ちょっとだけ今日は何の日 -31ページ目

みかん!みかん!みかん!

寒いよ~…

心が寒いよ~…


「国際障害者デー(International Day of Disabled Persons)
1992(平成4)年11月の第47回国連総会で制定。国際デーの一つ。

1982(昭和57)年、「障害者に関する世界行動計画」が国連総会で採択された。

また、12月9日が日本独自の「障害者の日」となっている。


「カレンダーの日」
全国団扇扇子カレンダー協議会が1987(昭和62)年に制定。

1872(明治5)年12月3日が太陽暦の採用によって1873(明治6)年1月1日となった。


「個人タクシーの日」
1959(昭和34)年、初めて個人タクシーの営業許可が下りた。

タクシー不足と神風タクシー解消のため、東京都で40~50歳の3年間無事故無違反の優良運転手173人に個人タクシーの免許が許可された。


「自動車電話の日,コードレス電話の日」
1979(昭和54)年、電電公社が東京23区での自動車電話サービスとコードレス電話のサービスを開始した。

当時のコードレス電話は、電波法の規定により電電公社からの貸し出しのみで提供されていた。現在のように自由に買取りができるようになったのは1987(昭和62)年10月からである。

携帯電話は1987(昭和62)年4月10日からサービスが開始された。


「奇術の日」
日本奇術協会が1990(平成2)年に制定。

奇術(手品)につきもののかけ声「ワン(1)ツー(2)スリー(3)」より。


「妻の日」
凸版印刷が1995(平成7)年に制定。

感謝を表す「サン(3)クス」(Thanks)の語呂合せ。

1年の最後の月である12月に、1年間の労をねぎらい妻に感謝する日。


「みかんの日」
全国果実生産出荷安定協議会と農林水産省が制定。

11月3日と12月3日の年2回実施。


ビタミンCやクエン酸の多いみかんには、ガンを抑制する効果の高いβ-クリプトキサンチンもたくさん含まれており、1日1個のみかんを食べることでその効果が得られるのだとか…

その他にもみかんの皮をお風呂にいれることで保湿や保温効果が得られたり、みかんの油脂D-リモネンは手肌を傷めずに頑固な汚れを落とし抗菌性除去効果にもすぐれた洗剤にもなる。
さらに、みかんの皮には育毛効果もあるらしい。

安いわりにこんなに身体に良いみかん…

なのに私はほとんど食べない…

特に理由はないのだけど、とりあえずはむくのが面倒というのが理由かな。

嫌いというわけではないけど、すきでもない…

どちらかというと、ジュースになってしまってる方が楽。

みかんのジュースの代表といえば、ポンジュースがある。

ポンジュースの「ポン」は日本のポンから付けられたらしいけど、そこらへんがどうも納得いきにくいせいか実は方言でう●こという意味があってそっちからだという説もあるらしい…

まぁ、そんな意味で付ける訳はないのだけど、なんで日本のポンをみかんのジュースの名前につけるかって言うのはわかりにくいところよね。

愛媛県の小学校の給食で出されるというみかんごはんはポンジュースでたきこんだごはんらしい。

けっこうおいしそうな気がするけど、おかずは何があうかなぁ?

甘酸っぱいごはんにあうおかずってけっこう難しいような気はする…


切れてな~い!

「原子炉の日」
1942(昭和17)年、アメリカのシカゴ大学に設置された実験用小型原子炉でウランの核分裂の持続的な連鎖反応に成功した。指導に当ったのはイタリアから亡命した物理学者フェルミで、後に原爆開発のマンハッタン計画に参加した。


