現在、私がどっぷりと浸かり、入れ込んでいる仕事に

「一店逸品」と「お店の顔づくり」がある。


今回の話からしばらくの間、その話を主体にして行こうと思う。


まずスタートは「山梨県敷島町」である。


何といってもその町のオヤジさんやオカミさん達の

自分の商売に対するバイタリティがすごいのである。


 そこは、山梨県のほぼ中央に位置する、

県都「甲府市」から車で約20分位のところである。


町の総面積は40.28k㎡で世帯数は6、658世帯、

人口約1万9千人の甲斐の山々に面し、

南北に細長く伸びた地形の町である。


主な観光として昇仙峡の入り口の町として有名である。


 実はこの町が最近がぜん元気なことで注目されているのである。


その理由は地域で商いを営むオヤジさんやオカミさん達が

自分の商売に燃えているのである。


そのキッカケとなったのが「敷島町商工会こだわりの大集合」

と銘打った「しきしま逸品商カタログ」の発行である。


2001年秋に第1号を発行するやいなや、

敷島町内はもとより近隣の甲府市、竜王町、双葉町等からも

問い合わせが相次ぐ程だった。


 その後、2002年の春に、そして秋に第3号を。


今年に入ってからは、3月中旬に第4号として春号の発行に至っている。


この「しきしま逸品商カタログ」の中身は敷島町自慢の店、

約30店舗の店主と各店で逸品と成り得る商品が

カラー写真入りで掲載されており


主に新聞折り込みで全世帯はもとより、

近隣の市町に配布されているが、


これが一読すると『その店のこだわり』が手に取るように分かり、

思わずその店を訪れて味わい、買ってみたくなるから不思議である。


 まさにオンリーワンの大集成といったところである。


そこには自分の店の『らしさ』を発見し、

差別化を図ろうとしている姿が満ち溢れている。


例えば、このカタログに掲載するまでは、

不況のどん底に喘いでいたお寿司屋さんが、

この事業に参加するようになってから経営に対する考え方も変わり、


店づくりを変えたり、商品開発も積極的に行った結果、

3ヶ月余りで約130%の高伸長を示した例や、


店構えはさほど大きくはないが

掲載した豆腐の販売数が周辺地域でトップになった食料品店の話など

枚挙にいとまがないのである。


 そんな訳で「メルマガ第3話」では、


「いま!敷島のオヤジさん・オカミさん達が燃えている!!」


と題し、その事例を実名で紹介しながら、

当分の間シリーズ化して行こうと思う。


次号からは「一店逸品の考え方や実践方法」そ

して実際の業種別成功事例のポイントについて解説していきたい。


 こうご期待である!!



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ヒトづくり・ミセづくり・モノづくり・マチづくりのトータルアドバイザー
人材教育・販売促進・商品開発・地域活性化の
(株)ラフィネット総合企画
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 ここでもう一度、

このS店の成功事例のポイントを整理してみることにする。


S店がいかにして三日間で4000足近いデッド化した在庫を

処分できたのか。


そこには二週間という短期間の企画のツメではあったが、

用意周到さが伺える。


 それと何とかこの4000足を処分しなければ、

次の商売の原資確保が出来ないと言う危機感が感じられるのである。


人間不思議なもので、その気になったときの“火事場のバカ力”は凄い!

