DHCじゃないよ!
今日もまたいくつかの記念日があって…
「古書の日」
全国古書籍商組合連合会(全古書連)が2003(平成15)年に制定。
「天使の日」
婦人下着メーカーのトリンプインターナショナルジャパンが2000(平成12)年に、同社の製品「天使のブラ」の1000万枚販売達成を記念して制定。
「てん(10)し(4)」の語呂合せ。
「いわしの日」
いわし食用化協会が1985(昭和60)年に制定。
「い(1)わ(0)し(4)」の語呂合せ。
「陶器の日」
愛知県瀬戸市の提唱により日本陶磁器卸商業協同組合連合会が1984(昭和59)年に制定。
古代日本で、陶器を「陶瓷」と言っていたことから、「とう(10)し(4)」の語呂合せ。
「都市景観の日」
建設省(現在の国土交通省)等が1990(平成2)年に制定。
「と(10)しび(4日)」(都市美)の語呂合せ。
都市景観に対する意識を高める日。
「里親デー」
厚生省(現在の厚生労働省)が1950(昭和25)年に制定。
1948(昭和23)年、里親制度の運営についての厚生事務次官通告が施行された。
「宇宙開発記念日」
1957(昭和32)年、ソ連が人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した。
アメリカとの間で熾烈な宇宙開発競争が始った。
「探し物の日」
NTTの電話番号案内が104番であることから。
失くした物をもう一度本気で探してみる日。
「証券投資の日」
日本証券業協会等が制定。
「とう(10)し(4)」(投資)の語呂合せ。
「独立記念日 (レソト)」
1966(昭和41)年、アフリカのレソト王国がイギリスから独立した。
で、最初は天使の日について書くつもりだったのだけど、天使について書くとものすごーーーく長くなってしまいそうなのと、いろいろと調べることも多すぎてあっさり断念…
で、急遽、「いわしの日」に変更~!
っていうか、同じ10月4日の語呂合わせでも片やいわし、片や天使…かなり違うよね。
以前は庶民の食べ物と言われ、その漁獲量も多かったいわしが最近はあまり採れなくなっているという。
「七度洗えばタイの味」と昔から言われているように、その味は鯛にもひけをとらないのに安いとされていたいわしが最近では鯛より高いこともあったりするらしい。
我が家でも昔は猫に小いわしを与えてたりした。
でも、我が家の猫は小いわしよりも小アジの方が好きだったので、あんまり買わなくなった。
だいたい、我が家ではいわしをあまり買わなかった。
私は魚類全般食べないし、どうも油が多いせいなのかにおいがきつい気がして、猫に炊いてやってる時も、そのにおいでうっと来たことが何度もある。
でも、いまさらいうまでもないけどいわしはものすごく身体に良い食べものなのだ!
必須アミノ酸が非常にバランスよく含まれている上に、たんぱく質、ビタミンA、B1、B2、D、Eなどが豊富。
DHAやEPAといったものも含まれているため、脳を活性化し、血圧を下げる作用もあり、老化防止、循環器系の疾病の予防、脳卒中、骨粗鬆症の予防、貧血の改善など、あらゆる面に良い作用をもたらしてくれるのだとか。
「脳の活性化」というのにはかなり心ひかれるものがあるものの、やっぱりいわしには抵抗がある。
一番のネックはやっぱりにおいか?
あの生臭いなんともいえないにおいを消すことが出来れば食べれそうなんだけど、残念ながら我が家にはそんなに手のこんだ料理を作る人はいない。
いや、料理慣れた人からしたら手は混んでないのかもしれないけど、私も母も料理が嫌いなので…(お恥ずかしい…(; ̄ー ̄川)
ものすごーーーく簡単で手間もかからないいわしのにおいを消す裏技…なんてのがあったら、やってみる…かも…(口だけかも…)
なんせ最近本当に記憶力なくて…おまけに貧血もひどい!
さっきも急に立ったらよろけて、柱で肩を思いっきり打ってものすごく痛かったのに、どっちの腕だったか忘れてる…(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
やばい!やばい!
脳がDHAを欲しがってる!!