「日本人宇宙飛行記念日」
1990(平成2)年、TBSの秋山豊寛記者(当時)を載せたソ連のソユーズTM11号が打ち上げられ、日本人初の宇宙飛行に成功した。


「安全カミソリの日」
1901(明治34)年、アメリカ人のジレットが替え刃式の安全カミソリを考案し、特許をとった。


「日本アルゼンチン修好記念日」
1898(明治31)年、日本とアルゼンチンとの間に修好通商航海条約が結ばれた。


「奴隷制度廃止国際デー(International Day for the Abolition of Slavery)」
国際デーの一つ。

1949(昭和24)年、国連総会で「人身売買および他人の売春からの搾取の禁止に関する条約」が採択された。


「建国記念日 (ラオス)」


「連邦結成記念日 (アラブ首長国連邦)」


私はけっこう刃物が苦手…

特に「剃刀」っていうのは危険なイメージがあって怖い。

大昔の映画などを見ていると、男性の使う剃刀はとても怖い。

ちょっと油断をしたら切れてしまいそう…

ヒゲを剃るという行為は、なんと古代からあったと言われている。

もちろん体裁を気にしてのことではなく、戦闘の際にヒゲを掴まれたりするかららしい。

でも、古代人の想像図などを見ると、たいていヒゲをたくわえてるように描いてあるんだけどなぁ…

古代エジプトで西洋カミソリの原型となるものが作られ、ローマ時代には折りたたみ式のカミソリが登場した。

それから19世紀までの長い間西洋カミソリの時代が続いたが、ジレットのおかげで1901年に安全カミソリの時代に入る。


毎日毎日ヒゲを知るというのはなかなか大変そうだなぁと思うのだけど、でも、ヒゲって似合う人が少ない。

特に日本人の顔にはどうも似合いにくいようで、ヒゲによって顔の印象が良くなってる人っていうのはまずいない。

「世界ひげ選手権大会」とかいう大会もドイツで行われているようだけど、はたして日本からの出場者はいたのかな?

この出場者達は、自身のひげをカールさせたり固めたり、まるで漫画のキャラクターのようなヒゲの人も多い。

まさか毎日こんな風に整えてるとは思えないけど、伸ばしてるだけでも剃るよりも何倍もの手間がかかりそうだ。

食事の際も食べにくそうだしリスクは多いのに、そこまでやる人はたとえ似合ってなくてもすごいよね…

にんにん!

早いもんでもう12月…

師走でございますわよ。

私もすでにかなりの師走でバタバタ…!?

今年はとくに忙しい師走…


「映画の日」
映画産業団体連合会が1956(昭和31)年に制定。

1896(明治29)年11月25日、神戸で日本で初めての映画の一般公開が開始された。この会期中のきりの良い日を記念日とした。

この日は入場料の割引等が行われる。


「鉄の記念日」
日本鉄鋼連盟が1958(昭和33)年に制定。

1857(安政4)年、岩手県の釜石高炉(現在の新日鉄釜石製鉄所)が操業を開始し、日本の近代製鉄の幕開けとなった。


「世界エイズデー(World AIDS Day)」
世界保健機関(WHO)が1988(昭和63)年に制定。国際デーの一つ。

エイズ問題への人々の意識を高めることを目的として制定された。


「冬の省エネ総点検の日」
資源エネルギー庁が実施。

1980(昭和55)年10月24日の総合エネルギー対策推進閣僚会議で制定が決定された。

毎月1日が「省エネの日」、2月が「省エネ月間」になっている。


「防災用品点検の日」
防災アドバイザーの山村武彦氏が提唱。

関東大震災の起きた9月1日のほか、3月1日・6月1日・12月1日の年4回。


「カイロの日」

カイロといってイメージするのはやっぱり「使い捨てカイロ」
考えてみたら、それ以外のカイロは使った記憶がない…
あったとしても昔のことすぎて覚えてないのかもしれない。
使い捨てカイロの発売は1979年のことらしく、その前のカイロといえばハクキンカイロ。
ハクキンカイロは大正末期のスタートらしい。
そしてその前のカイロの起源といえば古くは焼石や温石。
石を暖めて懐に入れるだけ。
それがやがて元禄時代の初め頃、懐炉灰(イヌタデやナスの茎などの灰)に点火したものを金属性の容器に密閉して燃焼させる懐炉が発明された。
さらに、桐灰・麻殻灰・ゴマ殻灰・ワラ灰・ヨモギ灰などに助燃剤を加え紙袋に詰めた懐炉灰や、また、これを練り固めた固形のものが登場。
そして、ハクキンカイロの時代へと繋がっていったらしい。
面白いことに、カイロを発明したのは忍者だったという説がある。
忍者の使っていたカイロは、別名「胴の火」と呼ばれ、銅製の筒に和紙や植物繊維を黒焼きにしたものを詰めたものだった。

