
固い記事が続いたので…
固い記事が続いたので、日常の諸々…
今日は今名古屋で人気のぴよりんをいただきました。
二羽は元気でしたが、二羽はグッタリしていました😝
#ぴよりんチャレンジ
って話題になるくらい、持ち帰るのが難しいようです。
こちらは幸楽屋さんの栗のお菓子
私はきんとんをいただきましたが、美味しかったです。
三男の格闘系部活に続き、
次男は空手サークル、
長男も格闘系ジムに入ったらしい。
我が家はスポーツ観戦は皆無に等しく、
3人とも大人しいので、子供の頃から
ケンカもしない子達でした。
なのに、なぜ今格闘技⁉️
兄弟はやはり影響しあっているんですね。
長男が公務員試験受けると、
次男三男も公務員講座申し込んだ(ほぼ脱落)。
ただ長男はなぜだかオシャレなのに、
次男三男は
どこで、そんな変な服売ってんの⁉️
と、思う服を買っていたりします。
まあ服装は個性ですけど。
雨の日長男が出してきたレインブーツ
私のよりお洒落やん❗️
全国の渡辺さんのルーツ 坐摩神社
今日も30℃こえで夏のような一日でした。
今日の夕焼け。
一宮御朱印めぐり。
摂津国 一ノ宮 坐摩神社。
大阪生まれの母はザマ神社と言いますが、
正式にはイカスリ神社と言います。
どこをどうしたら、イカスリと読めるのだろう?
大阪の中心街にあり、ビルに取り囲まれています。
この鳥居は大神神社のように三鳥居です。
もともと渡辺津にありましたが、大阪城に近く
秀吉の大阪城築城の際、現在地に移転してきました。
平安後期には源綱(渡辺綱)が渡辺津に住んでいたため
渡辺姓を名乗り、渡辺氏をおこしました。
武士集団となった渡辺氏は水軍として全国に散らばり、
渡辺のもとになりました。
現在の宮司さんも渡辺さんで、子孫だそうです。
祭神は坐摩神
- 生井神 (いくゐのかみ) - 井水の神(生命力のある井戸水の神)
- 福井神 (さくゐのかみ) - 井水の神(幸福と繁栄の井戸水の神)
- 綱長井神 (つながゐのかみ) - 井水の神(「釣瓶を吊す綱の長く」ともいわれ、深く清らかな井戸水の神)
- 波比祇神 (はひきのかみ) - 竃神(屋敷神。庭の神)
- 阿須波神 (はすはのかみ) - 竃神(足場・足下の神。足の神であり旅の神)
神功皇后が新羅より帰還されたとき、淀川河口の地に祀られたのが
始まりです。
サギの集まるところに、祀られたので、ご神紋は鷺丸
境内社に陶器神社があり、灯篭が陶器です。
陶器神社の神様は火の神様です。
上方落語発祥の地の碑
他にも境内社がたくさんあり、建物に映っています。
全然知らなくて、参りましたが、
筥崎宮と同じ神功皇后ゆかりでした。
また九州に派遣される防人が、坐摩神に旅の無事を祈った歌が
万葉集に残っています。
にはなかの 阿須波のかみに こしばさし あれはいははむ かへりくまでに
そういえば、坐摩神社の旧境内地にお参りしていました。
神功皇后の鎮座石があります。
ステンレス覆われて見られませんでしたが。。。
御朱印といえば300円が定番ですが、
太宰府天満宮、竈門神社、筥崎宮、坐摩神社
すべて500円でした。
これから500円時代になるのかもしれません。
宝塚星組公演をみてきました。
宝塚記事なのに、いきなりすぐき菜!
「すぐきの間引き菜いらないか??」とご近所さんにいただきました。
すぐきといえば、京都上賀茂名産の漬物!
それも門外不出で上賀茂の農家100軒ほどが作っているだけで
市場にはでまわらないレアもの。
おしたしと、あとは浅漬けにしていただきます。
「間引き菜でも、ちゃんとすぐきの味するんやで」
と、いただきましたが、たしかにすぐきでした。
京都ブログはここでおしまいで、
宝塚大劇場星組公演「柳生忍法帖 」「モアー・ダンディズム」
(左の方です。)
柳生忍法帖は山田風太郎原作で、千葉真一さん主演の
映画にもなっています。
見ていないし読んでいないので、初めてでしたが
面白かったです。
悪を尽くす会津藩主 加藤明成をみかぎった家老堀主水は
会津を離れるという騒動を起こす。(会津騒動)
明成は幕府の許可の元、彼らを捕縛するが、それだけに飽き足らず、
連行中に一族の女たちが匿われている男子禁制の尼寺東慶寺を強襲する。
千姫に助けられた女たちは復讐を誓うが、その剣術指南役として
禅僧 沢庵に紹介されたのは、天才剣士 柳生十兵衛。
これを待ち受けるのは、藩を牛じる謎の男 芦名銅伯と、銅伯の娘で明成の側室ゆら。
この公演で退団される愛月さんと、若手七本槍の皆さん、
衣装も凝っていてかっこよかったです。
主演の礼真琴は隻眼姿もかっこよくて、
多くの人はロミオとジュリエットのロミオの方がすきなのでしょうが、
私はロミオよりもこちらの十兵衛のほうが好きでした。
相手役の舞空瞳ちゃんとはあまりからみがなくて、
最後にいきなり敵役ゆら(舞空)が
「十兵衛が好き」
って唐突に思えました。
話の筋と全然違うところで、地元だけに気になったのがたくあん和尚。
その沢庵和尚が重要な役割を担いますが、沢庵和尚って、有髪の僧だったの?
