思いきりいいかげん…
1922(大正11)年に「鉄道記念日」として制定。
1872(明治5)年9月12日(新暦10月14日)、新橋駅(後の汐留貨物駅・現在廃止)~横浜駅(現在の根岸線桜木町駅)を結んだ日本初の鉄道が開業した。
「鉄道記念日」のままでは国鉄色が強いということで、1994(平成6)年に運輸省(現在の国土交通省)の提案により「鉄道の日」と改称し、JR以外の民間鉄道も巻き込んだ記念日となった。
国際標準化機構(ISO)と国際電気標準会議(IEC)が制定。
世界標準を策定した人たちに感謝し、労をねぎらう日。
アメリカ合衆国では10月11日、フィンランドでは10月13日、イタリアでは10月18日をそれぞれ世界標準の日と定めている。
「PTA結成の日」
1952(昭和26)年、PTAの全国組織、日本父母と先生全国協議会(現在の日本PTA全国協議会)が結成された。
「PTA」とは、Parents and Teachers Association(父母と先生の会)の略。
アメリカで1897年に始まった児童福祉のための母親たちの運動「全国母親協議会」に端を発し、1924年には全国父母教師協議会(National Congress of Parents and Teachers)が発足した。
本部はシカゴにあるらいい。
このPTAなるものもいまいちよくわからない。
わ!わ!わ!わ!
今日の主な記念日は3つ。
「引越しの日」
引越専門協同組合連合会関東ブロック会が1989(平成元)年に制定。
1868(明治元)年、明治天皇が京都御所から江戸城(現在の皇居)に入城された。
「サツマイモの日」
埼玉県川越市の市民グループ・川越いも友の会が制定。
10月はさつまいもの旬であり、江戸から川越までの距離が約13里なので、さつまいもが「栗(九里)より(四里)うまい十三里」と言われていたことから。
「麻酔の日」
日本麻酔科学会が制定。
1804年、華岡青州が世界で初めて全身麻酔による乳癌手術を成功させた。
秋といえば食欲の秋。
その中でも焼き芋好きな女性はかなり多い。
サツマイモは年中出回っているものの、新ものは初夏から中秋にかけてのもので冬から翌春までのものはほとんどが貯蔵ものなのだとか。
仲秋のこの時期は生産量も多く、味や品質も最高らしい。
実は私はさつまいもがあんまり好きではないのだけど、今日はとりあえずさつまいもについて…
埼玉のさつまいもの収穫量は、全国第12位なのだとか。
品種は「紅東」がほとんど。
ここで採られたものは市場に出荷されるものよりも、贈答用や観光の芋ほりに使われるものの方が多いらしい。
サツマイモはヒルガオ科の多年草。
起源はメキシコの中央部からグアテマラにかけての地域とされており、紀元前3000年以前にはメキシコで、紀元前2000年頃にはペルーで栽培されたという長い歴史を持つ。
コロンブスによって、スペインに伝えられ、その後、スペイン人によりフィリピンへ伝来、ポルトガル人によりマレー群島へと伝えられ、1594年にはルソン島から中国へと伝えられた。
その後、1597年に中国から宮古島、1605年に福建から沖縄へ、1612年にルソン島から鹿児島県へ、1615年に長崎県平戸へと九州方面をメインに伝来されていった。
享保17(1732)年の享保の大飢の際にもサツマイモがすでに普及していた両県では餓死者が少なかった。
それには種いも試作の種子島久基、種いも増殖・普及のカライモオンジョ(唐藷翁)こと前田利右衛門等が大きく貢献していている。
このことから、後に、八代将軍吉宗が「サツマイモ」と命名し、全国に広く普及し太平洋戦争時にも救荒作物として栽培された。
サツマイモはエネルギー生産効率が非常に高く、長期の保存もしやすいため、飢饉や食糧難の時代には救荒作物として栽培され、多くの人命を救ってきた素晴らしい作物だということだ。
サツマイモの栄養価は、糖質、蛋白質、ミネラル、ビタミン、食物繊維等が多く含まれ、糖質の他に、カリウム、カロテン、ビタミンC、パントテン酸も多く含まれている。
サツマイモは甘いため、スィーツにもよく使われているが、生のサツマイモに含まれる糖分は1~2%の蔗糖で本来はそんなに甘いものではなく、
石やきいものようにじくりと「低温で加熱」することによって、酵素の働きで麦芽糖が7~14%も生成され、甘さを増すのだそうだ。
そういえば、生のサツマイモは食べたことはないけど見た限りでは甘そうな雰囲気は全くない。