マイナスイオンが大好物
今日は「登山の日,山の日」
日本アルパイン・ガイド協会の重野太肚二氏が発案し、同協会が1992(平成4)年に制定。
「と(10)ざん(3)」の語呂合せ。
最近ではそうでもないが、私はいつも秋になると山に呼ばれていた。
「山」なんていっても当然登山ではなく、ただのハイキングだ。
海よりも断然山が好き。
とにかく植物のいっぱいある所に行くと、身体にエネルギーが注入されるような感覚を感じてしまう。
登山とはもちろん山に登ること。
僧や修験者などが修行目的で山に登っていたのが最初で、その後外国からの影響で宗教的なものや修行にかかわりのない登山は始まったといわれている。
本格的に高い山に登るのが山岳部なら、それほど高くはないが比較的低い山に徒歩旅行を楽しむクラブとして定着しているものがワンダーフォーゲル部だ。
ワンダーフォーゲル(Wandervogel)とは、ドイツ語で「渡り鳥」という意味だとか。
日本にワンダーフォーゲルの言葉とその活動が伝えられたのは,大正末期~昭和初期にかけてのことで、昭和10年に立教、慶應義塾大学の両校がワンダーフォーゲル部を設け
翌11年には明治大学にも作られた。
その後,第二次大戦により当然のことながら活動は止まってしまうが、戦後それらの部は続々と復活しさらにその数を増し、昭和23年には全日本学生ワンダーフォーゲル連盟が設立された。
それを機に、日本全国にワンだーフォーゲル部が設立されるようになり活動は活発化。
しかし,その活動内容はバラバラで山岳部と変わらない登山をするもの、ハイキングやピクニックのような娯楽性の強いものなど千差万別となっていった。
今でもこれをすればワンダーフォーゲルだ!という確固とした条件は明確には決まっていないのではないかと思う。
ワンダーフォーゲルのせいかどうかはわからないが、登山用語にはドイツ語が多い。
有名なものでは「ザイル」「ハーケン」「ピッケル」「ヒュッテ」などがある。
ザイルはロープのこと、ハーケンは山に打ち込むくさびのこと、ピッケルはつるはし、ヒュッテは山小屋。
山登り等したことのない私でも、ドラマなどからそんな言葉を覚えた。
そういえば、スキーに関する言葉にもドイツ語は多い。
ゲレンデ、シュプール、ストック…
ちなみに私はスキーもしたことがない。
山は好きだけど、寒い時に寒い所に行くということに対して私は大きな抵抗を感じる。
冬の山は植物もあんまりないから、行ってもあんまり楽しくなさそうだしねぇ…
やっぱり山は秋…紅葉の季節にお弁当でも持っていくのが一番たのしいなぁ…
うさぎとも仲良し!
今日もまたいくつか記念日がある。
まずは「豆腐の日」
日本豆腐協会が1993(平成5)年に制定。
「とう(10)ふ(2)」の語呂合せ。
「関越自動車道全通記念日」
1985(昭和60)年、関越トンネルが開通し、東京~新潟間の関越自動車道が全線開通した。
「望遠鏡の日」
1608年、オランダの眼鏡技師リッペルハイが遠くの物が近くに見えるという望遠鏡を発明し、特許を申請する為にオランダの国会に書類を提示した。
しかし、原理があまりにも単純で誰にでも作れそうだという理由で、特許は受理されなかった。
で、今回はこれらにはふれずに…これに決定!↓
「スヌーピーの誕生日」
1950(昭和25)年、チャールズ・シュルツ作の漫画『ピーナッツ』がアメリカの新聞7紙で掲載を開始した。
飼い主のチャーリー・ブラウンもこの日が誕生日となる。
ただし、スヌーピーが登場するのは2日後の10月4日号からである。
特にスヌーピーファンというわけではないのだけど、けっこう好きなキャラかもしれない。
我が家にはスヌーピーグッズもそこそこある。
どこの家庭にも1つや2つはあるんじゃなかろうか?
不思議なことに、キャラクターもなんとなく星座の影響というものを受けてるような気がする。
チャーリー・ブラウンはともかく、スヌーピーのあのちょっと偏屈だったり皮肉屋だったりする言動はけっこうてんびん座っぽいなぁ…と思ったりする。
でも、実際には8月生まれという設定になっているらしい。
スヌーピーファンならとっくにご存知かと思うけど、スヌーピーは実は8犬兄弟だ。
スヌーピー以外にBELLE、OLAF、ROVER、MOLLY、SPIKE、MARBLES、ANDYという兄弟がいた。
デイジーヒル子犬園で生まれた彼らはやがて売られていく。
最初にスヌーピーはライラという女の子に買われたのだけど、家の事情でスヌーピーを飼うことが出来なくなり、スヌーピーはデイジーヒルに戻された。
そこに来たのが、あの「チャーリーブラウン」で、チャーリーはスヌーピーを5ドルに値切って買っていく。(安いっっ!)