点火するとゆっくりと燃えて半日ほどももち、懐に入れて暖をとるだけでなく火種としても利用していたようだ。

さて、最近の使い捨てカイロだけど、「貼れる」タイプが出て来た時はけっこう便利!と感心したものだけど、最近はそんなどころの話ではない。

大きさのバラエティに加え、可愛いプリントのついたもの、つま先にまいたような感じで付けれるものやひざ用、肩用、さまざまな部位に使えるものが増えてきた。

さらに、竹炭を使ったカイロも出てきた。

竹炭からマイナスイオンと遠赤外線が発生し、身体を芯から暖めるというもの。

寒い季節は身体のあちこちが痛くなることがある。

寒さから風邪をひくことも多い。

寒い季節には本当にありがたいものだ。

ただ、低温やけどにだけは気を付けよう!

あと、ボビーの顔した金魚には貼っちゃだめ!


おコトバ…

昨日から寒くなって来た…

今日はそのせいか、身体が半分宙に浮いてるような感じがする…

貧血ですから~~~!!


「カメラの日」
1977(昭和52)年、小西六写真工業(現在のコニカ)が世界初の自動焦点(オートフォーカス)カメラ「コニカC35AF」を発売した。
「ジャスピンコニカ」という愛称で呼ばれ、誰でもピンぼけせずに撮れるということで、それまでカメラに縁のなかった女性や中高年層の市場を開拓した。

「鏡の日」
「いい(11)ミラー(30)」の語呂合せ。
鏡を大切にすることで、健康で美しい生活を目指す日。

「シルバーラブの日」
1948(昭和23)年、歌人の川田順が弟子の大学教授夫人とともに家出した。
当時、川田順は68歳で、3年前から続いていた教授夫人との恋の行く末を悲観して、死を覚悟しての行動だったが、養子に連れ戻された。
その後2人は結婚した。
川田が詠んだ墓場に近き老いらくの恋は恐るる何もなしから「老いらくの恋」が流行語になった。

自動焦点カメラは以前は「バカチョンカメラ」と呼ばれていたが、これは「馬鹿でもちょんでも」使えるカメラというのが語源となっているという説が強く、このことばに差別的な要素があるということから使われなくなってきた。
しかし、一説によると、英語のvacation cameraが語源だという説もあるようだ。
特に、バカチョンって言葉には深い意味を感じないけど、聞いて不快になる人がいるならやっぱり使わない方が良いだろうなぁ…
じゃ、なんだ?ってことになると、多分、カンタンカメラとからくちんカメラになるのかな?
…っていうか、当時ならともかく、最近では携帯のカメラでさえがオートフォーカスだから、特別な名前が必要ではないのかもしれない。
私もカメラは好きだから、オートフォーカスが出た当時はすごいと思った。
でも、確か黒いものとかストライプのものはピントがあいにくいとか何かあったような気がする。
一眼レフのオートフォーカスは出た当時はやっぱり感動したものの、焦点だけじゃなくなんでも自動になってしまうと逆につまらなくなってきた。
そして、写真を撮るのがへたな人というのは、いくらカメラが便利で高機能になろうとも、やっぱりあんまり意味がなく、頭が欠けたり、白目むいてたり、ブレないはずなのに微妙にブレてたりする。

そんなひどい写真を撮るのが得意な人が言った言葉がすごかった。


「これ、バカチョンやろ?」(←この言葉が問題になる以前)


つまり、バカチョンだから誰が撮っても綺麗な写真が撮れるはずなのに、なぜにわし(おっちゃんなので)が撮ったらこんな風になってしまうんだ…という心の叫びだ。

まさに、全自動洗濯機を買った時に、洗濯物さえ放り込めばすべてが自動で洗濯されると信じて、洗剤も入れず、コンセントにも繋いでいなかったアホの坂田師匠並みの発想である。

