ゴクタの滝
気持ちは日帰りするつもりで朝7時に宿を出た。
乗り合いバンでとりあえず"Cocahuayco(コカウァイコ)"というところまで行く。
が、人数がなかなか集まらず出発できない。
日帰りのためには早め早めの行動が大事なのだが...。
待っている間もかなりイライラ。
目付きがどんどん悪くなり、触れればけがをするであろうジャックナイフと化す。
しかし、そんな自分のイライラを見透かすように人数はなかなか集まらず。
結局2時間待ってようやく車が出た。
この時点で日帰りはちょっと難しくなる。
コカウァイコは幹線道路の脇にお店兼住宅の家々がいくつか並んでいるだけの場所だった。
そこで降ろしてもらい、"ゴクタの滝"手前にある村"Cocachimba(コカチンバ)"を目指す。
コカウァイコからコカチンバまでは"運がよければコレクティーボが通る"とみんな言っていたが、全くそんな気配はなし。
だから歩く。
村までここから5キロ。

でも近道を教えてもらったからここから歩く。

村までの道中、どうやら"ゴクタの滝"が見えるらしい。
で、見えてきたのがこれ。
思ったよりも小さいぞ!?これがゴクタの滝か。(小さすぎて見えん)
カラヒアに続きガッカリ。

こんなもんかと思いながら村を目指し歩き続けていると、山と山の谷間から本物が顔を出した。

落差771メートルの2段滝。
ベネズエラの"エンジェルフォール"、アフリカの"ウ゛ィクトリアの滝"に続く世界第3位の落差を誇る。
ゴクタ氏、こんなところにおりましたか。
滝を横目に見ながら"コカチンバ"村へ。
歩いて大体1時間ほど。
この時点で12時になっていたため日帰りを諦め村の宿に行く。

しばしの休憩をし、荷物を軽くし、滝へ向かう。
入場料は5ソル。
ここからまた山道を進み滝壷まで。
山道は雨でぬかるんでいるものの、それほどきついアップダウンは無い。
ただ黙々と歩く。
途中見えた抜群の眺めを写真に収めまた進む。

滝壷までもう少し。空気も少しヒンヤリしてきた。

水が地面に打ちつける音も大きくなりついに滝壷へ。
真下まで行くと激しい水しぶきで服が濡れる。

イグアスの水しぶきで殺られたカメラで記念撮影だ。
(そしてこの後さらに重症になりました)

"ゴクタ氏、素晴らしい景色をありがとう!!"
滝壷で少しまったりしたかったが、雨が降り始めたため村へ戻る。
今は雨期のようで空には雲が立ちこめ、たまに晴れたり、大体曇ってて、そしてたまに雨。
帰りは雨雲と一緒に村まで戻りました。
村に戻るにつれ、雨が弱くなった。
滝付近では跳ね上がる水蒸気の為、雲もできやすいのだろうか?
滝壷までの道は片道2時間あれば余裕で着く。
滝壷まで到達するまでにすれ違ったのは3グループだけ。戻りは皆無。
今はロウシーズンの為、観光客は少ないそうだ。
ハイシーズンになれば、1日で多ければ500人くらいの人が訪れるらしい。
クエラップも同じだろうか?
村に戻ってからは、散歩。
いつも思うことですが子供が多い。
人口100人にも満なそうな小さな村なのに子供がたくさん。
子供が多いと、雰囲気が明るくなる。
そして夕飯。
嬉しいことに宿のお母さんが、タダで飯を食わせてくれた。
"Mucha gracias!!"

