
ふと怖いことの話。
どうもこんばんは霧島です。
なんか急に暖かくなりましたね。春の陽気じゃん。
そろそろ花粉もヤバくなってくるのかな?
さて、2月も今日で終わりですね。
いやほんとは今日は部屋を片付けたら確定申告のデータ整理する予
仕事もそうだけど「あと少しやろう」
前にもどこかで書いてるかもしれないんですけど、
好きなことだから無理できちゃうんだけど、
少しでも長くその恐怖から逃げるために体を鍛えます。(
あと頭の隅に面倒だけどやらなきゃならないことがチラつくの作業
確定申告!お前だ!
これは猫の日に描いたらくがき。
私にとってらくがきは癒し効果があります。
したらば!
rin
『怪獣』を『チ。』で読む。
須々木です。
音楽でも聴きながら読んでください。
というわけで、
『怪獣』、良いですね!
アニメ『チ。―地球の運動について―』の主題歌ですが、サカナクションとして初のアニメ主題歌だそうです。
そもそもサカナクションと『チ。』の相性があまりに良すぎるので、これぞまさにマリアージュという感じです。
奇跡のコラボに感謝。
はじめて聞いたときから雰囲気的に好みのど真ん中という感じでしたが、このたびしっかり歌詞を見てさらに良いなぁと思ったので、その思いを書き出しておこうと思います。
すなわち、『怪獣』の歌詞を『チ。』という作品を通して読み解くという試みです。
ただし、勝手な解釈を多分に含んでいるので、そのあたりはご了承ください。
どう読みどう感じるかは人それぞれなので、あくまで僕の読み方を書き出すだけです。
※ 以下、『チ。―地球の運動について―』のネタバレを遠慮なく含みます ※
歌詞はこちら。
〈怪獣〉とは何だろうか。
そもそもかなり狂気に満ちた作品なので、怪獣にリンクするイメージは多いわけですが。
何度でも
何度でも叫ぶ
この暗い夜の怪獣になっても
ここに残しておきたいんだよ
この秘密を
いきなり核心ですね。
むしろ、作品全体をこれだけシンプルに言い表してしまうのが途轍もないです。
たとえそれがどれだけ困難であろうと、真理を求め叫び続ける〈怪獣〉。
その結果が、異端とされ冷たい牢屋に放り込まれること、火刑に処されること、肉体が灰になり“無”になることであったとしても。
そして、〈怪獣〉たちは、未来の誰かに向けて箱に秘密を詰めて残していく。
だんだん食べる
赤と青の星々
未来から過去
怪獣が食欲を暴走させるように、人間の知的欲求は時として理性を凌駕してしまう。
「赤と青の星々」は空間的な広がり、「未来から過去」は時間的な広がりを、すなわち、この世の全てを感じさせます。
この世の真理などというものは、途方もなく巨大で、空間的にも時間的にも果てなどなく、それを理解しようというのはある意味で狂気。
でも、暴走した食欲=知的欲求は、止まることを受け入れない。
そう捉えると、作品冒頭に対応している気もしますね。
順々に食べる
何十回も噛み潰し
溶けたなら飲もう
真理に迫る道程というのは、実際のところ、凄く地味な営みの積み重ね。
しかし、それでもまず丁寧に嚙み潰さなくてはいけない。
と同時に、真理を追い求めた者たちの末路、すなわち、残虐な拷問により噛み潰される様も連想させます。
淡々と知る
知ればまた溢れ落ちる
昨日までの本当
真理を求め近づくと、昨日までの本当=これまでの真理は溢れ落ちてしまう。
あらゆる犠牲を払って近づこうとしているその真理も、いずれ溢れ落ちてしまうかもしれない。
しかし、溢れ落ちるものはそれだけではない。
真理に近づき何かを知れば、新たな命が溢れ落ちる。
順々と知る
何十螺旋の知恵の輪
解けるまで行こう
「何十螺旋の知恵の輪」というフレーズは良いですね。
人間の脳味噌を苦しめつつ魅了する知恵の輪と、天体の軌道が複雑に絡み合う天動説のイメージが見事に重なって言い表されています。
そして、その絡み合う天動説をほどいて地動説に至ることを目指すわけです。
「螺旋」なので、ただ同じ場所をめぐる繰り返しではなく、徐々に高みに上っていきます。
過去が積み重なり、繰り返しながらも「天」に近づいていく。
丘の上で星を見ると感じるこの寂しさも
朝焼けで手が染まる頃にはもう忘れてるんだ
天体を扱う作品なので、人里離れた丘の上から星空を見上げる場面は、印象的なものとして何度も登場してきます。
