麻耶雄嵩 『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』
「お待たせしました。私がメルカトル鮎です」
(銘探偵・メルカトル鮎)
本当に、お待ち申し上げました。
タイトルに名前が挙がっているにも関わらず、物語が半分を越え、
さらにしばらくした後に颯爽(?)と現れた銘探偵、メルカトル鮎・・・
シルクハットをかぶり、タキシードに蝶ネクタイ、そしてステッキ。
まさに探偵ブランドに身を包んだ銘探偵、それがメルカトル鮎。
殺人の現場に到着して一言。
「相変わらず、来ると死んでいるな」
おい!っと思わずツッコミをいれてしまいました。
何だか解りませんが、妙なノリに乗ってしまい、メルカトル鮎の事件を追いかけてみたくなりました。
・・・? メルカトル鮎、何やってるんだー!? と言うこと間違いなしの一冊。
ええと、本日紹介しますは、麻耶雄嵩さんによる 『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』
- 麻耶 雄嵩
- 翼ある闇―メルカトル鮎最後の事件
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首なし死体、密室、蘇る死者、見立て殺人・・・。京都近郊に建つヨーロッパ中世の古城と見紛うばかりの館・蒼鴉城を「私」が訪れた時、惨劇はすでに始まっていた。二人の名探偵の火花散る対決の行方は。そして迎える壮絶な結末。島田荘司、綾辻行人、法月綸太郎、三氏の圧倒的賛辞を受けた著者のデビュー作。
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メルカトル鮎、最初にして最後! そのインパクトと余韻には九号花火のような壮麗さがありました。
なんと言ったら良いのか、いまだに良い表現が見つかりませんが、衝撃的です。
困った探偵がいるとは聞いていましたが、まさにその通り…
上記紹介文にもあるとおり、この作品には探偵、それも本格の香り漂う知的探偵が二人登場します。
一人は 「メルカトル鮎」 であり、もう一人が 「木更津悠也」 です。
二人の探偵の推理合戦といえば、記憶に新しい 《あかずの扉》研究会の 「後動悟と鳴海雄一郎」、
エラリー・クィーンの 「クィーン父子」 などが思い出されます。
例に挙げた二組の探偵たちは、信頼の上に成り立った推理合戦を行うことで、真相を究明しますが、
今回の 「メルカトル鮎と木更津悠也」 は何だか様子がおかしい・・・
推理合戦という表現自体違うのではないか?っと感じてしまいました。
紹介文のような関係ではない、ということだけ言っておきます。
舞台となる 『蒼鴉城』 ですが、本格好きな人にはたまらない建物ではないでしょうか。
真っ青で「山」の形をした外観、シンメトリを意識しながらアシンメトリな装飾。
外観とは対照的に真っ赤な内装。広間を飾るは装飾を施された西洋甲冑、そしてチェスト等家具。
読んでいるうちに、それら全てに邪悪な怨念が染み付いているかのようさえ思えてきます。
中でも秀逸だったものは 「地獄の門」 と呼ばれる一室でした。
おどろおどろしく、意味深長で、負の感情が詰まりに詰まった部屋のように思えます。
ゴシックホラーでは無いですが、嫌悪というか、圧迫感や閉塞感が充満しています。
提供された場に関しては最高にゾクゾクする部類でした。
ストーリーに関しても第一級の技巧が凝らされているのではないでしょうか。
解説にて本格読みは 「投げられることに快感を覚える奇妙な人種」 と書かれていますが、
まさにその通りなのではないかな、っと最近は思います。
サプライズエンドの一言です。 あっと驚かされる刺激に満足できることでしょう。
今回の 『翼ある闇』 の推理は二転三転、何度投げ飛ばされたかわからないくらいです。
最終的には場外に投げ飛ばされたのち、さらに観客席から屋外に投げ飛ばされたような、
「そんな馬鹿な!」 を通りこし、理不尽さに喜んでしまう解決編だったように感じます。
さて、お勧めしたい 『翼ある闇』 ですが、一つ注意しないといけないことがあります。
ミステリで注意すること、といえばたった一つ 「ネタバレ」 の可能性です。
作中いくつか言及されてしまうため、エラリー・クィーンの小説全体、
ディクスン・カーの 「三つの棺」 に 「ユダの窓」 は目を通しておいたほうがいいかもしれません。
露骨なネタバレではありませんが、かなり危険性の高い記述もありました。
上記古典を純粋に楽しみたいかたはまずそちらを読んでからにしたらいいかもしれません。
最後になりましたが、何よりも驚いたことは、これを書いた年、麻耶雄嵩は21歳だったという事実。
推理小説研究会に所属していた頃に書いた Messiah という犯人当てが元になるようです。
圧倒的なパワーに組み伏せられた感あり。
最初から最後まで作者に振り回されて、純粋に楽しかったです買い!