夕飯の後は宿にいた子供たちと群れる。
みんな屈託のない笑顔を見せてくれる。

やはり郊外の村は人が優しくてよい。
んなことを思って眠りについた。


次の日は起きたら既に子供たちは学校に行っていていなかった。
朝のゴクタを撮り、10時にはコカチンバを出てチャチャポヤへ戻った。

さて、明日中にエクアドルに入れるかな
乗り合いバンでとりあえず"Cocahuayco(コカウァイコ)"というところまで行く。
が、人数がなかなか集まらず出発できない。
日帰りのためには早め早めの行動が大事なのだが...。
待っている間もかなりイライラ。
目付きがどんどん悪くなり、触れればけがをするであろうジャックナイフと化す。
しかし、そんな自分のイライラを見透かすように人数はなかなか集まらず。
結局2時間待ってようやく車が出た。
この時点で日帰りはちょっと難しくなる。
コカウァイコは幹線道路の脇にお店兼住宅の家々がいくつか並んでいるだけの場所だった。
そこで降ろしてもらい、"ゴクタの滝"手前にある村"Cocachimba(コカチンバ)"を目指す。
コカウァイコからコカチンバまでは"運がよければコレクティーボが通る"とみんな言っていたが、全くそんな気配はなし。
だから歩く。
村までここから5キロ。

でも近道を教えてもらったからここから歩く。

村までの道中、どうやら"ゴクタの滝"が見えるらしい。
で、見えてきたのがこれ。
思ったよりも小さいぞ!?これがゴクタの滝か。(小さすぎて見えん)
カラヒアに続きガッカリ。

こんなもんかと思いながら村を目指し歩き続けていると、山と山の谷間から本物が顔を出した。

落差771メートルの2段滝。
ベネズエラの"エンジェルフォール"、アフリカの"ウ゛ィクトリアの滝"に続く世界第3位の落差を誇る。
ゴクタ氏、こんなところにおりましたか。
滝を横目に見ながら"コカチンバ"村へ。
歩いて大体1時間ほど。
この時点で12時になっていたため日帰りを諦め村の宿に行く。

しばしの休憩をし、荷物を軽くし、滝へ向かう。
入場料は5ソル。
ここからまた山道を進み滝壷まで。
山道は雨でぬかるんでいるものの、それほどきついアップダウンは無い。
ただ黙々と歩く。
途中見えた抜群の眺めを写真に収めまた進む。

滝壷までもう少し。空気も少しヒンヤリしてきた。

水が地面に打ちつける音も大きくなりついに滝壷へ。
真下まで行くと激しい水しぶきで服が濡れる。

イグアスの水しぶきで殺られたカメラで記念撮影だ。
(そしてこの後さらに重症になりました)

"ゴクタ氏、素晴らしい景色をありがとう!!"
滝壷で少しまったりしたかったが、雨が降り始めたため村へ戻る。
今は雨期のようで空には雲が立ちこめ、たまに晴れたり、大体曇ってて、そしてたまに雨。
帰りは雨雲と一緒に村まで戻りました。
村に戻るにつれ、雨が弱くなった。
滝付近では跳ね上がる水蒸気の為、雲もできやすいのだろうか?
滝壷までの道は片道2時間あれば余裕で着く。
滝壷まで到達するまでにすれ違ったのは3グループだけ。戻りは皆無。
今はロウシーズンの為、観光客は少ないそうだ。
ハイシーズンになれば、1日で多ければ500人くらいの人が訪れるらしい。
クエラップも同じだろうか?
村に戻ってからは、散歩。
いつも思うことですが子供が多い。
人口100人にも満なそうな小さな村なのに子供がたくさん。
子供が多いと、雰囲気が明るくなる。
そして夕飯。
嬉しいことに宿のお母さんが、タダで飯を食わせてくれた。
"Mucha gracias!!"

夕飯の後は宿にいた子供たちと群れる。
みんな屈託のない笑顔を見せてくれる。

やはり郊外の村は人が優しくてよい。
んなことを思って眠りについた。


次の日は起きたら既に子供たちは学校に行っていていなかった。
朝のゴクタを撮り、10時にはコカチンバを出てチャチャポヤへ戻った。

さて、明日中にエクアドルに入れるかな
小さっ!!
本日もチャチャポヤを拠点に動いた。
目指したのは"Cruzpata(クルスパタ)"という村から山道を下って20~30分のところにあるモアイに似た石像。
いや...、
モアイに似た石像と言っては石像たちに失礼か...。
言い直すべし。
目指したのは"Cruzpata"という村から山道を下って20~30分のところにある"Sarcófagos Karajía(サルコファゴス カラヒア)"。言いにくいのぅ。
チャチャポヤから同じくカラヒアに向かうというイギリス人のおっちゃん2人もいたので、乗合タクシーでの乗り換えもスムーズに行けた。
イギリス人のおっちゃん二人は、一人がスペイン語を話せて小太りで話し好き。
もう一人はスペイン語を話せない、しかも自分からあまり口を開かない"処刑人"の"ヨアキム-ハンセン"のよう。ちと怖い。
3人で山道を行く。
山道はやはりのどか。

