いっぱい!
今日はなんだか異常に記念日が多い…
「文化の日(National Culture Day)」
1946(昭和21)年、平和と文化を重視した日本国憲法が公布されたことを記念して、1948(昭和23)年公布・制定の祝日法で「自由と平和を愛し、文化をすすめる」国民の祝日に定められた。
戦前は、明治天皇の誕生日であることから、「明治節」という祝日だった。
「文具の日」
東京都文具事務用品商業組合等が1987(昭和62)年に制定。
「文具と文化は歴史的に同じ意味」ということから、文化の日を記念日とした。
「まんがの日」
日本漫画家協会と出版社5社が2002(平成14)年8月に制定。
「漫画を文化として認知してもらいたい」ということから、文化の日を記念日とした。
「レコードの日」
日本レコード協会(RIAJ)が1957(昭和32)年に制定。
「レコードは文化財」ということから、文化の日を記念日とした。
以前は「初めて買ったレコード」だった質問が、最近は「初めて買ったCD」となっている…
レコードには裏と表があることを知らない若者もいる…
「ソノシート」なんて、もっと知ってる人は少ない…
「ハンカチーフの日」
日本ハンカチーフ連合会が1983(昭和58)年に制定。
フランスのルイ16世の王妃マリー・アントワネットが、国内のハンカチはすべて正方形にするようにという布告をルイ16世に出させたことから、マリー・アントワネットの誕生日11月2日に近い祝日を記念日とした。
ハンカチーフのことはふだんは「ハンカチーフ」とは言わない。
ほとんどが「ハンカチ」だ。
大昔の人も汗をかいた時や手が濡れた字などはなにかで吹いてたとは思うのだけど、ハンカチーフの起源とされているのはエジプトのダシュール王女(3000BC頃)の墓から発見された精巧な麻の端切れ。
中国の周時代(紀元前1000頃)の彫像には、縁取りのされた布切れを提げている姿が見られるそうで、
紀元前700年頃のペルシャでは、王族だけがハンカチーフを持つことを許されていたようだ。
つまり、ハンカチーフは身分の高いものが最初に使い始めたということのようだ。
そして面白いことに、最初はハンカチーフは男性の持ち物という意識が高かったらしい。
それが中世に入ると、身分の高いものだけではなく、そして男性のものという意識も薄れていき、特にヨーロッパでは婚約のしるしとして使われるようになっていった。
戦さにでかける兵士に恋人の女性が、自分の身代わりとして自分のイニシャルを刺繍したハンカチーフを贈るという習慣もあったらしい。
…それにしても、わざわざ1日ズラさなくても、マリー・アントワネットの誕生日にした方が良かったんじゃないか?と、思ったり…
「いいお産の日実行委員会」が1994(平成6)年から実施。
「いい(11)おさん(03)」の語呂合せ。
出産の現状をもっと多くの人たちに知ってもらい、今のお産の状況を少しでもより良いものにして行く日。
「いいおっさん」の日でも良いと思う。
でも、「おっさん」ってイメージの人って感じの良い人は少ない…
っていうか、世の中「おじさま」は本当に少ないし「おじさん」「おっちゃん」あたりでいられるのはまだ良い方だなぁ…
ってことは、「いいおっさん」っていうのはいないに等しいってことかな、やっぱり…
「ゴジラの日」
1954(昭和29)年、東宝の怪獣映画「ゴジラ」の第1作目が封切られた。
ってことで、よくこの日はゴジラの誕生日とも言われている。
ゴジラはほとんど全作みてるけど、どう考えてもハリウッド版はゴジラではないと思っている。
「みかんの日」
全国果実生産出荷安定協議会と農林水産省が制定。
11月3日と12月3日の年2回実施。
「サンドウィッチの日」
サンドウィッチ店チェーンの神戸サンド屋が制定。
サンドウィッチの生みの親とされるイギリスのサンドウィッチ伯爵の誕生日であり、また「いい(11)サン(3)ド」の語呂合せ。
よくそんなうまいこと、サンドイッチ伯爵の誕生日といいサンドのゴロが合ったもんだ…
サンドイッチ伯爵は、とにかくカードゲームが大好きで、いつものようにカードに熱中していた彼は、食卓につくのも面倒で、思いつきで召使に命じて薄切りパンににコールドビーフをはさませて持ってこさせた。
これなら、カードを続けながら食べられるからだ。
このパンが便利である上に美味かったので、伯爵の名にちなんで「サンドウィッチ」と名づけられたという。
日本に入って来たのは明治以降で、その手軽さから、たちまち多くの人に広まっていったらしい。
確かにサンドイッチは手軽でおいしい!
ちなみに、私はたまごサンドのたまごは、ゆでたまごではなく焼きたまごにしてほしい派!
