「大変ご迷惑をおかけいたしましたっ!!」
「いやいや、どうってことないよ。大丈夫、大丈夫。」
薬を与えられて30分後。
突然寝台から飛び起きたコレットは、周囲を見回し天界と冥府の神がいることに驚き、状況を把握するとすぐさま土下座をきめていた。
「薬師の不摂生、大反省ですっ!!」
「あはは~~。まぁ、そうだね。君が倒れちゃったら元も子もない。」
「はい!!おっしゃる通りで!!患者がいなくなって気を抜きました、ごめんなさい!!」
「まぁ、最後の最後に倒れるところはさすがというかなんというか…。でも、君以外正式な薬師がいない現状は理解しておかないとね。」
「はいっ!!その通りでございます!!」
土下座の後に繰り広げられる、神と人間の薬師の会話は、一方は穏やかなのに容赦がないし、もう一方は体育会系の受け答え。
「……まぁ、薬師同士でないと分かり合えないこともあるだろうしね~~~……。」
「コッ、コワイ……。美形で穏やかに見えるから余計コワイ………。」
「……………。」
わずか30分で全快してみせたという奇跡を払拭するほどの穏やかながらも『怒り』オーラを放つ神に、ハデス以外の二人の男はガクブルと震えあがりながらも成り行きを見守っている。
「全く。私やハー様を動かすことができる人間なんて、君くらいのものだよ?」
「…………はい。ごめんなさい………。」
「今後は気を付けること。いいね?」
「はい。」
「よし。じゃあ、次はハー様と話をしてあげなさい。…さ、カロンとお弟子君。席を外すよ。」
「えぇ!!??だ、ダメです!!この男、コレットさんに不埒な真似をしようとした男ですよ!!」
「大丈夫、大丈夫。あれは緊急事態。普段はそんなことしないから。」
「あんたの大丈夫は信用ならないっ!!」
「まぁまぁ、お弟子君。ほら、出るよ?出ないと私、怒るよ?」
「ヒィッ!!??ご、ごめんなさい、コレットさ~~~ん!!」
何やら騒ぎ立てるセラは、神と神の臣下に引きずられるようにして退室していく。
その様子を、コレットは頭に疑問符を浮かべながらも黙って見送った。
「…………………。」
「………あの……。ご、ご心配、おかけ、しました………。」
そうして、賑やかな騒動が聞こえなくなる頃。
続く沈黙に耐えきれなくなり、コレットがハデスに話しかける。
ハデスはコレットを見ることなく、ただひたすら床を見つめていた。
「本当、薬師なのにふがいないですよね!!自分の体調管理は一番に気を付けないといけないことなのに、こんな死にかけるなんて!!」
「……笑いごとではないだろう。」
「あはは~~」と軽く笑い飛ばそうとしたのに。
ハデスは、それを許してはくれなかった。
「あと少し、アポロンが遅ければ…。お前は、人ではなくなっていた。」
「………………。人ではない、ということは…死んでいた、という、こと…。ですね。」
「………………。」
ハデスからの返事はない。
けれど、ここにアポロンという神がいる以上、間違いないのだろう。
もう少しで、コレットは死んでいたのだ。
「……そっか……。死んでいた、のか………。」
病に苦しみ、死ぬ人を何度見送っただろう。
だが、その時はいつも、己の力が足りぬと嘆くことだけだった。
アスポデロスの野で、人としての生を全うし、次の生を待つ魂たちを見た。
だが、そこにいたのは『死』を受け入れ、次の世をただ穏やかに待つ魂たちだけだった。
「…………そっか………。」
死んだら、どうなるのだろう?
―――死者の国ってことは病人がいないってことよ…それってつまり、働かなくていい!!―――
一度は、『仕事』から逃げ出すために、死を受け入れたことがあった。
病人のいない冥府での生活を心から喜んだ過去がある。
けれど……
「まだ……死にたく、ないな………。」
「…………………。」
ぽろり、と零れ出た言葉。
口にした瞬間に、実感としてこみあげてくる。
………さっきまで自分は。死ぬ直前に達していたのだ………