スヌーピーは10月4日に初登場なのだから、その当時子犬ということを考えれば8月うまれという方が正しいのかもしれない…
ビーグル犬のビーグルとはフランス語で「小さい」という意味。
陽気で好奇心が旺盛、人懐っこく甘えん坊な性格らしい。
原産国はイギリスで、昔はうさぎやきつねの狩りの際の狩猟犬として使われていた。
大きさも手ごろなので、住宅の狭い日本でも好まれるということだけど、近所で飼ってる人はおろか、散歩させてるのをみかけたこともない。
日本にはそんなにいないのかな?
当然ながら5ドルなんて金額で買える犬ではない。
スヌーピーは最初はごくふつうのビーグル犬だったのが、回を増すごとに擬人化されていろいろなことが出来る天才犬(?)へと進化していったようだ。
ちなみにスヌーピーは「草むら恐怖症」なのだそうだけど、それは一体何なのか??
世の中、いろんな恐怖症はあるけど、「草むら恐怖症」っていうのはかなり珍しいよねぇ…
もしかしたら、その草むら恐怖症が原因で狩猟が出来ず、違う道を模索したのかもしれない…
そして、それがスヌーピーを天才犬へと進化させたのかも…
(そんなわけない…)
ウォームビズも来るよ!
今日から10月…
衣替えの時期だと言うのに、この暑さはなんだ!
今日の関西は30℃近くもあった…!
今日はなにしろ記念日が多い!
まずは「法の日」
最高裁判所、検察庁、日本弁護士連合会(日弁連)の進言により法務省が1960(昭和35)年に制定。
1928(昭和3)年、陪審法が施行された。
「印章の日,ハンコの日」
全日本印章業組合連合会が制定。
1873(明治6)年、太政官布告によって公式の書類には実印を押すように定められた。
「土地の日」
国土庁(現在の国土交通省)が1997(平成9)年に制定。
「十」と「一」を組み合わせると「土」の字になることから。
「コーヒーの日」
全日本コーヒー協会が1983(昭和58)年に制定。
国際コーヒー協会が定めた「コーヒー年度」の始りの日。
コーヒー豆の収穫が終り、新たにコーヒー作りが始る時期である。
「日本酒の日」
全国酒造組合中央会が1978(昭和53)年に、若者の日本酒離れを食い止める為に制定。
新米で酒造りを始めるのが10月で、酒壺を表す「酉」の字は十二支の10番目、さらに「酒造年度」が10月1日から始ることから、何かと酒に関係の深いこの日を、清酒をPRする「日本酒の日」とした。
「ネクタイの日」
日本ネクタイ組合連合会が1971(昭和46)年に制定。
1884(明治18)年、小山梅吉が日本で初めてネクタイの製造を始めた。
「メガネの日」
日本眼鏡関連団体協議会が1997(平成9)年に制定。
1をメガネのつる、0をレンズとみなすとメガネの形になることから。
「香水の日」
香水と化粧品の専門店・セフォラ・エーエーピー・ジャパンが2000(平成12)年に制定。
フランスでは新しい香水の発売日が毎年10月1日ごろであることから。
「デザインの日」
通商産業省(現在の経済産業省)等が1990(平成2)年に制定。
1959(昭和34)年、デザイン奨励審議会が設置された。
デザインに対する理解を深める日。
「国際音楽の日」
バイオリン奏者のユーディ・メニューインが、国際紛争が絶えないことを憂いて提唱。
1977(昭和52)年にチェコで開催された国際音楽評議会(IMC)総会において、その翌年から10月1日を「国際音楽の日」として、国際的連帯のもとに音楽の記念行事を催すことが決定された。
日本では、1994(平成6)年11月に「音楽文化の振興のための学習環境の整備等に関する法律」が公布・施行されて、その中で10月1日を「国際音楽の日」とすることが定められ、翌年から実施された。
国民の間に広く音楽についての関心と理解を深め、積極的に音楽学習を行う意慾を高揚するとともに、ユネスコ憲章の精神にのっとり音楽を通じた国際相互理解の促進に資する活動を行う日。
「赤い羽根の日」
赤い羽根共同募金運動開始の日。
「国際高齢者の日(International Day of Older Persons)」
1990(平成2)年の国連総会で制定。国際デーの一つ。
「福祉用具の日」
社団法人シルバーサービス振興会・新エネルギー・産業技術総合開発機構・全国福祉用具製造事業者協議会・財団法人テクノエイド協会・日本健康福祉用具協会・社団法人日本福祉用具供給協会で構成する「福祉用具の日」創設連絡会が2001(平成13)年11月に制定。
1993(平成5)年、「福祉用具法」が施行された。
「浄化槽の日」
