身を守る本能として 私が科した単純なルール。
本当はジョニオさんもおそらく愛用しているであろうミニチュアライズ機能付きのcx2が欲しかったけど、お財布の中身と自分の実力を考慮してRICOHのR10の茶色を買って、BULE MANの舞台裏映像をちょっとかじりながら、小麦色に日焼けした女子3人組にイライラして、甘すぎるベトナム料理を食べて、だまし絵展で本物のジョゼッペ・アンチンボルトの立体感に両手に七杯分くらいの感動と、それと同等の疑問を持ち帰ってぐるぐるして、『楽園に間借り』を読み終えて、小林エリカ氏の『終わりとはじまり』と浅野いにお氏の『世界の終わりと夜明け前』を読んだ、ここ3日間。
そして今日は珍しいキノコ舞踊団の『珍しいキノコ物語』を観に行った。
初、珍しいキノコ。
2年半越しの想い叶う!
ファーストインプレッションを試したかったので、敢えてyoutubeでの事前予習はせずに出掛ける。
主宰の伊藤千枝さんは『めがね』やハンバートハンバートの『罪の味』の振り付けなんかもやっていらっしゃる御方で。
舞台は本当に素晴らしかった。
シュールで独特の世界。
「わたしの家は2つある~、住んでる家と~」って歌が印象的。
衣装もセットも台詞も筋肉も凄く良かった。
のに、私のモチベーションが良くなかった、今日は。
刺激になるものが目の前にあるのに、全然内側に入ってこない。
こういうことって時々ある。
ちゃんと感じよう、と意識的になってもダメなときはやっぱりダメみたいだ。
勿体無いと思いつつも、しようがない。
そんな自分にうな垂れつつも最後まで付き合うよ、と自分の性格には甘い私。
今日は消化不良だった分、またいつでも思い出せるようにしておこう。
観に行ってよかった。
RICOHのR10はモノに負けないように使いこなそう。
"strange KINOKO story" by.R10
最近読んでいる本は"終わり"というフレーズが続いてる。
浅野氏の作品を初めて読んで、凄くシビアな世界観で、どう捉えるかは貴方次第みたいな、はっきりこうだとは言い切ってないような、結局漫画自体は単なるきっかけで問題を丸投げされているような、でもだからと言って無責任な印象は全く無くて、悪い気がしない。重みがある。
『世界の終わり』が一番好きだ。
女子高生がキスをする、それだけのお話。とあとがきに書いていたけど、それだけ だけど、それだけ の中にもハイティーン女子が夕焼けを見て世界の終わりを想うところがいい。
「じれったい。」って吐き捨てるように言う台詞がこの一冊の中で一番頭に残った。
いつか私も言ってみたいもんだ。
そしてエリカちゃん、やっぱり好きです。
脈絡のない文章、脳みそをオフの状態にしていると、ただの羅列された文字。
でも能動的になった瞬間、言葉たちはどんどん染み渡る。容赦なく。
絵も文章も好み。
余白が余白として意味を成しているのもいい。
洗練された言葉たち。
出逢えて良かったと思うものも多い。
言葉が好きでよかったと思った。
生きよ、
すれば もう
砂の上に設けられたダムなどない。
まるくなる。
女は車を持つことで自由を手に入れる。
と、そんな様なことを長谷部さんが書いていたけど、言い得ていると思う。
この快楽と優越感は女子にしか分かるまい。
土曜日、旅の相談をするべく午後から友人と逢う。
車で自宅の前まで迎えに来て貰い、助手席に乗り込む。
何を隠そう、私は二人きりで乗る車の助手席が大好きだ。
相手は家族以外なら誰だってオーケー。
疾走していく街並みを横目に、相手に道順も行き先も委ねきっている気楽さがいい。
正当な理由で怠惰を許されているような、凄く贅沢な気分。
10秒でも長く乗っていたいと思うくらい居心地が良い。
友人宅に着き、彼女の部屋にお邪魔するも、あまりの物の少なさに驚く。
目に入るものと言えば家具以外には、本と資料ファイル、しかない。本当にONLY。
生活感が無いという訳ではないのだけれど、例えばCDとかハンガーに掛けたジャケットとか、散乱する化粧品とか、そういう物が一切無くて、どうやって生活しているんだろうと逆に疑問に思うが、そのシンプルさこそ彼女の生活そのものなんだろうというところに落ち着く。
旅の 準備は順風満帆。
北へ向かう日はそんなに遠くは無さそうだ。
そして現地でも彼女の運転で私は助手席で。
嬉しい限り。
かつ丼、緑茶、チョコレート、レモンティー。
ロックンロール。
20日分のビタミン剤を24日で飲み干す。
私にしては上出来だ。
今日ブラックサンダーを初めて食べて、予想外の美味しさに驚いた。
ダイエットブーム。
すっかり忘れ去られたロハスブーム。
ダイエットもロハスもエコもブームにするにはどうかと思われる項目。
三つとも流動的なものではなく、もっと日常に根差していて然るべき事柄でしょう。
少しづつでも、長く、続けることで本来の意味が成されるものではないか。
そして、やっているということをあからさまにアピールするべきではないと思う。
人知れずこつこつやっているからこそ価値があるんだ。
そんなこんなで私はあからさまにダイエットに没頭している女にはどうも好感が持てない。
見ていて決して良い気分になれないのは私だけなんだろうか。
LEONの冒頭のシーンを思い出す。
ダイエットにしか興味がない可哀想な姉。
過剰摂取は良くないけれど、美味しいものも程よく口にした方が健全。
ああ、怠惰、怠惰、怠惰!
この街では物足りなくなってきている私がいる。
この気持ちが膨張して、この街をあっさり手放すときが来るんだろうか。
さようなら。
本当の嘘なら信じてあげてもいい。
スランプという言葉が浮かんでは消える。
伝えたいことが何も無いときには何も生まれないんだ。
選べないこと、絞れないことも多い。
最近の私は言葉に貪欲だ。
私は好きなものが多過ぎる。
きっとモノへの執着が強い。
捨てられないものはどんどん溜まっていくばかりで、だんだん身動きが取り難くなってきている。
別にそのことを忌々しく思っている訳ではないけれど、ものに執着しない人の、いつでも何処へでも行けるような身軽さが羨ましいと思う。
モノへの執着が強い分、人への執着が希薄なのかも知れない、と、信頼している数人の友人の顔を思い浮かべて思う。
尊敬と信頼。
この二つの条件をクリアしていないと人間関係は築けないと思う。
それは恋愛だって同じで。