この言葉には、子供ながらに深い感銘を受けた思い出がある…



池野めだかと同じ長さ

なんだかんだわやわやわや…


「議会開設記念日」
1892(明治23)年、前年の大日本帝国憲法発布を受けて初の帝国議会が開かれた。
「いい服の日」
「いい(11)ふく(29)」の語呂合せ。

「パレスチナ人民連帯国際デー(International Day of Solidarity with the Palestinian People)」
1977(昭和52)年の国連総会で制定。
国際デーの一つ。
1947(昭和22)年、国連総会でパレスチナ分割に関する決議が採択された。

「解放記念日 (アルバニア) 」

いい服といえば、今年の夏はクールビズが流行った。
省エネ用のまさに「いい服(装)」だったけど、かなり似合ってない人が多かった。
冬はウォームビズだ。
オフィスでの暖房時の室温を20℃に設定しようというもので、そのためにまた似合わない、かっこわるい服装の人が増えそうな予感がする…
最近、テレビの通販で、男性用の保温パッチ(?)とかいうのをよく見かける。
どうせなら、似合わないセーターやカーディガンなどを着るよりは、ああいう下着を着て上は今までとあまり変わりないものにした方がまだ良さそうな気がする。
スーパー等はもうほとんど暖房が入ってるけど、どこも20℃以上に設定されているように思える。
コートやジャケットを着てると間違いなく暑い。
もう少し温度を下げたら良いのに…と思ってしまう。
ところで、今年のクールビズではかなりのCO2削減量となったらしいけど、冷房の設定温度をあげるよりも暖房の設定温度を下げる方が、数倍の削減効果があるらしい。
たいしたもんだのウォームビズ!

でも、今度はネクタイを締めるファッションになったらいいのになぁ…

やっぱり、ネクタイはあった方が良い!!

見た目にもカッコいいし、クールビズでずいぶんダメージ受けたんだから、冬はネクタイを締めようよ!

ネクタイがないと、酔っ払った時、頭に巻けないぞ!!

太平洋の洋です。

今日は歯痛はちょっとマシ…

でも、相変わらず貧血っぽいなぁ…

ちょっと出歩くと、くらくらするのはなんでだろう…


「税関記念日」
大蔵省(現在の財務省)が1952(昭和27)年に制定。

1872(明治5)年、運上所の呼称を「税関」に統一することが決定された。


「太平洋記念日」
1520年、ポルトガルの航海者マゼランが、後に「マゼラン海峡」と命名される南米大陸南端の海峡を通過して太平洋に出た。

天候が良く平和な日が続いたため、この海を"Pacific Ocean"(平和な・穏やかな大洋=「太平洋」)と名付けた。

マゼラン自身はフィリピンで原住民に殺されたが、彼の船は初めて世界を一周して帰国し、地球が丸いことを証明した。


「スペインからの独立・大コロンビアの1州となった日 (パナマ)」

ヨーロッパ人が「太平洋」の存在を確認したのは1513年のこと。
スペイン人探検家の「バルボア」がパナマ地峡を北から南下して発見したのが最初で、彼は太平洋のことを「エル・マール・デル・スール(南の海)」と名付けた。
その後、マゼランがマゼラン海峡を通過後にこの「南の海」に出た。
それから約4か月間かかって飲み水や食糧不足、壊血病に苦しみながらもどうにか「南の海」を横断した。
その4か月の間、一度も暴風雨にあわなかったので、マゼランはこの海をラテン語で「Mare Pacificum(平穏な海)」と命名。
マゼランは1505年、25才でアルメイダ艦隊に参加。