厚生省(現在の厚生労働省)・環境庁(現在の環境省)・建設省(現在の国土交通省)が1987(昭和62)年に制定。
1985(昭和60)年、「浄化槽法」が全面施行された。
浄化槽の普及促進及び「浄化槽法」の周知徹底を通じて、生活水準の向上、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るとともに公共用水域の水質保全に資することを目的としている。
「都民の日」
東京都が1952(昭和27)年に制定。
1898(明治31)年、それまで明治政府の全面的指導下の特別市だったものが、自治権を持つ一般の市になり、東京市の参事委員の互選によって市長が選ばれ、市役所が設置された。
都内の公立学校が休みになり、庭園・動物園・植物園等の入場料が無料になる。
「衣替え,衣更え,更衣」
気候に合わせて、衣服を冬服に替える日。
平安時代から始った習慣で、当時は中国の風習にならって4月1日および10月1日に夏服と冬服を着替えると定め、これを「更衣」と言った。
しかし、天皇の着替えの役目を持つ女官の職名も更衣といい、後に天皇の寝所に奉仕する女官で女御に次ぐ者を指すようになったので、民間では更衣とは言わず「衣替え」と言うようになった。
江戸時代ごろから、衣替えは6月1日と10月1日に行うようになり、明治以降の官庁・企業等もそれに従った。
「国慶節 (中華人民共和国)」
1949(昭和24)年、中華人民共和国が成立した。
「独立記念日 (キプロス)」
「ナショナルデー (ナイジェリア)」
1960(昭和35)年、ナイジェリアがイギリスから独立した。
こんなにもたくさんの記念日があった。
で、今回は、最近、クールビズの影響で被害を被った(?)ネクタイについてちょっとだけ…
ネクタイの起源については諸説あるようだけど、中でも有名なのは2世紀の初頭、ローマ帝国の兵士が防寒具として首に巻いていたウールの布をクロアチア人が引き継いだと云う説と、17世紀、クロアチアの兵士が30年戦争に出征する際に、その妻や彼女が無事を祈って、自分のかぶっていたスカーフを首に巻いたのが始まりと云う説。
ネクタイの先が剣の形をしているのは、その名残だとされている。
どちらにせよ本格的に広まったのは、17世紀のフランスはルイ14世の時代らしいので、やっぱり後者の説の方が有力かな?という気はする。
ルイ14世に仕えるためクロアチアから派遣されてきた騎兵隊の首に巻かれていた布を見たパリっ子達が、早速それを真似て作り、たちまちパリで大流行したと云われている。
なにしろその布は色鮮やかで人目引き、かっこよかったらしいのだ。
ネクタイのことを今でも「クラヴァット」と呼ぶ人がいるらしいが、それはもともとは「クロアチア兵(人?)の」という意味から来ているらしい。
日本に初めてネクタイを伝えたのはジョン万次郎。
日本で初めてネクタイを締めたのもジョン万次郎だと言われてる。
ジョン万次郎は14歳の時、カツオ漁船に乗っていた時に遭難してアメリカの捕鯨船に助けられた。
そして、そのままアメリカに渡り、英語じはもちろんのこと、航海術、測量術等の勉強をした。
その後、遠洋航海船の乗組員として働いた後、カリフォルニア金山で旅費を稼ぎ、ここで再会した仲間と共に沖縄へ。
嘉永4年初頭、一行は琉球の小渡浜に上陸、7月には鹿児島、9月には長崎に着き奉行所の取り調べを受けることになるが、この時、万次郎の所持品として記録されているのが、ピストル、羅針盤、白鹿襟飾が3箇あったと記録されているらしいのだが、この「白鹿襟飾」なるものが実はネクタイのこと。
それから、世界一大きなネクタイ(?)といえば、6月の夜空には、あらわれる「うしかい座」。
北斗七星からひしゃくの柄の延長線上にあるのがそれで、巨大な五角形のネクタイに見える星座らしい。
あと8か月…忘れずにいたら探してみよう…!
食わず嫌い王
今日は「くるみの日」
「く(9)るみ(3)はまるい(0)」の語呂合せ。
くるみとはクルミ科の植物の総称で、黒い実という意味、くるくる転がる実という意味と言われており、英語ではウォールナッツと呼ばれている
栗やアーモンドと同じ堅果の仲間。
世界には主な種類だけでも数百種あり、日本のほぼ全土に昔から「オニグルミ」や「ヒメグルミ」が自生しており、食用にされていた。
古代ペルシャが原産地といわれるくるみは紀元前7000年もの昔から、人類が食用にしていた最古の木の実。
日本でも縄文時代の遺跡から発見されたくるみがDNA鑑定によって野生種ではなくすでに栽培種であったことが証明されているのだとか。
そんな昔から栽培が行われていたというのは栽培が簡単だったということだろうか?
