描くのはちょー簡単!
今日もまた朝からなんかと用事があってバタバタしてて寝そびれる…
おかげでとっても目が重い~~
「国連デー(United Nations Day)」
国際デーの一つ。
1948(昭和23)年から実施。 1945(昭和20)年、ソ連の国際連合憲章への批准により、発効に必要な20か国の批准が得られたため、国連憲章が発効し、国際連合が発足した。
日本は1956(昭和31)年に加入が認められた。
1971(昭和46)年の国連総会で、国連加盟国はこの日を公的な休日として記念するよう勧告された。
「世界開発情報の日(World Development Information Day)」
1972(昭和47)年の国連総会で制定。
国際デーの一つ。
1970(昭和45)年、「第2次国連開発の10年のための国際開発戦略」が採択された。
世界中で行われている開発に関する情報を集めて、地球全体の開発のバランスを考える日。
「ツーバイフォー住宅の日」
日本ツーバイフォー建築協会が制定。
「トリコロール記念日 (フランス)」
1794年、フランス国民公会が、現在フランスの国旗となっている青・白・赤の三色旗(トリコロール)を国家の象徴と定めた。
フランス革命の時、市民軍はパリ市の色である赤と青の帽章をつけた。
革命が全国に広がって市民軍は国民軍となり、その総司令官に任命されたラファイエットは、「市民と王家が協力して新しい国を作るべき」として、帽章に王家の色である白が加えられた。
王政は1791年に廃止されたが、この3色を使った三色旗は国民軍のシンボルとなった。
「独立記念日 (ザンビア)」
1954(昭和29)年、アフリカのイギリス領北ローデシアがザンビア共和国として独立した。
「暗黒の木曜日」
1929(昭和4)年10月24日木曜日、ニューヨーク・ウォール街の株式取引所で株価が大暴落し、世界大恐慌のきっかけとなった。
当時のアメリカは、第1次大戦の軍需により好景気が続いていたが、1920年代末には景気後退の前兆が見られ始めていた。
10月24日の取引が開始して1時間ほどの間に急激に株価が下落し、そのスピードに人々がパニックになって一斉に売りに出た。
市場介入等により、その日の取引終了時には前日の終値まで値を戻したが、5日後の10月29日火曜日にも、取引開始と同時に「暗黒の木曜日」を超える売りが殺到し、「悲劇の火曜日」と呼ばれた。
またまたどれも突っ込みにくい記念日ばっかり…
とりあえず、トリコロールについてほんのちょこっと。
トリコロールとは3色の…という意味。
フランス革命軍が帽子に付けた帽章の色に由来しているが、青は自由、白は平等、赤は博愛を表わしているのだとか。
3色の国旗というのは、他にもけっこうある。
フランスの植民地だったギニアやイタリアやアイルランド、フランスのように横3色ではなく縦3色のオランダや、3色のほかにポイント(?)がついているパラグアイやエジプトなど、相当数がある…
国旗で印象的なのは私ならカナダ。
カナダの国木であるカエデが中央にあって、どこからどう見てもカナダ!!ってわかりやすいのが良い。
まぁ、わかりやすさでいえば、日本の国旗がもしかしたら世界一かもしれないのだけど、好きなデザインかどうかとなるとちょっと違うかも…(^^;
け?