「クエンカの独立記念日 (エクアドル)」
コロンビアからの独立の日 (パナマ)
1903年、パナマがコロンビアから分離独立した。
「独立記念日 (ミクロネシア連邦)」
「晴れの特異日」
晴れる確率の高い日。
でも、今朝は小雨が降っていた…
「天長節」
1873(明治6)年から1911(明治44)年までの祝日。
明治天皇の誕生日。
1872(明治5)年までは9月22日に行われていたが、1873(明治6)年の太陽暦の採用にともない、9月22日を太陽暦に換算した11月3日に変更された。1912(明治45)年7月30日の明治天皇の崩御に伴い廃止され、昭和に入ってから「明治節」として復活した。
「明治節」
1927(昭和2)年から1947(昭和22)年までの祝日。
明治天皇の誕生日。
マンションはいやだ!
今日はどうしても買いに行かないとならないものがあって、近所のスーパーへ…
スーパーに着いた時点でなんだか息切れ…
重い荷物を持ってるのがとってもこたえて、気分も機嫌も悪い…
あぁ、いいかげん治れよ、風邪~~!!
今日は…
「阪神タイガース記念日」
タイガース後援会等が制定。
1985(昭和60)年、日本シリーズで阪神タイガースが西武ライオンズを破り、38年ぶり、2リーグ化後初の日本一になった。
「博物館デー」
「万霊節」
11月1日の万聖節が「諸聖人の記念日」なのに対し、万霊節は「諸死者の記念日」と呼ばれる。
先祖の霊を静め、生け贄をささげて供養する。
カトリックでは、毎年11月2日を「死者の日」と定め、教会に集まり死者のための特別ミサ が行われ、この日や翌文化の日などに墓地の掃除をしたり、墓前に花を捧げお参りをするのだとか…
日本的に言うと、お盆みたいなものかな?
日本には縄文時代からすでに死者を埋葬する習慣があり、弥生時代には身分の高い者を甕棺・木簡・石棺などに納め、埋葬されるようになった。
そして、古墳時代には、権力者の地位を現すかのような巨大な古墳が造られるようになった。
大化の改新では「薄葬礼」と呼ばれる詔が出された。
この詔は葬儀や墓かについて、身分ごとにより細かく規制を定めたもの。
700年、奈良の元興寺の僧侶・道昭が自身の遺言により火葬された。
これが日本で最初の火葬とされている。
その後、鎌倉時代から室町時代にかけて、今までにはなかった位牌と戒名というものが禅宗の僧侶によって中国から伝えられた。
その頃から、位牌型の板碑や角柱型の墓石が造られるようになったのだとか。
江戸時代になると人々はいずれかの寺の檀家として登録させられる、いわゆる「檀家制度」が始まった。
そのことにより、庶民の先祖供養や葬儀、お墓に関する年中行事が生活の中に定着していったと言われている。
日本の墓場と西洋の墓場を比べると、なぜだか日本の方が怖い…
西洋の墓場は芝生等の上に自分の身長よりもずっと小さく、あまり威圧感のない墓石があるのに対し、日本の墓石はけっこう大きく数段重ねられ、「●●家の墓」等と漢字で書かれているせいか、雰囲気が重い…
そして、常に線香の香りがたちこめ、生きる者の世界とは明らかに一線を引かれた場所のような空間になっている。
手向けられる花も、西洋の可愛らしく明るいものと比べると、日本は明るさがない。
自然とそういうものを避けようとする意識が働いているのかもしれない。
墓場では、なんでも地味に控えめに…
だから、自然と不気味な雰囲気になっているのかもしれない。
最近は、土地が高いせいかマンション型の墓場がたくさん造られている。
小さな箱のような空間に各家のひきめしあっている。
屋外の墓場のような不気味さはないかもしれないけど、協調性のない私は、そういう所はちょっと勘弁してほしいなと思う。
人間は死んだからといって性格が変わるわけではないし、バカも直らない…と、私は思っているから、あまりに人が多い所はいやだなぁ…
そういう点では、海外の墓場の方が日当たりも良いし、ひしめきあってないから暮らしやすそう(?)だ。
来るべき日に備えて、英語でも勉強しとかないといけないかな…?!(;^_^A
それにしても「生贄」って…
まさか今ではやってないとおもうのだけど、そうでもないのかな?
それとも、私の考えてる生贄とは違った意味合いなのか?
また体調がよくなって時間が出来たら調べてみよう…
静香ちゃんの誕生日!