さらにくるみは1年に1本のくるみの木から約1500個以上もの実が採れるらしいので、そういう面でも栽培に力を入れられたのかもしれない。
その上、くるみは大変栄養価にも優れた木の実で、滋養強壮効果があり、肌に潤いを与え、髪を黒くつややかにし、便秘にも良いらしい。
頭部の疾患の治療、知能の向上及び感情の沈静、動脈硬化や心臓病の予防、コレステロール低減効果などがあるという。
現在国内での栽培はカシグルミと信濃クルミが主で、長野県と東北地方で栽培されており、特に東部町を中心に東信地区はクルミの全国生産量の約3割を占めている。
食用の他に、くるみの油は香料や化粧品、絵の具などに使われ、 殻は工業用の研磨剤、樹皮や葉は草木染の染料に、木材は家具や下駄、工芸品にとあらゆる用途に使われている。
「くるみ」と聞くと思い浮かぶのが「くるみわり人形」だけど、くるみ割り人形はドイツはおもちゃの国ザイフェンの生み出されたドイツの伝統玩具だ。
口の部分にくるみを入れ、下にある板を押して割る仕組みになっている。
権威をかさに着たあくどい人達の口を封じるために硬いものを噛ませてやれ!と言う貧しい村人の思い付きから生まれたとのことで、そのため、くるみ割り人形は、昔、税金の取立てや苛酷な労働を強いた王様や兵隊などの格好をしている。
逆に上流階級の人々に言わせると、常に悩みの種であった下級の人々の口を封じるために自分たちをくるみ割り人形を貧しい人達をくるみにたとえ、硬いくるみでさえも一撃で砕く力があるのだぞ!という権威の象徴として愛用したと言う話もあるのだとか。
くるみを食べることはめったにないから我が家にはくるみ割り人形はいない。
っていうか、殻に入ったくるみをじかに見たことさえない。
子供の頃、くるみのついたお饅頭を良く食べた。
中身が私の好きなしろあんのこしあんだったのだけど、なんだかよくわからない真ん中のくるみは取って捨てていた。
それからもう何年か何十年(?)かわからないけど、かなりの年月がたってそのくるみを食べてみたら、意外にまずくもなく嫌いな味でもなかった。
その後、一時期、某パン屋さんのくるみチーズパンにハマった。
私ってけっこうくるみが好きみたい…
長年捨て続けたくるみ達に、いまさらながらごめんなさい…!m(__)m
犬はいない…
私はとりあえず猫好き。
猫の何が好き?どこが好き?と聞かれたら困るけど、好きというよりはもはや身近にいるのが当たり前の存在となっている。
今日は「招き猫の日」
日本招き猫協会が制定。 「くる(9)ふ(2)く(9)」(来る福)の語呂合せ。
この日を中心に、伊勢の「おかげ横丁」の招き猫まつり等、全国各地で記念行事が開催される。
猫好きの我が家には猫グッズも多く、当然招き猫もいる。
でも、世間には意外と猫が嫌い!という人も多い。
犬は従順だとか飼い主の恩を忘れないと言われるが、猫はその逆で、さらに悪気はないのだけど、花壇を荒らしたりすることもあり、しかも化け猫なんて怪談もあったせいか、けっこう嫌われる。
そんな猫がなぜ「招き猫」なんて縁起が良いとされるものになったのか?
招き猫の起源には諸説あるが、中でも一番有名なのはこんな話だ。
今から約300年程前、「豪徳寺」という貧乏寺の住職が一匹のある猫をとても可愛がっておりました。
ある暑い夏の日、門前に鷹狩り帰りの武将の一団が訪れた。
どうしたのかと思えば「寺の前を通ったら猫がしきりに手をあげて招くので訪ねて来た。
ちょうどで疲れていることだし、しばらくここで休憩させてくれまいか」と言われた。
住職は快くその願いを聞き入れ、一行を奥へと通し、お茶などをふるまっていると、空が突然暗くなり激しい雷をともなった土砂降りとなってきた。
とても帰れるような状況ではない。
その間、住職は一行に説法を聞かせることにした。
やがて武将が実は自分は彦根の城主・井伊掃部頭直孝であると素性をあ明らかにし、「猫に招かれたおかげで、雨にも打たれず、ありがたい説法を聞く事もできた。
これも何かの縁、今後ともよろしく頼む」と以降井伊家の豪徳寺を菩提所とすることに決めた。
そのおかげで豪徳寺は栄えることが出来た。
これも皆、武将を招き入れてくれた猫のお陰と、住職はその猫の没後、敷地内に墓を建て手厚く葬り、後にこの猫をモデルにして招福猫児という名前の人形を作り、それに願掛けすると吉が舞い込むという噂が広まって行ったのだとか。
今でも豪徳寺の敷地内には猫塚があり、願いが叶った時にはその願いを託した招き猫をそこに納めるようになっているらしい。
この他にも有名な説として、 “猫が顔を洗うと客が来る” という中国の故事からきているという説や、花街で客招きのため猫を置いたら繁盛したことからだという説もあるらしい。
招き猫にもいろいろな種類がある。
まず、左手をあげたものと右手をあげたものがある。(最近は両手をあげたものまである!)