今日はやたらと寒い。
つい最近までは秋だったのが、いきなり冬になってしまったかのような寒さだ…
今日は…
「電信電話記念日」
電気通信省(後の電電公社、現在のNTT)が1950(昭和25)年に制定。
1869(明治2)年9月19日(新暦10月23日)、東京~横浜で公衆電信線の建設工事が始まった。
「津軽弁の日」
津軽弁の日やるべし会が制定。
方言詩人・高木恭造の命日。
「共和国宣言の日 (ハンガリー) 」
1989(平成元)年、ハンガリーが社会主義の人民共和国から共和国に体制変革した。
マシュー南の「ベストヒットTV」というテレビ番組がある。
その中になまり亭というのがあって、地方出身の芸能人がゲストに来る。
出身地の郷土料理を食べ、方言で書かれた内容を標準語に直し、それが間違えるごとに料理の値段加算され、地方在住の友達や家族と話し、方言が出る度にまたまた値段が加算されていく。
その他にも最近は新しいコーナーが出来て、けっこう盛り上がっている。
そのテレビのせいかどうかはわからないけど、今年は女子高生を中心に、なまりブームというものが起こったらしい。
なんでも、「なまりはカワイイ」ということらしいのだけど、女子高生の知り合いはいないから、どの程度流行っているのかはわからない。
津軽弁というと、わかりにくいことばという印象がある。
津軽地方の友人と電話で話した時は、特別わからないということはなかったけど、多分、気を遣ってくれたのだと思う。
少なくとも、ふだん、友達や家族と話す時とは違う話し方だったと思う。
その友人が言うには、昔、津軽では北と南に別れて戦争をしてた(?)から、北と南ではまるっきり言葉が違って北と南では通じない言葉もあるのだとか…
関西でも、大阪、神戸、京都では違う。
わからないほどではないけど、ちょっとした言葉の違いやイントネーションでどこの人だかすぐわかる。
でも、やっぱり関西以外の人はその違いがわからないと言う。
その逆で、私もたとえば、福岡、長崎、熊本あたりの言葉の違いはわからない。
鹿児島だけは特別違うからわかるけど…
鹿児島弁はそもそもが、島津の殿様が徳川の隠密を防ぐために、わざとわかりにくい言葉にしたからだと言われている。
たしかに相当わかりにくい…!!
鹿児島弁をマスターするにはかなりの時間がかかりそう…!
話は戻り、津軽…
夏でも暑くなさそうなイメージがあるんだけど、今頃はもうかなりしばれてるだろうねぇ…
寒い地方では口を開けるだけでも体温が奪われるから、なるべく口を開けないように、そして短くて伝わる言葉になったという話を聞いたことがある。
特に「け」はイントネーションによっていくつかの意味に変化するらしい。
津軽弁もまた習得に時間のかかりそうな難しい方言だなぁ…
だいぶおいついてきた…
「平安遷都の日」
794(延暦13)年、桓武天皇が長岡京から山背国葛城郡宇太村の新京に移った。
「平安京」と命名されたのは、その年の11月8日だった。
平安遷都1100年を記念して1895(明治28)年に創建された平安神宮の例祭・時代祭はこの日に開催される。
「パラシュートの日」
1797年、フランスのパリ公園でアンドレ・ガルネランが高度900mの気球から直径7mの布製の傘のようなものと一緒に飛び降り、これが世界初のパラシュートによる降下となった。
「絹婚記念日」
日本ネクタイ組合連合会と日本スカーフ協会が制定。
ネクタイやスカーフ等の絹製品のPRのため、結婚12年目の「絹婚式」を迎える夫婦に絹製品のプレゼントをと呼びかけている。
というわけで、今日はこの絹婚式について少し。
1年目から毎年この手の○○婚式というのが決められているそうで、12年目の絹婚式は「絹のようなきめ細やかな2人の愛情」を象徴し、絹のスカーフ、絹のパジャマなどをプレゼントするのだとか。
中国ではなんと紀元前3000年あたりから繭を使っていたのだとか。
蚕の飼育が始まったのは紀元前2700年頃。
日本では弥生時代の出土物に絹製品があったそうだから、当然、その当時にはもう使われていたと考えられる。
絹製品はけっこう歴史の古いものだ。
私が印象深いのは、もうずいぶん昔にテレビで見た「あぁ、野麦峠」とかいう映画。
確か、大竹しのぶが主演してたと思う。
明治時代の話で、製糸工場に集団就職した少女達の物語で、製糸工場での労働の過酷さから主人公の少女は当時不治の病とされていたろうがい(肺結核)に冒され、働けなくなるとまるで邪魔者扱いされ、若い身空で死んでいくという悲しい物語だった。
だから、絹にはなんとなく悲しいイメージがある。
そうでなくても、蚕さんの命を奪って作ってるんだもんなぁ…
やっぱり、なんとなく悲しいかも…
みじか~…
「あかりの日」
1879(明治12)年、エジソンが日本・京都産の竹を使って白熱電球を完成。
あかりのありがたみを認識する日。
ありがたみを認識っていうのもどうかと思うけど、確かにあかりは必需品。
鳥目の私には特にそうかもしれない。
薄暗いだけでイライラしてしまう。
たまに台風や落雷で停電になったりすると、あかりのない生活がいかに不便かがわかる。
極端は話、あかりがないと夜は何も出来ないということになる。
部屋の中を歩き回ることさえ難しい。
我が家のように物が多くて狭い家は転んで怪我でもしかねない。
怪我をしても薬を探すことだって出来ない。
だから、あかりに感謝、エジソンさんに感謝!