サツマイモを使った人気スィーツといえば、北海道の桃花堂の特製スィートポテトっていうのがあって、お取り寄せランキングでいつも上位に入ってるようだ。
最近はお取り寄せスィーツって多いよねぇ…
私はいまだに取り寄せたことはないけど…
あと、サツマイモで思い出すのが何族か忘れたけどウルルンに出てきた裸族…
鳴門金時の栽培法をおしえてもらう前は、病気の芋や発育の悪い芋ばかり食べていたようだ。
おいしい鳴門金時にコベワを叩いて喜んでいた…
私はなぜサツマイモがあまり好きではないかというと、食べるとまず胸やけになるから。
あの微妙な甘さ加減やざらざらした食感も好きではないのだけど、サツマイモ=胸やけで苦しいのイメージが強くて苦手。
中でも焼き芋は特に胸焼けするような気がする。
それがなければ少しは食べるんだけどねぇ…
まどりんは1日6個食べるんだって!
「大陸発見記念日(Columbus Day),新大陸発見の日 (アメリカ合衆国、アルゼンチン、チリなどアメリカ大陸各国)」
1492年、クリストファー・コロンブス(クリストバル・コロン)が率いるスペイン船隊が新大陸アメリカに到達した。
西周りの航海でジパング(日本)とインドを目指したもので、コロンブスは最初の到達地がインドだったと亡くなるまで信じていた。
「ナショナルデー,イスパニアの日 (スペイン)」
スペインの航海士・コロンブスの新大陸発見を記念する日。
「タマゴデー」
1942(明応元)年10月12日、コロンブスがサンヴァドル島に上陸。(アメリカ大陸発見)
コロンブスといえば、たまごを潰して立てた逸話が有名。
そんなところから、いつしかこの日は「タマゴデー」といわれるようになったのだとか…
クリストファー・コロンブスは、1451-1506年 スペインの王家に仕えたイタリアの航海・植民地行政者。
1492年アメリカ大陸を発見し、ヨーロッパの新大陸進出の先駆となった。
1478年からポルトガル海図作成を始める。
フィレンツェの天文学者トスカリネリに影響され、東方航路は大西洋を西航することで可能であると主張。
大西洋横断によるインドへの航海計画はスペイン女王イザベラの援助を受け実現に移された。
有名なコロンブスのたまごの話だけど、1493年に帰国した際、コロンブスはバルセロナの宮廷で盛大な歓迎式典に招かれた。
皆が賞賛する中、1人の男が「誰でも西へ行けば陸地にぶつかる。そんなこと当たり前のことはたいしたことではないの」と言い放った。
それに対しコロンブスは1つの卵を指し示し、「誰かこの卵を立てることが出来る人はいますか」とたずねた。
何人かが彼の言葉に挑戦してみたが、結局は誰も成功する者はいなかった。
コロンブスは卵を引き寄せ、テーブルの隅で軽くたたいて殻をつぶし、卵を立てて見せたのである。
そして「皆さん、これも人のした後では、何の造作もない事でございましょう」と言ったという…
これがいわゆる「コロンブスの卵」といわれる出来事だ。
たまごといえば、いつだったかのちびまるこちゃんでたまごを立てる話が登場した。
確か、野口さんが「春分の日にはたまごが立つ」とかいう噂(?)を持ち出し、そんな話を聞くと、とりあえずはやってみないとおさまらないまるこはいろいろと実験し、結局、誰かに方法を教えてもらったかなにかで立てることが出来たという話だったと思う。
その方法というのは、これまたしっかりとは覚えてないのだけど、たまごの黄身は上下のカラザによって固定されてるから、強く振ってカラザから黄身を離し、黄身が離れたことによって重心が下がってそれで立たせることが出来る…と、いうことだったと思う。
あと、一つまみの塩の上にたまごを立たせて、立った時点で塩を吹き飛ばしすと塩が見えなくなってたまごだけがぽつねんと立っているように見せられるという方法もあったと思う。
ちなみにコロンブスが立てたのはゆでたまごだったはず…
まるこは生たまご。
コロンブスの言うとおり、人が発見した方法を真似さえすれば誰にだって出来るような簡単なことも、その方法を自分でみつけようとしたらそれはかなり難しい。
難しいどころか、一生みつけられない人の方が多いと思う。
だいたい、素直に人を賞賛できない人っていうのは、その人ほどの力量を持ってない場合が多い。
だからこそ妬ましいのかもしれないけど、それはとってもみっともない。
何であれ、最初に何かをした人っていうのは偉い人なのよ!