見上げたときの感情も様々ですが、感動と寂しさを合わせ持った瞳の描写は特徴的です。
そして、朝になればまた星は消えていく。
朝焼けのイメージは火刑の炎とも被ります。
火刑に処され、その人の生命が尽きるのは、朝になり星が消えていくイメージです。
しかし、星は必ずまた空に現れ、真理を探究する者もまた必ず現れます。
ところで、この曲には「寂しさ」と「淋しさ」が登場します。
「寂しさ」は、「人や物事の存在がなくなり、その空間や時間が空しく感じられる状態」(物理的さびしさ)。
「淋しさ」は、「人間関係における孤独感や、人々のつながりが希薄である状態」(心理的さびしさ)。
この世界は好都合に未完成
だから知りたいんだ
まさに完璧なフレーズです。
全能なる存在が、人間が食いつかずにいられないものとして作り上げたかのような世界。
人間が魅了される条件をあまりに都合よく含み、けっして完成しない真理の大系。
人間はそれを追いかけることを抑えられない。
でも怪獣みたいに遠く遠く叫んでも
また消えてしまうんだ
消えてしまうのは、夜空の星だったり、真理の核心に繋がる何かだったり、真理に迫りつつある誰かの命運だったりするのでしょう。
だからきっと
何度でも見る
この暗い夜の空を
何千回も
君に話しておきたいんだよ
この知識を
勝手に妄想して、自分の頭の中に押しとどめておけば、ある意味で何の問題もないはず。
でも、それはできない。
それはきっと、自らの命が、世界とか宇宙とか真理なんてものと比べれば、本当にあっという間に消えてしまう儚いものだと悟ってしまったから。
だから、君に話しておきたいんだろう。
何かを残しておきたいんだろう。
それは「知識」だけど、同時に遺言なのかもしれない。
淡々と散る
散ればまた次の実
花びらは過去
真理を追い求めた者たちは、その死に際して、無駄に喚き散らすこともなければ、無駄にドラマチックなことをするわけでもない。
淡々と散って、過去になっていく。
きっと、何かをやり遂げたと分かっているから。
そして、実は何一つ終わっていないことを知っているから。
次の実から芽吹き、終わることはないから。
単純に生きる
懐柔された土と木
ひそひそと咲こう
「怪獣」と読みを被らせているだけと言ったらそれまでですが、「懐柔された土と木」というのは面白い表現です。
その時代、その社会を染め上げる何らかの思想。
土や木がその思想に懐柔され、支配され、染まってしまったとしても、その木から、ひそひそと花は咲く。
できるだけ擬態しようとしつつ、実際には懐柔されていない花が。
そして、その花だけが、次代に何かを伝える実をなすことができる。
点と線の延長線上を辿るこの淋しさも
暗がりで目が慣れる頃にはもう忘れてるんだ
薄暗いところで星を結んだり、その線を延ばしたりしていく作業。
それは、真理を追い求める人々を線で結び、その延長線上に見出そうとする営みに似ている。
その過程で数えきれないほどの代償を払い、淋しい喪失を重ねていく。
しかし、「いまを生きる人たち」は、もう忘れてしまっている。
そこにどれだけの淋しい喪失があったのかを。
一切の代償は必要なく、ごく当たり前の常識として、我々はその知識を与えられている。
我々の周りに溢れる知識が見出された道程に対し、我々は驚くほど無知なんだ。
この世界は好都合に未完成
僕は知りたいんだ
「だから知りたいんだ」ではなく「僕は知りたいんだ」。
より強く意識される自己=主観。
誰かが知りたがっていた真理を、いつの間にか、僕が知りたくなっている。
能動的に真理を探究する歩みが始まる。
だから怪獣みたいに遠くへ遠くへ叫んで
ただ消えていくんだ
「叫んでも」と「叫んで」の違い。
たった一文字の違いだけど、この一文字の違いが大きい。
こういうのがいいです。
叫んでもまた消えるのではなく、叫んでただ消えていく。
でも
この未来は好都合に光ってる
だから進むんだ
今何光年も遠く 遠く 遠く叫んで
また怪獣になるんだ
「この世は、最低と言うには魅力的すぎる」――だからこそ、またのちの時代に、この世界の美しさに魅了され、続きを進んでくれる誰かが現れると信じられるのかもしれない。
だから、誰も未来を悲観したりしない。
未来を悲観しないから、誰かが続けてくれるから、どこかの誰かのように、また〈怪獣〉になれる。