追記:
読み返してみると、くどいくらいに例の銘探偵ばかり言及してますね。
それだけインパクトが強かった、ということでご容赦ください。
日本人作家: 五十音順索引
《あ行》
蒼井上鷹 『九杯目には早すぎる』
我孫子武丸 『8の殺人』
綾辻行人 『十角館の殺人』 『水車館の殺人』 『迷路館の殺人』 『人形館の殺人』
『奇術探偵曾我佳全集 秘の巻』 『奇術探偵曾我佳城全集 戯の巻』
小野不由美 『黒祠の島』
恩田陸 『象と耳鳴り』
《か行》
霧舎巧 『ドッペルゲンガー宮』 『カレイドスコープ島』 『ラグナロク洞』 『マリオネット園』
鯨統一郎 『あすなろの詩』 『ミステリアス学園』
倉知淳 『星降り山荘の殺人』 『まほろ市の殺人 春 無節操な死人』
古泉迦十 『火蛾』
権田萬治 『日本ミステリー事典』
《さ行》
島田荘司 『Pの密室』
《な行》
中井英夫 『虚無への供物』
仁木悦子 『猫は知っていた』 『穴』 『灯らない窓』 『赤い猫』 『棘のある樹』
乃南アサ 『凍える牙』
《は行》
東野圭吾 『容疑者Xの献身』
《ま行》
麻耶雄嵩 『翼ある闇』 『夏と冬の奏鳴曲』 『メルカトルと美袋のための殺人』 『神様ゲーム』
宮部みゆき 『あやし』
森博嗣 『すべてがFになる』
《や行》
米澤穂信 『氷菓』 『愚者のエンドロール』
『春期限定いちごタルト事件』 『夏期限定トロピカルパフェ事件』
《ら行》
連城三紀彦 『戻り川心中』
《わ行》
若竹七海 『ぼくのミステリな日常』 『スクランブル』
霧舎巧 『ラグナロク洞 《あかずの扉》研究会影郎村へ』
「ワトスン大炸裂だな」
(名探偵・鳴海雄一郎)
妙にツボにはまってしまったセリフでした。
読むたびに理由の無い笑いがこみ上げてしまいます。
本日紹介しますは、霧舎巧さんによる 『ラグナロク洞 《あかずの扉》研究会影郎村へ』
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嵐による土砂崩れで奇怪な洞窟に閉じ込められた《あかずの扉》研究会のメンバーを襲う連続殺人。作中で示される《ダイイング・メッセージ講義》に倣うかのように、不可解な文字と言葉が連発される。死者たちを結ぶ《神々の黄昏(ラグナロク)》神話の根源を読み解け!本格推理の王道をいく、堂々の超技巧派ミステリー!
