格に問題のある人物であった。
 自閉症の息子をもつ実験心理学者のバーナード・リムランドは、この「冷蔵庫マザー」仮説を誤りとし、合理的に反駁する本を出版した。リムランドは、自閉症児の親たちや自閉症専門家たちを組織し、米国自閉症協会(ASA)を一九六五年に創設した。
 現在この種の発達障害関係の団体は、親たちを中心に自閉症児の権利擁護運動をするもの、科学的アプローチを試みるものなど米国には多数ある。
「冷蔵庫マザー」仮説が親たちを怒らせ、医学界で信頼を失っていった一九六九年、「米国自閉症協会」の最初の年次大会でカナーは、【私は一貫して、自閉症は先天的なものとはっきり言ってきた。しかし、自閉症児の親たちの性格上の特徴について気づいたことを述べたところ、「すべては母親のせい」と誤って引用されてしまった】と弁明した。
 一方、一九六八年英国ロンドンでは、モーズレイ病院の精神科医マイケル・ラターが「自閉症は脳の器質的異常である」と初めて主張した。その後、彼らの自閉症の一卵性双生児法調査では初期の論文が発表され、後の別の論文で自閉症の “遺伝率” は約九二%と計算された(本章4項に詳述)。
 この結果は、それまでささやかれていた「自閉症の原因は遺伝だ」という仮説の最初の強力な科学的根拠とされた。その後一九八一年、同病院の精神科医ローナ・ウィングは、娘が自閉症だったことから発達障害の研究に携わり、『アスペルガー症候群:臨床報告』を書きハンス・アスペルガーの功績を広く英語圏にも普及させた。彼女は一九六二年、他の自閉症児の親とともに英国自閉症協会(NAS)を設立している。
 このように、モーズレイ病院と付設のロンドン大学精神医学研究所では自閉症研究が盛んになり、多くの優れた研究者が集まった。牽引者であったラターの名もあがり、「冷蔵庫マザー」仮説に基づく偏見に悩んでいた母親や発達障害児関係者は、とりあえずそれに代わる「遺伝要因が強い」とする仮説に飛びつき、それを支持する一卵性双生児法研究もでて、みるみる主流になった。もっともラター自身は結論を【自閉症は先天性(生まれる前に決まっている=あえて遺伝性とはいわず、胎児期の子宮内環境など環境要因をふくめている】とした。
「遺伝が原因」仮説は、自閉症児の両親にとっては “九二%”自分たちの遺伝子が原因」といわれてしまうと、兄弟や親戚、さらにはこれから生まれる孫の世代への遺伝の問題もからんでくるので、考えようによっては対策の余地のある「冷蔵庫マザー」仮説以上に悩ましい。
 しかし、遺伝子DNAの研究が著しく発展した一九八〇年以降の「DNAブーム」もあって「遺伝子仮説」は米国でも広く流布された。しかも亜型として「技術的な能力が特に優れているが人付き合いが苦手の人々が、コンピュータ産業の中心地シリコン・バレーなどで出会って結婚した」場合、自閉症やアスペルガー障害の子どもが生まれやすい」という仮説さえ生まれ、「ギーク・シンドローム(オタク症候群)」と揶揄された。
 この遺伝子仮説の流行には、自閉症の診断数の増加に注目した最初の医療専門家であるリムランドが、環境要因の重要さをいち早く認識して反発し、胎児性水俣病からヒントを得たのであろう、水銀化合物の発達神経毒性に気づき、予防接種ワクチン原因仮説も最初に主張した
 そして第3章でのべた「自閉症は増えた、増えていない」“論争”、より本質的には「原因は遺伝要因か環境要因か」の問題につながるのである。