sho
アナログ絵に、デジタルで画竜点睛
どうも遊木です。
1月~2月のミーティングで、久しぶりにメンバー全員で制作企画に取り組みました。
すでにインスタで作品や制作過程を公開しているので、是非、先にそちらをご覧ください。
今回の企画テーマは、「アナログ作品に、デジタルで一工夫加える」というもの。
ミーティングでは、「アナログ絵に、デジタルで画竜点睛」などと呼んでいます。
中二臭が香しいですね。
私が提案した企画ですが、元は海外のアーティストさんが取り組んでいる表現で、インスタで作品を拝見したときに「面白い発想、自分でもやってみたい!」と、ネタ帳にメモだけしていました。
ちなみにこのネタ帳の中身は、「いつやるかは未定だけど、機会があったら発動する、多分。きっと。」というものが9割。
今回は、年末年始のサークル繁忙期に「ミーティングの事前準備が必要ない議題(ネタ)」として、「いつやるの?今でしょ!」と引っ張てきました。
以下、簡単な制作手順です。
①アナログ絵の作成
テーマは自由。
各自、好きにアナログ絵を描いていきます。
何だか『鬼滅の刃』のエフェクトのようだ……。
須々木氏は絵担当じゃないのに頑張ってました。
今回唯一、アナログ作業に着彩を入れていた凜ちゃん。
『ペンローズの階段』から着想を得たとのこと。
②写真撮影
完成物から逆算して、写真の演出を考えます。
各自、配置する小物や画角などを工夫しつつ撮影。
③デジタル加工
今回は、「一工夫」「画竜点睛」といっているように、あくまでもデジタル要素は一匙程度、という規定を作っていました。
今回の表現は、デジタル要素が“絵と現実世界を繋ぐ”というイメージなので、あえて小物や机などと共に作品を撮影しています。
絵をスキャンするだけだと、「外=現実世界」の部分がなくなってしまうので。
デジタル加工は遊木がやっています。
ここまでを、2回のミーティングで完成させました。
④動画編集
動画加工の部分は、まとめて私がやっています。
事前にメンバーから伝えられた演出アイデアを元に、作品を組み立てました。
冒頭に3秒ほど停止時間があるのは、初見では“普通の写真”と勘違いさせるためです。
「写真だと思ったら、なんか動いた!」みたいな。
今回は流れで、全員簡単なSEも入れることになりました。
⑤公開と講評会
以下、各作品と感想のまとめです。
※現在はインスタで公開していますが、そのうちYouTubeなどでも公開する予定です。
・深く考えずに作り始めたが、背景に格子を入れたらイメージが固まった。
・本部で制作しているとき、みんなが楽しそうに集中しているのが良かった。
・After Effectsの作業は全部で30分くらい。このくらいの手軽さで発表できるものは良い。手ごたえを感じる。
・絵を描くメンツではなかったので、どうやったらそれなりになるのか考えた。写真とトレース台で頑張った。
・(タイトルについて)「ネオンサイン」以外の要素がなかったので、無理矢理漢字に置き換えていった。文明開化期のニュアンスで。(稀瓦斯=希ガス=貴ガス、ネオン、アルゴンなど)
・イメージ通りに光らせてもらった。
・写真が真正面からだったため、アナログ絵を置いている状況が伝わりにくくなってしまった。
・制作は楽しかった。制作者によって違いがあるのも面白かった。
・創作のジャンルとして知らなかった。知ることができて良かった。
・アナログで集中して作業できるのは楽しい。
・自分だけ光る演出じゃなかった。光る演出は、現実に周囲の物体に光があたって空間演出として分かりやすい。
・周辺が濡れる効果も考えたが、技術的に断念。
今いるメンバーは無心で手を動かすのが好きなタイプなので、みんな集中して企画に取り組んでいました。
特に今回は、小難しいコンセプトもなく、割と自由度の高い制作だったので、みんな「ただ黙々と創る」ことを楽しんでいたようです。
このくらいの規模感の制作企画だと、個々の活動にも大きな負担がないので、今後も機会があったら取り組んでいきたい。
やはりモノづくりは楽しい。
aki
【参加募集開始!】第13回横浜創作オフ会【3月15日(土)】
横浜創作オフ会幹事の須々木です。
さて、タイトルにもある通り、第13回横浜創作オフ会の参加受付を開始しました!