どんなしょ~もないことでも、2番目にやった人と最初にやった人ではやっぱり違う。
今頃になって、コロンブスと同じ方法でたまごを立てても誰も驚かない。
誰も賞賛しない。
最近、さっちんって、見ないねぇ…
今日は意外と記念日が少なくて主なものは3つだけ…
「鉄道安全確認の日」
1874(明治7)年、新橋で日本初の鉄道事故が発生した。
「リンゴの唄」の日
1945(昭和20)年、戦後初めて制作・公開された映画『そよかぜ』が封切られた。並木路子が歌う挿入歌「リンゴの唄」は戦後を象徴する大ヒットとなった。
「ウィンクの日」(オクトーバーウィンク)
10と11を倒して見ると、ウィンクをしているように見えることから。
女子中学生の間ではやったおまじないで、この日、朝起きた時に相手の名前の文字数だけウィンクをすると、片思いの人に気持ちが伝わる……のだそうだ。
…ばばぁなだけに、とてもじゃないけど効果があるとは思えないおまじないだ…(;^_^A
こんなおまじないが流行ってるって話も聞いたことないんだけどなぁ…
日本ではウィンクは主に気になる異性に向かってする好意の表現的な合図だと思われていますが、欧米ではいたずらをした時に「今のはウソだよ!」とか「このことはヒミツだよ」とか言いたい時に使われることの方が多いのだとか。
日本の場合、「ウィンク」といえば好意がからんだり、男女間というイメージだが、これが日本語で「目配せ」となると、いきなり「合図」というイメージが強くなる。
何か秘密事がある人達の間に、別の人物が来た時等に目配せをして、「うまくやれよ!」みたいな合図を送る。
こういうシチュエーションの時は、やはり「ウィンク」ではなく「目配せ」だと感じてしまう。
同じ行為なのに…
そういえば、「秋波」という言い方もある。
これは、女性が男性を引き付けようという意図があってする流し目やウィンクのこと。
語源は秋の澄んだ水の波から来ているそうで、そのように美しく涼やかな女性の目元のことが転じて媚びるような目つきのことになったそうだ。
まさに「オクトーバー・ウィンク」って感じかな?
どんな幸せ?