カラヒアは、山道を下りて少し山と山の間、谷間に入ったところにあった。

見た感想。
"小さい"

確かに石像が6体立っているが小さすぎて初め顔のない1体の石像が見えなかった。
ズームするとこんな感じ。

自分撮りするとこんな感じ。

石像の上には頭蓋骨のようなものが2つ見えますな。
この石像はお墓のようで各石像の中には当時生きていた人が埋葬されているそうな。
確かに興味深い姿-形をした石像ではあるがちょっと小さ過ぎだな。
これを見るために往復の交通費30ソル(1000円程)。
高っ!!
見学は昼過ぎに終了。午後はサッカーの見れるレストランを探して"バルサvsインテル"を見るなどまったり。
バルサ負けちゃったな、残念。
ベガルタはそろそろ勝ってくれ。
長谷川穂積と西岡利晃の防衛戦が見てぇなぁ。
明日は、またしてもかなり歩く予定なり。
日帰りできるか。
出来たら夜行でエクアドルとの国境まで行きたいなぁ。
根性があれば日帰りするでしょう。
次回を乞うご期待。
目指したのは"Cruzpata(クルスパタ)"という村から山道を下って20~30分のところにあるモアイに似た石像。
いや...、
モアイに似た石像と言っては石像たちに失礼か...。
言い直すべし。
目指したのは"Cruzpata"という村から山道を下って20~30分のところにある"Sarcófagos Karajía(サルコファゴス カラヒア)"。言いにくいのぅ。
チャチャポヤから同じくカラヒアに向かうというイギリス人のおっちゃん2人もいたので、乗合タクシーでの乗り換えもスムーズに行けた。
イギリス人のおっちゃん二人は、一人がスペイン語を話せて小太りで話し好き。
もう一人はスペイン語を話せない、しかも自分からあまり口を開かない"処刑人"の"ヨアキム-ハンセン"のよう。ちと怖い。
3人で山道を行く。
山道はやはりのどか。

カラヒアは、山道を下りて少し山と山の間、谷間に入ったところにあった。

見た感想。
"小さい"

確かに石像が6体立っているが小さすぎて初め顔のない1体の石像が見えなかった。
ズームするとこんな感じ。

自分撮りするとこんな感じ。

石像の上には頭蓋骨のようなものが2つ見えますな。
この石像はお墓のようで各石像の中には当時生きていた人が埋葬されているそうな。
確かに興味深い姿-形をした石像ではあるがちょっと小さ過ぎだな。
これを見るために往復の交通費30ソル(1000円程)。
高っ!!
見学は昼過ぎに終了。午後はサッカーの見れるレストランを探して"バルサvsインテル"を見るなどまったり。
バルサ負けちゃったな、残念。
ベガルタはそろそろ勝ってくれ。
長谷川穂積と西岡利晃の防衛戦が見てぇなぁ。
明日は、またしてもかなり歩く予定なり。
日帰りできるか。
出来たら夜行でエクアドルとの国境まで行きたいなぁ。
根性があれば日帰りするでしょう。
次回を乞うご期待。
クエラップ
只今、チャチャポヤスという町。
太股とふくら脛が筋肉痛。
高校の部活に入って、練習の初日にとりあえずメチャクチャ走らされた次の日を思い出させてくれた。
昨日"クエラップ"という遺跡に行くために3時間延々と山道を登った結果がこれである。
夜明けと同時に出発しようとしたが、朝は雨。
どこかに行こうとすると最近雨ばかりだ。
で、寝て9時半に目覚め、10時に出発。
ティンゴ-ビエホという村から山道を登る。クエラップまでは9.8キロ。

