『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第2章 症状の多様性と診断のむずかしさ
——個性との連続と診断基準の問題点
50〜54頁

【第2章(7)】
.....................................................................

※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『自閉症スペクトラムの子どもの感覚・運動の問題への対処法』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
......................................................................

  (2) 病理診断の困難さ

 通常の病気や脳の大きな形態異常をともなう重い発達障害の場合は、問診やさまざまな生物学的方法によって診断ができる。さらに一般には、たとえ生きているうちは、あいまいさが残った場合でも、死後の病理解剖により確定診断ができる。
 自閉症での小脳プルキンエ細胞の脱落、海馬周辺での異常など発達障害者の死後脳で神経細胞レベルでの変化の報告はあるが、パーキンソン病脳などでみられるような黒質の神経細胞群の脱落のような再現性の良い変化はなく、一般性に乏しい
 神経細胞数など病理変化は、それが第1章で述べた脳の個人差を超える顕著な異常でないと、発達障害との相関が出てこない。その上第6章で述べる発達過程の多様性、ことに時期が遅れたり早まったりする個人差からいって困難さは増す。さらに成人脳では個人差も大きく発達期を反映しにくい。
 発達障害での、さらにミクロな特定の神経回路のシナプス結合の異常を直接同定するような解析の報告はまだない。小児の死後脳は、入手に親族の協力が必要であり、シナプスを観察するため状態良く保存するシステムの整備も大変なので、検討例が少ない事情もあるであろう。しかも死後脳では、実際の診断には使えない。
 自閉症児などで膨大な数の脳内神経回路のうちほとんどが正常で、特定の機能をもつ神経回路のみ異常があるとすれば、そのシナプス結合の異常を死後脳で直接画像で探し出すことは非常にやっかいである。そればかりか、たとえシナプス・レベルの異常が形態的に発見されたとしても、そのシナプス結合がつないでいる神経回路が生前もっていた機能を証明することは、ことに複雑な皮質構造の中では実際にはむずかしい。
 死後脳をふくめこれだけ多数の症例がある障害で、共通の障害部位が形態的に未だにきちんと病理報告されていないこと自体、共通の病変が現在の技術で画像化して指摘しにくい、極く一部の特定の神経回路で、その異常がシナプス結合のように非常に観察しにくい微小なものであることを示していると考えられる。
 あえていえば、軽度な発達障害全体が昔まとめて呼ばれていた「微細脳機能障害」が正しく、この本で障害部位を明示して提唱している「シナプス症」であることの間接的な論拠になる。
 親の遺伝子解析の結果は、第5章で詳しくふれるが、できたとしても発達障害関連遺伝子群、すなわち「発症しやすさ」に関わる遺伝子背景の指摘にとどまるしかも各種ガンなどと同じく、両親の精子や卵子や子どもの代での体細胞の新規の突然変異による自閉症発症例が数多く報告された(4章)現在では役に立たない。親からもらった遺伝子が定型発達するはずのものでも、環境由来の突然変異で自閉症が発症する確率が高くなってきた時代なのである。
 自閉症は、一般の「生活習慣病」など他の疾患より遺伝子背景がはるかに複雑で、それぞれリスクは低い関連遺伝子が数百あり、個々の遺伝子変異からのリスクの定量化は困難と考えられる。すなわち、遺伝子診断はできない
 より直接に子どもの脳内生理化学物質の異常を調べようとしても、子どもに負荷の大きい脳脊髄液採取や、放射線被曝のリスクが高く、一種類の化学物質の情報しかわからない陽電子(ポジトロン)放射断層撮影(PET)は現実には行えないだろう。