今日はもとの「体育の日」
ということで、体育祭が行われた所もあったかもしれないけど、あいにくのお天気で残念でしたね…
私は体育祭が大嫌いだったから、いつも雨が降って中止になることを祈ってたけど…
(晴れたら休むんだけど…)
「目の愛護デー」
中央盲人福祉協会が1931(昭和6)年に「視力保存デー」として制定。
戦後、厚生省(現在の厚生労働省)が「目の愛護デー」と改称した。
「10 10」を横に倒すと眉と目の形になることから。
また、1963(昭和38)年のこの日、アイバンクが開設された。
「アイメイト・デー」
東京盲導犬協会(現在のアイメイト協会)が1972(昭和47)年に制定。
1971(昭和46)年、同協会が東京都から財団法人として認められた。
アイメイトとは、目の不自由な方の目として働く盲導犬のこと。
視覚障害者と盲導犬への理解を深める日。
「釣りの日」
全日本つり団体協議会と日本釣振興会が1977(昭和52)年に制定。
魚の幼児語から「ト(10)ト(10)」の語呂合せ。
「缶詰の日」 日本缶詰協会が1987(昭和62)年に制定。
1877(明治10)年、北海道開拓使が北海道石狩町に鮭の缶詰の工場を設置し、日本初の本格的な缶詰の製造が始まった。
「まぐろの日」
日本鰹鮪漁業協同組合連合会が1986(昭和61)年に制定。
726(神亀3)年のこの日、山部赤人が聖武天皇の御供をして明石地方を旅した時、鮪漁で栄えるこの地方をしび(鮪)釣ると海人船散動き『万葉集』巻六・938段と歌に詠んだとされている。
「島の日」
1998(平成10)年10月10日午前10時10分、日本の有人の島425島を見直し光をあてようと「日本の島425プロジェクト」がスタートした。
「とう(10)」(島)の語呂合せ。
「冷凍めんの日」
冷凍めん協議会が2001(平成13)年に制定。
「世界精神保健デー」
国際デーの一つ。
「銭湯の日」
東京都江東区の公衆浴場商業協同組合が1991(平成3)年に実施し、その後全国に広まった。
「せんとお(千十=1010)」の語呂合せ。
「トレーナーの日」
愛知県のファッションメーカー・ファッションミシマヤが制定。
制定当時「体育の日」であったことと、「ト(10)レーナー」の語呂合せ。
スポーツウェアとしてのトレーナーをPRする日。
「totoの日」
2001(平成13)年から実施。「to(10)to(10)」の語呂合せ。
スポーツ振興くじ(サッカーくじ)totoのPRおよび日頃から購入している人への感謝をするためのイベントが行われる。
「空を見る日」
長野県の社会文化グループ「信濃にやか」が制定。
「天(ten)」の語呂合せ。
「トッポの日」
ロッテが2002(平成14)年に、同社の商品「トッポ」のPRの為に制定。
私はお菓子が大好きだけど、基本的にやわらかいもの、歯応えがないもの、サクサクしてないものを好む。だから、トッポのまわりのプレッツェルがどうも好きではなくて買ったことがないのだけど、黒トッポをもらったことがある。
私はチョコはミルクかホワイトが好きで、ビター系はまず買わない。
だから、しばらく食べなかったのだけど捨てるのももったいないかと思い、食べてみた。
想像通りの味だった… なんで、わざわざ黒をくれるかな…( ̄_ ̄i)
で、よくみかけるあのキャラクターは「ノッポトッポ」ちゃんというらしい。
普通のも青も黒も「ノッポトッポ」ちゃんだけど、性格が少し違うようだ。
普通(?)のノッポトッポちゃんは陽気でちょっぴりおトボケさん。
黒のノッポトッポちゃんはやんちゃでスポーツ万能な上に頭も良いらしい。
青のノッポトッポちゃんは、おしゃれに敏感。
ふ~ん…そうなんだ~…
今、発売されてるのは、普通のチョコ入りトッポ、ビターチョコの黒トッポ、ホワイトチョコの青トッポ(なんで白トッポじゃないのかな??)、そして季節限定のマロントッポがあるらしい。
栗は好きじゃないから、いらないなぁ…
なんか、秋となるとどこでも栗が出てくるから楽しくない…
とりあえず、ホワイトチョコだけは調査(?)のために買ってみようかな?
あ、そういえば、コアラのマーチに続けとばかりに(?)トッポハッピー伝説っていうのがあるみたい。
トッポを食べてたら、または持ってたら、あるいはこんな食べ方をしたら幸せになれる…みたいなもの。
黒トッポを食べた時は…多分、なにもなかった…(実は覚えてない)
今度、青トッポを買ったら、早速検証してみます!
かっぱっぱー、るんぱっぱー
今日もやっぱり記念日が多い。
「10月」っていうのはゴロあわせしやすいせいなのかな??
