ちょっとだけ今日は何の日 -33ページ目

言ってみれば命の液…

なんだか最近死ぬほど眠かったりする…

体調も相変わらずだし、冬眠でもしたい気分…


今日は…

「うるしの日」
日本漆工芸協会が1985(昭和60)年に制定。

平安時代のこの日に、文徳天皇の第一皇子・惟喬親王が、京都・嵐山の法輪寺に参詣した時に漆の製法を菩薩から伝授したとされる伝説から。

この日は、以前から漆関係者の祭日だった。


「茨城県民の日」
茨城県が1968(昭和43)年に制定。

1871(明治4)年、廃藩置県によって茨城県が誕生した。

郷土の歴史を知り、より豊かな暮しと県の発展を願い、茨城の現在・過去・未来を見詰め直す日。


漆塗りに使われる漆は被子植物の双子葉植物で、ウルシ科に属する。
東南アジアを中心に世界中に約600種以上もあるといわれている。
漆の木に傷を付け、そこから漆の樹液を採取するのだけど、その採取方法には日本式、中国式、ベトナム式、朝鮮式等があるらしい。
日本式は1年間の採取期に、幹の全面に傷つけを行ってとる殺掻(ころしがき)法または掻殺(かきころし)法といわれるものと、2~3回にわけて連年、隔年毎に傷を付けてから採る養生掻法と呼ばれるものがあり、ほとんどの場合は殺掻法で採取されているとのこと。
1滴1滴をへらでかき集めるとても手間のかかる作業だ。
しかも、生育後10年ほどの木から採取される量は、約250gしかないということだから大変貴重な塗料だと言える。
漆の木は、幹や枝が傷つけられると、樹自らがその傷口をふさごうとすることによって漆液がしみ出し、それが外気に触れて硬化して自然治癒する。
漆液の採取にはこの特性を利用しているわけだ。

そして、漆液を採取されるとその木の役目は終わる…

なんとなく切ない…


木から採取した天然の漆液(あらみ)の不純物を濾過し「生漆(きうるし)」にする。
さらに、これを太陽熱または炭火で水分を飛ばしながらゆっくりと混ぜ続けていると、やっと塗料としての漆になる。

漆といえば、よく言われるのが漆かぶれ。
人によっては木に近づいただけでもかぶれるとか…
これは、漆の主成分「ウルシオール」の毒性によるもの。
「ウルシオール」は、完全に乾いてしまえばかぶれを起こすことはないらしいのだけど、生乾きの状態の時はあまり近寄らない方が良いようだ。
私は木を見てもすぐに何の木かわかるほどには詳しくないし、漆の木は日本国中にあるようだから、たまたま漆の木に近づいてしまうこともあるかもしれないけど、そういう木の多い森や山に行くこと自体がめったにないから大丈夫そうだ。

元々、ミドリの多い所は好きなのだけど、秋は特に山が好きになる。

山っていっても、せいぜいがハイキングコースになってるような山で、間違っても熊が出るような本格的な(?)山ではない。

それでも、街中にいるよりはうんと新鮮な空気を感じる。

山は良いなぁ…

また、ハイキングに行きたくなってきた…

ぶつぶつ…

今日は…
「洋服記念日」
東京都洋服商工協同組合が1929(昭和4)年に制定。
これとは別に、全日本洋服協同組合連合会が1972(昭和47)年に制定。
1872(明治5)年、「礼服ニハ洋服ヲ採用ス」という太政官布告が出され、それまでの公家風・武家風の和服礼装が廃止された。

「皮膚の日」
日本臨床皮膚科医学会が1995(平成7)年に制定。
「いい(11)ひふ(12)」の語呂合せ。
各地で無料相談会や講演会等が行われる。

今日もまたなんだか食い付きにくい記念日だったりする…
誕生日も、どうもこれといって興味をひく人がいない…
…っていうか、最近寒いので、ちょっとマシになってきていた風邪がまた悪化した感がある。
そんなわけで頭まとまらず…

洋服について思うことといえば、年々自由になってきたなぁ…ってことかな。
一応、「流行り」とされるものはあるものの、昔のように国民の大半がその流行りの服装をしているといったことがない。
どんな服装をしようとも、それは自分の勝手ということだ。
逆に言うと、その人のセンスの善し悪しがよくわかる時代なのかもしれない。
そういえば、おっちゃん達のセンスの悪さが光った今年のクールビズだったけど、ウォームビズもなんとなく予想がつくような気がする…

皮膚といえば、元来、私はあんまり皮膚関係のトラブルはなかったのだけど、今年は妙に肌荒れ…
でも、以前は夏になるとすぐに出来てたあせもが、ここ数年出来なくなったような気がする…
体質変わって来たのかなぁ?