開催は 3月15日(土) です。
基本的に過去の開催方式と同様の見込みです。
なお、参加〆切は 3月1日(土) となっているので、ご注意ください。
あまりギリギリを攻めずに、早めの参加連絡を宜しくお願いします。
というわけで、詳細は第13回の特設ページを参照してください。
コンセプト等は相変わらずです。
ただし、定期開催最終回なのでご注意ください。
「いつか参加しようかな」などと言っている場合ではない!
詳しくは以前のブログ記事参照。
↓
本日からオフ会までの期間中、X(旧twitter)等でも積極的に情報発信していきたいと思うので、宜しくお願いします。
なお、情報発信については、これまでと同様、Random Walk公式アカウントを主に利用していきます。
このオフ会は、「Random Walk主催」ではなく、あくまで「須々木主催」ですが、発信力にかなりの差があるので。。
もちろん、須々木(幹事)の個人アカウントからもアレコレ発信していきます。
参加希望DMや質問等も、幹事の個人アカウントにするのがスムーズです。
というわけで、毎度のことですが、リピーターも初参加も超絶大歓迎です!!
たくさんのご参加、心よりお待ちしています。
質問等も遠慮なくお願いします~。
↓ ↓ ↓
※いつもどおり、イラストは遊木(写真素材は須々木)。
sho
YOXO FESTIVAL 2025
どうも遊木です。
1月が一瞬で過ぎたわけですが、2月はもっと短いので、多分光速で過ぎ去ると思います。
……一瞬と光速って、どっちがより“はやい”を表現してる言葉なんだろ。
今月は、2年ぶりに『YOXO FESTIVAL 2025』に行ってきました。
▼公式ウェブサイトより。
YOXOとは、イノベーション都市・横浜の全体像を統合するコンセプトです。
企業の研究開発、スタートアップ、大学などが集積し、ビジネスエリアとして活性化が進む横浜は、企業、大学、行政が垣根を越えて様々なイノベーション都市に向けた取り組みをしてきました。 このような横浜をフィールドにイノベーションを生み出す活動の合言葉、ムーブメント、そしてエコシステムを表すワードが"YOXO(よくぞ)"です。
1日かけてほとんどの会場を覗きましたが……なんかものすっごく規模がデカくなってたッ!!
各会場では、様々なジャンルの展示やワークショップが開かれ、どこも沢山の人、人、人……シンフォステージからワールドポーターズまで、みなとみらい全域を使った、まさに「技術の文化祭」でした。
ワークショップは子供向けが多かったものの、大人でも十分楽しめる内容のものばかりだったと思います。
普通に私もやりたかったよ。
規模的に、ひとつひとつを丁寧に見ていくことは出来ませんでしたが、定期的に興味深い解説イベントと遭遇していたので、そういうときは子供に交じり、専門家の話を聞いていました。
どのエリアもそれぞれの面白さがありますが、やはり印象に残ったのは『魔改造の夜』です。
最近できたTECH HUB YOKOHAMAを、丸ごと『魔改造の夜』が占拠しており、番組で出てきたモンスターの展示や外での実演があったり、全体的にインパクトがありました。
っていうか、まずモンスターのビジュアルにインパクトがあるからな。
印象的だったのは、番組収録後もモンスターが進化している、ということです。
番組内でもよく、「今後も性能をあげていきたい」や「改良を重ねたい」など、技術者たちのコメントを耳にしますが、あれ本当にやってるらしい。
番組を知っている人はわかると思いますが、素人からすると「あれを進化させてどないすんねん」というものが沢山あります。
もはやそういうお笑いだと思っていたし、番組的にもちょっと狙ってると思うんですよ。
しかし、実際に話を聞くと、「上を目指すことに理由などない」という意思やパッションが、ひしひし伝わってきて、「本当にすごいものを生み出す人って、こういう人達なんだな」と実感できました。
理由などない。
そこに山があるから登るんや。
世の中に揉まれれば揉まれるほど、無邪気な気持ちは擦り減るものですが、優れた技術者は、荒波に無邪気さが摩耗するのではなく、その波を研磨に活用しているように感じます。
いや、これは技術者に限らず、あらゆる分野に当てはまりますね。
進化を続けられる人は、どんな状況でも楽しめる強さを持っている気がします。
そういえば、ようやくYOXO FESTIVALの前身が『横浜ガジェットまつり』だと知りました。
どこかのブースでその説明をされたとき、「ん?ガジェットまつりだと?聞いたことがあるな……」となって、後日PCの写真フォルダを漁ったところ……
2019年開催時に行ってた。
私、普通に行ってた。
これが伏線回収というやつか。
ということで、YOXO FESTIVAL 2025楽しかったです。
来年も開催されたら、是非行きたい。
aki