今日から11月…
年賀はがきが発売…
早い…
今年は書かない。
「計量記念日」
通商産業省(現在の経済産業省)が1952(昭和27)年に制定。1993(平成5)年の新計量法の施行にともない、それまでの6月7日から11月1日に変更された。
計量思想の向上・普及に関する行事及び計量関係者の表彰が行われる。
「灯台記念日」
海上保安庁が1949(昭和24)年に制定。
1869(明治元)年、神奈川県横須賀市に日本初の洋式灯台である観音埼灯台が起工された。
制定当初は、洋式灯台の導入が文化の先駆けの意味が強かったことから、11月3日の文化の日に先駆けて1日を記念日としたとされていた。
しかし、1970(昭和45)年の『灯台百年史』の編纂の時に、観音埼灯台の起工日が11月1日であったことが判明し、これが灯台記念日の日附の由来とされるようになった。
海上保安庁でも「文化の日先駆け説」と「観音埼灯台起工日説」の両方を併記して広報して来たが、後者の方が一般的に紹介されるようになってたことと、1948(昭和23)年に灯台80周年記念行事が行われていたことが判明したことから、2000(平成12)年より、由来を後者のみとし、実施回数も明治元年からの通年表示とすることになった。
「自衛隊記念日」
1966(昭和41)年に制定。
1954(昭和29)年7月1日、「防衛庁設置法」「自衛隊法」が施行され、防衛庁・自衛隊が発足した。
7月~10月は災害での出動が予想され記念行事等を行うのに都合が悪いため、天候が安定する11月1日を記念日とした。
「生命保険の日」
生命保険協会が制定。
「生命保険の月」の1日目の日。
「犬の日」
ペットフード工業会等6団体が1987(昭和62)年に制定。
犬の鳴き声「ワン(1)ワン(1)ワン(1)」の語呂合せ。
犬についての知識を身につけ、犬をかわいがる日。
「点字記念日」
1890(明治23)年、日本語用の点字が決められた。
それまで日本語を点字で表す時は、欧米の点字を利用したローマ字綴りにより表現されていた。
そこで、官立東京盲唖学校長の小西信八が、かな文字にあった点字の研究を依頼し、教員や生徒から三つの案が出された。
それらを検討した結果、この日開かれた日本点字選定会で、教員の石川倉次が考案した石川案が満場一致により正式に採用された。
「すしの日」
全国すし商環境衛生同業組合連合会が1961(昭和36)年に制定。
新米の季節であり、ネタになる海や山の幸が美味しい時期であることから。
「紅茶の日」
日本紅茶協会が1983(昭和58)年に制定。
1791(寛政3)年、暴風雨のためロシアに漂着した大黒屋光太夫が、ロシアの当時の首都ペテルブルク(現在のサンクトペテルブルク)で女帝エカテリーナの茶会に招かれ、日本人としては初めて紅茶を飲んだ。
紅茶が日本に初めて輸入されたのは1880年代だったが、日本には緑茶があるため、すぐには定着しなかった。
1952(昭和37)年、大阪に日本で初めての紅茶専門店「MUSICA」が開店し、東京都内には1974(昭和49)年に初めて紅茶専門店ができた。
「本格焼酎の日」
1987(昭和62)年9月、九州で開かれた本格焼酎業者の会議の場で制定。日本酒造組合中央会が実施。
その年に8~9月ごろから仕込まれた新酒が飲めるようになるのが11月1日ごろであることから。
焼酎は蒸留法の違いによって酒税法上「甲類」と「乙類」に分けられるが、この表現が等級の違いのようであり紛らわしいため、原料の風味が活かされた乙類を「本格焼酎」と呼ぶようになった。
「泡盛の日」
沖縄県酒造組合連合会が1989(平成元)年に制定。
11月から泡盛製造の最盛期に入り、泡盛の美味しい季節となることから。
「玄米茶の日」
全国穀類工業協同組合が制定。
「川の恵みの日」
三重県多気町の川魚を扱う会社「うおすけ」が制定。
「111」が「川」の字に似ていることから。
川に感謝し、川の環境と自然を考える日。
「カーペットの日」
「全国家具の日」
「食い道楽・芸道楽の日」
「新米穀年度」
「万聖節(総聖人の日) 」
キリスト教で、すべての聖人の恩恵を授かる日。
…ってことで、今日は記念日がものすごく多い!
特に、飲み物関係が変に多い日だったりするんだなぁ…
…で、今回は、「泡盛」にしてみる。
泡盛とは沖縄産の黒麹だけで作った焼酎のこと。
泡盛菌という沖縄県原産の黒麹菌で作った米麹を水に混ぜ、泡盛酵母を加えて発酵させて単式蒸留機で蒸留した沖縄県特産のお酒のこと。
唐米(とうぐみ)というインド種の米を使って作られていたそうだ
1420年からシャム(現在のタイ)との貿易が始まったことから、泡盛の製法が沖縄へ伝えられたと言われているらしいが
現在でも主にタイからインド種の米を輸入して使用されている。
インド種の米は日本米に比べて硬質で、麹がつくりやすいという利点があるそうだ。
泡盛の起源は紀元前300年頃、「アンビクス」と呼ばれる蒸留機が古代ギリシアで生まれた。
アンビスクはアラブ人によって「アランビック」と名を変え、海外に伝えられた。
10世紀頃、すでにシャムの蒸留酒が中国へ運ばれており、東アジアの蒸留酒の普及は西洋より遥かに早かったといわれている。
13世紀ののスペインではワインの蒸留液は「生命の水」という名で薬とされ、その後は薬局で売られていた。
その頃琉球王国ではシャムとの交易を始め,蒸留酒を輸入しており、1470年頃には今の泡盛の原型ともいうべきものが国内で作られるようになったといわれている。
西洋で蒸留酒が薬ではなく酒として飲まれ始めたのは、ウイスキーが1570年代、ブランデーが1660年頃のことだそうだから、泡盛の歴史はそれよりも古いということだ。
「泡盛」の語源にはいくつかあって、1つは発酵させる際にたくさんの炭酸ガスが発生し、泡がたつことからというもの。
そして、現在ではほとんどがインド米で作られている泡盛だが、江戸時代の文献によると粟(あわ)を用いたこともあったらしく、
粟盛りから(あわもり)と言われるようになったという説。
他に、蒸留したての頃に泡が盛り上がることからだというものや、昔、酒屋がアルコール度数をみる時に酒を柄勺などですくい、猪口等にそれをこぼし、その泡立ち具合で度数を見たという。
この計足法を「アームイ」といい、それがなまって泡盛になったというもの。
古代のインド語で、酒のことをAwa-muri(アカマリ)と発音したことから由来しているという説。
どの説もありそうに思える…
最近はアルコール類はほとんど飲まなくなったから、お酒にはめっぽう弱くなってしまった。
泡盛の度数は40~50%が平均的だというから、私なんて一口でダウンだなぁ…
ハイトーンヴォーカリスト!