(無理やりなまとめ…)
他に
「国際反戦デー」
1966(昭和41)年、日本労働組合総評議会(総評)がアメリカ軍のベトナム戦争介入に反対する全国政治ストライキを計画し、同時に全世界の労働団体・反戦団体に呼びかけ、この日が反戦の日になった。
…というのもありました。
ところで、今日は皇后美智子様のお誕生日だけど、「暴れん坊将軍」でおなじみの徳川吉宗や、ノーベル賞のアルフレッド・ノーベル、怪奇・ミステリー小説で有名な江戸川乱歩の誕生日でもある。
やけに立派な人が多い。
そんな中、みょーに浮いてたのが蛭子能収さん…
おかしいなぁ…(そんなこという~…)
まだまだ溜まってる…
「リサイクルの日」
「ひとまわり(10)、ふたまわり(20)」の語呂合せ。
リサイクルは意義のあることだとは思いながらも、どこかに反発を感じるのはこの手の活動に熱心な人達の姿勢のせい。
だいたいが、こういう活動をしている私は正しいのよ!とか偉いのよ!的な印象を受ける。
ある市ではゴミをだす時に数十項目の規定によって分別しないといけないらしいけど、現実問題として、お年寄りや忙しい人にそういう作業はかなり負担がかかったり無理だったりすると思う。
それが出来ないから部屋がゴミ屋敷になる、または夜中にこっそり不法投棄をする人もいるかもしれない。
いくら環境に良いことでも、押しつけや行きすぎはどうかと思う。
皆が皆、同じように出来るわけではない。
出来ない人には自然に手を差し伸べるという環境作りの方が重要だと思う。
人間はリサイクル出来ない。
だから、命尽きるまで皆で大切にしないといけない。
…なんちって…(* ̄▽ ̄*)
「頭髪の日」
「とう(10)はつ(20)」の語呂合せ。
先日、飲む毛生え薬が発売されたかされるとかいうニュースを見た。
これだけ頭髪に悩む人がいながら、いまだに簡単には生やす技術は開発されていない。
飲む毛生え薬も、女性は服用してはいけないとか、いろいろと服用に際しての制限があったから、まだあんまり安全なものではないような印象を受けた。
髪の生えるメカニズム等は解明されているようなのに、なんでなかなか出来ないんだろうね?
ちなみにハ○が多い国ベスト(?)はチェコ、スペイン、ドイツなんだそうだ。
日本はアジア圏でのトップらしい…(; ̄ー ̄川
「新聞広告の日」
「新聞週間」の中で覚えやすい20日を記念日とした。
20日がなんで覚えやすいのか、いまいち説得力に欠ける記念日だなぁ…(;^_^A
新聞広告新聞の紙上に掲載する広告のことで、とは折り込みチラシとは違う。
日本初の新聞広告は1867年に「万国新聞」に中川屋嘉兵衛という人がだしたものらしい。
この人は当時としては珍しい職業のパン屋さんで
「パン、ビスケット、ボットル
右品物、私店に御座候間、多少に寄らず御求被成下度奉願候
横浜元町1丁目 中川屋嘉兵衛」
…というのが初の新聞広告の内容だったらしい。
※ボットルとは今でいうバターのこと
御座候間っていうのが、時代を感じますなぁ…
「ソフト化の日」
ソフト化経済センターが1989(平成元)年に制定。
「ソ(十)フ(2)ト(十)」の語呂合せ。
柔らかな発想で、これまでと違ったことをやってみるという「ソフト化」を広く呼びかける日。
…というのもありました。
「ソフト経済センター」っていうものがあったことがちょっとびっくり。
まぁ、確かに頭は柔軟な方が良いよね~…
頭の固い人、視野の狭い人は苦手。
食べるものも柔らかい方が好き。
