「ところで、今日は何を作ってくれる予定なのかな?」

「あ、そうですね。う~~~ん……」

 

 呆然として、動けないでいた私に気づいていたのかどうかわからないけれど、優しい笑みをたたえたまま、敦賀さんは話題を変えてきた。その視線の先が未洗いのお米にすいっと向いたことにほっとする。とりあえず、自分の気まずさをその隙に隠して料理のことに集中しようと、材料確認をすることにした。エコバッグの中身はある程度ここの冷蔵庫事情を酌んで準備してあるが、確実ではない。

 

「ちなみに敦賀さん。冷蔵庫の中身はどのような状況ですか?」

「……………………」

「……………はい、分かりました。大丈夫です。別に何も申し上げませんから」

「……言われないほうが怖いことって、あるよね」

 

 心なしか青ざめた敦賀さんに私も心の中で頷いた。過去に目の前のこの人に言われた言葉。

 『沈黙は肯定』

 あの時の私の心境と同様になっているのなら、自覚している気まずさは相当なはず。

 もっとも、これまでの敦賀さんの生活を考えればこの程度のことが予測不可能なんてことはありえない。おにぎりの中身でおかずは足りてるつもりであったり、なんちゃら栄養剤とかいう補助食品でちゃんとご飯を食べたつもりになっていたり…。思い出せばきりがないほど、この 『一見完璧人間』 に見える人は、食に関しては相当の残念な人であるということは重々承知している。

 

 それを知ってるのは…本当にごく一部の人だけだものね。

 

「全く、どうやってその大きな身体を支えているんでしょうね?」

 

 緩みそうになる表情筋を締めなおして呆れたように言う。

 

「消費エネルギーが少しで済む便利な身体なんだよ」

「そう言っていられるのも20代前半までですよ。そこから一気にガタがきますからね!!」

「………なんだかものすごく具体的な年齢設定だけれど、君、まだ17歳だよね?」

「若いころの不摂生はよくないって、女将さんや大将に言われてますから」

「…………」

 

 懲りない様子にちくりと言うと、少しひきつった笑顔を向けられドキリとする。…大丈夫、怨キョアンテナは立ってない。一応冗談程度に流してもらえたようだ。ひょっとしてひょっとするけど、敦賀さんって大将が苦手なのかしら?

 

 そんなことを考えながら、炊飯器に入れられていたお米をボウルに移す作業をし始めたところで、再び声をかけられた。

 

「最上さん」

「はい、何でしょう?」

「リクエストをしてもいい?」

「え!?リクエスト!?」

 

 予想もしていなかった言葉に、移しかけていた炊飯器のコメが危うくボウルの外にこぼれそうになってしまった。

 

 おかしい!確かに、これまでも 「食べたいものとかないですか?」 と聞くと 「君の作るものなら何でも」 とか言っちゃって、実際何作ってもおいしそうに食べてはくれていたけど…。とにかく、率先して 「食べたい」 っていうことがありえない!ありえなさすぎる!!

 あ!まさか、無自覚の体調不良とか??もしや、何か悪い“モノ”に憑りつかれたとか?あー、でも敦賀さんに限って後者はなさそうだから、まずは前者かしら。万が一後者だとしたらここにいる敦賀さんは全くの別人…??

 

「ちょっとしゃがんでください、敦賀さん」

「う……うん」

 

 恐々としながら 『敦賀さんと思しき人物かもしれない』 目の前の人の服の袖を引いて、少ししゃがんでくれるように促した。

 その行動に、不思議そうな顔をしながらも応じてくれるあたりは間違いなくいつもの優しい敦賀さんだと思う。

 だとすると、やっぱりあり得るのは体調不良…以前のような、熱で自分の行動がおかしくなっていることに気づいていないだけ、というところだろうか。

 その確認をするために、そろりそろりと右手を敦賀さんに向けて伸ばして、額にそっと手を当てた。

 余計なことを考えないように額に当てた手の平に集中する。

 どちらかといえば、ひやりとする感覚に近い。

 どうやら熱はないらしい。

 

「……熱はなさそうですね」

 

 念のためもう一か所、熱を感じられる首にも手を当ててみた。

 額よりは少し熱を感じたが、それも自分の手のひらの熱を上回るものではない。

 