相変わらずのよれよれ状態…
この風邪…どないかならんか!?
「ハロウィン」
キリスト教の聖人の祝日「万聖節」の前夜祭。
古代ヨーロッパの原住民ケルト族の収穫感謝祭がキリスト教に取り入れられ、現在のハロウィンになったとされている。ケルト族の1年の終わりは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていた。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚火を焚いた。
これに因み、31日の夜、南瓜をくり貫いて作ったジャック・オー・ランタン(お化けカボチャ)に蝋燭を立て、魔女やお化けに仮装した子供達が「Trick or Treat(お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ)」と唱えて近くの家を1軒ずつ訪ねる。家庭では、カボチャの菓子を作り、子供達はもらったお菓子を持ち寄り、ハロウィン・パーティーを開いたりする。
「世界勤倹デー」
1924(大正13)年、イタリアのミラノで開催されていた国際貯蓄会議の最終日に、この日を「世界勤倹デー」とすることが決定された。
「ガス記念日」
日本ガス協会が1972(昭和47)年に制定。
1872(明治5)年9月29日(新暦10月31日)、横浜の馬車道でガス灯が点灯された。
「日本茶の日」
1192(建久2)年、臨済宗の開祖・栄西が宋から帰国し、茶の種子と製法を持ち帰った。
「宗教改革記念日」
キリスト教プロテスタント系教会の記念日。
1517年、ドイツのマルチン・ルターがローマ正教会に対する95箇条の提題をウィッテンベルクの教会の扉に掲げ、キリスト教会の改革に立ち上がった。
「天長節祝日」
1914(大正3)年から1926(大正15)年までの祝日。
ということで、今日はやっぱり「ハロウィン」ネタかなぁ…
日本では相変わらず定着しないイベントだけど、アメリカではクリスマスの次くらいに盛り上がるイベントなのだとか…
まず、日本にはあんまりないなぁ…と思うのが「イブ」
日本には文化の日イブとか、前夜祭的なものはあんまりない。
ハロウィンも11月1日の「諸聖人の日」(万聖節)のイブ。
万聖節はキリスト教の祝日の一つで、全ての聖人と殉教者を記念する日。
英語で諸聖人の日のことを「オール・ハロウズ(All Hallows)」、「ハロウマス(Hallowmas)」とも言われる。
アイルランドやケルトの習慣ではこの日の前の晩は「ハロウ・イブ(Hallow Eve)」と呼ばれており、キリスト教伝来以前から精霊たちを祭る夜とされていた。
19世紀に移民によってアメリカに持ち込まれたこの習慣が「ハロウィン(Halloween)」で、「ハロウィン(Halloween)」とは「ハロウ・イブ(Hallow Eve)」がなまったものだと言われている。
古代ケルトでは、10月31日の晩に死者の魂や魔女や悪霊が現れて人々に危害を加えると信じられていた。
その悪霊たちを追い払うため、同じようなお化けの格好をして町中を練り歩くようになったのが起源なのだとか。
さらに9世紀頃のヨーロッパの風習「ソウリング(Souling)」が加わった。
「ソウリング」とは、万聖節にキリスト教徒が民家をまわって「魂のケーキ(soulcakes)」をもらい、その代わりに亡くなった人たちへ祈りを捧げること。
この風習が、お菓子のおねだりに変わっていったという話がある。
魂のケーキはケーキとは言っても、一般的の思い浮かべるなケーキではなく四角いパンの1種らしい。
ハロウィンといえば、一番印象的なのがカボチャのランプ
かぼちゃの中身をくりぬき、目や鼻・口に穴を開けて提灯のようになっているものでジャック・オー・ランタンと呼ばれている。
こちらの起源は、アイルランドに伝わる言い伝えが元になっている。
ジャックという素行の悪い男がいて、悪魔に魂をやるから最後に酒を飲ませてくれと言って悪魔を銀貨に化けさせる。
酒を飲んだ後、その銀貨を自分の財布に閉じ込め、これから先10年は魂を取りに来ないことを約束させた。
10年後に来た悪魔に、今度は最後にりんごが食べたいと言ってりんごの木に登らせた。
悪魔がりんごを取ってる間に、今度はその木に十字架を置き、悪魔が降りて来られない様にした。
そして、悪魔に今後も魂を取らないことを約束させた。
しかし、ジャックにも死が訪れた。
ジャックは悪さばかりしていたので当然天国にはは入れない。
そして、悪魔も魂を取らないことを約束しているので地獄にも行けない。
ジャックはその罰のために、天国と地獄の間を行ったり来たり、さまよい続けることになった。
その時にカブで作られた灯火を持たされていた…という話。
しかし、この話がアメリカに伝わった時期がちょうどかぼちゃの収穫時だったからだとか、かぼちゃの方が日持ちが良いからとかいうことでいつのまにかかぼちゃになったらしい。
最近ではハロウィンのイメージカラーになってる感のあるオレンジ色も、カブのままだったらきっと白だったんだろうねぇ…
オレンジ色の方がインパクトもあるし、かぼちゃにして正解だったかも…
…にしても、「Trick or Treat(お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ)」はどうなんだろう?
