梅雨空と五月晴れ

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梅雨空五月晴れ



「ふ…っっはくしっ」

CM撮影で一息入れていた最中に、遠慮がちなキョーコのくしゃみが蓮の耳に届く。

瞬時に他者からはそうとわからない程度に眉を寄せた蓮は、周囲にそれを悟らせないように至極普通な態度を装ってキョーコに歩み寄るとその顔を観察するように見ながら静かに首を傾けた。

あまりに自然なその動作に、撮影作業をしているスタッフは誰も見とがめるものはおらず、唯一その様子に気づいた蓮の敏腕マネージャーである社がゆっくりと二人に近寄って声が聞こえる範囲に入る。


「最上さん…どうしたの。風邪ひいた?」

「い、いえ。そうじゃなくて…っくしっ」

わたわたと手を顔の前で振って違うと訴えるキョーコだったが、続けざまのくしゃみを止められず口元を覆って横を向く。

途端に蓮の表情が明らかに心配そうな色に変わった。


「ほら!やっぱり風邪だよ!」


近くに来ていた社に、キョーコの上着を取ってきてもらおうと振り向こうとした蓮だったが、その服の袖をつかまれて怪訝そうにキョーコを見ると、とんでもない!と言わんばかりの勢いで首を振るキョーコがいた。


「いや、本当にだいじょうぶですからっ !!」

「大丈夫っていう人に限ってそうじゃないって、前に誰かが言ってたと思うけど?」

「は?誰ですか」

「君だろう、ずいぶん前に俺が不覚を取った時にそう言ったと思うけど?」

「それは、敦賀さんがあまりに自分の体調に無頓着だから」

「ほら、やっぱり最上さんが言ったんじゃないか」


そのやり取りに、思わず社が苦笑する。キョーコの言葉には賛同できるし、そのことに対して蓮もしっかりと記憶に留めていたことがわかる発言だったためだが、次の瞬間、キョーコの爆弾発言に思わずピシりと石化した。


「なっ!そ、それこそ何回目の不摂生の時なんですか?」

「え?…いや、それは、その…」


詰め寄るキョーコに、気まずそうに頬を掻きながら視線をあさっての方向へ泳がせる蓮。

その二人の様子に、社は珍しくプチパニックになっていた。

過去に遡れば自分が把握している蓮の体調不良は確かにあった。その時は自分も動けなくて、キョーコが代マネをしてくれた時なので、よく覚えている。覚えているがしかし…。


―― あー、どういう意味…に取ればいいのかな?

俺が知らない間に、何度か蓮が体調崩すような事が起きてたのか?

で、キョーコちゃんが面倒見てくれた、ってことか??


そして、諍いというより、痴話喧嘩のように聞こえなくもない二人の様子に一人、二人と周囲のスタッフがその様子に目を丸くして足を止め始めた。


「あー、こほん。二人とも、そのくらいにしておかないと、周囲の視線が黙ってないと思うな~」

「え!な、何言ってるんですか社さん!」

「そうですよ。こんな日常会話に何を言われると「……るぇ~ん~~」」


ひとまず、この状況を二人にさりげなく伝えようとした社であったが、どうやらキョーコにしかその意図は伝わらなかったらしい。

いや、伝わったのだろうが、すかさず何か企んだ蓮の言葉の思惑に気づいた社がジト目で蓮を睨みつける。


「さりげなく何を主張しようとしてるんだ、蓮?」

「…なんですか、社さん?別に、この程度の会話は日常茶飯事でしょう?」


暗に 『お互いに生活状況を把握してます』 と言わんばかりのその言葉に、社は無表情になって沈黙を決め込んだ。こうなった担当俳優は、つつけばつつくほどこれ以上のことを言ってのける事は間違いない。長い付き合いなだけに、蓮が画策していることが何かを察した社が取った最善策がこれだった。

が、さすがにキョーコがそんなことを理解しているわけはなく。真っ青になって、蓮の言葉を否定しにかかった。


「つつつ、敦賀さんっ!ご、誤解を招く言い方をしたらダメです!」

「え~、誤解はないと思うけど?言ってる内容は事実だしね(きゅらっ)」

「何肯定してるんですか~~!社さんっ、この困った先輩に何とか言ってください!」

「あ~いや。無駄だと思うからそこは黙っとく。(後が怖いしね~)」


ここで俺が出ると後が怖いしね~、とは社の心の声である。


「そ、それでも敏腕マネージャーですかぁぁ!」


しかし、それがキョーコに聞こえるわけもなく、あたふたし続けている様子に、社は 『ごめんっ』 と心の中で手を合わせて頭を下げる。


「いや~俺、ぜんぜん普通のマネージャーだし、至って普通だからね。 『敏腕』 は訂正しておくよ」

「さらっと流さないでください!普通、芸能人ならこういう話はスキャンダルに…って…」


何かに気づいたらしいキョーコが急に手をぽんっと叩いて明るい表情に一変する。


「あ、そっか。そういうことか」


今度は蓮が青ざめる番である。何しろキョーコの斜め45°以上上を行く思考回路は、時として思惑とは全く正反対の方角へ向かうことがあるのだ。

社もキョーコの変化に気づいて天を仰いでいる。

蓮は恐る恐る、だが、そうであってほしくないという一縷の望みをかけて、勤めて明るくキョーコに尋ねた。


「え?何だかやな感じだな~。ね、最上さん、念のため確認するけど、何が 『そういうこと』 なのかな?」

「安心してください!敦賀さんと私とでは何があっても、そういうスキャンダルとしての誤解は生じない、ってことですよね!!」


 

蓮の中の計画ががらがらと大きな音をたてて崩れていくのを、遠い目をしたままの社だけが聞いていた。


「あ~、ばかみたい。一人で焦っちゃって、恥ずかしいなぁ。あ、皆さんも黙っててくださいね、私が一人でわけのわからないことを話して暴走してただけですから…ってわかってますよね。そうですよね」


顔を赤くして、周囲にお騒がせしてすみません、と頭を下げているキョーコを点になった眼で見つめていた蓮だったが、その口角がへの字ではなく、不敵に上がるのを社が見咎めて声をかけた。


「………蓮」

「なんですか、社さん」

「黒いぞ、笑いが」

「周りが暗いせいじゃないですか?何せ梅雨ですし」

「に、してはキョーコちゃんは明るいぞ」

「あー、そうですねぇ。梅雨にも気づかない五月晴れ、ってところでしょうかね」

「それ言うなら梅雨の合間の五月晴れだろ」


「………察してください、社さん」

「悪い。突っ込み間違えた」

「ほどほどでお願いします。撮影に影響しそうなんで」


 

蓮の横で青くなりながらそんな会話を交わす社。

そんな二人の事情には一向に気づかないのんきなお日様(キョーコ)であった。





おわっとく。


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