ひとことうだうだ…
祝日だからといって、私に特になにか変化があるわけではないのだけど、とりあえすは行楽日和で良かったね!
私はどこにも行ってないけど…
今日は…
「勤労感謝の日(Labor Thanksgiving Day)」
勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう国民の祝日。
1948(昭和23)年公布・施行の「祝日法」で制定。
戦前の「新嘗祭」の日をそのまま「勤労感謝の日」に改めた。
…という祝日でありながらも、この祝日の主旨を考えてこの日を過ごしてる人はまずいない…
我が母にいたっては「今日はなんで休み?」と言っていた…
なんだかなぁ…
「手袋の日」
日本手袋工業組合が1981(昭和56)年に制定。
これから手袋が必要になる季節に向けて、祝日の勤労感謝の日を記念日にした。
…なんで、勤労感謝の日に乗っかったのかわからない…
寒くなる季節なら、立冬あたりの方がいいんじゃないの~?
あと手袋の形のミトンと5本指のにちなんで25日とか…
「外食の日」
日本フードサービス協会(ジェフ)が1984(昭和59)年に制定。
…外食は良いよねぇ…
作らなくて良いし、後片付けもしなくて良いっていうのは非常に嬉しい!
ただ、でかけるのが面倒なこともあるから、店屋物も好き。
要するに私にとって料理は一番面倒くさい家事…
今は、オムライスを食べに行きたい…
「Jリーグの日」
日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が1993(平成5)年に制定。
1992(平成4)年、Jリーグ初の公式戦・ナビスコカップ決勝が東京の国立競技場で行われた。
…サッカーは興味ゼロなので、見たことがない。
見たことがないから、ますます興味が出ない…
「いいふみの日」
郵政省(現在の日本郵政公社)が制定。
「いい(11)ふみ(23)」の語呂合せ。
…昔は死ぬほど手紙を出したけど、最近はメールの方が早いしラクだからほとんど出さなくなってしまった…
出さないから来ることも少なくなって来た。
年賀状はやっぱりほしいと思うけど、今年も出さない…
「いい兄さんの日」
「いい(11)にい(2)さん(3)」の語呂合せ。
…昔から兄がほしかった。
妹や弟は面倒だからいらない。
いい兄さん、ほしかった…
「いい夫妻の日」
「いい(11)ふさい(23)」の語呂合せ。
…良い夫妻か~…
私はこのまま一生独身なんだろうか…
考えてみたら、そらおそろしいことですなぁ…
よくは知らないけど、高橋英樹とか里見浩太郎夫妻は良い夫婦っぽいよね。(たとえが渋すぎ!?)
横●正さんはドロ沼過ぎて、水戸黄門の再放送見れないわ…(やってないけど…)
「いい家族の日」
全国家族新聞交流会が制定。
「いい(11)ファ(2)ミ(3)リー」の語呂合せ。
…いい家族っていったら、やっぱりサザエさんとかちびまるこみたいな家族のことなんだろうか?
芸能人だと、松本幸四郎一家はなんだか良い雰囲気だと思うんだけど…
そういえば、高嶋忠雄一家や西川きよし一家は異常に仲良さげに見えるね。
ああいう雰囲気は私はちょっと苦手だけどね~…協調性ないから…(;^_^A
「ゲームの日」
全日本アミューズメント施設営業者協会連合会・日本アミューズメントマシン工業協会・日本SC遊園協会が制定。
仕事や勉強の尊さをはっきり自覚しながら、ゆとりある遊びとしてのゲームを楽しみ、ゲームと生活との調和が感じられる日であるとして、勤労感謝の日を記念日とした。
…勤労感謝の日をあえてゲームの日にするあたりがかなり無理やりな気がしたり…
やっぱり、ゲームにハマると仕事や勉強はそっちのけになるものでしょう!
きれい事を言ってはいけない!