今日の記念日は…
「トラックの日」
全日本トラック協会(全ト協)が1992(平成4)年に制定。
「ト(10)ラック(9)」の語呂合せ。
トラック運送事業について広く国民一般に理解と関心を深めてもらい、トラック運送事業者の社会的地位を向上させる日。
「世界郵便デー、万国郵便連合記念日」
万国郵便連合(UPU)が1969(昭和44)年に「UPUの日」として制定。
1984(昭和59)年に「世界郵便デー」と名称を変更した。
1874(明治7)年、全世界を一つの郵便地域にすることを目的に、万国郵便連合が発足した。
日本は1877(明治10)年2月19日に加盟した。
「塾の日」
全国学習塾協会が1988(昭和63)年に制定。
「じゅ(10)く(9)」の語呂合せ。
「道具の日」
東京・浅草の調理具の専門店街・かっぱ橋道具街が制定。
「どう(10)ぐ(9)」の語呂合せ。
かっぱ橋道具屋街の「かっぱ」は漢字では「合羽橋」と書くらしいが、その名前の由来には2通りの説があり、1つめは金竜小学校跡地辺りにその昔伊予新谷の城主の下屋敷があり、天気の良い日には近くの橋に足軽達が内職で作った雨合羽をズラリと並べて干していたとことから来たという説。
もう1つは、「河童」の方の説。
曹源寺は通称を「かっぱ寺」と呼ばれていた。
その寺に墓所がある合羽屋喜八という人物の話しで、今から約180年程昔の文化年間、合羽川太郎(本名は合羽屋喜八)は、この辺りの水はけが悪く少しの雨でもすぐ洪水になってしまうことを案じ、このままではいけない!と私財を投げ出して掘割工事に着手。
しかし、工事は遅々として進まず、その様子を見かねた隅田川の河童達は、川太郎のために夜な夜な掘割工事を手伝った。
この河童を見た人は運が開け、商売も繁盛したと言われているのだとか。
河童についての伝説は各地にあるが、このように人のために尽くしてくれるもの(だいたいは何かの作業を手伝ってくれる)もいれば、逆に人間に悪さ(主に、川の中に引き込む)をするとされるものがいる。
人間と同じく良い者もいれば、悪い者もいるということか…?!
ちなみに、このかっぱ橋道具街のイメージキャラクターもやっぱりかっぱ。
かっぱキャラっていうのは意外と少ない。
有名なところでは、黄桜のかっぱと確かカータンっていうのがいたと思うのだけど、黄桜のかっぱには確か名前はなかったはずだ。
ファミリーだったから、お母さんかっぱとかお父さんかっぱということくらいで、かっぱのお母さんはかぱこ、お父さんはかぱお…なんて名前は付いてなかったと思う。
あのお母さんかっぱ、妙に色っぽかったよね…
カータンはかっぱってことと、その名前しか覚えてない…
かっぱって、けっこうキャラにも向いてると思うので、ここらで超有名なかっぱキャラが登場しても良いのにね!
あしぶくろとは読まないで!
今日は「足袋の日」
日本足袋工業懇談会が1988(昭和63)年に制定。
10月は七五三・正月・成人式と、これから着物を着る機会が多くなるシーズンであり、末広がりで縁起の良い八日を「足袋の日」とした。
足袋の歴史はとても古く、有名な説が2つある。
1つは平安時代の貴族達が履いていた下沓(しとうず)というもので、指が分かれていない形で絹で作られていた。
もう1つの説は当時の猟師が履いていたとされるもので、皮で作られた単皮(タンピ)というものだ。
これは主に外で履かれていたらしいので、靴のようなものだったのかもしれない。
この頃はこはぜもまだ無く、足首を紐で結んで留めるようになっていたらしい。
現代の足袋のようになったのは江戸時代からで、この頃から材質も木綿になった。
江戸の大火の後、皮の装束を着ていると、火の粉から身を守ることが出来るということから、皮の消費が一気に増加。
そのため、足袋用の皮が不足してしまい、それに伴い価格も急騰した。
それを機に木綿で作ってみたところ、意外に都合が良かったため、木綿を使い続けることになったらしい。
木綿製の足袋の普及と同時に、紐で留める形からボタン止め式へと足袋を留める方式も変化していった。
現在の足袋は「こはぜ」(甲馳、牙籤、甲鉤、骨板)と呼ばれる金属製の金具(ホック)を「受け糸」(または掛け糸)と呼ばれる糸のループに引っ掛けて留めるようになっているが、この方法は江戸後期~明治前期にかけて普及したものなのだとか。
また、足袋の語源については旅のときに利用するからいう説や足の形を鼻に見立てて多鼻(タビ)という説、さらに単皮(タンピ)がなまってタビとなったという説があるようだ。
こはぜは「衣類・装飾品のボタン」を意味するポルトガル語の「cofaje」が語源。
このこはぜ、4枚のものや5枚のものといろいろあるが、何が違うのか?