マッチの日はないのか?

今日は昼近くから雨…

最近は一雨ごとに寒くなるのがよくわかる…

私の苦手な冬ももうすぐそこまで来ているみたい…


「世界平和記念日
1918(大正7)年、ドイツとアメリカ合州国が停戦協定に調印し、4年あまり続いた第1次世界大戦が終結した。
主戦場となったヨーロッパの各国では、この日を祝日としている。

「配線器具の日」
日本配線器具工業会が1999(平成11)年11月11日に制定。
コンセントの差込口の形状を「1111」に見立て、また、「秋の火災予防週間」の期間中であることから。
配線器具とは、住宅の電気の入口である住宅用分電盤、照明器具を点滅するための壁のスイッチ、家電製品のプラグ、プラグを差し込むコンセント等のことである。
配線器具にもっと関心を持ってもらい、安心・安全・快適な暮らしの為に分電盤や配線器具を定期的にチェックしてもらう為に制定された。

「電池の日」
日本乾電池工業会(現在の電池工業会)が1987(昭和62)年に制定。
乾電池の+-を「十一」にみたてて。
「電池についての正しい知識と理解を広め、常に正しく使ってもらおう」という日。

「ジュエリーデー」
日本ジュエリー協会が制定。
1909(明治42)年、農商務省令第54号により、宝石の重量の表示に200mgを1ct(カラット)とする国際単位が採用された。

「ピーナッツの日」
全国落花生協会が1985(昭和60)年に制定。
新豆を使った落花生が市場に出始めるのがこの頃で、ピーナッツは1つの殻に2粒の豆が同居する双子であることから、11のぞろ目の日を記念日にした。

「チーズの日」
日本輸入チーズ普及協会とチーズ普及協議会が1992(平成4)年に制定。
日本の歴史上でチーズの製造が確認される最古の記録が、700(文武天皇4)年10月に、全国に現在のチーズに近い「酥[そ]」の製造を命じたという記録であることから。
10月を新暦に置き換えた11月にし、覚えやすい11日を「チーズの日」とした。

「サッカーの日」
スポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノが制定。
サッカーが11人対11人で行うスポーツであることから。

「くつしたの日,ペアーズディ,恋人達の日」
日本靴下協会が1993(平成5)年に制定。
靴下を2足並べた時の形が11 11に見えることから。
1年で1度同じ数字のペアが重なる日であることから、恋人同士で靴下を贈り合おうと呼びかけている。

「おりがみの日」
日本折紙協会が制定。
世界平和記念日であることと、1を4つ組み合わせると折紙の形・正方形になることから。

「西陣の日」
京都府の西陣織工業組合等西陣織関係の13団体で組織された「西陣の日」事業協議会が制定。
1477(文明9)年、京都が戦場となった応仁の乱が治まった。
戦火を逃れて全国各地に散らばっていた織手達が京都に戻り、西軍の本陣のあった辺りに住み附いたことから「西陣織」と呼ばれるようになった。

「下駄の日」
伊豆長岡観光協会が制定。
下駄の足跡が「11 11」に見えることから。
伊豆長岡温泉に「カランコロン」と心地良い音を奏でる下駄に一年の感謝の気持ちを込めて、下駄供養祭が行われる。

「鮭の日」
新潟県村上市が1988(昭和63)年ごろに制定。
これとは別に、築地市場の北洋物産会も制定。
「鮭」の旁の「圭」を分解すると「十一十一」になることから。