一般的に、左手を挙げた猫は、 「金運招福」、右手は「千客万来」を招くといわれている。
そして色だが、白猫は「福を招く」「吉兆招福」、黄色は「開運招福」、 黒は「無病息災」の縁起物。 右手をあげたものは「金運招福」、左手をあげたものは「千客万来」を表わすといわれている。
ちなみに我が家には右手あげも左手あげも白も黒もいる。
ついでに「お願い猫」もいる。
知ってるかなぁ?
一時期、通販グッズでちょっと人気だった「お願い猫」(^^;
灰色…
最近、急に涼しくなってきた。
今日の日中は10月中旬並みの気温だったとか…
涼しいのは嬉しいけど、急なのは身体にこたえる…
今日は「パソコン記念日」
1979(昭和54)年、日本電気(NEC)がパーソナルコンピュータPC-8000シリーズを発売し、パソコンブームの火附け役となった。
「プライバシーデー」
1964(昭和35)年、三島由紀夫の小説『宴のあと』でプライバシーを侵害されたとして有田八郎元外務大臣が作者と発行元の新潮社を訴えていた裁判で、東京地裁がプライバシー侵害を認め、三島由紀夫に損害賠償を命じる判決を出した。
日本でプライバシーが争点となった初めての裁判だった。
「教師節」 (台湾)
模範教師の表彰等が行われる。
教育家でもあった孔子の誕生日であることから。
中華人民共和国では9月10日が「教師節」となっている。
と…これまたなんだかつっこみにくい記念日ばっかり…
派遣争いにより、国中が荒れに荒れていた中国の春秋戦国時代…
そんな国のありさまを見た孔子は、社会の秩序を取り戻すためには国民に広く教育を行き渡らせ、君主には絶対君主の考えを捨てさせることだと考えた。
そして、「有教無類」(誰にでも教え、差別をしない)と「因材施教」(人に応じて適切な教育をする)という教育の精神を説いた。
孔子は、儒学の思想を中国全土に広めた「思想家」として知られてるだけでなく、教育家のお手本としても知られている。
こういうことから、孔子の誕生日である9月28日に孔子を称え、現代の教育者たちの労をねぎらう祭典が行われるようになったのが「教師節」。
教師節のせいか、まったく関係ないのかわからないけど、昨夜の「ズバリ言うわよ!」の特番でも教師50人との討論があり、今日も教師1000人大告白!なんて特番があった。
この手の番組ってけっこう珍しくないかな??
とりあえず、教師という職業は大変だとは思う。
教師が聖職と思われていた時代ならともかく、最近では授業中に席にさえ着かない生徒もたくさんいるとか聞く。
そんな中で勉強を教えるのは大変なことだ。
しかも、ただ勉強を教えるだけではすまないし、1クラスに40人前後の生徒がいるのだから、よほど熱意と体力があるか、もしくはただの職業と割り切って適当にやっていくかじゃないと続けられないんじゃなかろうかと思う。
特に印象に残っている先生は…というと特にはいない。
お世話になった感があるのは小学校の時の先生だけで、あとは名前や顔さえ覚えてない先生もいる。
逆に嫌な印象が残っている先生も数人いる。
とにかく、学校は大嫌いだったから、先生に対しても良い印象はほとんどないなぁ。
「教師節」で「模範教師」とされる人は一体どういう教師なんだろう?
どういう基準で「模範教師」とされるのか、基準が知りたい。
表彰だけではなく、生徒が先生に花を贈ったりすることもあるらしい。
今、心の底からの感謝や尊敬をこめて花を贈りたい先生がいるのは一体どのくらいなんだろう…?!
かなり少ないことは、間違いないっっ!!
名前…ながっっ!!
今日は…
「世界観光の日」
世界観光機関(WTO)が制定。
WTO加盟各国で、観光推進のための活動が行われる。
「女性ドライバーの日」
1917(大正6)年、栃木県の渡辺はまさんが、日本の女性としては初めて自動車の運転免許を取得した。
…というわけで、またまたからみにくい記念日だったりする…
こんな時は…そうだ!