私はどっちかっていうと、ハードよりはソフト寄りの人間だなぁ…
溜めブログは続く…
「海外旅行の日」
「遠(10)くへ行く(19)」の語呂合せ。
いまだ海外に行ったことがないという人は少なくなって来た。
なんでも常にマイノリティな私は、もちろんパスポートも持ってない。
10代の時にどうしてもイギリスに留学したかったのだけど許してもらえず、アメリカなら知り合いの人がいるから…という話にはなったものの、昔からヨーロッパには憧れがあったけどアメリカには興味がなかったのでとても折り合いは付けられず結局は断念…
英語の習得ならアメリカでもかまわないはずなのだけど、とにかく私は昔からヨーロッパ志向が強かった…
どこかどんよりしたイメージがないと落ち着かない。
海外旅行の定番(古い?)のようなハワイやグァムも行く気なし。
だいたい暑いのが苦手、南国の雰囲気が苦手だから。
話は変わるけど、最近やたらと毒きのこが増えてるようだけど、それは海外から服や持ち物にくっついた胞子が持ち込まれたものから自生したものも多いらしい。
縦に裂けるものや虫食いがあるきのこは食べても大丈夫だとかいう定説は真実ではないらしい。
きのこ狩りには気をつけた方が良さそうだ。
私は子供の頃からきのこ嫌いだから大丈夫だけど~…
「バーゲンの日」
1895(明治29)年、東京の大丸呉服店が冬物の大売出しを開催。
日本初のバーゲン。
最近は年々バーゲンの開始時期が早まってきた。
昔は、たとえば夏ものなら来年の夏着よう…!といった理由で買っていた。
バーゲン開始時期が夏の終わり…そろそろ秋風が吹き始めたあたりからだったから。
ところが最近はまだまだ十分暑い時期からバーゲンが始まる。
だから、すぐに着れるのだけど、その分、バーゲンとはいっても感動するほど安いものもない気がする。
っていうか、昔に比べたら衣料品の値段自体がぐんと安くなってるから、それをもっと安くしろというのも酷な話かもしれないけどね。
「ブラックマンデー」
1987年10月19日月曜日、ニューヨーク株式相場が大暴落。
株はまったく知らないのでよくわからないけど、ダウ30種の平均終値が前週末よりも508ドル落ち、22.6%の下落率を記録したらしい。
そのことを世界恐慌の引き金になった1929年の「暗黒の木曜日」になぞらえて、「暗黒の月曜日」と呼ばれるようになったのだとか。
しつこいけど、株はまったくわからないので、ピンとこない話だ。
曜日にこだわるのは何か意味があるのかなぁ??
漬かってます…
ここんとこ、すっかり溜めブログになってるあたり…(; ̄ー ̄川
今日は…
「冷凍食品の日」
10月は冷凍の「とう(10)」から。
18日は国際的に、-18℃以下に保てば冷凍食品の品質を1年間維持できることから。
皆、記念日を決めるためにはいろいろとこじつけを考えてるんだなぁ…(;^_^A
冷凍食品は特に季節感がないから、確かに記念日を決めるのは難しいと思う。
私はけっこう冷凍食品を食べるけど、母はいまだ「冷凍食品はまずい」という頭があるらしく、冷凍食品であるというだけでまず興味を示さない。
さらに、解凍の仕方や調理法がよくわからないようだ。
私が買うのは、グラタン・ドリア・ピラフがほとんど。
特別おいしいと思ってるわけではないけど、なんせすぐ出来るのが良い。
ちなみに、日本初の冷凍食品は1930年に戸畑冷蔵(今の日本水産)が販売した「冷凍いちご」らしい。
砂糖や生クリームを加えた牛乳にいちごを漬け、冷凍したものだったらしいけど、なんでいちごだったんだろう?
