こんにちは。
このブログは不思議なことを呟いたり、参拝日記を付けておりますよ。
さて、旦那が静岡県から車で戻ってきましたよ。
ずいぶん痩せていてビックリしました😅
しばらくデブエットですね…!
さて、土曜日は太鼓谷のおキツネ様に呼ばれて、島根県津和野町を訪れました。
太鼓谷稲成神社から車でほんの数分にあるお寺には、森鴎外のお墓があると言うのです。
※森鴎外
なんと、津和野町は彼の出身地‼️
津和野はおキツネ様とSLと森鴎外を生み出したと言うわけですね。
どんなラインナップや😅
さて、私はこう見えて文学少女です。
過去に熱く語っているブログもありますので😅
↑早世した若き天才について語っています。
こりゃ手を合わせてご挨拶をしなければ❗️
と言うことで、菩提寺があるという永明寺(ようめいじ)に参ったのです。
しかし、ここにはあっと驚くお宝が潜んでおりました。
着いて早々に圧巻されます。
なんだ、この風情は❗️
絵葉書の表紙のような風流な場所が入り口です。
お掃除していた女性が頭を下げてくれました。
さっそく門をくぐるとありました、森鴎外のお墓です。
とてもあっさりとしたこの文字は、森鴎外の遺言によって、すべての名誉や肩書きを払われているのです。
広々とした境内ですが、大規模な修繕工事を行なっているようです。
整った、普通のお寺ですね。
あれ、何かを感じたのですが…おかしいわ。
すると、工事中の中に入ることができるようです。
受付と書かれた場所で、先程の女性が待ってくださっていました。
拝観料と書かれています。
やった❗️
お堂の中に入ることができるのだ、とワクワクします😆
御朱印と拝観料を払うと、女性から、
「左の奥と右の奥にぜひ行ってみてくださいね」
と言われました。
左と右の奥?
何と広いのでしょうか。
大聖院にも匹敵するほどの広さです。
工事の幕に隠れていたのですが、中はとても広いお堂のようですよ。
お祈りをします。
室町時代初期の写季龍眠様羅漢像が鎮座されています。
巨大なおりんを鳴らして合掌をします。
「みほとけさま、みほとけさま…」
と娘が念じていますが、
あれ、ここは曹洞宗なんだけど、これで良いのだろうか😅?←娘は浄土真宗の保育園
私はこういう宗派の作法にとても疎くて…。
次々と襖が開いたままの和室が現れますが…
これちょっと一人では怖いわね😅
この建物は何度も火災に遭いながらも、戦国時代から残っているのです。
まずは左奥へとそっと向かってみます。
なんだか懐かしい赤絨毯だわ。
辿り着くと、びっくり仰天❗️
宝物殿が現れました‼️
森鴎外の直筆の書に、大日如来像などが次々と現れます。
すごーーーーい‼️
すごいものがありました。
これは何と曹洞宗の開祖である道元の直筆の書なのですよ。
道元❗️
道元❗️
道元禅師‼️
鎌倉時代から残っている文字なんて…
コピーではなく、真筆なのですよ。
ちょっとカメラで撮るには憚れるものばかりでした。
中には念が入っているものもあったり。
では、右奥の部屋には何があるのでしょう?
ズラリと続く和室。
一つ一つ中を覗きますが…時代の経過にくらりと眩暈がしますよ。
すると奥に何か緑色のものが映っています。
日本庭園です‼️
ハッとするような美しい巨大な庭園が広がっておりますよ。
どうも庭に降りても良いみたいです。
鯉がたくさん寄ってきます。
石楠花(シャクナゲ)の花も咲いています。
なんと美しい❗️
すると娘が、
「トカゲだあーーー!!!」
と叫びます。
本当です。
トカゲがここでもバッチリいらっしゃいました❗️
こんなに信じられないような庭園を奥に隠しているなんて…
森鴎外のお墓もあるし、大日如来像もあるし、道元禅師の直筆の書もあるし、
え?
永明寺って一体??
すると、先程の女性が教えてくれました。
「このお寺は歴代の津和野城主の菩提寺となっているのですよ」
なるほど。
歴代の津和野城主の菩提寺か‼️
なるほど、納得しました。
内装が豪華なはずです。
なんとこの庭から見える和室は、
殿様御なりの間
と呼ばれるのですって。
おなーり、おなーり♬
殿様のおなーり♬
ありがとうございました。
お殿様になったような気分でお庭が眺められ、道元禅師のエネルギーにも触れることができましたよ。
キツネに呼ばれただけありますね😆
しばしタイムスリップができましたよ。
ぜひ津和野町に向かったときは、こちらのお寺にも寄ってみてくださいね❗️
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