真剣にRPGなんてやってると夢に出てきたりするしねぇ…
だいたい本気にならないとゲームなんて面白くないしねぇ…
「新嘗祭」
1873(明治6)年から1947(昭和22)年までの祭日。
天皇が新穀を天神地祇に勧め、また、親しくこれを食する祭儀。
明治5年までは旧暦11月の2回目の卯の日に行われていた。
明治6年から太陽暦が導入されたが、そのままでは新嘗祭が翌年1月になることもあって都合が悪いということで、新暦11月の2回目の卯の日に行うこととし、明治6年ではそれが11月23日だった。
翌明治7年には前年と同じ11月23日に行われ、以降11月23日に固定して行われるようになった。
…そうなんだぁ…
くるくる
気が付くと明日は祭日だった…
…だから何ってことでもないんだけど…
「ボタンの日」
日本釦協会・全国ボタン工業連合会等が1987(昭和62)年に制定。
1870(明治3)年、金地に桜と錨の模様の国産のボタンが海軍の制服に採用された。
「大工さんの日」
日本建築大工技能士会が1999(平成11)年に制定。
11月が「技能尊重月間」であること、「十一」を組み合わせると「士」となり「建築士」にふさわしいこと、22日は大工の神様とされる聖徳太子の命日(622年2月22日)であること、「11二二」を組み合わせると、11はニ本の柱をあらわし、ニは土台と梁あるいは桁を表して軸組合の構造体となり、11月22日が大工との関係が密接であることから。
「いい夫婦の日」
余暇開発センター(現在の自由時間デザイン協会)が1988(昭和63)年に制定。
「いい(11)ふうふ(22)」の語呂合せと、11月の「ゆとり創造月間」の期間中であることから。
「和歌山県ふるさと誕生日」
和歌山県が1989(平成元)年に制定。
1871(明治4)年、和歌山県が現在の県域が定まった。
「長野県りんごの日」
JA長野県経済連(現在のJA全農長野)等が1999(平成11)年に制定。
長野県産林檎の主力品種が「ふじ」であることから「いい(11)ふじ(22)」の語呂合せと、「いい(11)ふうふ(22)」(いい夫婦)→「アダムとイヴ」→「林檎」との連想から。
「回転寿司記念日」
回転寿司チェーン「廻る元禄寿司」の元禄産業が制定。
回転寿司を考案した同社元会長の白石義明氏の1913年の誕生日。
寿司の起源は約1000年前もの昔のこと。
当時は魚の保存法の一つとして考えられたもので、今のようにごはんに酢が加えられていたのではなく、米の中に塩味をつけた魚を漬けて発酵させた魚肉保存法。
これが寿司の起源と言われている。
酢を加えたシャリに魚を乗せるようになったのは、江戸時代頃と言われている。
さらに、今のスタイルの寿司屋が全国に広まったのは、明治時代以降からと言われている。
元禄寿司のオーナーが高級食であった寿司を「何とか一般のお客様にももっと気軽に寿司を食べてもらいたい」と考えたが、どうしても寿司屋には「職人さん」が必要であり、そうなると人件費の問題で料金を安く設定することが出来なかった。
そんな時に彼がたまたま行ったビール工場で、ビールが整然と並んで運ばれてくるコンベアを見た時に「少人数の職人さんで多くのお寿司を提供するにはこれだ!!」と、ひらめいたのだとか。
そして、1958年、東大阪に「回る元禄寿司」が誕生した。
わざわざ頼まなくても好きなものが好きなだけに取れて、一皿の値段が決まっているために会計がわかりやすく、しかも安いということで、一気に人気沸騰!
1970年の「大阪万国博覧会」にも出展され、日本だけではなく全世界の人たちに紹介され広まっていった。
実はウニ等に使われる「軍艦巻き」は、回転寿司が誕生してから出来た形なのだとか…
一説には回転寿司のレーンで回っても小さいネタが落ちないように周りを海苔で巻いたものが始まりといわれている。
ちなみに、回転寿司の回る方向は右回りがほとんど。
これは、日本人には「利き目」が右の人が多く、物を見る時に主に右目を使うため、右回りの方がネタを早く認識出来取りやすくなることから。
回転速度は、客席1人分の通過時間が約6秒に設定されているのだとか。
これより早いと取りにくく、また遅いと食べるのが遅くなり満腹中枢が働く前に食べる量が減り、売上が落ちるためだとか…
最近ではお寿司だけではなく、サラダやちょっとしたスィーツ系も流れて来たりするのがちょっと楽しい。
ごはんのあとは、どうも甘いものや冷たいものが食べたい私としては、たとえそんなにおいしくなくてもそういうものがあると嬉しい。
…ついつい手が出てしまうよねぇ…
呪いはとけた…?
なんだかますます寒くなってきた…
毎日ぞくぞくしてるんだけど、これって寒いのか悪寒なのか…?