大徳寺の僧で、髪の毛あるのは一休さんしか知りませんわ。
肖像では髪の毛がないのですが、配流にされたから髪の毛がある?
どうでもいい話でした。
二本目は昭和の香りのショー モアー・ダンディズム
初演を見たら、昭和じゃなくて、1995年だから平成でした!
衣装もおとなしい感じで、今はすごく派手になっているのだなと
感じました。
愛月さんのソロも卒業に向けた歌かと思ったら、
1986年に小椋佳さんが作曲した歌でした。
キャリオカのシーンでは、礼真琴さんを見ながら、
ついつい初演の真矢みきさんを重ねて見てしまいました。
「エデンの東」を見たのは覚えているけれど、
ダンディズムは覚えていませんでした。
でも音楽を聴いたら、思い出しました。
歌は真琴ちゃんの方がうまいけれど、ダンスは
荒川静香と紀平紀香のスケートとどっちがうまいか
というレベルの比較ですね。
技術は確実に今の方が上だけど、そのときはそのときの最高でした。
昔のパンフ引っ張り出してきました。
線を引いた人はその後トップになった人たちです。
すごいメンバーだ。
昔のトップのフィナーレの羽はナイアガラ(流れるような羽)がなかったからか、
今回のこっちゃんの羽もありませんでした。
この公演ではないのですが、
初めて宝塚を見た
脳科学者の茂木健一郎さんのリアクションが
とても面白かったので貼り付けておきます。
にわかに脚光を浴びた坂本八幡宮
長らくひっぱってきました太宰府訪問記はこれで最後になります。
最終目的地 大宰府政庁のそばにある
坂本八幡宮
に参りました。
もともとこのあたりにはお寺があり、
お寺が途絶えたあと、境内社として祀られていた八幡宮を再興し、この地区の鎮守とされたようです。
この小さな神社が一躍脚光を浴びたのは
令和の元号が発表された時。
元号「令和」は、大伴旅人の歌
「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫らす」
からとられました。
大宰府帥(そち)として赴任した大伴旅人は730年自宅で梅花の宴を開き、その時詠んだ三十二首の序文です。
このあたりに旅人の邸宅があったと考えられ、令和の碑文が刻まれました。
元々天台系のお寺があったこの地には
がらんさまという立石が置かれています。
わずか4時間ほどの間でしたが、
太宰府を満喫できました。
腕時計を外してビックリ!
日焼けして、くっきりと型がついていました。
ブロ友さんを真似して、訪問順に貼りつけておきます。
大宰府政庁跡
緊急事態宣言解除されて初めての週末。
観光地に人が戻ってきたみたいですね。
昨日実家に行くときも、遠足の小学生を見かけたり、
中学校では運動会が行われていたりで、
うれしく思いました。
京都御所では桜が咲いたり、
さて
太宰府の記事もあと2回となりました。
近年の表記は太宰府、古代の表記は大宰府で、
大宰府政庁に向かいます。
そもそも大宰府って、何なの?
という基本的な疑問が。。。
古代西海道と呼ばれていた九州一円を統括していた大宰府は
防衛、外交、貿易などの対外交渉の窓口でした。
長官には大臣、皇族クラスがつき、その権限は大きく
「遠の朝廷」と呼ばれました。(平安時代以降は実際に赴任しなかった。
白村江の戦いで大敗すると、唐、新羅連合軍の脅威にさらされ、
大宰府は那ノ津(博多)から現在地に後退します。
大宰府の前面には水城と呼ばれる土塁を築き
山には城を築きます。
↑水城や城までは行けませんでした。
まず学校前を通りました。
施設跡が点在しています。
とてものどかなところです。
イノシシが出るのか、畑に囲いがされています。
これは黒いお米かな?
政庁跡
25万4000平方メートル、甲子園球場6.4倍。
資料館があるのですが、閉まっていました。
おにぎり食べようかと思いましたが、ベンチがなかったです。
こちらは正面。山が北側です。
菅原道真が「都府の楼はわずかに瓦の色をみる」と詠ったように
都に劣らぬ壮大な建物でした。
左手は日本遺産の看板
北側から南を見ます。
春は桜が咲くようです。
この目の前に令和で一躍注目を浴びた場所があります。



