このS店の企画の実行力には、そんな迫力を感じたのである。


 そこで成功要因を整理すると以下のようなことが上げられる。


1.徹底した地域密着型でボスティングと宅訪を中心とした、

  手作り媒体戦略を実践してきた。


2.たんぼと畑に囲まれた倉庫というデメリットを

  過去の発想や経験測にとらわれず、

  不便な場所を便利な場所というメリットに変えていった。


3.売れるかどうかと言う疑問と不安を乗り越える

  “絶対に売るんだ!”という意気込みが全員に感じられた。


4.4000足を短期間で売るためには、

  どんな価格的、商品的魅力付けが必要かといった

  売るための戦略が明確になっていた。


5.倉庫だけでなく、屋外スペースでも賑わい企画として

  婦人衣料等の抱き合わせ催事による魅力付けで行った。
   …等である。


 その中で私がS店の成功要因として最も注目したいのが、

後継者である息子さんを中心とした

兄妹の「団結力とやる気と売る気」である。


私が前職として約四分の一世紀を百貨店で働いてきた経験から言うと、

「売る」とは、多分に精神的、心理的側面が大きいといえる。


特に“何としても売るんだ!”と自分自身に暗示をかけることである。

私の過去の経験から、この暗示が強いか弱いかによって

「勝ち組」になれるか「負け組」になるか大きな境目といえる。


 手前味噌ではあるが、

百貨店在職中に56ヶ月間に渡り連続売上予算を達成したことがある。

この記録はその後破られていないと思う。


この4年8ヶ月の間フロア全体における


“何としても今月も売上予算を達成するんだ!”


という意気込みのすさまじさは、今でも鮮明に覚えている。


またその間には、上司や仲間が亡くなるという不幸なこともあった。

少々、浪花節的になるがその時ほどみんなが団結したこともなかった。


いわゆる“弔い合戦的営業”を続けたのである。

しかしそのピーンと張りつめていた糸が切れた時のもろさも経験した。

57ヶ月目に目標予算が未達成に終わったのである。


その時には自分の体の中から何かが抜けていくような気がしたものである。

その後、この57ヶ月を境に、次の売上予算達成まで4~5ヶ月かかったように記憶している。


 少々、手前味噌な話が長くなったが、

S店の3日間には、このような「自己暗示力」を兄妹に感じたものである。


その後1年以上S店を訪れていないが、きっと今も、

180センチを優に超えるガッシリした体で、

毎日はつらつと営業に飛び回っている息子さんと、

S店のアイドルであるヨークシャーテリアを溺愛しながら

靴店経営に従事している社長ご夫妻の顔が思い出されるのである。


第2話 終わり

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ヒトづくり・ミセづくり・モノづくり・マチづくりのトータルアドバイザー
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(株)ラフィネット総合企画
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 長くても1ヶ月以内と約束した「倉庫ご招待会」の開催に対し、