「インターネット記念日」
1969(昭和44)年、インターネットの元型であるARPAネットの公開実験が、カルフォルニア大学ロサンゼルス校・スタンフォード研究所・カルフォルニア大学サンタバーバラ校・ユタ大学の4か所を結んで開始された。
「歌舞伎座開業記念日」
1889(明治22)年、東京・木挽町(現在の東銀座)に歌舞伎座が開場した。
元々木挽町には江戸三座のひとつ・森田勘彌座があったが、1841年の天保の改革の時に浅草に移され、それから半世紀ぶりのことだった。当時の建物は戦災で焼失し、1951(昭和26)年に復興された。
「フライドチキンの日」
1970(昭和45)年、名古屋市郊外に日本ケンタッキー・フライド・チキンの第1号店がオープンした。
「世界テレビデー(World Television Day)」
1996(平成8)年12月17日の国連総会で制定。
国際デーの一つ。
1996(平成8)年、国連で「第1回世界テレビ・フォーラム」が開催された。
国連加盟各国は、平和・安全・経済・社会開発・文化交流の拡充等の問題に焦点を当てたテレビ番組の世界的な交流を促すことにより、この日を記念するように呼びかけられた。
「早慶戦の日」
1903(明治36)年、初の早稲田大学対慶應義塾大学の試合「早慶戦」が行われた。
東京・三田で行われた野球の試合で、11対9で慶應が勝利した。
私は鳥肉を食べないのでよくわからないけど、チキン好きの友人・知人はほぼ間違いなくケンタッキー・フライドチキンが好きだったりする。
だから、きっとおいしいのだと思うのだけど、なぜだか意外と閉店してたりする。
要するにチキンがメインすぎて、私のようにチキンが好きでない人間が気楽に入りにくいせいかもしれない。
たまにチキン好きの友人の付き合いで入ると食べるものがなくて困る。
せいぜいポテトかサラダ…
これではあんまり満足感がない。
セットが少なくて多少高いイメージもあるせいかもしれないなぁ…
ところで、1985年の阪神タイガース優勝の時、ケンタッキー・フライドチキン道頓堀店のカーネル・サンダース像が道頓堀に投げ込まれた。
お馴染みの白いスーツ姿でステッキを持ったあの像だ。
これは、カーネル・サンダースが60歳の姿をモデルに作られているらしい。
このカーネル・サンダース像をランディ・バース選手に見立てた阪神ファンが胴上げをはじめ、そのままカーネル像をダイブさせてしまったのだ。
その後、某テレビ番組でカーネル像を探していたがみつからなかった。
なにぶん、ヘドロが堆積し、視界も十分ではない道頓堀川のことだから、見落としたのかもしれないけど、結局みつからなかった。
そのあたりから、「阪神タイガースが優勝できないのはカーネル・サンダースの祟り」という噂が流れたようだ。
その後、上半身だけがみつかったとかいう話もあったが、2003年、そして今年と阪神が優勝出来たのだから、もしかしたらもうカーネル像は誰かに救いあげられてどこかで元気に(?)暮らしているのかもしれないね…
いまだ宅配を頼んだことがない…
今日もまた記念日がいっぱい…
「アフリカ工業化の日(Africa Industrialization Day)」
1989(昭和59)年の国連総会で制定。国際デーの一つ。
アフリカの工業化に対する国際社会の真剣な取り組みを促す日。
「世界のこどもの日(Universal Children's Day)」
1954(昭和29)年の国連総会で制定。
国際デーの一つ。
各政府が適当と考える日を「世界こどもの日」に選んで記念するよう提案されており、日本では、1959年に「児童権利宣言」が、1989年に「児童権利条約」が採択された11月20日を当てている。
「毛皮の日」
日本毛皮協会が1989(平成元)年に制定。
「いい(11)ファー(20)」の語呂合せ。
「ホテルの日」
1890(明治23)年、帝国ホテルが開業した。
「ピザの日」
凸版印刷が1995(平成7)年に、ピザをイタリア文化のシンボルとしてPRする日として制定。
ピザの原型であるピッツァ・マルゲリータ誕生に関係した、ウンベルト1世の妻・マルゲリータの誕生日。
「産業教育記念日」
1884(明治17)年、「商業学校通則」が制定され、日本の産業教育制度が創設された。
「行政相談委員の日」
1961(昭和36)年、行政相談委員が設置された。
行政相談委員とは、行政運営の改善の為に、国民の行政に対する苦情・要望等を受附け、その解決や実現を図る委員のことで、全国の市町村に約5000人が設置されている。