ポルトガルの航海者であったマゼラン(マガリャエンシュ)は、西回り航路でマラッカに至る計画をポルトガル王に提示したが拒絶され、スペインに亡命しスペイン宮廷に仕えカルロス1世に世界1周の計画を認めてもらい、1519年に出航した。
大西洋から南米大陸東岸を南下し、南端の海峡を「マゼラン海峡」と命名。
さらに太平洋を横断し、1511年3月フィリピン諸島に到達した。
マゼランはここで現地人との戦いにより戦死してしまったが、一行はモルッカ諸島・インド洋・喜望峰を経てついに1522年9月に帰港した。
出港時の乗組員は二百数十人、帰港したのはそのうちのわずか18名だった。
つまり、マゼラン自身は途中で戦死したために世界一周を果たせなかったのだけど、18名の隊員達によって世界周航が成し遂げられ、地球が丸いということが実証されたのだった。


今ではほとんどの人間が当たり前のように信じている「地球は丸い」という説も大昔はこんなに苦労して実証しないといけなかったんですねぇ…
マゼラン一行は太平洋横断の際に食べるものが底をつき、ねずみなどを食べていたという…
この前、アメリカの飼い猫がフランスの船にまぎれて乗り込んでしまい、フランスで発見されたという出来事があったけど、その猫も船内のねずみを食べて生き延びたらしい…
船にはそんなにたくさんねずみがいるのか…!?
ちなみに、壊血病は大航海時代には原因不明の病気として大変恐れられたそうだが、主な原因はビタミンCの不足で、現代では壊血病による死者はごく少数らしい…

ついでに…よく動物園にいる「マゼランペンギン」はこのマゼランにちなんで名づけられたもの。
マゼラン海峡付近に生息していることと、このペンギンを最初に発見した(ヨーロッパにこのペンギンのことを伝えた)ことから、その名が付いたらしい。
マゼランペンギンは別名「ジャッカスペンギン」と呼ばれているが、ジャッカスとはロバの事で、鳴き声が、ロバの鳴き声に似ていることからなのだとか…
確かに、このペンギンって、顔に似合わず変な鳴き声してるよね…

どじょっこだ~の、ふなっこだ~の

昨夜、人の多い所(?)に行ったせいか、昨夜から急に風邪悪化…

熱で歯茎が浮いて歯が痛い…(TOT)

それとも虫歯かなぁ…


「更生保護記念日」
1952(昭和27)年に「司法保護記念日」と「少年保護デー」を統合して制定。

1952(昭和27)年、東京・日比谷で更生保護大会が開かれた。
刑務所から出所してきた人たちに更正の道を開くことを目的としている。

「ノーベル賞制定記念日」
1901(明治35)年、ノーベル賞の第1回授賞式が行われた。
ノーベル賞は、スウェーデンの化学者ノーベルが遺言で、自らの発明したダイナマイトで得た富を人類に貢献した人に与えたいと書いたことから創設された。
ノーベルの遺産を元にした基金168万ポンドで、毎年その利子が、物理学・化学・生理学医学・文学・平和事業の5分野に貢献した人に贈られている。1969(昭和44)年に経済学賞が追加された。
毎年ノーベルの命日の12月10日に、平和賞はオスロで、その他の賞はストックホルムで授賞式が行われる。


「いい鮒の日」
茨城県の古河鮒甘露煮組合が制定。
「い(1)い(1)ふ(2)な(7)」(いい鮒)の語呂合せ。

全国には好き嫌いが分かれる名産品がいろいろとある。
琵琶湖名物の鮒寿司もその1つだ。

かなりキツイにおいがあるため、嫌いな人はにおいだけで拒否反応を起こしてしまうが、好きな人はこのにおいが良いとかいう人もいる。
鮒寿司は約1300年程前に税金代わりに、滋賀県から朝廷に特産物としてこの鮒寿しが「なれ寿司」として献上されていたというほど、歴史の古いもの。
鮒寿司は、まず卵の入ったメスのフナを腹開きにして卵巣以外の内臓や目玉を除くなど下処理し、そのおなかの中に塩を詰めて数ヶ月~約1年塩漬けにする。