山道はかなり疲れた。
ソンブレロもない中、強い日差しが照りつける中を歩き続け汗だくだく。
背負っているリュックが汗で濡れ、パンツが汗で濡れ、シャツが濡れ、終いにはズボンまで濡れた。気持ち悪りぃ。

写真もあまり撮る気が起きなかったが、眺めは良い。
途中、歩きで行くことを選択してマジで後悔した。
ツアーにすれば良かったと...。
遠くに遺跡が姿を表した時は非常に嬉しかった。
遺跡近くには電気も通っていないごく小さな村があって、すれ違う人に"あれがクエラップか?"と聞きまくった。

そして見えてからがこれまた遠い...。
というか、もうすぐのところからの上りがキツかった。
筋肉も悲鳴を挙げているのに、追い打ちをかけてきやがった。
無事たどり着いたら、ニーニャが看板娘の出店でコーラを買って一人乾杯。

うーん、美味。
いや、これこそ"爽やかになるひととき"である。

遺跡には若い欧米人のグループ3人と、老夫婦2人と俺だけ。
見学を開始し始めたころには誰もいなくなっていた。
そして雨雲がいらっしゃった。
俺は"雨男"か?
雨雲と一緒に遺跡を見学。
ティンゴ-ビエホの"HOSPEDAJE TINGO"に宿をとっていたのだが、宿の父ちゃん"サンティアゴ"がビニールシートを貸してくれていなければ俺は殺られていた。
家族ぐるみの経営で非常にアットホームな良い宿だった。
世界第2位を誇る石による建造物である"クエラップ"。
至るところ崩れてしまってはいるが、精巧な石組みが素晴らしい。


遺跡にいた超良い人、警備員のホセさんによると、クエラップが建てられたのは紀元前とのこと。
インカの人たちもこの遺跡を見本にして石組みをして数多くの建造物を立てたのではないかと言っていた。

遺跡内部に入り20、30分見学すると雨は上がった。内部は多くの建造物が崩壊してしまっている。

草木が多い繁り花が咲き乱れる中にある、崩壊した建造物。
なんとも味がある。ラピュタだ。

遺跡内にはリャマもいた。

そして昔はここに人が住んでいたであろうことを証明する、民家の跡のようなものも。

クエラップ。
ポトシーで出会った旅人に良い遺跡だと教えてもらった。
来て正解だった。人もあまりいないしゆっくり 見学できる。
ただ、警備員のホセさんは人があまり来ないことを嘆いていた。
もっとここが有名になり、観光客が来るようになったら村人の生活も楽になるだろうと...。
ホセさん自身も遺跡を下ったところにある電気も通っていない小さな村に住んでいる。
休みは毎週土曜日だけ。月末だけ山を下るそうだ。
それ以外の休みの日は教会に行っていると。そしてこの仕事を33年間続けているそうだ。俺には考えられん。
今日、チャチャポヤスへ向かう車の中でコレクティーボの運転手が"今年の5月から日本の企業が、ある地点から(どこからか忘れた)クエラップまでをロープウェイで結ぶ工事を開始するといっていた。
それが本当ならば、ホセさんの望んだようにたくさんの観光客が来る場所になるかも しれんな。
そのコレクティーボの運転手も、毎日ほぼ休みなく朝4時から車を走らせていると言っていた。生後1カ月の子供がいるから頑張って働いていると。
1ヶ月の稼ぎは1000ソル(33000円)程。
それを聞いて自分は何を思う。
長くなるからもちろん省略だ。
ティンゴ-ビエホの村、何もないけど良い所。
宿の子供たちに"サッカーしようぜ"と言ったら喜ぶよ。
クエラップ、未だ観光客は少ないけれど素晴らしい遺跡。
結構ハードな道だけど覚悟していけばなんとかなるので、できれば歩いていってね。
太股とふくら脛が筋肉痛。
高校の部活に入って、練習の初日にとりあえずメチャクチャ走らされた次の日を思い出させてくれた。
昨日"クエラップ"という遺跡に行くために3時間延々と山道を登った結果がこれである。
夜明けと同時に出発しようとしたが、朝は雨。
どこかに行こうとすると最近雨ばかりだ。
で、寝て9時半に目覚め、10時に出発。
ティンゴ-ビエホという村から山道を登る。クエラップまでは9.8キロ。