「山梨県民の日」
1871(明治4)年11月20日(旧暦)、甲府県が山梨県に改称された。
新暦に換算すると12月31日になってしまうため、旧暦の日附を記念日とした。
「革命記念日 (メキシコ)」
1910(明治44)年、メキシコのポルフィリオ・ディアス大統領に対する叛乱が起こり、メキシコ革命が始った。
ピッツァの歴史は予想外に古い。
古代地中海文明にすでに現在のピッツァの起源と思われる食べ物があったようだ。
それは丸い平たいパンで、古代エジプトにはファラオの誕生日を祝う際にはハーブで味付けした丸パンを食べるという習慣があった。
ホメロスの詩にも戦士の常用食として丸パンが出てくるらしい。
丸い平らなパンのようなものに食材を乗せて食べたのは古代のギリシャ人が最初だという説もあるようだ。
それよりも新しい説としてはイタリアトスカナ地方のエルトリア人が丸パンを作っており、それがフォカッチャに発展したものがピザの原型だといわれている。
16世紀頃には、ナポリの人々が丸パンとトマトを一緒に食べるようになり、それがナポリの郷土料理となっていった。
17世紀には、ナポリ王フェルディナンド2世がそのピッツァを好きになり、
城にピッツァ作り用のキッチンを設置したことにより、最初は庶民の食べ物だったピッツァが貴族の間にも広まっていった。
その後、18世紀にはピッツァが料理として、本格的に食されるようになり、
19世紀末に、イタリア移民がニューヨークにこのピザをもたらした。
1905年には、Gennaro Lombardi がニューヨークに第一号のピザ屋をオープンした。
しかし、当時そのピザはあまり評判が芳しくなく、普及したのは第二次世界大戦後になってからだということだ。
日本にピザの店が初めて出来たのは、1955年(昭和30年)の東京でアメリカ人のニコラス・ザペティの「ニコラス」という店だった。
イタリアのピッツァではなくアメリカピザだったのだ。
もともとはアメリカ陸軍の部隊をターゲットに始めたが、日本人の若者達に大ウケし、日本でもピザが広まっていったのだとか…
そんなに昔から日本にピザがあったとは驚きだ。
私はチーズ好きなので、もちろんピザも大好き!
どちらかというと、アメリカンタイプよりイタリアンタイプの薄い皮でモッツァレラチーズのピザの方が好きかなぁ…
でも、我が家でピザを食べたがるのは私しかいないので、宅配を頼んだことがない。
と言うわけで、家で食べる時はほとんど冷凍のピザだからあんまり薄皮のピザはない。
そんなわけで、家で食べる時はいつもそんなに「おいしい!」と感じながら食べることはない…
それが残念でいつか家で宅配を頼んでみたいと思い続けて早や●年…
…いつ頼めるのかなぁ…
何歳からおばさん?
鉄道電化協会が1964(昭和39)年に制定。
1956(昭和31)年、米原~京都が電化され、東海道本線全線の電化が完成した。
「農業共同組合法公布記念日」
全国農業協同組合中央会(JA全中)が制定。
1947(昭和22)年、「農業協同組合法」が公布された。
「緑のおばさんの日」
1959(昭和34)年、通学する児童を交通事故から守るための学童擁護員(緑のおばさん)の制度がスタートした。
「ペレの日」
ブラジル・サンパウロ市郊外のサントス市が1995(平成7)年に制定。
1969年、サントスFCで活躍したサッカー選手・ペレが、1000号ゴールの偉業を達成した。
「緑のおばさん」とは、学童の交通事故を防ぐため、小学校の登下校時に通学路で交通整理をする婦人交通指導員の通称。
「交通戦争」という言葉までが生まれ、実際に昭和34年には全国での交通事故の死亡者が1万人を超えたのだそうだ。
こうした交通環境を受けて緑のおばさんはスタートしたというわけだ。
悪臭…
ますます睡眠不足悪化…
風邪薬飲んでも眠くならないし、困ったなぁ…
「土木の日」
土木学会、日本土木工業協会等が建設省(現在の国土交通省)の支援で1987(昭和62)年に制定。
1879(明治12)年に工学会(日本工学会の前身)が設立され、また、「土木」を分解すると「十一」「十八」になることから。
「音楽著作権の日」
「もりとふるさとの日」
国土保全奨励制度全国研究協議会が制定。
1994(平成6)年の同協議会の設立日。
「ミッキーマウスの誕生日」
1928(昭和3)年、ニューヨークのコロニーシアターでミッキーマウスが登場する短編アニメーション『蒸気船ウィリー』が初めて公開された。
ミッキーマウスも、今年でもう77歳になる。
