朝鮮通信使をたどる 3つの史跡
朝鮮通信使のルートはおおまかに
釜山・対馬・壱岐・ 相ノ島・下関・瀬戸内海・三田尻・兵庫・大阪・京都・江戸・(日光)
この日本滞在中の食事や宿泊場所は寺が多かったようで 例えば
対馬 国分寺(宿泊)
滋賀県近江八幡 本願寺八幡別院(食事)
京都 本能寺(一度のみ宿泊)
京都 本圀寺・ほんこくじ(宿泊)
などなど
そして現在 朝鮮通信使遺跡として国の史跡となっている寺が3ヶ所あります
広島県 福禅寺
wiki
対馬止まりだった第12回を除き 毎回鞆の浦(とものうら)に寄港し ここ福禅寺に宿泊しています
<国立中央博物館にて>
第10回(1748年)の正使・洪啓禧(ホン・ゲヒ)は福禅寺から見える景色を絶賛し
客殿を対潮楼(たいちょうろう)と名づけました
*このホン・ゲヒさん 英祖時代の老論派中心人物のため思悼世子米びつ事件に大きく関わっていると推測できます
2024年7月訪問
岡山県 本蓮寺
wiki
朝鮮通信使は牛窓に寄港し ここ本蓮寺に宿泊しました
<国立中央博物館にて>
この牛窓には朝鮮通信使ゆかりの「唐子踊り」が残されています
瀬戸内市HPを見るとその起源は不明としていますが
朝鮮通信使ゆかりの民俗芸能と考えられています
2024年3月訪問
静岡県 清見寺
wiki
家康が今川氏の人質として過ごしていた幼少期 この寺で勉強していたといいます
そんな関係からか江戸時代になると幕府からの庇護を受け 朝鮮通信使の宿にもなりました
2024年10月訪問
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