9月2日 槍ヶ岳から徳沢

 

 夜明け前の槍ヶ岳を見たかったので、4時30分にテントから出ると、隣の山男はすでにテントを畳み出発するところだった。周囲は暗いが、早立ちとはこういうことだよと教えられた気がする。お気をつけてと声をかけ、別れた。

 

 空がオレンジ色に縁どられ、徐々に明るくなっていく。槍ヶ岳のシルエットにヘッドライトが取り付いて動いている。

 

 

 遠く富山湾に音のない線香花火のような雷が見える。

 

 富士山はどこで見ても嬉しみが湧いてくる。

 

 モルゲンロートの槍ヶ岳を見たのち、テントに戻りご飯を食べると6時を過ぎていた。いっぱいだったテントも、数張を残すだけだ。

 

 

 出発前は穂高への縦走路を歩いてみようかと思っていたが、脚の疲労を考え、今回はやめておく。殺生小屋方面に、少し東鎌を歩き徳沢へ下山するだけだ。

 

 

 徳沢に戻り、木漏れ日の下にテントを張り半日を過ごす。ここでもビールを飲み、コーヒーを飲み、本を読む。良い時間だ。

 

槍ヶ岳_下山 / うみかもめさんの槍ヶ岳・穂高岳・上高地の活動データ | YAMAP / ヤマップ

 

 

  9月3日 徳沢から河童橋、アカンダナ駐車場

 

 昨夜は19時から5時までシュラフの中にいた。何度も目を覚ましているが、たっぷりの睡眠時間だ。

 

 明神を過ぎ、河童橋まで戻ると人は多いが、31日ほどではない。梓川沿いのベンチにザックを置き、楽しみにしていたクラフト生ビールのお店に行ったが、営業していない!これはショックだ。平日の落とし穴なのか…

 

 

 閑散としたアカンダナ駐車場に戻り、入墨・タトゥー率高めの平湯温泉で汗垢を流し、ビールの代替としてソフトクリームを食べて帰路についた。

 

徳沢〜河童橋 / うみかもめさんの槍ヶ岳・穂高岳・上高地の活動データ | YAMAP / ヤマップ

 

 

 

  9月1日 徳沢から槍ヶ岳

 

 6時には出発しようと思っていたが、20分遅れてしまった。横尾を過ぎ槍沢につく少し前くらいから、お腹からグ~っと、空腹のサインが届いている。こんなことはなかったことなので、槍沢でクリームパンを買って食べておく。行動食は用意しているが、想定外の空腹だ。

 

 昨年もこのコースで槍ヶ岳に登っているので、感覚を比較し体調を探る。循環系は余裕があるが脚の筋肉に疲れを感じる。乗鞍ヒルクライムの疲れが出ているんだと思う。自転車のレースはダメージが残りにくいだろうと判断し、翌日に予定を組み込んだが、読み違いだった。二上山で重いザックの予行演習をしたからか、肩の負担は昨年と比べて感じていない。

 

 

 “槍ヶ岳が見え始めてからが長い“ ことも学習済なので、あせらず、ひたすら登っていく。

 

 

 槍の肩小屋に到着したのは13時だった。登山中は雲一つなかったが、13時ころになるとガスが出始める。

 

 

 『日中温められ、蒸発した水分が上昇し、高高度で雲となる。上昇する暖かい空気と上空の冷たい空気の摩擦が激しければ発雷する』 というのが摂理なので、山屋さんは早立ち早着を目指し、朝はヘッドライトの明かりで歩き始める。今日の僕のコースであれば、遅くとも5時に出発し、12時前に到着するべきだろう。

 
 

 テントの申し込みを済ませ、お昼のカレーをいただき山頂に向かう。テントサイトお隣さんと一緒のタイミングになったので、その方と写真を撮りあった。

 

 

 あとは日が暮れるまで、生ビールを飲んだり、珈琲を飲んだり、本を読んだり、視線を外すと槍ヶ岳が見える贅沢な時間だ。

 

 

 薄手のダウンを着込み、夏用のダウンシュラフにシュラフカバーをかぶせるが、夜は寒かった。ダウンパンツを持ってくるんだったと思ったが、それは次回への教訓だ。風が強く、深く眠ることもなく朝を迎えることになる。

 

 
 

 

 