私は初期のディズニーキャラではドナルドが好きだったから、ミッキーには深い思い入れはない。
かといって嫌いということもないので、誰かにもらったぬいぐるみや、なんとなく買ってしまったグッズはいくつかある。
なんといっても80年近くの歴史があるキャラだ。
その間に相当数のグッズが出回っているのだから。
ウォルト・ディスニーは前年に発表した「うさぎのオズワルド」に代わるキャラクターを考えていた。
ニューヨークからロサンゼルスに帰る汽車の中で彼はふとネズミをキャラクターにすることを思いついた。
ウォルトはそのキャラクターの名前を「モーティマー」にしようと思い奥さんに話したところ、奥さんはその名前に反対し「『ミッキー』のほうが可愛いわ」と提案。
そんなことから「ミッキーマウス」が誕生したということだ。
ウォルト・ディズニーが「い~や!モーティマーの方が可愛い!」と頑張っていれば「モーティマー」だったかもしれない。
多分、頑張らなかったのは正解だと思う。
日本人が聞いた場合、ミッキーの方が覚えやすいし、なじみやすいから。
ちなみにミッキーマウスの身長は約70cm、体重は11.5㎏なのだとか。
ねずみにしてはかなりデカイ!
世界最大のねずみといわれるカピパラは1m以上、50kg以上になるけど、ミッキーはどう見てもカピパラではない。
耳がでかいことを考えるとクマネズミあたりか?!
身長70cmのクマネズミがいたら、ギネスに載れる…(…としょ~もないことを…)
話は変わり、植物界には「ミッキーマウスの木」というものがあるらしい。
オクナ・セルラタ(Ochna serrulata)という南アフリカ原産の低木。
赤い花床の真ん中に石果が黒く熟している様がミッキーマウスに似ているからなのだとか。
そっくり!というほどではないけど、言われてみれば、ミッキーマウスに見えないこともない。
似てるかどうかは別として、可愛いから観賞用にはいいかと思う。
実をいうと、私はねずみ自体があんまり好きではないのだけど、有名なねずみキャラというと他に「トッポ・ジージョ」がいる。
イタリア出身のねずみで、こちらは身長22cm、体重227gらしいからミッキーよりはかなり小型だ。
「トッポ」とはイタリア語でねずみのことで「ジージョ」が名前かと思いきや、実はニックネームで本名は「ルイス」なのらしい。(ややこしい)
こちらも相当古いキャラだと思うけど、ミッキーよりは若いようだ。
他に、ねずみキャラを考えてたら…いたいた。
「ビビビのねずみ男」!!
日本を代表するこのねずみキャラ(?)は、もう200年以上お風呂に入っていないらしい…(-_-;
もう飲んだ…?
最近また睡眠不足…
そのせいか、相変わらず体調悪い…
今日は…
「将棋の日」
日本将棋連盟が1975(昭和50)年に制定。
江戸時代、将棋好きの8代将軍徳川吉宗が、この日を「お城将棋の日」とし、年に1回の御前対局を制度化した。
「ドラフト記念日」
1965(昭和40)年、第1回プロ野球新人選択会議(ドラフト会議)が開かれた。
「蓮根の日」
茨城県土浦市で1994(平成6)年のこの日に全国の蓮根産地が集まって開催された「蓮根サミット」で制定。
11月第3木曜日
「ボージョレヌーボー解禁」
ボジョレー・ヌーボー(Beaujolais nouveau)とは、フランスはブルゴーニュー地方の南部の丘陵地帯、
「ボージョレー」地方で作られるワインのうちの「ボージョレ」「ボージョレヴィラージュ」という2種類の
銘柄の新酒のことで、その年にとれた葡萄で作られ、その年のうちに瓶詰めされ、
その年の11月の第3木曜日0時に解禁されたもののことを言う。
ボジョレー地方は昔からワイン作りの盛んな丘陵地で、ボジョレー・ヌーボーはもともとこの地方で秋の収穫を
祝うワイン祭りに、新酒として捧げられていたもの。
ボジョレー・ヌーボーにはガメイ種という品種のブドウを使うことが、法律で決められている。
製法も一般のワインとは異なり、ブドウの実を砕かずタンクで短期間に発酵熟成させる。
先日、たまたまテレビで見たのだけど、普通のワインは長い時間をかけてゆっくり熟成させるのに対し、ボジョレー・ヌーボーは二酸化炭素を樽に注入して発酵させていた。
熟成させる期間が普通のワインより短いために渋みが少ないのが特徴で、口当たりのよい軽めのワインに仕上がる。
ワイン通の人には頼りない味に感じるかもしれないけど、季節感を味わえるワインだからそういうのもたまには良いかもしれない。
ボジョレー・ヌーボーの発売は11月の第3木曜の午前0時と定められている。