こんなこと言われたら、意地でもあげたくなくなるのは私だけ?(偏屈全開!)
単純に「Happy Halloween!」の方が良いと思うんだけどね…
足は何本?
ちょっと体調がマシになったと思って昨夜ゴソゴソしていたら、今日はますます悪化してひどいめにあってしまった…
やっぱり数日はおとなしくしてないといけないようだ…
「香りの記念日」
石川県七尾市が1992(平成4)年に制定。
1992(平成4)年、七尾市で第7回国民文化祭「世界香りのフェアIN能登」が開催された。
「初恋の日」
島崎藤村ゆかりの宿である長野県小諸市の中棚荘が制定。
1896(明治29)年、島崎藤村が『文学界』46号に『こひぐさ』の一編として初恋の詩を発表した。
毎年、初恋をテーマとした「初恋はがき大賞」等のイベントを行っている。
「ニュースパニックデー」
1938(昭和13)年、アメリカ・CBCラジオでオーソン・ウェルズ演出のSFドラマ『火星人来襲』が放送された。
その中で、演出として「火星人が攻めてきた」という臨時ニュースを流した所、本物のニュースと勘違いされ、アメリカ中で120万人以上が大パニックになった。
「紅葉忌・十千萬堂忌」
小説家・尾崎紅葉の1903(明治36)年の忌日。
最近ではほとんど製作されていないと思われるラジオドラマだが、1938年といえば、まだテレビのない時代。
現代の人々がテレビを見るような感覚でラジオを聴いていた時代だ。
マーキュリー劇場という番組でH・GウェルズのSF「宇宙戦争」の火星人が襲撃してくるシーンを、当時まだ無名俳優だったオーソン・ウェルズがラジオニュース仕立てに演出し、臨時ニュースとして放送した。
臨時ニュースでは「隕石が落ちてきた」だの「ニュージャージー州グローバーズ・ミルでは40人が火星人の侵略によって殺され、死体は焼けただれ、変形している!」等と臨場感たっぷりに報じられた。
あらかじめ、これがラジオドラマであることを知らされていないリスナーは、それの放送を信じ、パニックに陥ってしまったというわけだ。
そのため、グローバーズ・ミルでは、銃を手にした市民が火星人から町を守るために集結し、火星人と間違えて風車を発砲するという事件が起こってしまったそうだ。
当時の「火星人」は確かタコのような形だと思われていたはずだから、それをなぜ風車と間違えるのかはわからないが、そのあたりが群衆パニックの怖いところなのかもしれない。
訂正はウェルズ自身が、「これは大人のためのハロウィンです。今夜の教訓をお忘れなきよう、みなさん、おやすみなさい」の言葉で閉められたらしい。
それで、その時皆が納得したのかどうかはわからないが、翌1939年に南米エクアドルで火星人襲来シーンのドラマの真似をしたラジオ局があり、そのことに怒り狂った市民に火を放たれ多数の死者を出す惨事に発展してしまったそうだ…
これがもとでフィクションを放送する場合に対し、一定の規制をかける法律が制定されたとのこと。
食べないからあたらない!
思いっきりの風邪悪化…
昨日からはほとんど横になってるけど、まだ治らない~~!!