山道はかなり疲れた。
ソンブレロもない中、強い日差しが照りつける中を歩き続け汗だくだく。
背負っているリュックが汗で濡れ、パンツが汗で濡れ、シャツが濡れ、終いにはズボンまで濡れた。気持ち悪りぃ。

写真もあまり撮る気が起きなかったが、眺めは良い。
途中、歩きで行くことを選択してマジで後悔した。
ツアーにすれば良かったと...。
遠くに遺跡が姿を表した時は非常に嬉しかった。
遺跡近くには電気も通っていないごく小さな村があって、すれ違う人に"あれがクエラップか?"と聞きまくった。

そして見えてからがこれまた遠い...。
というか、もうすぐのところからの上りがキツかった。
筋肉も悲鳴を挙げているのに、追い打ちをかけてきやがった。
無事たどり着いたら、ニーニャが看板娘の出店でコーラを買って一人乾杯。

うーん、美味。
いや、これこそ"爽やかになるひととき"である。

遺跡には若い欧米人のグループ3人と、老夫婦2人と俺だけ。
見学を開始し始めたころには誰もいなくなっていた。
そして雨雲がいらっしゃった。
俺は"雨男"か?
雨雲と一緒に遺跡を見学。
ティンゴ-ビエホの"HOSPEDAJE TINGO"に宿をとっていたのだが、宿の父ちゃん"サンティアゴ"がビニールシートを貸してくれていなければ俺は殺られていた。
家族ぐるみの経営で非常にアットホームな良い宿だった。
世界第2位を誇る石による建造物である"クエラップ"。
至るところ崩れてしまってはいるが、精巧な石組みが素晴らしい。


遺跡にいた超良い人、警備員のホセさんによると、クエラップが建てられたのは紀元前とのこと。
インカの人たちもこの遺跡を見本にして石組みをして数多くの建造物を立てたのではないかと言っていた。

遺跡内部に入り20、30分見学すると雨は上がった。内部は多くの建造物が崩壊してしまっている。

草木が多い繁り花が咲き乱れる中にある、崩壊した建造物。
なんとも味がある。ラピュタだ。

遺跡内にはリャマもいた。

そして昔はここに人が住んでいたであろうことを証明する、民家の跡のようなものも。

クエラップ。
ポトシーで出会った旅人に良い遺跡だと教えてもらった。
来て正解だった。人もあまりいないしゆっくり 見学できる。
ただ、警備員のホセさんは人があまり来ないことを嘆いていた。
もっとここが有名になり、観光客が来るようになったら村人の生活も楽になるだろうと...。
ホセさん自身も遺跡を下ったところにある電気も通っていない小さな村に住んでいる。
休みは毎週土曜日だけ。月末だけ山を下るそうだ。
それ以外の休みの日は教会に行っていると。そしてこの仕事を33年間続けているそうだ。俺には考えられん。
今日、チャチャポヤスへ向かう車の中でコレクティーボの運転手が"今年の5月から日本の企業が、ある地点から(どこからか忘れた)クエラップまでをロープウェイで結ぶ工事を開始するといっていた。
それが本当ならば、ホセさんの望んだようにたくさんの観光客が来る場所になるかも しれんな。
そのコレクティーボの運転手も、毎日ほぼ休みなく朝4時から車を走らせていると言っていた。生後1カ月の子供がいるから頑張って働いていると。
1ヶ月の稼ぎは1000ソル(33000円)程。
それを聞いて自分は何を思う。
長くなるからもちろん省略だ。
ティンゴ-ビエホの村、何もないけど良い所。
宿の子供たちに"サッカーしようぜ"と言ったら喜ぶよ。
クエラップ、未だ観光客は少ないけれど素晴らしい遺跡。
結構ハードな道だけど覚悟していけばなんとかなるので、できれば歩いていってね。