有名人のお誕生日作戦だ~!!(最近、そればっかし…)
で、誰か良い人いないかな?と思ったら…いた、いた!!
つい先日、秋場所で6連覇を果たした「朝青龍 明徳」が…
琴欧州との優勝決定戦の末、押し出しで見事琴欧州を下した。
朝青龍はモンゴルのウランバートル出身。
本名を「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」というらしい。
モンゴル人の名前には馴染みがないせいか、多分、何回聞いても覚えられないような気がする。(^^;
モンゴルには日本の相撲とはもちろん違うものだけど、「モンゴル相撲」というものがある。
元々はチンギス・ハーンの時代から軍事訓練としても行われてきたものだったとか…
日本の相撲とは違い、将軍帽と呼ばれる帽子(チャンジンマルガイと呼ばれるものだそうで、花びら状の布に囲まれた真ん中がとんがった形のもの)、ボレロ風の短い上着とプロレスの選手がはくようなパンツ、それにブーツ。
モンゴル相撲に土俵はなく、勝負の判定は、手の平以外の身体の一部が先に地面についた方が負けとなる。
時間の制限もないため、時には数時間の対戦になることもあるらしい。
広さも時間も無制限なのだから、相当に体力を必要とする競技だ。
勝者は「鷹の舞」と呼ばれる舞を舞う。
選手には戦績に応じて、巨人、ライオン、象、大鷹、隼などの称号が与えられる。
朝青龍の兄弟もこのモンゴル相撲の力士。
朝青龍は15歳でモンゴル相撲を始め、翌年のナーダム祭ではモンゴル相撲の少年大会で優勝して「ハルツァグ」(大鷹の意味)の称号を得た。
明徳義塾高校の校長と相撲部の監督にスカウトされ、留学生として平成 9年 9月に来日。
来日早々、全国高等学校相撲選手権大会で 3位に入賞する等大活躍!
その後、高砂部屋に入門した。
朝青龍 明徳の名は高校の隣に在る四国霊場 第三十六番札所の獨鈷山 青龍寺と高校に因んで高校の校長が命名したものらしい。
最近はCMなどにも出演してる朝青龍。
天秤座だったのか~…
実は天秤座だったりする私…
あぁ、たしかにそんな感じって思う人もいれば、意外~!と感じる人もいる。
朝青龍は言われてみたらそうかもなぁ…って感じかな。(微妙なコメント…)
昨日の天童よしみの方が意外だった…
持ち上げられない!
今日は「ワープロの日」
1978(昭和53)年、東芝が世界初の日本語ワープロを発売した。
値段は630万円だった。
630万…しかも30年近く前の630万円だから、相当な金額だ。
日本語ワープロが最初に現れたのは1977年のビジネスショウでのことで、シャープから参考出品の形でかな漢字変換方式の試作品が展示された。
その後、1978年9月26日に東芝から本格的なワープロの製品「JW-10」が発表され、データショーにおいてデモ展示された。
「JW-10」はキーボードによるかな漢字変換を実用化し、24ドットの表示・印刷機能とハードディスク記憶装置を持つもので、当時としては画期的なものだった。
このワープロ、形はデスク型で重さは180kgもあったらしい!