本来は11月第3木曜日に「原産地出荷解禁」だったのだが、
現在では店頭に並ぶ日となっている。
原産地出荷解禁日を11月第3木曜日にしたのは法的規制が出来る以前には早出し競争が激化し、醸造期間や畑での熟し期間を短くした粗悪品の横行が広まったため。
その防止策として、最低11月第3木曜日以前には出荷してはならないという規制が出来たということだ。
日本では日付変更線の関係で、世界で一番最初にボジョレー・ヌーボーが解禁になるということで日本でもいかに早く飲むかということがブームになったりした。
最近は昔ほどの過熱ぶりはないが、やっぱり相当量が輸入されている。
今日の夕方のニュースで、どこだったか忘れたけどボジョレー・ヌーボーのワイン風呂に浸かりながら、ボジョレー・ヌーボーを飲むというイベントが報道されていた。
ワインにはポリフェノールがたっぷり含まれてるし、血行を促進し、老廃物を排出し、新陳代謝を高めてくれて美肌効果もあるため、以前からワイン風呂って言うのはあったと思うけど、そのワインがボジョレー・ヌーボーってところがなんともすごい。
今年は久しぶりに飲んでみようかなぁ…
人生いいいろ
今日はいきなりの寒波…
真冬のような寒さになってしまった…
冬が来るのはもっと後でいいのに…
「国際寛容デー(International Day for Tolerance)」
1996(平成8)年12月12日の国連総会で制定。国際デーの一つ。
1995(平成7)年、ユネスコ総会で「寛容原則宣言」と「国連寛容年のためのフォローアップ計画」が採択された。
「幼稚園記念日」
1876(明治9)年、日本初の官立幼稚園である東京女子師範学校附属幼稚園(現在のお茶の水女子大学附属幼稚園)が東京・神田に開園した。
「いいいろ塗装の日」
日本塗装工業会が、創立50周年をむかえる1998(平成10)年に制定。
「いい(11)いろ(16)」の語呂合せ。
「いいいろの日」
愛知県の塗装・塗料に関する事業の業界団体「愛知昭和会」が1991(平成3)年に制定。
「いい(11)色(16)」の語呂合せ。
「録音文化の日」
「いいいろの日」なので、色についてうだうた…
うちの母方はなぜだか、赤系統が好きな人が多かった。
そのせいで、私は幼い頃は赤系の服や着物を着ることが多かったらしい。
小学校あたりになるとその反動か、なぜだか群青色にひかれるようになった。
断片的な記憶の中に、靴屋さんで赤い靴をだされ、それはいやと言って群青色の靴を買った時のシーンが残っている。
小学生の高学年あたりになると、今度は黄色が好きになる。
卒業式には全身黄色の服で出た記憶がある。
その時々に、ハマり色があったようだが、黄色以降は特に強い記憶がない。
10代終わりか20代始めには紫にハマった。
ハマるとしばらくはそればっかりになってしまう私は、当時はやたらと紫ばかり着ていたように思う。
その後は本来の血が目覚めたのか、赤やピンクにこだわるようになった。
身に付けるものはたいてい赤やピンクだし、予算の都合で妥協しているものも多いけど、やっぱり私の部屋は赤やピンクのものが多い。
色はその人間の心理状態を表すと言われる。
色がその人に影響を与えることも多い。
たとえば、赤いものは体温をあげるとかやる気を起こさせるとか…
そして、風水ではその人の運勢を変えたりもする。
風水では赤はエネルギーや生命力を表す。
なのに、赤の多い部屋に住む私は身体も精神力も弱い…
ピンクは心身のリラックスや若さをもたらすと言われる色。
なのに、昔からフケてみられる私って一体…
まぁ、風水は方角的なことも関係するから、色だけでどうこうは言えないけど…(多分、西枕にして寝てるのが良くないのでは…と思ったり…)
色といえば、オーラソーマというカラーセラピーがある。
上下2層になったカラーボトルから好きなものを選び、選んだボトルによって、その人の心理状況を探り、癒しとなるものを与えるもの。
以前からけっこう興味を持っている。
ボトルの中身はオイル。
そのオイルを塗ったり、ボトルを眺めることによりヒーリング効果を得る。
ただのヒーリングというよりは前世に遡るスピリチュアルな内容を含むセラピーだから、とても興味をそそられる。
ちなみに、私はついつい「マジェンタ」というカラーにひかれてしまうのだけど、解説を読むと本当に心の中を見透かされているようにぴったり当たっている。
バースディボトルっていう、その人の生年月日に通ずるボトルもあるのだけど、これも本当によく当たっている。
きわめてみたいなぁ…と思うけど…受講料高くて無理~~!!