要するに高さ(深さ?)が違う。
枚数が多い方が当然高さが高い。(1枚で約2cm違う)
そういうことから、5枚こはぜはどちらかというとフォーマルな席や踊りやお茶などをする人向きで、
4枚こはぜは普段着や仲居さん等、よく動く必要性のある人向きとされている。
まぁ、私なんかは和服を着ること自体、まずないので、足袋もどこにあったか思い出せない位だ。
最後に和服を着たのって、一体いつだったんだろう…(思い出せない…)
今日は他に「木の日」
木材利用推進中央協議会と林野庁木材流通課が1977(昭和52)年に提唱。
「十」と「八」を組み合わせると「木」の字になることから。
木の良さを見直す日。
「骨と関節の日」
日本整形外科学会が1994(平成6)年に制定。
「十」と「八」を組み合わせると「骨」の「ホ」の字になり、また、10月10日の体育の日を前にして骨と関節の健康に気をつけようとのことから。
「入れ歯の日」
全国保険医団体連合会が1992(平成2)年に制定。
「い(1)れ(0)ば(8)」の語呂合せ。
「保険で良い入れ歯を」ということで、全国で入れ歯についての電話相談が行われる。
「レーザーディスクの日」
1981(昭和56)年、パイオニアがレーザーディスクを発売した。
「国立公園制定記念日」
1932(昭和7)年、前年に施行された「国立公園法」にもとづいて、国定公園12か所(大雪山・阿寒・十和田・日光・富士・日本アルプス・吉野熊野・瀬戸内海・伯耆大山・阿蘇・雲仙・霧島)が選定された。
…等があった。
今月はけっこう記念日が多いよね。
レーザーディスクって最近みかけないけど、もう24年も前に出来たものだったんだなぁ…
結局、買ったことは1度もないままにいなくなってしまった…(; ̄ー ̄川
漢字がなかった…
今日は「ミステリー記念日」
1849年、ミステリー小説(推理小説)の先駆者・エドガー・アラン・ポーが亡くなった。
1845年に発表された『モルグ街の殺人』が、世界初の推理小説と言われている。
この「モルグ街の殺人」という小説、確か大昔に読んだ記憶はあるのだけど、すっかり内容も忘れている…(相変わらずの記憶力なし!)
この小説に登場する「オーギュスト・デュパン」というという探偵は、没落したフランスの貴族の生まれで、パリ郊外の古びた館の戸を閉め切った真っ暗な部屋で、強い香料入りのローソクに火をつけ読書と瞑想にふける毎日を送っているという変わり者…(ある意味、Gackt的?!)
