
ベニシアさん
大宰府日記まだ続きますが、ここで小休止。
YouTubeってその人に感心のある動画が次々出てきますね。
ベニシアさんのインタビュー動画が出てきました。
べネシアさんといえば、
英国貴族の出身で、大原の古民家でハーブを育て
素敵な庭造りをされ、
その様子はNHK「猫のしっぽカエルの手」や映画でも紹介されています。
今は病気のせいで、目がほとんど見えなくなり、
介護施設に入られることになったそうです。
その直前インタビューが動画に上がっていました。
出町柳駅前ではベニシアインターナショナルという英語学校をされ
出町商店街で姿をお見掛けしたのは
3年くらい前だったか、それほど前のことではなくて、
動画を見て少しショックでした。
今は目が見えなくてお庭の手入れも自分でできないけれど、
ベニシアさんを慕う人たちがお世話されているそうです。
中でも出入りしていた若者が庭師になり、
「恩返し」というようなことをおっしゃていました。(「猫のしっぽ。。。」より)
好きなことができなくて、
まったく違う環境に置かれることは、ストレスが大きいですね。
少しでも安らかな日々を過ごされることを願っています。
デパートでベニシアさんの古民家や庭を再現した催しが
行われた時の記事を貼りつけておきます。
鬼滅の聖地?竈門神社
私は知りませんでしたが、
福岡県民ならだれでも知っている宝満山は
大宰府の鬼門にあたり、古くから霊山として信仰されてきました。
山がかまどの形をしていて、
山にかかる雲がかまどの煙にも似ていることから、
竈門山とも呼ばれるそうです。
竈門神社はあの山の中腹と言われ、ビビりましたが、
実際は鉄塔が建っているあたりです。
駐車場に着きました。
下から見えていた鉄塔がすぐそこです。
しんどいより、暑い🥵
この日32℃でした。
人気アニメ鬼滅の刃の主人公 竈門炭治郎と同じ名前であることから
ファンから「聖地」とされ、たくさんの鬼滅ファンが訪れているそうです。
宝満宮竈門神社
主祭神は玉依姫命。
縁結びの神様だそうです。
大宰府の鬼門除けとして、
また大陸に渡る人の海上安全を祈願したことから
厄除け、方除けの神様としても信仰されています。
竈門山寺跡
平安時代末期に創建されたようで、礎石が残っています。
最澄が唐に留学するとき立ち寄り、
航海の安全を願って、薬師仏を彫ったといわれています。
この右手に檻があり、空っぽだと思っていたら、
モデル撮影していた人が
「鹿いますよ。」と、教えてくれました。
とにかく、水が豊富です。
お庭も作られています。
下社に着きました。
とても気持ちのいい空。
地主神社の恋占い石のような石がありました。
愛敬の石
もう一つの石まで目を閉じてたどりつけると
願いが叶うと言います。
本殿拝殿は昭和2年に建てられた檜の銅板葺きで、
新しく見えるのは平成25年に修復工事が行われたからです。
いろとりどりのペンが置かれていて
左手の絵馬には鬼滅のキャラクターが書かれています。
それより驚いたのが授与所です。
この建物。。。中はピンク系の大理石?が縦に埋め込まれています。
山の斜面に建てられているので、授与所が2階で
1階がこちら
wonderfall 片山正道氏設計
2階部分は展望台になっていて、太宰府の街が見渡せます。
ここまで上がってきましたよ!
英国人 J. モリソン氏デザインの御影石の椅子
なんで鬼滅の刃の聖地になったのかと検索すると、
西日本新聞の記事にあたりました。
竈門神社の名前もさることながら、炭治郎のはんてんと
宝満山の行者さんの装束が似ているから、
ここがモデルではないかということです。
出版社は否定しているそうです。
上社は標高829mの山の頂上にあります。
御神体山で磐座や五百羅漢の史跡があるそうです。
私はもちろん上にはいかず、山を下りますが
福岡で一番登山者が多い山とのこと。
九州最古のお稲荷さん 天開稲荷神社
太宰府天満宮は自転車の乗り入れはできませんので、
レンタルサイクルのため、いったん太宰府駅に戻ります。
あ、その前に光明禅寺の前まで行きました。
不定期にしか拝観をしていませんが、
九州で唯一重森三玲の庭があり、紅葉の名所だそうです。
1273年に創建された臨済宗の寺院です。
菅原道真公の神霊が禅の教えを求めて現れたそうです。
太宰府駅で自転車を借りました。
左下が太宰府駅、真ん中が天満宮
右手上の竈門かまど神社を目指します。
途中に赤字で書いた天開稲荷神社があります。
バスがあると聞きましたが、バスは1時間に2本ですので、
時間にしばられないレンタサイクルにしました。
インフォメーションでは「なだらかな坂」とおっしゃいました。
自転車を借りた駅の方は
「竈門神社には電動自転車でないといけません。
あの山の中腹です。」
と、指さしました。
鳥海山、富士山とならぶ国史跡の霊山 宝満山です。
え、もしかして、早まったか、私。。。