「ホームビデオ記念日」
1969(昭和44)年、ソニーと松下電器が家庭用VTRの開発を発表した。
ソニーはベータ方式、松下電器はVHS方式を採用し、これから数年、両陣営の熾烈な争いが繰り広げられることとなった。
プロ用のビデオテープができたのは、1960年ごろ。
その頃やっとテレビ局でも録画番組が作られるようになったということ。
それまではドラマでさえ生放送だったというから、オソロシイ…
家庭用ビデオデッキの発売は1969年らしいけど、我が家で買ったのは1980年代の始めだったと思う。
それまではテレビの音のみを録音していた。
私が見たビデオテープの中で最も古いのは、確か1978年あたりのものだったと思う。
ライブで知り合った人に見せてもらったものだけど、その当時、すでにビデオデッキなんてものが発売されていたことすら知らなかった。
とりあえず、発売当初はかなり高かったのではないかと思うし、ビデオテープが売られているのも見かけたことがない。
なんせ、私が買った当時でさえビデオテープはまだけっこう高かった。
3本1000円で売ってる所を教えてもらってわざわざ遠くまで買いに行ったくらいだったので、ビデオデッキ発売当初のビデオテープは相当高価だったのではないかと思う。
そんなわけで、大昔は3倍モードでばっかり録画していた…
「とらふぐの日」
「と(10)らふ(2)ぐ(9)」の語呂合せ。
とらふぐの毒は肝臓と卵巣にある。
海の細菌が作るテトロドトキシンという毒が、エサを通してフグに取り込まれるためと言われてはいるが、だから養殖が安全というわけでもないらしい。
テトロドトキシンは青酸カリの3~400倍の強い毒性を持つと言われており、しびれや嘔吐などの中毒症状を発症し、約2~3mg摂取すると死亡すると言われている。
ちなみに、フグの毒にあたった時は、首まで土に埋めると治るという説があるが、全くの迷信で効果はないらしい。
すぐに病院に行った方が良さそうだ…
「トルコ共和国宣言記念日 (トルコ)」
1923年、トルコが正式に共和国となった。
みみず…?!
「速記記念日」
1882(明治15)年、田鎖綱紀が東京・日本橋で初の速記講習会を開催した。
その年の9月19日に、『時事新報』紙上で発表された自ら考案した速記法で、その速さから田鎖綱紀は「電筆将軍」と呼ばれた。
1888(明治22)年に、講習会の7周年記念会を開いた時にこの日を「速記記念日」として定めた。
現在では日本速記協会が中心となり、ひろく国民に速記に関する関心を啓発する催し等が行われている。
「日本のABCの日」
日本ABC協会が1988(昭和63)年に制定。
1952(昭和27)年、日本にABC(新聞雑誌部数監査機構)が誕生した。
ABCは、広告料の基準となる新聞や雑誌の発行部数を調査する団体である。
「群馬県民の日」
群馬県が1985(昭和60)年3月30日に制定。
1871(明治4年)10月28日(旧暦)、廃藩置県により「群馬県」という名称が初めて使われた。
県民一人ひとりが、郷土の歴史を知り、郷土についての理解と関心を深め、より豊かな郷土を築き上げる日。
新暦では12月31日になってしまうため、旧暦の日附を記念日とした。
速記の歴史は予想外に古い。
紀元前400年の古代ギリシャ時代に、アリストテレスに捧げたという速記文字の碑文が見つかっており、紀元前63年の古代ローマ時代にも速記した記録が残されているそうだ。
紀元前63年当時の速記は、今の速記文字のような特定の文字を使うわけではなく、ことばを極端に短くして記憶するようなものだったようだ。
日本で速記が誕生したのは1882年(明治15年)だと言われている。
考案者の田鎖綱紀は当初、速記のことを「日本傍聴記録法」と呼んでいたが、1883年(明治16年)、新聞速記者であった矢野文雄が著書「経国美談」に「速記法ノコトヲ記ス」という一文とともに速記文字を紹介した時に「速記」という呼び方が初めて使われた。
速記という言葉が定着するまでにはいくつもの呼び方がされたが、結局は「速記」におさまったということらしい。
海外でも、いくつかの呼ばれ方があるけど、「ステノグラフィー」というのが共通語のようだ。
ところで、人間が話す標準的な速度は1分間に300字前後だそうで、それを普通に文字で書き取ろうとすると、書き取れるのは30字程度だと言われている。
ところが、一流の速記者なら1分間に360から400文字まで書き取れるというからすごい!
しかし、速記文字は知識のない者が見ても、何が書かれているのだか皆目わからない。
速記文字で書かれた文面を通常の文字にすることを「反約」というらしい。
私はふだんから字が汚いのだけど、メモする時は特にその汚さがさらにパワーアップしてしまう。
で、後で何が書いてあるのか読めないということもしばしばある。
さすがにこれは誰も反約できそうにないので、そのメモは無駄なものとなったままゴミ箱へ…
なんと馬鹿馬鹿しいことをしているんだろう…と、時々、自己嫌悪に陥ったりもする。
こんなことなら、速記を覚えて書いといた方が良いような気がするけど、それよりもまずもっときちんと綺麗に字を書く練習をした方が良さそうだ…
最近は字を書く機会が少なくなったから、なおさら汚くなっている…
字の綺麗な人は、それだけで理知的だったり綺麗な人だったりするようなイメージがあるから、うらやましいなぁ…
なぜ黄色なんだろう…?
