前の記事でお伝えしました、いただきもののお話ですv
以下からどうぞ~vv
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私の城 山崎由布子
「ごめんね」
「何がですか?」
直ぐ横で、恋人といえる先輩が、いつもとは違う顔で少しだけすまなそうに口する意味が分からなくて、キョーコは聞き返してみた。
「うん。だって、君も仕事して帰ってきたのに、食事を作っているけど俺は手伝えない。君だって疲れてないはずはないのに…」
成る程と、キョーコは「ごめんね」の意味を理解はするが、それは何処か違うと思って恋人への答えを返す。
「気持ちは嬉しいですが、『ごめんね』という言葉は必要ではありません。だってキッチンは私のお城で、作りたい料理をしているので、私の領域に侵略しないで欲しいくらいですから」
キョーコは自分の場所だからと、蓮の心配は何も必要ではないと、自分の場所を取らないでとまで主張してみる。
蓮への思いをのせて作る料理は楽しくもあり、それを大変だと思うことはない。それよりも好きな人への料理はキョーコを幸せにもさせている。
「確かにキッチンは君の領域だけど、侵略したらダメなの?」
蓮がクスクスと笑いながら…いつか聞いた言葉にも似ていて、懐かしさも手伝って言葉を返した。
「ダメです。ここは私のお城ですから」
「お城ね…」
確かに蓮の城、家でありながら蓮の場所ではない。料理道具も殆ど置き場所が分からない状態だ。キョーコの方が全てを把握しているのは確か。
蓮は恋人が料理の用意をしている姿に目を細めながら、領域を侵さないようにキッチンの入り口で壁に凭れていた。
「だって…敦賀蓮という大先輩は、俳優にモデルに、ドラマに、映画に、CMに…って大活躍です」
「そう?」
「そうですよ。頑張って追いつきたいのにずっと先で、まだまだ適わないんですよ? だからせめて…私のお城くらいは私が守りたいんです」
キョーコはにっこりと笑みを浮かべて蓮を見た。
「そんなに守らなくても…」
キョーコが少しムキになっているようにも見えて、でもそれが可愛くてクスクスと笑いながら、恋人の無駄のない調理する姿が愛おしい。
「だって、一つくらい敦賀さんじゃなくて私じゃないとダメ!…っていうのが無いと、悔しいです!」
余裕に見えた可愛い笑顔が、やっぱり負けず嫌いだったのだと蓮を見る。キョーコの上目遣いの目は、蓮には理性を揺さぶられる誘惑の視線。
蓮は数歩キョーコの城に足を踏み入れて、キョーコの手元が危なくないことだけを確認して頤に手をかけて唇を重ねた。
「キョーコが君だけじゃないとダメなのは、君の城の中だけじゃないよ。君を指名してくる監督やプロデューサーがいる意味は、君でなければという指名だよ。『君がいい』ではなく『君じゃないとダメ』。俺もキョーコでないとダメな一人だけどね」
流れるような言葉でキョーコを懐柔する蓮に、一瞬の優しいキスもされて、キョーコは頬を赤らめた。
「……敦賀さん、侵略しないで下さい。特に料理中は…」
可愛い恋人がほんのりと頬を染めていたら、もう一度恋人の挨拶がしたくなるのが恋する気持ち…。
もう一度だけ触れるだけのキスをすると、蓮はキッチンの外へと撤退した。
「……もう…、侵略禁止!」
キョーコの表情は、言葉とは裏腹に幸せな笑みが溢れていた。
《FIN》