「うん。大丈夫そうです」

「……ごめん。分かっているつもりだけれど、ちゃん聞いていい?……何をしているのかな?」

「え?いえ…風邪をひかれて、熱があるんじゃないかと思ったんですけれど。…お元気そうですね」

「…………。元気だよ」

 

 呆れたような、何か困っているような…でも、何か一瞬だけ鋭い光を発した瞳を自分が覗き込む前にすっと閉じて、また開いた時にはそれは苦笑に変わっていた。

 その意味を、自分の行動の不可解さを笑ったものだと感じて素直に理由を告げることにした。

 

「だって、敦賀さんの口からリクエストだなんて…マウイオムライス以来でしたから」

「そうだったっけ?」

「そうですよ!! いつも 『なんでもいいよ』 っておっしゃいますし!!」

 

 思わず語調がきつくなる。だって、これまでも何度かお食事を作りにお邪魔しているけれど、リクエストは毎回 『何でもいいよ。君が作ってくれるものなら』 って…。まるで彼女の手料理を楽しみにしているような口調で、私でなければ本当に勘違いしそうなくらい優しくて甘い声でそう言うから…。別に私じゃなくても、きっとそうやって相手が作れるものを作ってくれればいい、って示してくれるだろうから、敦賀さんにとってはきっと当たり前の行動なんだろうけど。

 自分の思考の渦にぐるぐる嵌っている間に目の前の人の様子の変化に気づくのが微妙に遅れた。

 気が付いたら何だか考え込むように眉間に軽くしわが入っている。なんだろう、さっきのやりとりで、敦賀さんを怒らせるような言葉を発してしまっただろうか?

 どうしよう、と思っていたら少し伏せられていた視線がこちらを向いた。

 

「お……怒っていらっしゃいますか……?」

「え?何で?」

 

 その切り返しに本当に怒っているわけではないとわかり、ホッとする反面、では何を考え込んでいたのかということが不安になる。

 

「だ、黙ったままでいらっしゃるからてっきり……」

「え?あ、いや。ちょっと考え事をしていただけだよ。怒っていない」

「そ、そうですか……」

 

 その言葉に思わずほっと息を吐き出して、安堵の笑みを浮かべると、それがいけなかったのだろうか。また敦賀さんが無表情に戻ってしまった。

 

「……………」

「!!!!やっぱり怒っていらっしゃいます!!??」

「いや。全然。全く。でも、ちょっと距離を取らせて」

 

 その無表情なままで、つつつ、と後ろに下がる敦賀さんに明らかな拒絶の色を見てしまい、絶望のどん底に落ちていく。

 半泣きになりかけて、それをぐっとこらえる。

 失礼な態度をとったのは自分なのだから仕方ない。怒られるなら、怒られる覚悟を決めなくては!!!

 

「お、怒っていらっしゃいますよね!!??」

「いや。大丈夫。己のふがいなさを改めて実感しているだけなので。それよりも、リクエストのことだけれど」

「!!はいっ!!」

 

 怒られるはずが、また救われた。話題を大本の話題に戻してもらえたことに、安堵と、少しばかりの心残りを持ちつつもその話の流れに乗る。それに、リクエストがある、ということについては素直にうれしいのだから聞かない手はないのだ。

 

「?やけに気合が入っているね」

「うふふっ、だって、敦賀さんがくださるリクエストなんですもの」

 

 思わず微笑んだら、また不思議そうな顔をされたので素直にそれを伝えることにした。

 

「いつも 『美味しい』 って言ってくださいますけれど…。食べたいって思ってくださるものって、聞いたことがなかったので」

「……………」

「敦賀さんには、食べたいものを、美味しく食べてもらいたいんです」

「……………」

 

 先ほどと同様に沈黙で言葉を受け止める敦賀さん。

 でも、明らかに違うのは、その表情がとてもやわらかい微笑みを浮かべているところ。

 

「じゃぁ、毎日リクエストをしていいかな?」

「え?」

「俺が食べたいものを、毎日伝えるから。そうしたら毎日作ってくれる?」

 

 毎日、この人のために作る食事。

 作ってほしいと乞われて、作ることができる食事。

 まるでそれは、暖かい『家族』のような情景。

 

 そんな夢のようなことが、起こり得るのだろうか。

 勘違いを起こしそうで。

 その幸せな夢にひたりそうになって。

 呆然とその言葉を聞いていた。

 

 

 

 ななちさんのside蓮-4につづく

 

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