「テディベアズ・デー」
テディベアの名前の由来となったアメリカ26代大統領セオドア・ルーズベルトの誕生日。
イギリスのテディベアコレクターの間で始められ、世界中で「心の支えを必要とする人たちにテディベアを贈る運動」が行われている。日本では日本テディベア協会が1997年から実施。
1902(明治35)年の秋、ルーズベルト大統領は趣味である熊狩りに出掛けたが、獲物をしとめることができなかった。そこでおつきの人が、同行していたハンターが小熊を追いつめて最後の一発を大統領に頼んだが、「瀕死の小熊を撃つのはスポーツマン精神にもとる」として撃たなかった。
このことが同行していた新聞記者によって新聞に掲載され、このエピソードに因んで、翌年、ニューヨークのおもちゃメーカーが熊のぬいぐるみに、ルーズベルト大統領の愛称である「テディ」と名づけて発売した。
その頃、ドイツのシュタイフ社の熊のぬいぐるみが大量にアメリカに輸入され、この名前が広まった。
「読書の日」
「読書週間」の1日目の日。
読書週間 10月27日~11月9日
「世界新記録の日」
1931(昭和6)年、神宮競技場で行われた体育大会で、日本初の世界新記録(南部忠平の走り幅跳び7m98、織田幹雄の三段跳び15m58)が誕生した。
「松陰忌」
長州藩で松下村塾を開き藩士の子弟を教育した吉田松陰の1830(文政13)年の忌日。
安政の大獄で捕えられ、この日に処刑された。
テディベアが作られるきっかけとなった逸話からして、どうも納得がいかない。
どのくらいの状態だったのかわからないけど「瀕死」というからにはすでに助かる見込みもなかった子ぐまなのかもしれない。
それを撃たなかったからといって、何が称賛に値するのか私にはわからない。
これが、たまたまでかけた先で、瀕死の子ぐまをみつけて病院に連れていって助けたとでもいうのならそれは善い話だと思われるけど、なんでこんなことで名前まで付けられてしまうんだろうね。
こんなことをきっかけにされたんじゃ、「哀しい熊」っていうイメージの方が強いと思うんだけど…
テディベアとは何か?ということに「手足と首が動く」「質の良い材料が使われている」「手作りである」という条件を付ける人もいるけど、実際にはこれは「シュタイフ社」が熊のぬいぐるみを作る時のコンセプトとして定めたもので、この条件をクリアしないとテディベアとは言えない…ということではないらしい。
欧米では赤ちゃんが生まれるとテディベアを贈る習慣もあるそうだ。
ぬいぐるみは日本ではどちらかというと女の子のおもちゃと考えられがちだけど、欧米では女の子にはお人形、男の子はテディベアという感じで、どちらかというと男の子向きのおもちゃとして捉えられているのだとか。
俳優の谷川○介さんが、テディベアコレクターだという話をテレビで語っていたのを見たことがあるけど、その時もやはり「テディベアは男の子のおもちゃだ」ということを強調していた。
なんでも、谷川さんはグレートフルデッド(アメリカのロックバンド)が好きだったことから、グレートフルデッドのキャラクターの「ビーンベア」を集めていて、そのうちテディベアの可愛さに目覚めてしまったということだから、もともとぬいぐるみ系が好きな人なんじゃないかと思うんだけど…(= ̄m ̄)
ビーンベアはけっこう色合いがサイケで可愛いんだけど、あんまり売ってないのと(最近は昔に比べたらずいぶんみかけるようになったのだけど…)結構高いから、私は1つももってない。
くまのぬいぐるみは、1歳の誕生日にもらったものがあって、もうどうにもならない程ボロボロだけどまだ捨てられずに持っている。
大きめのテディはだいぶ前の誕生日に友達からもらったものがあって、ほかに熊といえばゲーセンで取ったちっちゃいものがいくつかある。
ゲーセンといえば、一番たくさんいる熊はディズニーのプーさんかもしれない。
あれは「テディベア」というイメージとは違うような雰囲気だけど、「心の支えを必要とする人たちにテディベアを贈る運動」に使われる熊のぬいぐるみとしては適役かもしれないよね。
そもそもくまのプーさんは1926年にイギリスのアラン・アレクサンダー・ミルンが息子のクリストファー・ロビンと子供部屋のぬいぐるみ達をモデルに書いた児童文学の傑作で、クリストファー・ロビンのテディベアは彼が1歳の時に彼の母親が買い与えたものなんだとか。
そのテディベアに「プーのウィニー」という名付けたということだから、まったく関係がないとも言えない。
第一、プーさんには瀕死の子ぐまみたいに哀しいイメージがないもんね…!
ミスターサマーターイム♪
今日はロッテが31年ぶりの日本一を決めたようだ。
ロッテファンの人、おめでとう~!