「ポッキー&プリッツの日」
食品メーカーの江崎グリコが1999(平成11)年に制定。
同社の製品ポッキーやプリッツを6つ並べると111111に見えることから。

「もやしの日」
「1111」がもやしを4本並べたように見えることから。

「煙突の日」
「1111」が煙突が4本立っているように見えることから。

「きりたんぽの日」
秋田県鹿角市の「かづのきりたんぽ倶楽部」が制定。
きりたんぽを囲炉裏に立てて焼いている様子が「1111」に見えることから。

「磁気の日」
磁気治療器「ピップエレキバン」のピップフジモトが1992(平成4)年に制定。
磁石のN極(+)とS極(-)を「十一」にみたてて。

「カリントウの日」

「ライターの日」

「国祭日 (アンゴラ)」
1975(昭和50)年、アンゴラ人民共和国がポルトガルからの独立宣言をした。


今日もまたやたらと記念日が多い。
主に、11や見た目が長細いものが多い。
ついでだから(?)今日は、長細いポッキー&プリッツの日について。
お菓子は大好きな私だけど、実はこの手のものはまず食べない。
さくさく、かりかり、ぽりぽりしたものよりは、しっとりした甘いお菓子の方が好きだから。
プレッツェル(Pretzel)とは、焼き菓子のひとつで、お菓子というよりはパンに近いらしい。
1963年、グリコ社がキャラメル以外のスナック菓子部門への本格参入商品として「バタープリッツ」(30円と50円の2種類)を発売。
最近はお菓子売場でもあんまり、このバタープリッツをみかけない。
よ~く探せばあるのかもしれないけど、今となっては地味な味のこのお菓子は目立たない場所においやられているのかもしれない。
やがて、プレッツェルをチョコレートでコーティングしたお菓子「ポッキー」が1966年から発売。

この40年近くの間に、様々な味のポッキーが発売された。

初期のチョコレートがコーティングされただけのものに比べると、かなりゴージャスな雰囲気なものも発売にもなってきた。

さらに、いつ頃からか「地域限定ポッキー」という、その地域にしか売ってない、その地域ならではの味のポッキーもお土産として売られるようになった。

意外とこれは売れてるのかもしれない。

ポッキーがあんまり好きではない私も、そういうのならほしいなと思う。

…ただ、珍しいもの好きなせいなんだけど

恐怖症

「エレベーターの日」
日本エレベーター協会が1979(昭和54)年に制定。
1890(明治23)年、東京・浅草の「凌雲閣」に設置された日本初の電動式エレベーターが一般公開された。


「トイレの日」
日本トイレ協会が1986(昭和61)年に制定。
「いい(11)ト(10)イレ」の語呂合せ。
同協会はこの日に「トイレシンポジウム」を開催し、公衆トイレを対象とした「グッドトイレ賞」を発表している。

「ハンドクリームの日」
ユースキン製薬が2000(平成12)年に制定。
「いい(11)手(ten=10)」の語呂合せと、平年の最低気温が10℃を割ってハンドクリームの需要が高まる頃であることから。

「肢体不自由児愛護の日」
日本肢体不自由児協会の主唱で1953(昭和28)年から実施。
この日から12月10日までの一箇月間が「手足の不自由な子供を育てる運動」期間となっている。
毎年、肢体不自由児が描いた絵を載せた「友情絵はがき」「愛の絵はがき」の配布等が行われている。

「技能の日」
労働省(現在の厚生労働省)が1971(昭和46)年に制定。1970(昭和45)年、アジア初の技能五輪(国際職業訓練競技会)が日本で開催された。

「独立第一声記念日 (パナマ)」

エレベーターの起源とされるのは、紀元前 236年、アルキメデスが、荷物のあげ降ろしのため滑車付きの荷揚げ装置を考案したものだと言われている。 
それから時は流れ、19世紀の初めに、イギリスでは蒸気機関を利用した荷物のあげ降ろし装置が利用されていた。 
初期のエレベーターは、ほとんどがまだ麻等の繊維で作られたロープを使用していたため、切れて落下することも少なくなかった。

当然、人間ガ乗るものではなく荷物の上げ降ろし用にしか使えなかったのだ。

人間が乗れるエレベーターが初めて登場したのは1852年、ニューヨークで開催された万国博覧会の会場だった。

落下防止装置の考案者であるエリシャ・グレーブス・オーチス氏自らが乗り込み、ロープが切れても落下 しないエレベーターの安全装置の公開実験が行われた。 

1867年にはパリ万国博覧会で、水道水を動力源とした水圧式エレベーターが初公開さ れた。

その後、この水圧式エレベーターは今までの蒸気エレベーターに変わり、普及していった。
電動式のエレベーターが登場するのは、1889年になってからのことだった。
ちなみに、エスカレーターが登場するのは1900年、パリ世界博覧会で初めてエスカレーターが設置された。 