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上記の紹介文を読む限りではおどろおどろしいものを想像されるかもしれません。
かく言う僕はそのように期待して購入しました。
落盤により塞がった洞窟、嵐による増水、限られた人間たちの間で起こるクローズドサークルの殺人。
あらゆる要素がありながら、何か物足りない雰囲気が作中に充満しているような気がします。
霧舎さんの《あかずの扉》研究会シリーズはこれで三作目、
あまり間を空けずに読んだため、比較しやすいこともあったのでしょうが、
前二作の方がストーリーに急進力があるように感じます。
さらに言うと 『ドッペルゲンガー』 > 『カレイドスコープ』 > 『ラグナロク』 といった力関係でしょうか。
回を重ねる毎に勢いが衰えている感は否めません。
それは作家の文章力と構成力が成長していることに起因しているのではないかと推測しました。
万人が楽しめる文章と構造になっているため、
「確かにおもしろい、しかし熱狂するほどは面白くない」 と僕は感じてしまうのかもしれません。
例を挙げれば 「ぬるま湯の温泉は全員が楽しめるが、熱湯温泉は江戸っ子しか楽しめない」 でしょうか。
多少クセやアクが強くても、もっともっと危機感のヒシヒシ伝わるものが読みたい!
一読者のわがままなのですが、そのように思えました。
危険な状況下にあるにも関わらず、作品全体を包む危機感の無さ。
これは、登場人物たちの 『人命は貴いもの』 という考え方の欠落に因るものに思えます。
冒頭に有栖川有栖さんの 『月光ゲーム』 から引用がされているのですが、
有栖川さんの作品からは痛いほどに人命に対する思いが伝わってきます。
死にたくない!という気持ちが痛切に伝わってきます。
そのため、 『ラグナロク洞』 残念でなりません。
さて 『ダイイング・メッセージ講義』 ですが、これは秀逸なものでした。
『ラグナロク洞』 はこのためにあったと言っても過言では無いと思います。
本を購入していただきたいため、詳しく言いたくても言えませんが、
とにかく 『ダイイング・メッセージ』 の問題性がよくわかります。
他にも曾我佳城やメルカトル鮎という単語も小説内に見ることができ、
推理小説好きには思わずニヤリとしてしまう瞬間があると思います。
『ダイイング・メッセージ講義』 についで 『大前田丈による建築物雑談』 もさりげなく衝撃的でした。
なんとなく地味なジョーマエさんが徐々に活躍しだしたため、期待感が高まります。
現在積んでいる仁木さんの作品や 『水車館』 などを消化し終えたら、
時間を空けて 『マリオネット園』 に挑戦してみようかと思います。
『ワトスン役』の視点で書く利点 ~「フェアプレイ」と「サプライズエンド」の両立
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前回に引き続き 「ワトスン役」 について考えを展開してみたい。
drunker's high様 のブログ記事 「ワトソン考」
に触発されて書いた前回同様、
『続「ワトソン役」考』
にまたも興味深いテーマを発見してしまいました。
それは「ワトソン役」による「フェアプレイ」の提供だ。
「フェアプレイ」 の実現に関しては、カラクリリリカル(管理人B)がニュースで取り上げた 、
『犯人当て小説におけるフェアプレイについて (RinRin王国 様)』 が細にわたり言及している。
そこでは様々な状況下における 「フェアプレイ」 の可能性について述べられているが、
「フェアプレイ」 と 「ワトスン役」 の関係については述べられていないように思われる。
drunker's high様の 『続「ワトソン役」考』 ではそのことについて言及されていて興味深い。
drunker's high 様によると名探偵ものがしばしば「ワトソン役」の視点で書かれる理由は:
フェアプレイを提供するためには、フェアな立場で情報を提供できるように物語を描けばよい。
そういった情報を提供できる人物の視点で物語を展開すればよい。
そう考えたとき、「ワトソン役」というのはうってつけの「装置」になりうる。
と述べている。
事実その通りだ。しかしそこにはもう少し興味深いテーマが隠れているように思える。
それは「情報」だ。