西の部屋を金色まみれにして金運アップしてからじゃないと無理だなぁ…
…っていうか、片付け、整理、掃除をしないとどんな運もあがらないっていうから、その時点で無理だったり…
玉緒ちゃんも…?!
今日は黒田さんと清子様の結婚式。
とっても、質素な結婚式だったようだけど、なんか…神前結婚式って良いね…
「七五三」
男の子は数えで3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の年に、成長を祝って神社に参詣する。
3歳は髪を伸ばす「髪直」、5歳は初めて袴をつける「袴着」、7歳は本仕立ての着物と丸帯という大人の装いをする「帯解」をそれぞれ祝う意味がある。
「きものの日」
全日本きもの振興会が、1966(昭和41)年の設立の時に制定。
七五三の日に、家族そろって着物で出かけてほしいとの願いから。
「かまぼこの日」
全国蒲鉾水産加工業協同組合連合会が1983(昭和58)年に制定。
かまぼこが初めて文献に登場したのが1115(永久3)年の祝宴の膳の図に描かれていたものとされており、この年の数字の並びから11月15日を記念日とした。
「こんぶの日」
七五三の日に子供達に昆布を食べて丈夫になってもらおうと、日本昆布協会が1982(昭和57)年に制定。
「生コンクリート記念日」
全国生コンクリート工業組合連合会が制定。
1949(昭和34)年、生コンクリートが初めて市場に出荷された。
「共和制宣言記念日 (ブラジル)」
1889(明治22)年、ブラジルが共和制宣言により共和制に移行した。
1822(文政5)年の独立当初は帝政をしいていた。
「一般鳥獣狩猟解禁」
翌年2月15日まで。
北海道は10月1日~翌年1月31日。
かまぼこの起源ははっきりとはわからないようだが、平安時代の終わりごろには「蒲鉾」の名前がすでにあったらしい。
古い書物をみる限りでは「かまぼこは、蒲の穂に似せたるものなり」とあり、その形が植物の蒲の穂に似ているから蒲鉾の名ができたといわれている。
(蒲の穂子→蒲穂子→蒲鉾)
江戸時代の書物に「後に板に付たるが出来てより、まぎらはしきにより、元のかまぼこは、竹輪と名付けたり 竹輪こそ実のかまぼこなれ。今の板に付たるを蒲ぼこといふは、名のうつりたるなり」という一文があり、江戸時代には、初期のかまぼこはすでに「竹輪」と呼ばれ、板についたものが「蒲鉾」と呼ばれていたようだ。
当初のかまぼこは、ナマズなどの魚のすり身を細竹にぬりつけて焼いたもので形は現在の竹輪に近い。
「竹輪」という名前は切り口が竹の輪に似ていることからそう呼ばれるようになったとのこと。
板にすり身をつける製法は室町時代の末期頃からだといわれている。
江戸時代に入ると、今までのように焼いたものではない蒸したかまぼこが登場した。
関東地方を中心に蒸し蒲鉾が広まり、関西では蒸したものをもう1度焼いた蒲鉾が流通した。
これは、関東では産地が近かったためと蒸す方が生産の手間がかからないということからそうなったようだ。
かまぼこといえば、板が付き物だけど、板のないかまぼこもある。
そう、仙台の笹かまぼこだ。
こちらは成形されたあと、竹串に刺して焼いて作られる。
当時、大漁になると新鮮なうちに市場まで運びきることができなかったことから、この魚を何とかしようと、漁師がヒラメの身をすり潰して串に刺し、平たく形づくって焼いて食べたところ、これが大変おいしかったことが笹かまぼこの始まりだとされている。
この形が手のひらに似ていることから「手のひらかまぼこ」、舌に似ているということで「べろかまぼこ」など、いろんな名前で呼ばれていたが、今では「笹かまぼこ」で統一されている。
これは笹の葉の形に似ている事と、伊達家の家紋「竹に雀」にちなんだ名前だということだ。
ところで、かまととの「かま」は「蒲鉾」の「かま」、「とと」は幼児語で「魚」のことで、知らないふりをして「蒲鉾はトトからできているの?」と、わざとらしく聞いたことから生まれたことから言葉で、江戸末期の上方の遊郭で、うぶなふりをした遊女に対して使われ始めたことによる「かまととと」は、本当は知っていながら知らないふりをすること。
うぶらしく振舞う女性に対して用いられることが多い言葉とされている。
なんで「かまぼこ」がそういう言葉の元になったのか、よくわからないところだ。
これが竹輪だったら、「ちくとと」になってたのかなぁ…
資金がないから出来まへん!