今度はその鮒の塩を水に漬けて軽く洗い、よく冷ましたご飯に塩を混ぜた物を身に詰める。

発酵を促進させるために米麹や酒を加える製法もある。

そして桶の中にご飯とフナを交互に敷き詰めて密封し、水をはって重石を乗せ再び数ヶ月から1年ほど漬け込む。

一般には漬け上げた後は飯を除き、魚だけを薄く切って食べられているが、地元ではご飯ごと食べる人も多いのだとか。

鮒はコイ科の淡水魚で日本各地に生息しているが、鮒寿しに使われる鮒は琵琶湖産の卵を保有しているメスのニゴロブナがほとんど。
ニゴロブナはゲンゴロウブナの一種で漢字では「煮頃鮒」と書き、「煮るのにちょうど良い頃合の大きさ」の意味。

琵琶湖では丸っこい形のものを「ニゴロブナ」と呼び、その形から別名マルブナとも言う。

このニゴロブナが湖岸の葦原の減少やブラックバス、ブルーギルの増加によって減少している上、手間と時間のかかる製法をとっているために価格が高騰しているらしい。

どのくらいするのかなぁ?と思ってみてみたら、1年ものの大きなもので7500円とか書いてあるのがあった。

確かに高いといえば高いけど、手間隙かかってるんだから仕方ないよねぇ…

実は私はこの鮒寿司を食べたことがない。

魚はまず苦手だし、においのきつい食べ物もほとんど苦手だから多分食べれない。

発酵食品だから消化は良いし、」整腸作用があったりいろいろと身体には良いらしいけど、どうも私は栄養のあるものとはあんまり縁がないらしい…(って言うか、好き嫌い多過ぎ!)


ところで、「鮒」って聞くと、数年前に電波放送に「鮒子」っていう人が出てたよね…

結婚式にいきなり入れてもらって、披露宴の食事だけで暮らしていく…みたいなやつ。

しかも、移動手段は自転車のみ。

自動車並みの速度で、しかもものすごい形相で自転車を漕ぐ鮒子には、かなり興味をそそられてしまって、毎週欠かさず見てしまいました…

最近見ないけど、どうしてるのかなぁ?

私って、ばか?

土曜日はいつも激しく脱力…

なんか全身だるだる状態になってしまう…

でも、今日は米がないからスーパーに行ってこなくては~…

よっこいしょういち…と。


「ペンの日」
日本ペンクラブが制定。

1935(昭和10)年、日本ペンクラブが創立された。

ペンクラブは、文学を通じて諸国民の相互理解を深め、表現の自由を擁護するための国際的な文学者の団体である。ペン(PEN)は、文字を書く道具としてのペンをあらわすとともに、Pは詩人(Poets)と劇作家(Playwrights)を、Eは随筆・評論家(Essaists)と編集者(Editors)を、Nは小説家(Novelists)をそれぞれ表す。

今日は記念日がこれしかなくて、なんとも突っ込みにくいので、出来事を調べてみたら「1948年 アメリカのポラロイド社が、世界初のポラロイドカメラを発売」というのがあった。
1948年といえば、今から57年前!
え~っ!そんなに昔からあったの?とちょっと驚く。
ポラロイドカメラを知らない人もまずいないとは思うけど、辞書によると撮影後即座に印画が得られるカメラの「商標名」なのだそうだ。
フィルム・印画紙・現像処理薬が一体となったロールまたはシートのフィルムを使い、カメラの中で現像処理が行われる。
…と、続く。
確かに、今、目の前にあるものがすぐに写真になるというのにはかなりの憧れを感じた。
昔は、写真を撮っても現像にだして出来上がるのには数日かかっていた。
1時間仕上げなんてない時代、すぐに写真が見れるのは、まさに夢のようなことだった。
でも、私がポラロイドカメラをもらったのは10年くらい前のこと。
もはや、ポラロイドはそんなに珍しいものでも憧れのものでもなくなっていた。
…とはいっても、新しいものはやっぱり楽しいし、ポラロイドがあったらやってみたいことが私にはあったので、早速やってみた。
カメラには確か12枚か何枚だったか忘れたけど、少ない枚数のフィルムも付いていた。
とりあえず、1枚目は猫を撮ってみた。