   8月31日 徳沢まで

 

 自転車のヒルクライム大会を走り終え、車載の簡単なシャワーを浴びただけでアカンダナ駐車場に向かい出発した。8月最後の日曜日だけあって、アカンダナ駐車場は満車に近い状態だ。駐車場の端のほうにスペースを見つけ駐車する。

 

 バスに乗り上高地に到着すると、バスターミナルから河童橋まで人であふれていた。

 

 

 明神へ向かう遊歩道は左岸・右岸とも通行可能なので、適度に分散されていると見え、追越しや離合に困難をきたすほどではなかった。昨年は右岸しか通行できなかったので、今回は左岸を歩いて明神へ向かう。

 

 

 明神から先はぐんと人が少なくなり、静かな森の道が楽しめる。近辺の中で一番好きな区間だ。

 

 徳沢に到着し、キャンプの手続きを済ませる。職業欄は “無職” だ。日当たりの良い芝生のキャンプ場で、木陰になっている場所を選んでテントを張る。日はまだ高く、横尾まで距離を稼ぐことは可能だが、徳沢のキャンプ場が素敵すぎて、今日はここで行動終了だ。

 

 昨年は工事中だったトイレが完成しており、清潔な水洗トイレが使用できる。本当に居心地の良いキャンプ場だ。今度徳沢キャンプを旅の目的にし、2泊ぐらいで本を読みにこよう。

 

 

 乗鞍ヒルクライムに復活出場して2年目、今年も近くのキャンプ場で車中泊プランを利用して前日の受付を済ませた。標高1450メートルの乗鞍高原は日没と同時に気温が下がり、夏用のシュラフだけでは寒いくらいだった。

 

 

 レース当日は朝から快晴で、スタート時間枠の7時00~15分に合わせて6時40分に駐車場を後にした。OB会特製のレーサージャージ上下にアームカバー、アンダーは無しの姿で、ウインドベストを羽織っていくが、レースではウインドベストを脱いで走った。

 

 

 

 レース会場では最新のバイクに混じり、ホリゾンタルスタイルのスチールフレームや、中にはサイド枠を付けたままのランドナーの選手までいる。50代前半とみられるランドナーの選手に声をかけると、ESCAで走っていたとおっしゃられた。私のバイク、2003年モデルのGIANT TCRカーボンフレームは中途半端な存在だ。新しいか古いかというと、新しくもなく、そうかと言ってスチールでもなく、中途半端やな~と、ちゃらんぽらんの冨好さんに怒られそうだ。

 

 スタート時間枠の15分の間に随時スタートすれば良く、リザルトはnetタイムで判定される。さあ、スタートだ。レースだと言ってもやることは変わらない。いつものようにヒルクライムを楽しむだけだっ てことは、大会に出場する必要はないということか。

 

 天気予報を見て、好きな時にきて好きなように走れば良いんだ。朝からトイレの行列に並ぶこともないし、前日に人の多い湯けむり館に入ることもなく、乗鞍サイクリングが楽しめるってことだ。ただ、写真撮影も休憩もせず頂上まで走り切る体験は、大会でないと出来ないことだろうな。ああ 悩むなぁ 来年はどうしようかなぁ

 

 中間地点の看板を見て、さあ、スパートだ!なんてことは考えない。やっと半分や、ゴールまで完走できるようにと、ギヤを一枚落とす。

 

 順調にゴール。アミノバイタルゴールドをいただいた後荷物を回収し、ウインドジャケットを着て、長手袋にはき替え下山グループに入る。下山後は完走証を発行してもらいリザルトを確認する。1時間43分で、年代トップと30分差がある。20代の僕は1時間14分で走ったことがあるので、トップの方と張り合おうとすれば、35年若返らないといけない。なんかサプリないかなぁ アミノ酸ではダメやろなぁ アメリカでIT長者向けに秘密のサプリが開発されてないかなぁ ないやろなぁ あっても買えないわなぁ やっぱり。

 

 信州リンゴやおいしいバームクーヘン、KIRINの水をいただき、キャンプ場に戻る。そそくさと簡易シャワーを浴び、平湯温泉のアカンダナ駐車場へ向けて出発だ。アカンダナ駐車場でザックを背負い、上高地行のバスに乗換える。そう、乗鞍まで来て上高地に行かないのはもったいない、上高地まで来て槍ヶ岳に登らないのはもったいないと、槍ヶ岳を目指すことにする。当日は徳沢園まで歩き、テントに落着いた。