推理小説を読む際、最も興奮を得られる状況は、 「サプライズエンド」 ではないだろうか。
もちろん十人十色、その人の好みによりけりだが、
本格ものの定義としてサプライズエンドが採用されていた時期があったことを考えても、
読者を喜ばす大事な要素ということが可能だ。
「サプライズエンド」 を実現する場合、もっとも手っ取り早く且つ簡単な方法は、
読者を驚かすために 「フェアプレイ」 を放棄することにある。
犯人当てに限らず、推理小説のプロットを 「問題編」 と 「解決編」 に分断するならば、
「解決編」 の途中で新情報を付加していけばサプライズエンドを実現することは容易だ。
つまり 「情報の較差」 を引き起こすのだ。
しかし、それでは 「本格」 ものが好きと言う読者は納得しない。
それどころかストレスを感じ、駄作という評価を与えかねない。
そうなってしまっては読者を楽しませるという当初の目的が失われる。
せっかくの 「情報の較差」 が負の方向に作用してしまっている。
「情報の較差」 の魅力を活かすには 「フェアプレイ」 の実現が必要不可欠となる。
如何にして「情報の較差」と 「フェアプレイ」 を両立させるかという問題を解決するためには、
「与えられた情報は同じだが、情報の応用の仕方で差をつける」 という状況を作りだす必要がある。
いわゆる技法ミスディレクションの一つだろう。
正しく情報を応用する役を 「名探偵」 、誤った応用をする役を 「ワトスン役」 にすれば良い。
このように考えると 「ワトスン役」 の視点で推理小説が書かれる利点がよくわかる。
常に情報を正しく応用する 「名探偵」 を語り手に据えた場合、
「名探偵」 と読者の間の情報差が無くなる。
言い換えると作者と読者の間の情報差が無くなる。
そうなった場合、 『作者VS読者』 という図式が不成立となり、
フェアはフェアだが 「フェアプレイ」 とは意味合いが異ってしまう。
ガチガチの 「本格」 好きな読者には少々物足りないことだろう。
その点、情報を正しく応用しない 「ワトスン役」 を語り手にすると、
「与えられた情報は同じだが、情報の応用の仕方で差をつける」 という状況は容易に作ることができる。
また応用の仕方に差があるため、 「名探偵」≒作者VS読者 という図式も守られる。
これにより 「フェアプレイ」 を守りながら 「サプライズエンド」 を生み出すことが可能になる。
「ワトスン役」 の語り一つで推理小説の魅力が幾倍にも膨れ上がる。
結論:
「フェアプレイ」 による 「サプライズエンド」 を実現するためには、
「ワトスン役」 の視点でプロットを進行させることが有効だ。
「フェアプレイ」 により 「サプライズエンド」 を生み出せるよう 「ワトスン役」 は作られたようにも思えてくる。
もちろん 「ワトスン役」 のみが上記の二つを両立させることができるわけではない。
作家の筆力により「名探偵」でも可能だ。 また全知の第三者による語りも有効だろう。
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個人的研究 『ワトスン役』 と 「本格」 について
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『研究会』と名を冠しているため、ミステリについて研究しなくてはと思い、
今日は名探偵の永遠の助手『ワトスン役』について考えてみたい。
(*会長個人の考えであり、ネトミスの総意ではありません。)
『ワトスン役』と「本格」推理小説は切っても切れない仲にあるため、
『ワトスン役』を通して、その役割と「本格」の構造について考える。
本格推理小説において典型と呼べる人物型は三つある。
『名探偵』、『犯人』そして『探偵の助手』の三役だ。
そのうちの『探偵の助手』役を総じて『ワトスン役』と呼ぶことがある。
『ワトスン役』の小説内での役割は、事件を解決に導く『名探偵』に必要な情報を与えたり、
容疑者の行動を監視したり、『名探偵』不在の間ホスト役をしたり、
ときには敵を騙すためには身内からという理由で偽の事件を追わされたりするものだ。
華麗な推理で読者の人気を集める『名探偵』に比べて、
労働の割には損な役回りが多く不遇な役、それが小説内での『ワトスン役』だ。
霧舎巧さんが小説内で『ワトスン役』である二本松カケルに語らせていたと思うが、