…なるほど…
たいした映りではないけど、初ポラロイド撮影ということでそれなりに満足。
撮ってすぐに出てきただけで、ちょっと楽しい。

そして、次の2枚目でついに私は長年の夢を果たした。
長年の夢とは「念写」
大昔の超能力ブームの時に見てからというもの、自分でもやってみたくて仕方がなかったのだ。
でも、初ポラロイドカメラに気を取られて集中出来ない。
2~3分念じてから開いてみたが、やっぱり何も写ってはいなかった…
今日は集中出来ないしダメだ!と思いながら、どうも納得がいかずもう1度やってみた。
やっぱり、何も映らない。
で、ふと考えると真夜中だし、こんなことしてて期待しない変なものが写ってしまったらどうしよう?と思うと急に怖くなってやめてしまった。
その後は多分またどうでも良いものを撮って、飽きたんだと思う。
考えてみれば、そんなにすぐに写真が見たいというシーンはそうそうないし、ちゃんとした写真は一眼で撮った方がずっと綺麗だ。
最近では携帯のカメラというものがあるし、メモリーカードを持っていけばすぐに写真にも出来る。

だから、やっぱりポラロイドカメラの使い道っていったら、念写しかないよね~…(なんでやねん!)

OLはやったことがない…

なんだか今週も早かった…

…っていうか、もう月末かよ~!状態…

本当に早い…


「ハイビジョンの日」
郵政省(現在の総務省)とNHKが1987(昭和62)年に制定。
ハイビジョンの走査線の数が1125本であることから。
この日とは別に、9月16日が通商産業省(現在の経済産業省)の制定した「ハイビジョンの日」となっている。
「OLの日」
働く女性の異業種間交流サークル「OLネットワークシステム」が1994(平成6)年に制定。
1963(昭和38)年、初めて「OL」という言葉が女性週刊誌『女性自身』11月25日号に載った。
以前は、職場で働く女性のことを「BG(business girl)」と呼んでいたが、この言葉がアメリカの隠語で「商売女・娼婦」という意味があることがわかり、1963年9月12日にNHKが放送禁止用語とした。
これに代る言葉を『女性自身』が募集し、「OL(office lady)」という言葉を1963年11月25日発売の号から使い始めた。

「女性に対する暴力廃絶のための国際デー」
1999(平成11)年12月17日の国連総会で制定。
国際デーの一つ。 1961(昭和36)年、ドミニカ共和国の政治活動家であったミラバル3姉妹が、ドミニカの支配者ラファエル・トルヒジョの命令により惨殺された。

「憂国忌」
小説家・三島由紀夫の忌日。
1970(昭和45)年、三島由紀夫が、自ら主催する「楯の会」のメンバー4人と共に東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で総監を人質にとって本館前に自衛官1000人を集合させ、自衛隊の決起を訴える演説を10分間行った。
その後総監室で楯の会会員の森田必勝とともに割腹自殺した。
監督・主演した映画『憂国』に因み、毎年「憂国忌」が営まれている。


今日もまた突っ込みにくい記念日ばっかり。
我が家はいまだ地上波しか映らないし、もちろんデジタル放送に対応してないテレビしかない。
確か2011年あたりに日本のすべての地域でデジタル放送になり、今までのテレビはチューナーを付けないと使えなくなるとか言ってるよね…
チューナー付けても、解像度はあがらないから、結局はテレビを買った方が良いってことになるんだろうな。
ハイビジョンの解像度は従来のテレビの約6倍の解像度があるらしい。
しかも、年々テレビの画面は大型化している。
出演者も今まで以上に入念な化粧をしなくてはならない。
よく毛穴まで見える…なんていうけど、そこまで見られるっていうのは出演者も迷惑な話かも…
見る側としても、そこまでリアルには見なくて良いような気がするんだけど…

…とか言いながら、そういう高解像度のテレビに慣れたら多分そんなことは気にならなくなってしまうんだろうな。
それが当たり前…になってしまうことだろう…

それにしても、我が家にハイビジョンテレビが来るのはいつの日か…?!