 

無職の強みだ。

 

 

 

  あれこれ、よもやま

 

 日本縦断サイクリング出発前に、宿泊手配や装備についてあれこれ考えていた。あ~だ、こうだと想像は膨らんでいくが、走り出すと現実にフィットしていき、必要なものが絞られていった。各人で必要なものは異なるだろうが、雑々としたことについて記録しておこうと思う。

 

 

  ホテル手配

 

1)  ホテル予約は前日の夜にした

 出発する前、宿は当日の15時ころに50㎞くらい先の街にあるホテルを予約しようと思っていたが、それは現実的ではなく、目的地が決まっているからこそ日中走れるということがわかった。そこで、前日の夜に翌日のコースを考え、ホテルを手配することにした。

 

2)  ホテル手配はほとんどホテルアプリで直接予約

 AZ・東横イン・ルートインは直接ネット予約。

 他は予約サイトのじゃらんと、グーグルマップでホテル検索し、直接電話する2通りを取った。予約サイトじゃらん利用で、トラブルになることはなかった。クーポンも利用できたので、満足している。

 

3)  北海道は全般に予約が難しかった

 街の規模が小さくキャパシティが小さいうえに、現場工事や観光客がそこそこあり、満室が多かった。ネット予約未対応のホテルが結構あり、直接電話して予約の可否を問い合わせた。宿泊費の相場も高くなっており、札幌、稚内は本州相場の1.5~2倍の感覚だ。

 

4) ホテルへの自転車持ち込み

 チェックイン時、スポーツタイプの自転車、ロードバイクを建屋内に持ち込みたい旨伝えた。

 ホテルAZでは部屋への持込OKが多く、タイヤを拭くよう言われウエスを貸してくれた。東横インはロビーへの持込みが多かった。ルートインは風除室への持込み許可が多かった。チェックイン前に周囲をざっと見渡し、駐輪可能な場所の見当をつけ、こちらから提案するとだいたいOKをもらえた。

 

  走行距離

 

1日の走行は160㎞を目安にした

 180㎞~200㎞/日と考えていたが、修正が必要だった。自分の脚力では160㎞程度が妥当だった。後半、疲労が残らなくなった頃、180~200㎞でも十分可能な感じだったが、17時ころにホテルに入りお風呂で汗を流す時間割が大変気に入ってしまい、むやみに距離を延ばすことは考えないことにした。

 

 

  食事

 

1)  朝食

 ホテルで取ることを基本とした(Bed&Breakfastスタイルだ)。

 

2)  昼食および行動食

 ネオバターロール(コンビニで購入すると4個入り、スーパーで購入すると6個入りだ)を、約1時間ごとに1個口に入れる。お昼時はコンビニでおにぎりを2個食べることを習慣化した。お昼のおにぎり2個は眠気が出たので、後におにぎりも含めて1時間ごとに1個づつ食べるようにした。

 余談だが、コンビニコーヒーが値上げを開始した時期に重なり、ファミマで140円を請求されたときは驚いた。

 

3)  夕食

 AZホテルでは夕食込みプラン(+999円)を利用した。他は、ホテルのある街に到着後、グーグルマップでスーパーを検索し、お惣菜を買ってホテルの電子レンジで温めて食べた。

 

 

  自転車装備

 

1)  自転車

 約25年前のスチールフレーム+カーボンフォークのNOKO・インパラ号は、スローピングフレームでサドルバッグスペースが取れ、また良く走った。

 ・ギア:F.46×30 Sugino OX R.12~27 Dura Ace 10S

 ・ホイール:シマノWH-9100

 ・タイヤ:ヴィットリアコルサN.EXT 700×28C

 

2)  泥除け

 SKS製 長期間の走行では雨は避けられず、本当に役立ったと思う。

 

3)  バッグ

F: ACEPAC MINI BAR ROLL

 ホテルでは使わない装備を入れ、ホテルに入る際に取り外さなくて良いようにした。

 チューブタイプを使用したが、バッグサポーターが必要になるがトラッドな蓋つきのFバッグのほうが良かったと思う。

 今回のツーリングで新調した装備は本品のみだ。

 