閉所恐怖症の私はやっぱりエレベーターがあまり好きではない。

でも、エスカレーターも、ちょっと怖い。

普通のはまだしも、最近はやたらと長いエスカレーターがあるから。

JR京都駅は、出来立ての頃行ったはいいが降りる時に足がすくんでしまい、困った記憶がある。

結局はエレベーターで降りた。

自分は高所恐怖症だと思ってたけど、もしかしたら階段恐怖症なのか?と思ったりもした。

考えてみたら飛行機はそんなに怖くないし、吊り橋もそんなに怖くない。

高い所に昇るのはそんなに怖くはないけど、降りるのが怖いもんなぁ…

山道は降りるのも怖くない。

そう考えると、やっぱり階段がネックなのかもしれないなぁ…


全然関係ないけど、今日はデーモン小暮閣下の生誕日。

確かもう10万43歳…

もうじき復活ミサがあるね…


商魂!

なんだか11月に入ってから1日の過ぎるのが早い…

もう3分の1は過ぎたんだなぁ…


今日は…

「太陽暦採用記念日」
1872(明治5)年、明治政府が、それまでの太陽太陰暦(旧暦)をやめて太陽暦(新暦)を採用するという詔書を布告し、明治5年12月2日の翌日を明治6年1月1日とすることになった。

「119番の日」
消防庁が1987(昭和62)年に制定。
電話番号119に因んで。
消火活動、救急業務、救助活動等消防全般に対する正しい理解と認識を深め、防火意識を高める日。

「換気の日」
日本電機工業会が1987(昭和62)年に制定。
「いい(11)くう(9)き」の語呂合せ。
最近の住宅はアルミサッシの普及等で気密性が高く十分な換気が行われないので、室内の換気を見直してもらうことが目的である。
「ベルリンの壁崩壊の日」1989(平成元)年、ドイツ・西ベルリンを囲んでいた「ベルリンの壁」が取り壊された。 東西ドイツの統一や東欧の国々の民主化、冷戦の終結のきっかけとなった。
また、1938年のこの日にはナチスによるユダヤ人襲撃事件「水晶の夜」があり、1918年には帝政が廃止された。

「独立記念日 (カンボジア)」

ベルリンの壁が壊されたことは歴史的にもとても重大な出来事だ。
しかし、どんな所にも違った次元から物事を見る人達がいる。
取り壊された壁の殆どは破砕され道路建設用の資材に使われたそうだけど、そのうちの一部分はオークションで売られたといわれている。
公式に(?)売られたものは、かけらではなくそれなりの大きさだったらしいが、約100万円~高いものでは1000万円程の値がついたものもあるという。
さらに、一般の市民がハンマー等で壊した壁の欠片をお土産として、売ってたりもするらしい。
こちらは大きさも小さめで値段も手頃らしいのだけど、なんせ壁の欠片だから本物か偽物かはなかなかわからない。
中には証明書付きの欠片も売られているらしいが、誰がどう証明するんだ?って感じがする。 
ドイツ人は真面目だとか、どちらかといえば堅苦しいような国民性だと思っていただけに、こういったものを売っているという話はちょっと意外な気がした。
1938年10月、ドイツ国内のポーランド系ユダヤ人約1万7千人に国外追放令を布告。
家族が追放されたという知らせを聞いたフランス留学中のとあるユダヤ人青年は激高、在フランス・ドイツ大使館の一等書記官エルンスト・フォン・ラートを怒りに任せて射殺してしまった。
皮肉なことに、射殺されたラート書記官は、ナチス体制に強い疑問を持っていた人物だったらしい。
これを口実にナチスはドイツ国内でユダヤ人襲撃を行った。
何千というユダヤ人商店、ユダヤ教の教会(シナゴーグ)が焼き討ちにあい、路上に散らばったガラスの破片がキラキラと煌めく様から、「水晶の夜」という名前で呼ばれることになった。
さすがに、その時はガラスの欠片を集めて売るような状況ではなかったようだ。
そんなことができるというのは、ある意味、平和だということでもあるのかな…

…フクザツ…

今でも男前?!