何とご子息は3日でアクションを起こし始めた。


そして倉庫ご招待会は、私と話をした日から丁度2週間後の、

金・土・日の3日間と決定した。


それからのご子息を中心とした兄弟姉妹の動きの素早さには、

いささか驚かされた感がある。


 ご招待会の企画を練り、

お得意のパソコンを駆使してチラシを作り、

その間、倉庫に入り4000足の靴に値札を付け、


夜は兄弟姉妹で周辺へのポスティング。


まさに不眠不休の2週間が続いたという。


 いよいよ「倉庫ご招待会」の当日。


初日はあいにくの小雨模様で出足をくじかれたかと思いきや、

オープンの9時には続々とお客様が詰めかけてきた。


それはご子息流の表現をすれば
 

「あの田んぼの畦道のようなところが車で大渋滞を起こした」


と言うことである。


あの道がこんなに渋滞したのは、

この田舎町始まって以来ではないかと言うくらいの凄さだったようだ。


 そして約500坪の倉庫内は押すな押すなの大混雑で、

初日だけで総在庫の約半分に当たる2000足近くを販売した。


そして2日目の土曜日の朝を迎えた。


初日ほどではないが、やはり畦道のような道路に車の列がなしているではないか。

ご子息は思ったそうである。
「ヨシッ!今日もイケる!」
と。


 幸いに土曜日は快晴に恵まれた。


順調にお客様は入館し、

その日の販売足数は、初日のそれには届かなかったものの

1200足近くを消化した。


しかし「もう全員ヘトヘトに疲れた」そうである。


私が倉庫ご招待会の話をしてからこの2週間は、

早朝から真夜中まで働き詰めの日々だったに違いない。


 懸念された「売れるか売れないか、何とも言えない」状況

だったことは確かである。


しかし、その不安を凌いだのが兄弟姉妹の「やる気と売る気と根気」、

そして企画力の素晴らしさだったのである。


 いよいよ最終日の日曜日の朝を迎えた。


やはり空は快晴。


全員疲れてはいるものの、快い疲労感と充実感に満ち溢れていたことは言うまでもない。

最終日も順調に売上げ、残りの800足を完売した。


何と2週間前までは、デッドストックに近い靴で満杯状態だった500坪の倉庫は、

今や「運動会が出来るほど」のガラガラ状態になっていた。

残っているのは、今季もののランニングストックだけとなっていた。


 私はその話を東京で耳にして、

思わず嬉しさがこみ上げてきたことを覚えている。


さすが体育会系のご子息、フットワークが違うと…。


その1ヶ月後に別件でS店近くの町へ行く機会を得た。

そこでの仕事を終え、私はその足でS店へ出向いた。


突然の私との再会に、社長ご夫妻もご子息ご夫妻も、

そして姉妹さんもニコニコ顔で迎えてくれた。

その夜はS店ご家族と夕食を共にし、

倉庫ご招待会の話に花が咲いたのは言うまでもない。


つづく

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 とかくバブル期の良き時代を経験してきた経営者たちが

共通して言う言葉に、


「昔はこうだった」


「昔はこんなに売れたものだった」


という話がある。


 しかしこの不況の時代に、

そんな昔話は過去の遺物に過ぎないのである。


実はそこに現経営者と後継者との溝が

できてしまっている例を沢山見てきた。


このS店においても、社長さんと息子さんとの間に

そんな溝を感じたのである。


5人と話をしている中で、私はある事に気づき始めた。

それは「社長さんご夫妻VS息子さん、娘さん」という構図が

話の節々から見えるのである。


 さすがにお嫁さんである若奥さんは

中立を保っているように見えるが、

その実は息子さん娘さん派であることは間違いない。


このような空気の中で、

いかに社長派を立てつつも“若者連合軍”を支持し、

実践させるかが私の腕の見せ所なのである。


 若者連合軍の言い分はこうである。
 「今は何しろ倉庫の古い商品を一日も早く何とかしなければ、

ニッチもサッチも行かなくなるんだ!」


「毎日俺が外販に出てコツコツ販売しても何日かかるんだよ!」


 それに対して社長さんの意見は


 「毎日毎日、コツコツと販売していくからお客様も待っていてくれるんだ!」

だった。


 確かに両者の言い分はどちらも間違っていない。


私は社長さんと息子さんの論争を暫く黙って聞いていた。


と同時に“瞬間最大風速100mクラス”の企画案に考えを

巡らせていたのである。


二人の討論が平行線を辿る中、突然息子さんが私に話を振ってきた。


 「先生、現在の倉庫在庫を一挙に減らす良い手だてはないでしょうか?」


 いよいよ具体策を示す時である。


私は二人の意見を肯定しつつも、

問題は今ある倉庫在庫がS店の経営を圧迫している現実について説明した。


その上において私が提案した販売プランは、

地域の生活者に対する「S店倉庫ご招待会」である。


 しかし、資金も余り無い中で実施しなければならないため、

新聞折り込み等の広告媒体は使えない。


また、拠点となるS店の倉庫も