R:APIDURA

 シートポスト固定ストラップが1本のミディアムタイプを使用。長く使用しているが、トラブルも不安もない、安定の品質だ。

 

4)  バルブアダプター

 英式~仏式アダプターを準備したが、持参のインフレーター以外使用せず、結果、不要だった。

 

5)  輪行袋

 オーストリッチL-100

 飛行機輪行時はFフォーク・リアエンドとも用心棒を装着した。輪行後、Fブレーキアーチ(リムブレーキ)が多少ずれていただけで、破損等問題はなかった

 本編でも書いたが、電車輪行の場合縦型を、バス・飛行機の場合は横型のほうが有利だと思う。次回の自転車旅で、飛行機、バス輪行が見込まれる場合は、横型輪行袋を使用するだろう。

 

 

 

  ウエア

 

1)  基本装備

 レーパン・半袖ジャージ(インナー有)・冷感アームスリーブ

 

2)  寒さ対策

 ニーウオーマー・ネックウオーマー・長指手袋・カーフスリーブ(着圧)。

 

3)  雨着

 モンベル バーサライトジャケット&パンツ

 

4)  アームスリーブ

 夏用の接触冷感素材のものを使用したが、東北辺りから肌寒く、にかほ市のモンベルショップでアームウオーマーを購入した。

 

5)  レーパン

 お尻の皮むけトラブル対策としてレーパンを鳥取で新調した。それ以来お尻トラブルは全くなく、レーパンパッドの効果を思い知った。普段から左側のお尻でトラブルが頻発していたが、帰宅後のライドでも全くトラブルがない。サドル探しの旅に出る前にレーパンを変えてみるのもお勧めだ。

 

6)  長指手袋

 過剰かと思ったが、現地調達が困難だと思い持って行き、北海道で役立った。

 

7)  ソックス

 メリノウール製一択だ。雨天走行時の冷え、暑熱時の蒸れもない。

 アウトドアアクティビティではメリノウールソックス以外考えられない。2足を用意し、洗濯ごと交互に使用した。

 

 

  その他

 

1)  洗濯ばさみ

 4個持って行った。

 ホテルのハンガーでグローブ、ソックスを干す用だ。小さい備品だが、非常に役立った。

 

2)  CRC5‐56(70mlサイズ)

 降雨走行後、ホテルでチェーンにスプレーしておいたので、雨天走行後に錆び・トラブルが発生することがなかった。使用頻度は低いと考え、使いかけを持って行き途中で買い足したが、これはマストアイテムだ。

 

3)  チタン製マグカップ

 持っていけばよかったと思う。

 個包装のドリップコーヒーを積んで走り、ホテルで飲んでいたが、ホテル備品の湯のみではくつろげなかった。100均でホット飲料用紙コップを買ったりしてしのいだが、旅程中の最大の失点だ(にかほ市のモンベルショップで買えばよかったと、今気付いた)。

 

 

  走行まとめ

 

月日

距離(㎞)

スタート

ゴール

宿泊

宿泊(交通)費

5月21日

91

志布志港

佐多岬

81

佐多岬

大崎

セントロランド

5,500

5月22日

125

大崎

人吉

素泊り壱休

5,250

5月23日

173

人吉

大川

ホテルAZ大川市

6,440

5月24日

Rest

 

 

ホテルAZ大川市

6,440

5月25日

139

大川

下関

ホテルAZ下関

5,910

5月26日

146

下関

益田

益田グリーンホテル

7,595

5月27日

169

益田

松江

松江ニューアーバンホテル

6,765

5月28日

132

松江

鳥取

東横イン鳥取北口

6,745

5月29日

169

鳥取

舞鶴

舞鶴グランドホテル

6,745

5月30日

137

舞鶴

鯖江

鯖江第一ホテル

6,400

5月31日

Rest

 

 

鯖江第一ホテル

6,200

6月1日

165

鯖江

富山

ルートイン富山駅前

7,100

6月2日

169

富山

柏崎

ルートインコート柏崎

8,400

6月3日

86

柏崎

新潟

東横イン新潟古町

5,985

6月4日

171

新潟

酒田

ルートイン酒田

9,400

6月5日

118

酒田

秋田

ルートイン秋田土崎

8,800

6月6日

180

秋田

青森

東横イン新青森

6,460

6月7日

24

青森

北斗市

東横イン函館北斗駅前

6,365

6月8日

142

北斗市

伊達市

ホテルキャッスル

6,050

6月9日

132

伊達市

札幌

東横イン北大前

8,265

6月10日

140

札幌

留萌

ホテルニューホワイトハウス

9,300

6月11日

Rest

 