「世界都市計画の日」
アルゼンチンの都市計画学者・パオレラ教授が、1949(昭和24)年に提唱。
日本では都市計画協会が1965(昭和40)年から実施。


「いい歯の日」
日本歯科医師会(日歯)が制定。
「いい(11)は(8)」の語呂合せ。


「刃物の日」
岐阜県関市・岐阜県関刃物産業連合会・新潟三条庖丁連・越前打破物協同組合・東京刃物工業協同組合・京都利器工具組合・高知土佐山田商工会・島根県吉田村・堺刃物商工業協同組合連合会が制定。
「いい(11)は(8)」の語呂合せと、ふいご祭が行われる日であることから。


「レントゲンの日」
1895(明治28)年、ドイツの物理学者・レントゲンがX線を発見した。
レントゲンは、真空管に高電圧をかけて実験をしている時に、真空管の外に置かれた蛍光紙が明るく光ることに気附いた。
真空管と蛍光紙の間に1000ページもの厚さの本を置いてもこの光は透過した。
そこでレントゲンは、この光に「正体不明」という意味で「X線」と名附けた。 後の研究で、X線は、波長がたいへん短い電磁波であることが判った。
波長が短いため体を通り抜けることができ、体の部位や状態によってその通り抜け方が違うことから、体の内部の様子を撮影することができる。


「ボイラーデー」
日本ボイラ協会が制定。


「八ヶ岳の日」
八ヶ岳を愛する人々が結成した「八ヶ岳の日制定準備委員会」が制定。
「いい(11)やつ(8)」の語呂合せ。


…というわけで、またまた食い付きにくい記念日ばかりなので、こんな時は誕生日!
今日は、アラン・ドロンの70回目の誕生日。
O型183cm

幼少の頃に父を亡くし17歳で外人部隊へ入隊。
除隊後、世界各地を放浪し1956年パリに戻り大物プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックと契約するもそれを破棄してイヴ・アレグレ監督の「女が事件にからむ時」で映画デビュー。
58年「お嬢さん、お手やわらかに!」公開後、日本でも知られるようになり、「太陽がいっぱい」で爆発的人気を得て大スターへと成長する。1958年に「恋ひとすじに」の共演者ロミー・シュナイダーと婚約するが、それを破棄してナタリー・バルテルミー(ナタリー・ドロン)と結婚。
しかし、ナタリー・ドロンとも1969年に離婚、その後ミレーユ・ダルクと長期にわたり同棲。
1998年、旧友、ジャン=ポール・ベルモンドとの共演で話題を呼んだ「ハーフ・ア・チャンス」を最後に引退宣言をしたが、2000年に俳優に復帰しTVドラマを中心に活躍を続けている。
日本では、アラン・ドロンの映画の吹き替えのほとんどを野沢 那智がやっている。
私としてはけっこう違和感があるのだけど、どうなのかなぁ?
そういえば、大昔、榊原郁恵の歌に「アルパシーノ+アランドロン<あなた」っていうのがあったらしいんだけど、アランドロンはともかくアルパシーノはどうして選ばれたんだろう…?
この「<あなた」はやっぱり渡辺徹のことなのかなぁ…(^^;


鍋焼きうどんはけっこう食べる

今日は立冬…
暦の上ではもう冬になる。
そのわりには暖かい。
朝の天気予報では、25~6℃になる所があるとか言っていた。

今日は…
「知恵の日」
朝日新聞社が1988(昭和63)年、『朝日現代用語 知恵蔵』発刊の時に制定。

「鍋の日」
食品メーカー・ヤマキが制定。
この日が立冬になることが多いことから。

「ロシア革命記念日 (ソビエト連邦)」
1917(大正6)年、ロシア10月革命でソビエト政権が樹立された。
2月革命でロマノフ王朝が倒され、ケレンスキーらの臨時政府が支配していたが、レーニン、トロツキーらのボルシェビキ(ロシア共産党)が勢力を拡大し、この日(ロシア暦10月25日)、首都ペトログラード(現在のサンクトペテルブルク)で武装蜂起し、労働者らで結成された赤衛軍が政府のある冬宮に突撃した。
同じ日に開かれた全ロシア・ソビエト大会で人民委員会が設立され、レーニンが議長に就任した。

