「………………泣くな。」
穏やかなテノールが耳元で響き、コレットの身体がハデスの腕で囲われる。
「死にたく、ない………。」
自分は今、死ぬところだった。
死んだら今まで接してきた人たちと触れ合えないところだった。
そしていずれ、全てを忘れてしまうところだった。
『恋』をした、ハデスも含めて、全部。
そう自覚したら、涙が止まらない。
ポロポロ、ポロポロと溢れる雫の止め方が分からなくなってしまった。
「忘れたく、ないよ~~~………。」
死した人々は、どんな想いでいるのだろう。
愛した人々を残して死んだ自身を、どう思ったのだろう。
送った人々のことは、冥府に行けるようになってからも関わらないと決めた。
アンノ先生のことだけはどうしてもとどまることができなかったけれど、本来、生きているコレットが触れていい領域ではないのだ。
あの場には、亡くなった父も母もいるのだろう。
でも、どれだけ想っても触れないと、そう固く誓った。
それなのに、ハデスのことだけは割り切れない。
忘れたくないのだ。
芽生えた想いは、少しずつ芽を伸ばし、花を咲かせた。
咲いた花の先にある世界は、今までとは全く色彩の異なる世界で。
その世界がなくなったところに、もう戻りたくはない。
「泣くな、コレット。」
想像するだけで、感情が揺れる。
揺れた感情は、涙として身体の外に溢れ出る。
「薬は飲んだとはいえ、まだ本調子じゃない。…泣けば、体力を消耗する。」
「うぅぅぅぅぅっ……。うぇぇぇぇぇ………。」
耳に優しいテノールの声が、コレットを気遣う。
この声も。
「大丈夫だ。お前は生きている。」
「うえぇぇ……。うぇぇぇぇぇぇ………。」
背を撫でてくれる、大きな手のひらも。
コレットを包みこむ、暖かな腕も。
「死なせはしない。…大丈夫だ。」
「うぅぅぅぅ…。うぅぅぅぅ……。」
ギュっと抱き込まれると、ハデスの香りがした。
忘れたくない。
忘れないためには……死にたくない。
「お前は生きている。……大丈夫だ。」
確かに生きている。しかも、天界の神が作った薬によって生かされた。
しかし。
「で……でも………。」
「ん………?」
「でも………い、いつかは………私……死にます……。」
それは、『人間』である以上。
覆らない、真実。