 

ホテルニューホワイトハウス

8,700

6月12日

150

留萌

豊富町

トーヨーホテル

5,600

6月13日

66

豊富町

宗谷岬

32

宗谷岬

稚内

ホテルサハリン

12,000

小計

2937

 

 

 

172,415

 

 

5月20日

 

大阪南港

志布志港

サンフラワー

18,920

6月14日

 

稚内

札幌

都市間バス

6,700

 

 

 

 

ルートイン札幌駅前

22,000

6月15日

 

札幌

新千歳

空港バス

1,300

 

 

新千歳

関西国際空港

ピーチエア

28,030

小計

 

 

 

 

76,950

 

  プロローグ

 

 ここ数年、日本縦断ギネス記録が何度か更新されている。高岡亮寛さん、落合祐介さん、篠さん、ジャック・トンプソンさん…。それらのニュースに触れているうち、『じゃあ俺も走ってみるか』と思いついた。もちろん彼らと同じ土俵に上がるわけではなく、大雑把に言うと佐多岬から宗谷岬までを、連日180㎞~200㎞を走りつなぐという計画だ。僕にとって十分チャレンジングな冒険だ

 

 冒険家の角幡唯介さんの著書には、人はその価値観や体験してきたことから、やりたいことを思いついてしまう。思いついたやりたいことをやらないと、その人にとって人生がつまらないものになってしまう旨書かれている。自身の経験と価値観、体力や定年退職したという状況から、ギネス記録を目指した諸氏のチャレンジに触発され、自分なりの日本縦断サイクリングを思いついたわけだ。

 

 

  出発前夜

 

 5月の連休が過ぎ、出発の機会を伺うが、週間天気予報では必ず雨模様が入ってくる。様子を見ているうちに鹿児島県が梅雨入りし、ますます機を逃してしまった。天気予報を見ていては出発できないと決意し、5月20日のフェリーを予約した。鹿児島に入港する21日の天気予報は雨だった。

 

 志布志港に入港し、フェリーターミナルの売店前で自転車を組立てさせていただき、カッパを着込み出発する。当初弱かった雨は豪雨に変わる。その後、雨が上がったが、夜には雷を伴う豪雨になった。

 

 雨の様子をうかがっていれば出発できないと勇んで出発したが、ここは1日見送った方が良かったかもしれない。しかし、初日に最悪の条件をこなしたため、後の工程で無理をすることがなくなった。より安全なサイクリングができたのは初日の経験があったからかもしれない。

 

 
 

  走行中

 

 九州を走っている時、先を考えると気が重くなり、京都あたりで帰宅して2回に分けて走ろうかとも考えた。今思うと、身体と脳が疲れていて弱気になっていたんだと思う。疲れのピークは鯖江あたりで、休みたくて仕方なかった。天気予報の雨予報を待ちわび、1日休日を作った。

 
 

 だが、反面その頃には、これは自分の人生において、やらなければならないことだと考えるようになっていた。 『やる価値のあることは、大抵少しつらいものだから』というインド抒情詩研究家の鈴木知子さんの言葉を思い出し、角幡唯介さんの言う、『つまらない人生』のとば口で踏ん張ったんだと思う。

 

 

 

 東北を走っているころは疲れを感じるようなことはなく、6時に起床し、8時から17時まで走り、22時に就寝する1日の生活パターンを愛してさえいた。1日の走行は160㎞程度を目安にしていた。

 

 
 

 多少ペースが遅くとも、『そんな時もあるさ、ペースが上がるときには上がるし、ペースが乗らない時は乗らないものだ』と、スピードに対し気にしない気持ちができた。身体は1日走りきるための力を等分に出力するだけで、走行ペースは自身がコントロールできない要因で決まると達観したと言ったら、言い過ぎだろうか。

 
 