冷凍くだものはあるにはあるけど、ミルク漬けっていまだ見たことない…
「ミニスカートの日」
1967(昭和42)年、イギリスから「ミニの女王」ツィギーが来日。
ツィギー…愛称は確か小枝ちゃんだったと思う。
桂小枝とは関係ありません…
「フラフープ記念日」
1958(昭和33)年、フラフープが日本で初めて発売。
1本270円。
フラフープとは腰などを動かして回す大きなわっか。
当時の270円が今のどのくらいの値段に相当するのかわからないけど、とりあえず爆発的に売れたらしい。
昔はファッションであれ、流行りものであれ、今とは比べものにならない程、皆が同じものに飛び付いていた。
フラフープの販売数も80万個という売り上げを記録したらしい。
素朴な疑問だけど、人間の胴体よりもずいぶん大きなわっかだし、持ち帰る時が大変だったんじゃないかな?
車で買いに行った人なんてけっこう邪魔だったんじゃなかろうか?
素材はプラスチックだということだから、折り曲げたり出来ないはずだし…
ちなみにこのフラフープはオーストラリアで1957年に作られたのが最初で、それは木製だったらしい。
他に…
「統計の日」
1973(昭和48)年7月3日の閣議で決定。
1879(明治12)年9月24日(新暦10月18日)、府県物産表に関する太政官布告が公布された。
国民に統計の重要性を知ってもらうための記念日。
「世界メノポーズデー」
「メノポーズ」とは「閉経」「更年期」のことで、更年期前後の女性がどう生きるかを考える日。
っていうのもありました。
ついでに(?)今日は郷ひろみの50歳の誕生日!
気の若さ、テンションの高さはまだ20代って感じなのに、もう戸籍の年令は50歳なんですねぇ…
あの体型とテンションを保ってるのもすごいよねぇ…!
そばなんだから!!
頭痛い~…
ついでに、気分も曇り空…
今日は…
「貯蓄の日」
日本銀行貯蓄増強中央委員会(現在の金融広報中央委員会)が1952(昭和27)年の同委員会発足の際に制定し、翌年から実施。
戦前まで実施されていた神嘗祭に因んで。
就労の収穫であるお金を大切にする日。
「貧困撲滅のための国際デー(International Day for the Eradication of Poverty)」
1999(平成11)年の国連総会で制定。国際デーの一つ。
「上水道の日」
1887(明治20)年、横浜の市街地へ日本初の近代的上水道による給水が開始された。
イギリスの工兵中佐パーマーの設計指導により、相模川から野毛山の貯水地へ引水し、市街地へ給水していた。
「沖縄そばの日」
1978(昭和53)年、「沖縄そば」の名称が公正取引協議会が正式に呼称認定され、また、全国麺類名産・特産品に指定された。
「カラオケ文化の日」
全国カラオケ事業者協会が制定。
同協会の設立記念日。
「神嘗祭」
1947(昭和22)年までの祝日。
天皇が、その年の新穀を伊勢神宮に奉納する祭。
1871年に定められた時は9月17日に実施されていたが、1879年にこの日に改められた。
で、今日は「沖縄そばの日」について。
まず、なんでこういう記念日があるかというところから。
沖縄そばとは、本土のお蕎麦とは異なりそば粉を使わずに小麦粉で作られたそばなのだけど(見た目もどちらかというとうどんに近い)、そのため、沖縄が本土復帰後にそば粉を30%以上使用してないものは「そば」としてはは認められないという理由で、「沖縄そば」という呼び名が禁止されてしまった。
しかし、ずっと昔から「沖縄そば」として親しまれてきた呼び名をなんとか存続させよう!と数年間に渡って運動を続けた結果、ついに1978年10月17日に公正取引協議会から正式に「本場沖縄そば」の呼称認定を受け、全国麺類名産・特産品に指定された。
そのことから「沖縄そばの日」が誕生したということだ。
沖縄そばの起源は中国の支那そばで、600年以上前に伝えられたと言われている。
しかし、かつては現在のように誰でもが気軽に食べられるものではなかった。
一般に普及したのは、米軍統治により小麦粉が安価で大量に入手出来るようになったことから。
