世界に広めたい!平安時代から続く甲冑師が守り抜いた火箸風鈴 | 運の良い座敷童子的な生き方

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前回はこちらから。


今日はエールエール福屋駅前でお肉セールがあったので行ってきました😅

このデパートはとても良い空気が流れているので、コロナ禍でも頑張って欲しいです♪




ちなみに屋上に稲荷神社があるのは、八丁堀福屋の方です。


空中稲荷神社



さて、今日は世界に誇りたい日本の伝統的な逸品、明珍火箸風鈴について語りたいと思います。





これは私が思う、厄祓いのできる名品で選んだものになっています。


強力な厄祓い名品




まずはYouTubeの埋め込み方法を知ったばかりなので😆←とくいげ




その音色をお聴きください♪


明珍火箸風鈴



かのスティーヴィー・ワンダーも魅力された極上の音色です。




が入っていますからね。



さて、平安時代から続いている甲冑師の一族、明珍(みょうちん)家は今年で53代目を襲名されたそうです。




この変わった苗字は、なんと12世紀に近衛天皇より、

「光明白にして玉のごとく類まれなる珍器なり」

と評されて授かった苗字なのです。





江戸時代に幕府の大老酒井家のお抱え甲冑師となり、現在の兵庫県姫路市に移り住んできました。





特に17代目明珍信家は「世界最高の甲冑師」と評される技術を持っていたそうですよ。





彼が作った諏訪の法性(ほっしょう)兜は、武田信玄が愛用していたと伝わっています。



諏訪の法性兜は、諏訪大社に武田家の神器として代々伝わり、現在は諏訪湖博物館に展示されています。


※諏訪大社



時は移り、江戸時代になると甲冑師としての仕事は減ってきます。

そんなとき、千利休の要望で作ったこちらの火箸に着目します。



それを近世、風鈴として作成したのがこちらの火箸風鈴です。





第二次世界大戦に鉄素材を取り上げられ、技術を守るために明珍家は代々伝わる家と土地を売ったそうですよ。





金銭を失っても、なお守るものがあったということです。




こうやって魂を削って打ち込む明珍の火箸風鈴は、技術を代々守りながら、歴史の荒波を乗り越えて今世まで残ってきました。





こういったものに神は宿るのだ、と私は思っています。





「姫路藩兜鍛冶明珍」と題する古絵にも、

「明珍の打ちたる兜や鎧の胴は、刀では切れず、 鉄砲のたまも通らなかった」

と記されるほどの屈強な甲冑由来の風鈴。



姫路地方では、厄除けに火箸を送る慣習が残っています。





厄除けのために、木箱を自分に贈りたいですね♪





そして、この火箸風鈴を窓の近くに吊り下げておくと、それだけで結界の出来上がりです。





平安時代から続く、日本の伝統工芸に込められたその魂のこもった強いエネルギーをぜひ感じ取ってくださいね。




以上、明珍家の火箸風鈴でした♪



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