ずいぶん寒くなってきたから、毎日あせっている。
なにをって、早く暖房を出さなくては~!!…っていうあせり。
暖房がなにもないから寒いのよ…私の部屋は…
「パチンコの日」
パチンコ業者の集まりである全国遊技業協同組合連合会が1979(昭和54)年に制定。
1966(昭和41)年、全国遊技業協同組合連合会が発足した。
当時は、インベーダーゲームの進出でファン離れが起きたため、人気挽回をねらって制定された。
「パチパチ」の語呂合せで8月8日にするという案もあったが、8月は2月とともに「ニッパチ月」と呼ばれて客の数が減る月であるため、ボーナス期を控え客の増加が見込まれる11月を記念日とした。
「ウーマンリブの日」
1970(昭和45)年、東京・渋谷で女性解放運動を高めるための日本初のウーマンリブの大会が開催された。
「いい石の日」
山梨県石材加工業協同組合が1999(平成11)年に制定。
「いい(11)石(14)」の語呂合せと、石工職人が尊ぶ聖徳太子の命日であるこの日を「太子講」としていたことから。
「埼玉県民の日」
埼玉県が1971(昭和46)年に制定。
1871(明治4)年、廃藩置県によって埼玉県が誕生した。
1871(明治4)年に埼玉県と入間県が誕生し、1873(明治6)年に入間県は群馬県と合併して熊谷県となったが、1876(明治9)年に熊谷県の一部が埼玉県と合併して、現在の県域となった。
「大分県民の日」
「大分県あすをつくる県民運動推進協議会総会」で決議。
1871年(明治4)、廃藩置県によって大分県という名称が初めて使われた。
「盛人の日」
日本ベテランズ倶楽部が制定。
「い(1)い(1)とし(14)」の語呂合せ。
日本のパチンコの起源とされるものは、1920年に米国から入ってきたバガテールだとされている。
当時は、バガテールではなく「コリントゲーム」と言う名称で親しまれ、数年後にはヨーロッパのウォールマシンを参考にして作られた「玉遊菓子自動販売機」というものがデパートの屋上などに設置されるようになった。
パチンコ店の第一号は昭和5年に愛知県に出来たのが最初で、その後、お店が増え続け、昭和23年に風俗営業取締法が施行された。
この当時の玉貸料は1個1円という値段だったとか。
昭和24年、「正村ゲージ」というものが登場する。
この正村ゲージの登場により、パチンコ業界は飛躍的に発展していった。
現在のパチンコ台もこの正村ゲージが原型となっているらしい。
私はギャンブルが嫌いということはないのだけど、資金がないから全くやらない。
大人になってからはほとんどといっていいほど、やったことがない。
ギャンブラーはとかく縁起をかつぐものっていうイメージがあるんだけど、やっぱり「ギャンブル運UP!」なんて書いてあるブレスレットなんかは気になってしまうんだろうか?
この前たまたまみつけたものに「ギャンブル運UP」のパチンコカトちゃん根付けっていうのがあった。
パチンコ台の前に、ステテコ・腹巻・ハゲヅラ姿のカトちゃんが座ってて、顔だけこっちを向いて「カトちゃんぺ」のポーズをやってるもの…
ウケたけど、とてもじゃないけどご利益があるとは思えない…
…でも、もしかしたらそういうものにこそご利益があるのかなぁ??