まず太宰府天満宮の境内からも行ける天開稲荷神社に参ります。
ここもね、結構上がってくるんです。
鎌倉時代に京都の伏見稲荷大社からお稲荷さんの分霊を迎えて
祀られた九州最古のお稲荷さんです。
お稲荷さんは苦手。。。とおっしゃる方がわりと多いですが、
ここのお稲荷さんは清浄な空間です。
こちらは奥の院です。
石室になっています。
蚕の社の石室は苦手で入れませんが、ここは全然大丈夫。
1人でも入れました。
社務所はありますが、御朱印は太宰府天満宮でいただけます。
これから山を上がります。
電動で清水坂も上がれたしね。。。
大丈夫だと思う、たぶん。。。
太宰府天満宮②
太宰府天満宮の続きです。
太宰府に来て思ったのは
平安時代によくここまで来たな。。。
ということでした。
交通手段は船だったようです。
途中乗り物に乗ることも許されなかったと
どこかで聞いたのですが、検索しても出てきませんでした。
菅原道真公は学者の家に生まれ、右大臣まで出世しますが、
右大臣藤原時平の政略により、太宰府に左遷されます。
その2年後大宰府にて生涯を終えました。(845-903)
道真公の遺骸は牛車に乗せられて進んだところ、
牛が伏して動かなくなり、その地に埋葬されました。
墓所の上には祀廟が作られ、その後社殿が建立されたのが現在の太宰府天満宮です。
だから、境内の牛は伏しているのですね。
心字池にかかる太鼓橋からの長めです。
↑右手のお社は小さいながらも重要文化財の志賀社。
綿津見三神が海上安全の神様として祀られています。
1458年の再建で、和、禅宗、大仏の三様式で建てられています。
(駒札より)
修行が足りなくて、禅宗様と大仏様の違いがよくわかりません。
鳥居の向こうに楼門が見えてきました。
大正3年に建てられたもので、社殿側から見た屋根と
こちらから見た屋根の形が違います。
麒麟像と鷽うそ像
意外と古くて嘉永5年(1852年)の奉納
狛犬さんビー玉みたいな黒い玉の目が入ってます。
こちらも真黒な玉が入っていますね。
空がきれいです。
パノラマで撮りましたが、人がいません。
うちの息子たち3人が修学旅行で来たくらいですから、
本来ならここも修学旅行生とインバウンドであふれていたと
思われます。。
七五三の兄妹がいて、(社殿の中左側)太鼓の音がしました。
社殿は筑前国主小早川隆景(毛利元就の三男)が1591年に造営。
今の北野天満宮の本殿(1607年)より少し前になります。
京都にいると檜皮葺きは珍しくないけれど、他の地域ではレアらしいです。
北野天満宮と同じく本殿裏側にも門があり参拝できます。
こちらは北野天満宮の本殿裏側
本殿北側は菅原家の祖先といわれる天穂日命、道真公のお父さんとお祖父さんが
祀られていますが、太宰府天満宮の方はどなたが祀られているのかわかりませんでした。
太宰府天満宮本殿北側にある夫婦杉
左手に見えていたのは確か道真公のご両親のお社だったと思います。
ここから天開稲荷神社まで500m10分とありましたが、
いったん駅に戻って自転車で行くことにしました。
帰り道はハンミョウが先導してくれました。
太宰府天満宮①
お彼岸ですね。
今日の京都はお墓参りの人出でにぎわいました。
では
太宰府の記事にもどります。
だざいふと入力すると、太宰府と大宰府と二種類の漢字が出ます。
古代律令時代のものは大宰府、
それ以降のもの、神社は太宰府という表記をするそうです。
まず太宰府天満宮に向かいます。
家族で私だけがお参りしたことがありませんでした。
息子たちは修学旅行で来ました。
ハイ、末息子は不登校でしたが、修学旅行は参加しました。
そういう行事だけ参加するということが、
バッシングの一因になったのですが。。。
あ、きのう書き忘れたことを補足しておきます。
このスタバは隈研吾さんのデザインだそうです。
どおりで目を引いたはずです。
参道をまっすぐ来ると石鳥居があります。
つきあたりはりっぱな門の延寿王院です。
太宰府天満宮が安楽寺天満宮と呼ばれていた時の宿坊で
現在は宮司の西高辻家の邸宅です。
高辻家は菅原道真公の直系の子孫で、
西高辻家は明治になって分かれた家です。
今の宮司さんは40代目。
幕末には七卿落ちのうち五卿三条実美、三条西季知、東久世通禧、壬生基修(みぶもとなが)・四条隆謌(しじょうたかうた)が3年間滞在。
その際には西郷隆盛、高杉晋作、中岡慎太郎などが訪ねてきているそうです。
(ウィキより)
上の門でつきあたるので、左に折れると石鳥居と太鼓橋。
南北朝時代に建てられた700年前の鳥居で
九州で一番古いそうです。
狛犬さん
台座の模様がきれいなと。。。
水仙と牡丹?
境内には楠の大木が多く、この楠に惚れ惚れしまして、
何枚も撮りました。
大木に生えたコケ?の美しいこと。。。
ということで、社殿までたどりつけませんでした。














