もともとの沖縄そばには具材は無く、薬味の青ネギと紅しょうがが添えてあるだけのシンプルなものだったとか…
付いていてもせいぜい薄切りカマボコ程度だったらしい。
最近では三枚肉やソーキ等、店によって様々なものが添えられるようになった。
沖縄でよく耳にする「ソーキそば」も沖縄そばの1つ。
麺に違いがあるわけではなく、三枚肉の代わりにソーキが入っているものかソーキそば。
ソーキとは、豚のアバラ肉(スペアリブ)のことで、沖縄そばには甘辛く煮付けたものを使用。
硬い骨付きのものを本ソーキと言い、軟骨のものを軟骨ソーキと言うらしい。
三枚肉は豚バラ肉のことで、沖縄そばには、皮付きのものが使われる。
スープは薄味のカツオだしがほとんどだが、豚骨スープに近いものもあるとのこと。
実は私はこの沖縄そばは食べたことがない。
多分、麺類自体がそれほど好きではないから興味がわかなかったのかも…
肉類が入ってるのも苦手だなぁ…
でも、沖縄の食べ物ってなぜだか身体には良いものが多い。
栄養価のバランスが良くて、それでいて低カロリーなものが多いからすごいよね~…
豚肉自体もそういった食品だから、沖縄そばも身体には良いかもしれない…
ちなみに、全国麺類名産・特産品に指定されている麺は全国でも9品しかないらしい。
基準がどういったものなのかはわからないけど、優れた麺であることは間違いないようだ。
ちなみに今日は沖縄そばのお店ではいろんなイベントがあるらしく、なんと!無料になるお店まであるらしい!
残念ながら沖縄は遠すぎて食べには行けないけど…(;^_^A
一時は10万超えてたみたい…
今日はひさびさに掃除洗濯にいそしむ…
あぁ…やっとすっきり…
でも、疲れた…
「世界食糧デー(World Food Day)」
国連食糧農業機関(FAO)が1981(昭和56)年に制定。国際デーの一つ。
1945(昭和20)年、FAOが設立された。
開発途上国等での栄養失調や飢餓について考える日。
「ボスの日」
1958(昭和33)年、アメリカのパトリシア・ベイ・ハロキスさんが、会社を経営していた父の為に提唱。
経営者と部下の関係を円滑にするための日。アメリカではボスを昼食に招待したりプレゼントを贈ったりしている。
日本では1988(昭和63)年からデパート業界が実施している。
「ボス」と聞いて真っ先に思い出したのは「太陽にほえろ!」の藤堂だった。
七曲署の署長(?)で、故石原裕次郎が演じていた。
イメージ的にいつもブラインドの閉まった窓の前にしかめっ面をして座ってた感がある…
石原裕次郎は1934年12月28日神戸市出身。
日活の太陽族映画で一躍トップスターに。
東京都知事で作家でもある石原慎太郎は兄。
当然ながら、無駄に元気な石原良純は甥にあたる。
元石原軍団のリーダーで、石原プロモーション初代社長。
歌手としても11枚のミリオンセラーをもっており、中でも。1961.01にリリースした牧村旬子とのデュエット曲「銀座の恋の物語」は 335万枚 という最近では考えられないような売り上げを記録している。
1987年7月17日に53歳という若さで死去。
もう1つ思い出す「ボス」はサントリーの缶コーヒー「BOSS」
「BOSS」は同社「ウエスト』」の後継品として1992年の8月に発売された。
ボスのコンセプトは「働く男の相棒コーヒー」というものらしく、働く男なら誰もが憧れ、一度は呼ばれてみたい愛称ということで「ボス」となったらしい。
ボスのCMにはいろんなタレントが起用されているが、初代CMタレントは矢沢永吉。
1992年の発売当初から50種類以上が発売されているが、ボスといえばキャンペーンであたる賞品がこれまた人気がある。
私もボス電がほしかったのだけど、なんせコーヒーを飲まないので断念した…
ボスジャンも革製でけっこう良い感じだった。
賞品目当てでたくさん買った人もいるんじゃないかなぁ…
これからもけっこう良い賞品が出てきそうな予感はするけど、コーヒー飲めないから私は応募出来ましぇん…(TOT)
ボージョボー人形がほしい!
今日はまたけっこう記念日があるよ!