 北海道に入り、札幌を過ぎると旅の終りが見え、寂しさを感じるようになってきた。気候が冷涼になり、一層そう感じたのかもしれない。旅の最終盤、タイヤのトラブルがあったため、気がまぎれた(自転車に意識が集中した)が、宗谷岬に到着したときはトラブルなく到着して良かったと、安堵感が大きかった。

 

 
 

 旅の生活パターンを愛していたが、同時に旅に疲れてもいた。必ず帰宅しないといけないことが分かっているので、俺はいつまで帰宅を先送りするつもりだと自問したりもしていた。

 

 

  エピローグ

 

 道中、いろいろなところを通り抜けてきた。改めて行ってみたいと思う地名に多く触れる旅であったと言える。特に東北や北海道は、テントを積んで回ってみたいと思った。

 

 今回の日本縦断サイクリングは、長い社会人生活ですり減った自転車旅への想いを再度強くしたこと、思いついたことはやり切った方が良いと理解できたことが収穫だったように思う。

 

 帰宅後、10日ほどで61歳になった。あと何年元気で生活できるかわからないが、思いついたことは可能な限りやっておこう。何かをしたいと思いつくことは天の差配だ(無神論者だけど)。何もしなくても1日は過ぎてゆく。そして、人生に残された時間は有限だ。

 

 札幌からバスで新千歳空港へ向かう。札幌駅前を出発するときはガラガラだったが、すすきのバス停を過ぎる頃には、補助席を出すほどの盛況だ。

 

 新千歳空港から関西空港まではPeachエアを利用した。自転車も問題なく預かってもらえた。

 

 

 電車輪行は自分の管理下にあるので、スペースが有利な縦型輪行袋がいいが、バスと飛行機の輪行の場合、横型のほうが適している。

 

 

 バスは格納庫のサイズ的に横型でないと入らない(縦型輪行袋は横倒しして収納)。

 

 

 飛行機は貨物を座りの良い方向に向けて取り扱うため、長辺が底になる横型が便利(縦型袋を横倒しして引き渡された)。

 

 関西空港から南海で新今宮へ。南海難波駅から近鉄難波駅まで結構距離があるので、新今宮でJRに乗り換え、JR難波駅~近鉄に乗り換えて名張駅まで移動し、長い旅が終わった。

 

 8時30分発の札幌行バスアタックを試みたところ、自転車も積載OKと判断され、バスで札幌まで帰ることになった。バスは僕が自転車で北上したオロロンラインを南下していく。見慣れた景色が次から次に登場し、自転車旅を復習していくようだ。利尻富士が今までで1番きれいに見えていた。

 

増毛からバスは内陸部を走り、14時ころ札幌に到着した。

 

 ホテルルートイン札幌北口にチェックインだけし、荷物を預け、電車で銭函駅へ向かう。たびたび登場する映画『駅・Station』のオープニングシーンが銭函駅での撮影だったのだ。18歳の時、輪行途中で停車した時に仲間に写真を撮ってもらった覚えがあるが、今回はじっくり見学だ。

 

 駅には映画に関する写真等の展示が一切なく、あっさりの極みだ。増毛駅と大違いだ。現役の駅ということもあろうが、少し寂しい。

 

 

いしだあゆみさんと別れた札幌方面ホーム

 

 

「弁当ください」 「3っつ」 弁当を3個買った売店の窓口跡

 

 

 札幌に帰り、駅近くの紀伊国屋書店に立寄った。大きな本屋さんはワクワクするな。調子にのって北海道ゆかりの本を中心に4冊買った。荷物が重くなるだけなのに…。

 

 

自転車は輪行袋のままロビーで預かってもらった。

 

 ホテルの窓から外を伺うと、ビビってしまうほど木々の枝が揺れている。タイヤトラブルのこともありそろそろと走り出すが、風が追い風だったことでホッと一息だ。

 

 

 高速道が動物進入で通行止めになっていたが、鹿で通行止めになるとは考えにくく、熊がでるんだろうなと気を引き締める。

 

 

 稚内の街に入り、自転車屋さんに電話をかけてみる。2件目にかけた稚内サイクルさんに電話がつながり、700Cタイヤの在庫を聞くと、25だろうが28だろうが欲しいサイズを用意できると言われ一安心だ。店頭にはアームストロングが駆っていたトレックからディスクロードまで所狭しと展示してある。ツールド北海道の競技役員をしている店主と自転車懐かし話を交わしながらビットリア・コルサの28Cを購入、交換した。最北の小さな街でビットリアのタイヤが購入できるとは思わなかった。