寒くなると暖かいものが食べたくなる。
我が家では実はそんなには鍋料理はしない。
私自身、鍋物はそんなに好きではない。
…というのも、いろんな人が同じ鍋をつつくというのがどうも好きじゃない。
これが、たとえば、表面的に付き合いがあるだけの会社の上司等と食べる鍋だったりすると、かなりいやだろうなぁ…と思う。
特に、気持ち悪いと思ってる人が交ざっていたら、鍋ものは最悪だ…
さらに、鍋奉行までいたら、おいしいものでもまずく感じてしまいそうだ。
それを考えると、1人鍋は幾分淋しさはあるものの、好きなように1人で食べられるから良いと思う。

とはいっても、1人用をわざわざ準備するのもなんだか面倒なので、そうなると材料がセットされた市販のもの…ということになり、セットされたものにはたいてい私の嫌いなものが入ってたりするんでやっぱり買わなかったりする…

…なので、あんまり鍋物は食べないってことになるんだなぁ…きっと。


関係ないけど…手抜き料理の我が家では、ダシはもちろんインスタントを使うのだけど、ヤマキのダシが一番おいしいと思う…

わざわざかつおや昆布からダシをとるより、はるかにおいしいと思うんよねぇ…

私は8号

今日は朝早くから雨…

せっかく干しといた洗濯物が少し濡れてしまった…

(っていうか、干しっぱなしが悪いのか…?!)


今日は…

「お見合い記念日」
1947(昭和22)年、東京の多摩川河畔で集団お見合いが開催された。
結婚紹介雑誌『希望』が主催したもので、戦争のため婚期を逃した20~50歳の男女386人が参加した。
会場で相手を探し、終了後、最高3人までの身上書を申し込むという仕組みだった。

「アパート記念日」
1910(明治43)年、東京・上野に日本初の木造アパートが完成した。
東京・上野の「上野倶楽部」で、5階建て70室の木造アパートだった。

「桂郎忌」
俳人・小説家・随筆家の石川桂郎の1975(昭和50)年の忌日。

日本では昔はお見合い、または親が決めた相手と結婚するケースが多かった。
今では考えられないことだけど、婚礼の日まで、相手の顔を知らないなんてことも珍しいことではなかったのだ。
「恋愛結婚」が「見合い結婚」を上回ったのは1970年代後半になってからのことらしい。
まだ30年もたってない。

それなのに、最近はどうもお見合いというものに対してあまり良いイメージをもっていない人が多いようだ。

結婚といえば、指輪がつきもの。
まず、婚約の証にエンゲージリングというものが贈られる。
人類初の婚約指輪は、なんと!古代ローマ時代に交わされたといわれている。
恋人同士の愛の証として鉄製の輪をはめたのが最初なのだとか。
2世紀に入ると金の指輪が登場する。
そして1456年になり、オランダ人のベルケムがダイヤモンドの研磨に成功し、それ以来、王家ではダイヤモンドをあしらった婚約指輪が用いられるようになった。
日本では、婚約指輪が普及し始めたのは1960年頃から。
1970年代になると7割程の人が使うようになった。
当時は真珠の婚約指輪が主流だったようだ。
指輪にかける値段が「お給料の3か月分」というのも、1970年代あたりのCMから言われだした言葉らしい。
最近は不況だから、3か月分っていうのは難しいかもしれない。
結婚式に使われる費用も年々下がって来ているらしい。

高額な式を挙げても別れる時は分かれるわけだし…程ほどにしといたほうが良いかもしれないね~…

その時限りの結婚式にお金をかけるよりは高い指輪をもらった方が嬉しいし~…(生々しい…)

今年はまだ0回

今日もまたほとんど1日うだうだ過ごした…

風邪はすっかりこじれてしまったようだ…


今日は…

「電報の日」
電報を申しこむ時の電話番号「115」から。


「雑誌広告の日」
日本雑誌広告協会が1970(昭和45)年に制定。

「読書週間」「教育文化週間」のある時期ということで、この日を記念日とした。

消費者の保護と雑誌広告の信頼を高めることを目的としている。


「Burn ALL GIFs day(全てのGIFを焼き尽くす日)」
1999(平成11)年から実施。

画像フォーマットとして広く使用されているGIFには、LZWという圧縮アルゴリズムが使われている。このLZWの特許を持っているアメリカのユニシスという会社は、当初はLZWを自由に使って良いという立場をとっており、GIFフォーマットにもこの圧縮方式が採用された。しかし、GIFを始めとしてLZWが広く普及したのを見て、ユニシスは、LZWの使用者に対し特許使用料の支払いを求めるようになり、最近では、GIF画像を張り附けているWebページの所有者に対しても使用料を請求するようになった。