しかし、ひとたび事件が起こると、その持ち前の観察力と分析力で、難事件を解決してしまうというキレ者で、このオーギュスト・デュパンが後にシャーロック・ホームズ等に影響を与えた世界初の探偵キャラとされている。
ポーの全作品に登場しているわけではなく、「モルグ街の殺人」「盗まれた手紙」「マリー・ロジェの謎」わずか3つの短編にしか登場していないらしいが、ファンは多いようだ。
「ミステリー小説」は「怪奇・幻想小説を含む、広い意味での推理小説」と解説されている。
この「推理小説」だが、日本では最初は「探偵小説」と呼ばれていたようだ。
しかし、第二次大戦後、「偵」の字が当用漢字に入れられなかったため、「探てい小説」と漢字にひらがなを混ぜて書くことになった。
これはどうにもみっともない!ということから「推理小説」という言葉が作られ、一般的になったということらしい。
1946年に雄鳥社が「推理小説叢書」を発刊した時に、その監修者の木々高太郎が命名したという説もあるとのこと。
「偵」の字は1954年の当用漢字補正案で当用漢字に入れられたが、既に「推理小説」という言葉が広まっており、「探偵小説」に戻されることはなかった。
推理小説とミステリー小説は、やはりなんとなく受ける印象が違う。
たとえば、殺人があったとして、その犯人がわからないとする。
で、その殺し方が普通に刺殺や絞殺、撲殺等だと推理小説、死体に何かの文字が刻んであるとか何かおかしな細工をされているとかだとミステリーみたいな雰囲気がある。
あとは、事件の背景にある犯人の心理が異常だったりするとミステリーかなぁ…
私はごく普通に刑事が犯人をつきとめ逮捕するタイプのものよりは、そこに怪奇なものや異常なものが加えられてるものの方が好き。
でも、2時間ドラマで放送されるのは、やっぱり普通の推理ものの方が多いように思う。
日本人はその方が好きなのかな?
ミステリーの女王と呼ばれる山村美沙の小説にも、それほど気持ち悪い人は現れない。
大昔の火曜サスペンス劇場(かな??)にはけっこう気持ち悪いのがあったように思うのだけど、それは当時私が子供だったせいなのか?
それとも本当に気持ち悪いのを良く放送していたのかな?
確か、岸田森とかいう俳優さんとあと北条なんとかいう女優さんが良く出ていて、怖いドラマというとこの2人を思い出してしまう。
ストーリーは全く覚えてはいないし、誰の作品なのかも全くわからないけど、とにかく怖かった思い出がある。
再放送でもやってくれないかなぁ…
通販もやってるよ!
今日は昨日より7~8℃高い気温になるとかで、真夏日に近くなるとか言ってたけど本当に暑い…!!
う~…なんだかムカつく…!( ̄へ ̄|||)
今日は「役所改革の日」
1969(昭和44)年、千葉県松戸市役所に「すぐやる課」ができた。
当時の松本清市長の発案で設置され、「すぐやらなければならないもので、すぐやり得るものは、すぐにやります」をモットーに、役所の縦割り行政では対応できない仕事に、すぐ出動してすぐに処理をし、市民の好評を得た。
この松本清さんはドラッグストア「マツモトキヨシ」の創業者でもある。
やっぱり偉い人は考えることも素晴らしい!
頼みごとと言うものはやはり何でも早くやってほしいと思う。
気の短い私は、なかなかやってもらえないことは「もういいわ!」という感じになり、ずっとあとになってからやってもらっても、あんまりありがとうという気持ちになれない。
だから、自分でなんとかなることは極力自分でなんとかする癖がついてしまっている。
特に役所は用事にかかる時間は5分程度でも、何時間も待たされることがよくある。
だから、それが当然のように思う人が多いと思われる中で、「すぐやる課」なんてものを考えた松本清市長はやっぱりすごいと思える。
この課は今でもあるのかどうかわからないけど、数年前までは確かにあったようだ。
依頼内容で多いのは、スズメ蜂などの巣の駆除、動物の死体処理、側溝などの掃除等らしい。
確かに、スズメ蜂の酢を触るのは怖い…
もしもそういったものが自分の家の軒先にでも出来ていたら、やっぱり誰かに頼むしかない。
でも、誰に頼めば良いのだろう?