今日は…
「原子力の日」
科学技術庁(現在の文部科学省)が1964(昭和39)年に制定。
1963(昭和38)年、茨城県東海村の日本原子力研究所で、日本初の原子力発電が行われた。
また、1956(昭和31)年のこの日には日本が国際原子力機関(IAEA)に加盟した。
「サーカスの日」
1871(明治4)年、東京・九段でフランスの「スリエサーカス」による日本初のサーカス興業が行われた。
サーカスの起源は古代ローマ時代に遡る。
円形競技場(サークル)で、人間と猛獣が戦ったのがサーカスの原型とされているらしい。
日本では曲馬というものが、サーカスの原型と言われている。
その名の通り、馬の曲乗りをメインとしたもので、寛政(1789~)から文化・文政(~1829)期にかけて全盛を極めた。
その後、早替わりや歌舞伎狂言を取り入れた曲馬芝居という形態に変化していき、さらに軽業、手品、猛獣使いという構成に変わっていったのだそうだ。
日本では誰しもがその名を知っている…いや、世界でも知られているかもしれない日本最大かつ最古のサーカス団「木下サーカス」は明治35年から活動を始めている。
我が母は相当な年齢(?)でしかも田舎の出身なのだけど、そんな田舎にもサーカスというものが度々訪れていたそうで、それを見にいくのが楽しみだったということだから、当時はサーカス団が意外とたくさんあったのかもしれない。
で…当時の噂として、まことしやかに流れていたのが「サーカスが来たら子供がさらわれる」というもの。
今で言う都市伝説だ。
根拠はないと思われるけど、我が母はどこかの○○さん(直接の知り合いではない)がさらわれたという話を聞いたことがあるとか言っていた…
今も昔もこういう話は決まって直接的な知りあいではないあたりがいかにも胡散臭い…
ちなみに、昭和23年(1948)に児童福祉法が制定され、これにより「公衆の娯楽を目的として曲馬または軽業を行う業務」に満15才未満の児童を使用する事が禁止されているらしい。
だから、今はさらっても意味がないよね…(さらわないってば!)
細いひもって意味…
最近、急に寒くなったとは思っていたが、今日はついに北海道で初雪が降ったというニュースを聞いた。
さすがは北海道!
私にはとても暮らせそうにない地域だ…
「民間航空記念日」
1951(昭和26)年、戦後最初の国内民間航空会社として設立された日本航空が、一番機の「もく星号」で東京~大阪~福岡間の運航を開始した。
「リクエストの日」
1936(昭和11)年、ベルリンのドイツ放送で、ラジオのリクエスト番組が始った。
生演奏番組の放送中にリスナーから、希望する曲目を演奏して欲しいと電話があったのがきっかけで始められたもので、その後リクエスト番組は大ヒットした。
「世界パスタデー」
1995(平成7)年、イタリアで世界パスタ会議が開催された。
EUやイタリアパスタ製造業者連合会などが合同でパスタの販売促進キャンペーンを行っている。
日本では、「パスタ」というとスパゲッティを思い浮かべる人が多い。
「パスタ」は、イタリア語で「生地」という意味で、デュラム小麦から作られている。
この小麦粉はタンパク質が多く硬質のもの。
だから、スパゲッティ等のロングパスタの他、ペンネ(ペン先のような形をしたもの)、コンキリエ(貝殻型、ファルファッレ(蝶の形)等のショートパスタのこともまとめて全部パスタというわけだ。
スパゲッティの食べ方は簡単なようで意外に難しい。
私はスプーンを使っては食べない。
スプーンの上でくるくる巻きつけて食べるのは、考えただけでも面倒くさい。
あんまりたくさん巻きつけるのも食べにくそうだし、スパゲッティはつるつるして滑りやすいし、こういう場合はやっぱりお箸の方が食べやすいなぁ…と感じてしまう。
その巻きつけ方だけど、本場イタリアでは時計回りにまわしてまき付けるらしい。
なんでも、逆周りに巻きつけると不幸になるという言い伝えがあるらしい…
そういえば、パスタは日本には明治時代に伝わったらしいのだけど、最初のパスタは何味だったんだろう?
ちなみに私はたらこスパゲッティが好きだったりして、スパ王を良く食べたりする…(またインスタント)
外で食べるのはトマトソース系かなぁ…
パスタは太るといわれているけど、それはほとんどがパスタというよりはそのソースや具によるカロリーのためらしい。
私はパルメザンチーズというものが異常に大好きで、若い頃はとにかくチーズまみれにしたスパゲッティを食べるのが好きだった。
当時はまぁそれでもそんなにたいしたことはなかったのだけど、数年前にまたまたパルメザンブームがめぐってきてスパゲッティ以外のおかずにもいい気になってふりふりして食べてたら激太りをしてしまってえらい目にあってしまった。
年をとってからのカロリーの過剰摂取はやばい!と痛感…
なんか、おいしいものってほとんどが高カロリーなのよねぇ…切ない…