これに反発する人たちが、GIFの使用をとりやめてPNG(ピング)やJPEG等への置き換えを推奨する為に、この日を制定した。


「いいりんごの日」
青森県が2001(平成13)年に制定。

「いい(11)りんご(5)」の語呂合せ。


「ガイフォークスデイ(Guy Fawkes' Day) (イギリス)」
1605年、イングランド王ジェイムズのカトリック教徒弾圧に憤慨した一団が、国会開院式に出席する国王と議員たちを殺そうとして国会議事堂に爆薬を仕掛けた。しかし、この陰謀は事前に発覚し、実行寸前の11月5日未明、議事堂地下で爆薬と火附け役のガイ・フォークスが発見され、一味は全員逮捕された。

議会は11月5日を「救助を神に感謝する日」とし、翌年から休日とした。

この日は花火を打上げ、焚火をして、大人も子供も遅くまで楽しむ。


「ナショナルデー (パナマ・コロン市)」

通信手段の発達した現代では、あまり電報の出番はない。
電報は、「モールス信号」で有名なモールスが電信機を発明した1837年から32年後の1869年(明治2年)に東京~横浜間で取扱いが開始された。
電話が開通したのは1890年のことなので、その当時の電報は手紙よりも早く遠くの人にメッセージを送れるすぐれた通信手段だったのだ。
最近は、電報を打つことはまずない。
たいていの場合、メールか電話で連絡がつくから。
だから、たまに電報が来ると、妙にドキッとしてしまう。
届けられたのは、キャラクターのぬいぐるみ付きの誕生日のお祝いだった。
この他にも、陶板にルノアールやゴッホの名画が焼き付けられているものや、片岡鶴太郎の描いた鯛の台紙のもの(確か、一部はコースターにもなる)、押し花や刺繍の台紙等、昔のようにメッセージを伝えることがメインではない電報がいろいろとあるようだ。

だいたい、メッセージを伝えることがメインだとしたら、電報は高すぎる。

値段を調べてみたら、一般電報では25文字で440円、慶弔用だと同じく25文字で660円もする。

そこへさらに台紙代が加算されるのだから、たかが25文字でもけっこうなお値段になってしまう。

(無料の台紙も少しあるようだけど…)

そうなると、わざわざ電報を打とうと思うのは一生のうちでめったにないこと…結局、結婚式かお葬式だけということになってしまう。

それにしても、無料の台紙はあまりにせこい感じがするから、どうせならちょっと小マシなもの…と、考えてしまうし、そうなると数千円かかってしまうからそれならその分、プレゼントや御香典を高額にした方が良いような気がしてくるし…


そんなこんなで結局は電報は使わないってことになるんだなぁ…

やっぱりもう少し安くしないといけないよね…




ぐったり~~

相変わらず、風邪良くならず…

もう一体何日ひきずってるのかなぁ…


今日は…

「ユネスコ憲章記念日」
1946(昭和21)年、ユネスコ憲章が発効し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が発足した。
日本は1951(昭和26)年7月2日に加盟した。


「ユネスコ」とは、国際連合教育科学文化機関~United Nations Educational、Scientific and Cultural Organization~の頭文字「UNESCO」の略称。
教育、科学、文化、コミュニケーションの分野で世界の人々の協力によって、世界の平和 と人類共通の福祉に貢献することを目的として、1946年(昭和21年)国連の専門機関の一つとして設立されたもの。
本部はパリにある。
ユネスコのマークは英知のシンボルであるパルテノン神殿を元にデザインされている。


昨日は山ほどあったのに、今日は記念日が1つだけ。

しかも、とっても食いつきにくーーい記念日だったりする。

こういう活動は有意義だとは思いつつ、実は感心がない。

どうも他人事のようにしか感じられなかったり…

なんというか…規模があまりに大きくなってしまうと、親近感がなくなってくるのかもしれないなぁ…

最近は、やたらと長くなってたから、たまには短いブログも良いか…(^^;

(って、記念日が多かったから長かっただけだったり…)

メロパーのテンプレにしてから、ますます長く見えるようになってしまったし…

風邪治らないし…うんうん。