調べてみたところ、やはり市役所(区役所)、保健所等に相談するのが良いらしい。
駆除にかかる費用を負担してくれる市町村もあるようだ。
あとは便利屋さん系の業者に直接依頼するか。
ホームセンター等で販売されている駆除スプレーを使って自分でなんとかするという手もあるようだが、うかつに触って蜂の大群に刺されでもしたら死亡する場合もあるので、やはり専門的な知識や技術を持った人に頼んだ方が良さそうだ…
そういえば、スズメバチに刺されたことがある人は2度目に刺されると死につながることがある(極端にいうと2回刺されたら死ぬ)という説は真実ではないらしい。
危険なのはハチ毒アレルギーを持ったごく一部の人だけで、ほとんどの人は死なないらしい。
あと、刺された部分にオシッコをかけるという行為も全く意味がないらしい。
アンモニアで中和できる毒性ではないとのこと。
刺された部分の毒を口で吸い出す。氷で冷やすなどした方が良いらしい。
それから、もしスズメバチが襲って来た時は、絶対に手でふりはらったりせずに、地面に伏せて、スズメバチ達が立ち去るまで動かないことらしい。
逃げたら追いかけてくるそうで、数Km追いかけて来た例もあるそうだ。
それから、目を狙ってくることが多いので目を保護するようにとも言っていた。
まぁ、スズメバチがいそうな所にはまず行かないとは思うのだけど、とりあえずこういう話は覚えといて損はないよね。
黒い服や長い髪もあぶないって言ってたのが気になるなぁ…
危険かも…
手裏剣も作れない…
昨夜から雨のせいもあってか、今日はかなり気温が下がってそれにともない私の体温は上昇~
思いっきりの風邪悪化で、夕方まで横になっていたものの、結局良くはならない…
これだから、季節の変わり目は嫌いさ…(-_-;
今日は「折り紙供養の日」
折り紙作家の河合豊彰さんが提唱。
達磨忌の10月5日と花祭りの4月8日。
折り紙の歴史についてはあまりよくわかっていないそうだが、日本で和紙が漉き始められた奈良、平安時代に当時はまだとても貴重な品だった白紙を折ったり切ったりさまざまに工夫して、儀礼や政に使いだされたのが最初とされているようだ。
それには日本が優れた紙の産地であることも無関係ではない。
こうぞ、みつまた、がんぴといった材料を使い、丈夫なだけでなく適度な薄さと柔軟さを持つ和紙は、一枚の紙を折ったり曲げたりといろいろ手をかけて使うにはもってこいの素材だったのだ。
平安時代、身分の高い者達が贈り物を包むために貴重な紙を使い、いかに美しく見せるかということを競いあったことが折り紙の始まりとも言われている。
平安末期になると、歌人の藤原清輔が紙でカエルの形をつくり、和歌をつけて人に送ったという記録が残っている。
いずれにしても、平安時代あたりからという説が有力なようだ。
その後、儀礼用の折り紙は、公家や武家に作法としてとりいれられ、礼法の家元まで生まれていく。。
今、一般的に「折り紙」と言われるようなものは、室町時代頃に形作られたといわれており、その頃から折り紙の代表である「千羽鶴」や「やっこさん」が出来たと言われている。
…と、打ちながらふと思う…
「やっこさん」ってどんなのだったかな??考えてみれば、子供の頃は折り紙をした覚えはあるのだけど、大人になると、まず折らない…
子供でもいれば、一緒に作るということもあるのかもしれないけどいないからやっぱり折り紙をする覚えはない。
でも、鶴とかぶとは今でも折れると思う…
他の折り紙というと、確かだまし船とか風船とかあったと思うのだけど、それらは折れるだろうか…?!
もしかしたら全く覚えてないかもしれない…
ところで、「折り紙」というと、よく使われる言葉がある。
「折り紙付き」というものだ。
これは間違いない!と保証できること。また、保障できるもののこと。
この場合の「折り紙」とは、紙を横半分に折った文書のことで、平安末期より公式文書や贈呈品の目録とにその「折り紙」が添えられるようになった。
その後、公文書にも「折り紙」が添えれるようになり、江戸時代には美術品などの鑑定書にも「折り紙」が添えらるようになった。
そのことから、確かな品質が保証されている物や人のことを「折り紙付き」と言うようになった。