「たすけあいの日」
全国社会福祉協議会が1965(昭和40)年に制定。
日常生活での助け合いや、地域社会でのボランティア活動を積極的な参加を呼びかける日。
「きのこの日」
日本特用林産振興会が1995(平成7)年5月の総会で制定。
10月はきのこ類の需要が高まる月で、その月の真ん中の15日を中心に椎茸を始めとするきのこ類の消費PRを行っていこうということから。
「人形の日」
日本人形協会と日本玩具及び人形連盟が1965(昭和40)年に制定したが、1972(昭和47)年に「抜本的な検討を加える必要がある」として、積極的な活動を休止した。
しかし、一般には普及し、この日に因んで全国各地で人形供養や人形感謝祭等が開催される。
「女人禁制破りの日」
婦人運動家が提唱。
1867(慶応3)年、イギリス公使ハリー・S.パークが、夫人同伴で、当時女人禁制だった富士山に登った。
「グレゴリオ暦制定記念日」
1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世が、それまでのユリウス暦に代わってグレゴリオ暦を制定した。
「ぞうりの日」
「赤十字デー」
1947(昭和22)年までの記念日。 1885(明治19)年、ジュネーブ条約に日本が加盟した日。
1948(昭和23)年からは赤十字社の創始者アンリー・ジュナンの誕生日を記念した5月8日の「世界赤十字デー」になった。
で、今回はちょっと怖いけど人形の日について。
人形の起源はというと、いまからおよそ1930余年前、神話の時代に遡る。
当時すでに、皇室の死に殉ずる風習があったのだけれど、垂仁天皇は、これをいたく憐れみになられ、そのことから人間の代わりに土偶の人馬を造るようになった。
これが「埴輪(はにわ)」の起源と言われている。
そしてこの「埴輪」が日本人形の元祖であるとされているのだとか。
世界的には紀元前3000年頃、すでに人形に似たものがつくられていたようだが、その人形らしきものには、手足といったものがなく、性別のみがはっきりしたもので、宗教的な意味合いを持ったものだったようだ。
宗教といえば、アラブの国々を訪れるときには、まちがっても人形をお土産に持って行ってはいけないらしい。
なぜならば人形は「偶像」であり、イスラム教では偶像崇拝を禁じているから。
だから、イスラム教徒の子供達は、日本などの子供達のようにリカちゃんやぬいぐるみでは遊んではいけないということらしい。
話は戻るけど、埴輪=人の身代わりということからわかるように人形は昔から身代わりに使われることが多かった。
たとえば子供の病気がよくなりますように…!などという想いを人形に込めた。
人形には霊的な話が多い。
髪が伸びるだの、歩いた形跡があるもの、笑ったりするもの、その人形を持っていると不幸になるもの…そういった話がたくさんあるが、元々、人間の身代わりであり分身であり、想いをこめたものなのだからそれも当然の話だ。
悪い想いといえば、わら人形というものもある。
丑三つ時(午前2時頃)に誰にも見られないように神社を訪れ、憎い相手をわら人形に見立て、恨みをこめて五寸釘を打ち込む呪いの儀式だ…
しかし、最初のわら人形は江戸時代の頃、飢饉や疫病に苦しんだ人々が悪魔退散、無病息災を祈願したのが始まりだと言われている。
それがどういう経緯で個人への呪術になったのかはわからないけど、人を呪わば穴二つ。
そんなことをしていたら、必ず自分も不幸になってしまう。
だいたい誰かを殺したいほど憎んでいたら、自分の気持ち自体不幸だ。
確かに世の中には殺されても当然だと思うような人物もいる。
そんな人物に関わってしまったら、そういう気持ちになるのも当たり前だと思う。
だけど、そういう人に憎しみの心をむけるということは、自らその人物に関わっていることになる。
それよりはもう自分の気持ちの中でその人物をすべて消去してしまって、一切の関わりを持たなくした方が幸せになれると思う。
人形も釘を打たれるより、ぼろぼろになるまで可愛がられて一生を過ごす方が喜んでくれるよね。
ぼろぼろといえば、我が家には私が生まれる前からいるぬいぐるみや、私がまだ生まれたての頃からいるぬいぐるみがある。
もうどうにもぼろぼろで、いいかげん捨ててあげたら?といわれているのだけど、なかなかふんぎりがつかない。
供養した方がいいのか、このまま持ってていいのか実はちょっと迷ってるのよねぇ…