その後少しづつ小型化・低価格化が進み、1979年9月にシャープから発表された「書院」は初のタブレットによるペンタッチ入力を採用し、重さは80kg、価格も295万円といずれも半分以下になった。
1980年にはいると一気にワープロ界がにぎわってきた。
熱転写式プリンタが出たのもこの時期。
1982年11月には東芝が初の卓上一体型のポータブルワープロ「JW-1」を発売。
1983年4月にはシャープから熱転写プリンタ一体型の「WD-800」が発売されたがこれは価格面でも今までとは破格の50万円を切る製品となった。
この頃からワープロの低価格化が進み、それにともない家庭への普及が始まった。
1980年代後半には初の4色カラー印刷可能の機種が発売され、
その後、初の大型液晶採用のワープロが発売された。
さらにAI機能搭載のもの、初の56ドット印字フルカラー印刷の出来るもの等、ワープロはどんどん進化を続けていった。
もはやワープロは大型液晶,FDD搭載が当たり前の時代となったのだ。
しかし、1990年代半ばから、ワープロの販売台数は徐々に減少し始める。
2000年の販売台数は約26万台とピーク時の10分の1にまで落ち込んでしまった。
それはもちろんパソコンの低価格化による普及のためだ。
私が初めてワープロを使ったのは、もう20年近く前のことだったように思う。
知人にもらったOASYSで、確か熱転写式のものだったと思う。
スクリーンは当然白黒で、高さ10センチもないようなものだった。
それでも、いろんなことにけっこう重宝した。
なんせそれまではリストを作るにも手書きで書いていたのだから、フロッピーにいったん保存しておけばそれをいつでも印刷出来るというのはかなり画期的なことだった。
それから、しばらくして買ったのがやはりOASYSで、今のノートパソコンを分厚くしたようなものだった。
重さもかなり重かった。
今度は当然白黒だけどスクリーンが全面にあり、普通紙にカラーで印刷出来るということでものすごく嬉しかった。
ビデオ入力というものが付いており、ビデオから取り込んだ画像を使って年賀状を作ったりしては喜んでいた。
今見たら、画像は不鮮明で色もかなり良くないものなのだけど、そういうことが自宅で出来るというのがなにしろ画期的なことだったのだ。
それからしばらくすると、確かスクリーンがカラーというものがあらわれたと思う。
しかも、私が買った白黒程度の値段で…
あれは悲しかった…
友人が買ったものの話を聞いてとてもうらやましく思った。
でも、結局買わなかった。
当時のワープロには別売りのモデムを買って取り付けて、インターネットが出来た。
その頃ではまだ珍しかった「パソコン通信」(要するにメールのこと)というものをしている人が知人にいて、当時としてはすごいというよりも、まさに未知の世界で、楽しいものなんだかどうかさえわからず、私も興味は持っていたもののモデムを買うまでには至らなかった。
結局は、文章を打つ、リストを作る、年賀状を作るのための道具だった。
最近は年賀状自体を作らない。
年賀状はもらうとうれしい。
というか、元旦にちょっとしか来ないと寂しい…
皆、そうとは限らないけど、やっぱり新しい年の幕開けの区切りとしても昨年のお礼としても贈りたい…
だけど、ついつい忙しさにかまけてしまう。
今年は頑張って作りたいなぁ…なんて思ってたんだけど、喪中になってしまった…(ToT)
来年に期待!!
ギザ10集めてます…
またまた台風も近づいているようで、ほんの少しだけ涼しくなったのは良いけど、どうか被害が出ませんように…
今日は「10円カレーの日」
1983(昭和58)年から、日比谷公園の中にあるレストラン「松本楼」では、この日に、普段は700円のカレーを10円以上募金した人に提供している。
1973(昭和48)年のこの日、1971(昭和46)年の焼失以来2年ぶりに再建したのを記念したもので、この日は「10円カレーの日」という愛称で親しまれている。
売上げはすべて交通遺児育英基金に寄附している。
「初心わするべからず」ということわざがあるけれど、実践するのはなかなか難しい。
調子に乗ってしまうと、ついつい最初の頃の謙虚な気持ちは忘れがちになってしまう。
それを忘れずにこういう企画を続けられるということは本当に立派なことよねぇ…
現代の10円は本当に価値がない。
電話をちょこっとかけることは出来ても、ファックスは送れない。
白黒のコピーは出来るけど、カラーは出来ない。
買えるものといえば…何だろう?
画用紙1枚…無理かな?
だいたい、買い物の際に10円玉1枚を出すことって、まずないよね。
そうそう、駄菓子なら買える!
10円の駄菓子の王様といえば、やはりうまい棒!
1979年7月に発売されたそうなので、もう26年にもなる。
現在、とんかつソースややさいサラダ味、めんたい味等10数種類の味があるらしい。
その他にも、過去に製造中止になったもの、限定もの等を含めると相当数の種類があるようだ。
ちなみに、私がたま~に買う時はやっぱりチーズ味を買ってしまう。
それから、チロルチョコ!発売当初の1962年には3山だったが、諸事情により1974年に今発売されているような1山になったらしい。チロルチョコは久しく食べなかった間にかなりの種類が出た!
なんと、今までに発売されたのは約80種類もあるというのだから驚きだ!
今、発売されているチロルチョコはパッケージも可愛いが、味もけっこうオシャレなものが作られている。
子供というより、若い女性向けのような雰囲気だ。
ちなみに、今、一番売れているのはきなこもちチロルチョコらしい。
私はきなこが苦手だから、食べれない…
でも、うまい棒にしてもチロルチョコにしても、10円玉1枚を握り締めて1つだけ買いに行くなんてことはありえない。
現代ではそれほど価値がない金額…
だから、いくら10円カレーでも10円だけ払うなんてことはカッコ悪い!
募金として使われるのだし、ふだんの定価よりちょっと多めに置いてくる方がカッコイイ!と私は思うよ…