 

 

 稚内市街から宗谷岬へは追い風ビュンビュンで、帰路を心配しながらも35~40㎞/hで飛ばす。

 

 

 宗谷岬が見えるところまで来ても、唱歌『宗谷岬』のメロディーは聞こえてこない。時とともに世の中のあらゆるものは変化する、諸行は無常なんだと実感しながら宗谷岬の碑に到着した。これ以上北へ続く道はなくなったため自転車の北上は終了だ。

 

 

 自転車は1丈ではなく、1尋あまりの占有スペースなので、自転車での見聞記は方丈記ならぬ方尋記だが、方丈記をもじる自転車北上記も最終盤。

 

 

 『宗谷岬』の歌碑のボタンを押し、『宗谷岬』を流し聞き入る。土産物屋に割れチョコはなく、キタキツネのキャラクターも見られない。42年は十分昔なんだな。

 

 

 稚内へ向け走り出すが、猛烈な向かい風の中、12㎞/hのスピードで地を這うように進んでいく。

 

 

 稚内駅で札幌行の時刻表を確認する。バスで帰るとすると、自転車は当日の荷物の状況次第で載せられないかもしれないと告知された。列車であれば10時過ぎの乗車だ。

 

 

 宿泊はホテルサハリン。稚内のホテル相場が高騰しており、素泊まりで12000円と割高だ。

部屋は今回の旅で初めての和室。トイレ・バス付の部屋で、3人ほどが入れる浴場が別に利用できる。チェックインが早かったため、今日も一番風呂をいただいた。

 

 

 その後、稚内市内のヤマト運輸の営業所に行き、荷物をあらかた自宅へ送り返した。市内は肌寒く、ホテルに帰り、もう一度お風呂に入ってぬくぬくと部屋に戻った。

 

 

 

 朝まで雨が残る予報だったが、幸い雨は上がっている。ただ肌寒く、ニーウオーマーもつけ、指長手袋をつけて走り出す。

 

 

 オロロンラインのトンネルを越えるとき、プラスチックごみを踏んだ感触がありトンネルを抜けたところでリヤタイヤを見てびっくり。1か所、タイヤトレッドがめくれかけていた。手持ちの接着剤で応急処置を施し、走り出す。

 

 

 タイヤを前後入れ替えしたほうが良いかなあ、面倒だなぁと思いながら、しばらく走った鬼鹿のコンビニでコーヒー飲みながらタイヤを点検したら、トレッドめくれ箇所が増えている!

 

 

 面倒とか言ってる場合じゃないので、タイヤの前後を交換し、トレッドめくれ箇所すべてを接着剤で補修し、そろそろと走り出す。

 

 羽幌のホームセンターで自転車タイヤを探すが、700C サイズの在庫はなかった。熊嵐のモニュメントが立っているが、この辺りは大きなモニュメント好きなのか…。

 

 

遠別のオロロン鳥

 

 

 金浦原生花園。盛りはもう少し先かなと思っていたら、NHKで今が盛りと放送されていた。

 

 

 このあたりから利尻富士が見え始める

 

 

 漁具を再利用した可愛いオブジェが結構見られる。ほとんどアンパンマン系だった

 

 

 海岸に流木でタープテントを立てた痕跡を発見。粋な人がいるんだな

 

 

この辺りまで来るとオロロンラインの典型的な風景が連続する

 

 

 道路管理局の一部車両に自転車工具が積まれており、トラブル発生時は無料貸与してくれるらしい

 

 

 天塩町から内陸部に入る。目の前をキタキツネがのんびり横切っていった。

 

 

 豊富町での宿泊はトーヨーホテル。トイレ・洗面・風呂は共用のホテルで、冷蔵庫はロビーで共用する。風呂は家庭用のものがあり、ホテル到着が早かったため、順番待ちすることなくすぐに入れた。シンプルで清潔な部屋だが、明らかに窓側へ向かい傾斜していた。窓側へ歩くと早足になるくらいだ。

 

 自転車は隣接するホテルオーナー自宅のガレージにとめさせていただいた。朝食対応は無く、朝一番に300メートル離れたセイコマートまで買いに行った。