まずは洗濯物干しからだから…(謎)



カツオーーー!

今日も暖かいんだか寒いんだか…

ひきこもってるからよくわからなかったり…


「オペラ記念日」
1894(明治27)年、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)奏楽堂で、明治以降日本で初めてのオペラが上演された。

演目はグノー作曲の『ファウスト』第1幕で、オーストリア大使館職員が出演し、ドイツ海軍軍楽隊長で『君が代』を編曲したフランツ・エッケルトが指揮をした。


「東京天文台設置記念日」
1921(大正10)年、東京都麻布区板倉(現在の港区麻布台)に東京天文台が設置された。

1878(明治11)年に東京帝国大学構内に作られた理学部観象台を母体とし、旧内務省・海軍省の天文関係業務を統合して設立された。

1924(大正13)年に、都会の明るさのために観測が困難になったことから、郊外の三鷹市に移転した。1988(昭和63)年に、東京大学附属東京天文台から文部省(現在の文部科学省)附属の天文台に移管された。


「鰹節の日」
食品メーカー・ヤマキが制定。

「い(1)い(1)ふ(2)し(4)」の語呂合せ。


確かずいぶん昔に、鰹節を削ったことがある。
もしかしたら、田舎の親戚の家に遊びに行った時かもしれない。
それ以来は、鰹節自体をみたことさえない。
たまに使う時は削ってあるパックの鰹節を買ってくるし、そもそも我が家にはかつおを削る箱(?)さえない。

カツオの頭を落とし、内臓やお腹の皮を取り去って3枚におろし、カツオの身を背中側と腹側に切り分け、計4つに切り分ける。
次に、切り分けたカツオの身を籠に並べてお湯で煮て、煮あがったら空気中で冷まし、余分な皮や骨を除く。
その後、形を整えて焙乾(燻すこと)を行う。
焙乾が済んだものを荒節、荒節の表面を削り形を整えたものを裸節、裸節にカビをつけたものが本節(本枯節)となる。
焙乾の時間を短くし、鰹節の水分を残したものが生利節・若節等となるのだそうだ。
そんな幾多の工程を経て、本枯節等は平均で約3ヶ月、長いものでは1年以上かけて作られるらしい。
カツオを焙乾して鰹節をつくる製法はインド洋のモルジブから伝わってきたものではないかといわれている。
モルジブではすでに14世紀前半頃から鰹節が製造・輸出されていた記録が残っているそうだ。
モルジブをルーツとした鰹節の製法が、室町時代末期に当時の琉球王国に伝わりそして日本全土に伝わったのではないかということだ。


「黄金伝説」では今、「海の上で10日間暮らす」とかいうのがやってて、アドゴニーとさかなくんがその伝説に挑戦している。

その表現通り、10日間、船の中(海の上)で釣りで採ったもののみを食べて生活するといった伝説だ。
で、ちょうどたまたまカツオが釣れたかなにかで(もっとしっかり見とくんだった…)カツオについての豆知識をさかなくんが語っていた。
なんでも、カツオは昔は生で食べるとあたるとか言われた魚で、生で食べてはいけないというお達しが出たのだけど、カツオの刺身はとてもおいしいから表面だけをあぶって、焼き魚だということにして生のカツオを食したのが始まりだとか…(しっかり覚えてないから間違いだったら、ごめんなさい!m(__)m)

かつお節には良質なタンパクたっぷり含まれており、
疲労回復に役立つタウリンや必須アミノ酸であるヒスチジン、リジンなども多い。

さらに、カルシウムの吸収をよくするビタミンD、ビタミンB1、B2、B6、B11、ナイアシン、パントテン酸、葉酸などのビタミンB群に

鉄、マグネシウム、亜鉛などのミネラル類も含んでおり、脳の動きを良くするDHAの含有率が高いというのだから身体にはとても良さそうだ。

カツオは食べれないけど、鰹節なら抵抗なく食べれるから、ふりかけにでもして食べようかなぁ…


でも、削る箱がない…