田んぼと畑に囲まれたような場所にあるため非常に不便である。


しかし、そのようなロケーションだからこそ

“駐車場として使えそうなスペース”はふんだんにあった。


 その点を踏まえた中で、この悪条件を逆手に取ることにした。

まず新聞折り込みは一切行わず手作りのチラシによるポスティングを行うことにした。

要はお金が使えない分だけ体力を使って貰うことにしたのである。


 まずS店が位置する町の2000世帯8000人を中心に、

両隣の町、さらに外販で巡回している地域に向けて、

2万部のポスティングを行うこととした。


そして通常ではチラシの中に

「お車でのご来場はご遠慮ください」と謳うところを、

敢えて「お車でのご来場をお待ちしております」とした。


 この販売企画案を提案したところ、まず社長さんからは、
 「これで本当に売れるんですか?」
と疑問の言葉が投げかけられてきた。


私の答えは
 「売れるか売れないかは何とも言えません。

但し、売る気で色々と施策を講じることと、

“やってみる”というプラス発想が必要なんです」
と説明した。


 そこにまた息子さんが言葉を挟んできた。

私と社長さんとのやりとりの間、

息子さんは娘さんと実施する方向で話を決めてしまったようだった。


息子さんの口から突いて出た言葉は
 「先生、是非ともやってみたいです」
 「倉庫ご招待会やります」
だった。


その勢いにさすがの社長さんも圧倒されたのか、
 「では、やってみましょう」
とポツリと言ってくれた。


 その後はやることを前提とした企画案の詰めに入った。

そして、やるからには長くても1ヶ月以内に

「S店倉庫ご招待会」を開催することを約束し、

第1回の経営アドバイスを終了した。

つづく



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羽田から1時間あまり空の旅を楽しみ、

日本海に面したローカル空港に着いたのは、

そろそろ秋も深まり肌寒さを感じる日だった。


そこからさらに車で1時間半ほど

日本海を横に見ながら着いたところは、

昔から農業と漁業で生計を立てているという人口8,000人弱の小さな町だった。


 訪れたS店は、その町で唯一の履物屋として70年近く商い、

今は婦人靴を中心に紳士靴・子供靴とDPEを扱う50坪ほどの店で、

60代半ばの社長と奥様、そして三代目の後継者となる息子さん夫婦に、

社長の次女である娘さんの5人で経営を行っている。


本店は主に社長と奥様と若奥様で、

2kmほど離れたスーパー内の支店は娘さんが、

そして息子さんはトラックに靴を積み、

毎日のように近隣の市町村へ外販に回っている。


 早速社長に今回の相談内容を確認したところ、

金融機関へ融資の申し込みをしたが、

現在の経営内容や大幅な在庫過多を指摘され融資に難色を示され、

資金繰りに困っているということであった。


特に在庫については、別の場所に約500坪ほどの倉庫があり、

そこには5年ほど前からのスリーピングストック

(かなりデッドストックに近いもの)が4000足近くはあるという。


そのストック商品を何らかの形で処分できないものかというのが主な相談内容だった。


 しかし人口8,000人ほどの町で4000足を処分するとなると、

計算上では町内の半分の人に1足購入してもらわなければならない。


S店の売上は通常一日5~10万円位という。


販売総数に換算すると20から30足である。


さすがに私も唸ってしまった。


しかし何等かの策を講じなければ、

このS店は遅かれ早かれ倒産の危機を免れない。

いずれにせよ瞬間最大風速百メートル位の策を講じるしかないのである。


 社長ご夫妻といろいろな話をしているところへ、

奥の居間で私達の会話に聞き耳を立てていたのか、

三代目の息子さんがひょっこりと顔を見せた。


32歳の彼は、体育会系と思われる180cmはゆうに超える身長と

ガッチリした体格で見るからに頼もしい後継者だった。


聞けばあるスポーツ競技の元全日本代表にもなったほどの

スポーツマンだった。


彼は私と社長との会話を傍らで黙って聞いていた。


そこへコーヒーをお盆に乗せ一人の女性が現れた。

息子さんの奥様である。

やはり息子さんの横に座り、黙って私と社長ご夫妻の話を聴いている。


 社長ご夫妻との話で5分位が経った時である。

突然息子さんが言葉を発し、会話に入り込んできた。


その第一声は

 「オヤジ、先生にそんな昔の良い時の話ばかりしてても

仕様がないんだヨ。

それよりも、今どうするかを相談しなければ意味がないじゃないか?」


 まさにそれまでの社長ご夫妻の話は、

繁盛していた頃の良き昔話と現在の悪しき愚痴の連続だったからである。


そんなところへもう一人、

支店から娘さんが駆けつけて来た。


これでS店の経営陣が全員顔を揃え、

本題解決への本格的な模索が始まったのである。


つづく

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