『ワトスン役』の大事な役目として、「天才である『名探偵』に凡人の推理を提供する」という役割がある。
『ワトスン役』の推理を参考に『名探偵』と読者はその可能性を否定する。
なぜなら、凡人は間違い『名探偵』は間違わないからだ。
『名探偵』に凡人の間違いを発見させ、名探偵の推理の手間を省くことも重要な役目といえる。
上記のように天才的な『名探偵』に対して凡人的であるのも『ワトスン役』の特徴だ。
異色な主役級人物たちが溢れる本格推理小説内で凡人的であるということは、
それだけでも特殊なことだ。特殊な状況下での常識は特殊ということだ。
例えるならば、「朝礼のとき「右向け右!」と号令をかけられた際、
全員左を向いた中、自分ひとりが右を向いた」という状況が適切だ。
「右を向け」と言われて左を向くのは異常だが、全体的に見て、
全員が左を向く中一人だけ右を向くのは異常に見えるということだ。
本格推理小説内で「右向け!」と言われて常に右を向くのは『ワトスン役』だけだ。
もちろん登場人物の何人かも右を向くだろうが、常に右を向くのは『ワトスン役』だ。
『ワトスン役』は嘘と欺瞞的態度の横溢する小説内において、
ある程度決まった行動を取ることが宿命付けられている。
常識的行動を常にとるゆえに『ワトスン役』には人間が描けていない場合が多い。
『ワトスン役』は『名探偵』に解決に必要な事実を提供する義務があるからだ。
『ワトスン役』が嘘を提供してしまった場合、『名探偵』の活躍に支障をきたす。
よって個人的な解釈を排し、情報を流し続ける放送者でいる必要があるのだ。
これが『ワトスン役』が無個性でなくてはならない理由だ。
しかし絶対というものが無いということは世の常で、例外も存在する。
たとえば、クリスティの『ゴルフ場殺人事件』において、
ヘイスティングズ大尉はポワロに嘘をつき、大目玉をくらっている。
実に人間的な失敗であり、ケンカであり、精神活動でほほえましい。
『名探偵』の仕事の邪魔をしたことで個性的な『ワトスン役』になれたのだ。
では個性的・無個性どちらが「本格」において望ましい『ワトスン役』だろうか。
「本格」の定義をどのように解決するかはまたの機会に預けておき、
今回はホームズ時代-本格黄金時代のものとしておきます。
具体的に言えば『謎解き』『トリック』『論理的名探偵による解決』でしょうか。
犯人当て要素があれば『フェアプレイ』も入るかもしれません。
そのような「本格」において望ましい『ワトスン役』は無個性こそふさわしい。
僕たち読者は「本格」ものを読む場合、少なからず作者の仕掛けた罠を避け、
探偵よろしく推理をしてみたいという欲求があると思う。
よって『ワトスン役』にはなるべく多くの事実に基づく情報を提供してもらいたい。
ストーリーテラーである『ワトスン役』に嘘を言われてしまっては、
上記「本格」の要素の一つ『フェアプレイ』に反するばかりでなく、
「納得がいかない」という不信感が芽生え作品自体楽しむことができなくなってしまう。
そういった理由で「本格」では無個性の『ワトスン役』の創造が望まれる。
しかし、時代は「本格」から「新本格」へと流れていった。
江戸川乱歩が謎にこだわらず人間を描けと言ったように、
現代の読者たちは、登場人物をプロット進行上の装置としてではなく、
一人の人間として描くことを望んでいる。
事実、現代の「新本格」の作家さんたちはとても魅力的な人物を生み出し続けている。
中には『名探偵』顔負けの名推理(結局は間違うが)を披露したり、
「忘れていた」という理由で必要な情報を『名探偵』に伝え忘れたりする、
より人間的な『ワトスン』も増え続けている。
「本格」「新本格」様々な『ワトスン役』が創造される中、
本格推理小説であるためには逃れられない構造的問題がある。
それは文学作品とは異なる「唯一性」だ。
推理小説において、多義的な解釈が可能なものは望ましくは無い。
事件の終わりをぼやかし余韻を残すことは技法上好ましい。
上記の多義的な解釈を許すものではないため認めることができる。
多義的な解釈が可能とは、読み手一人一人違う犯人を創出してしまうもののことを言う。
推理小説の構造として、事件-推理-犯人の特定-解決、という流れが予期される。
とくに殺人など犯罪物においては『犯人の特定』無くして『解決』は無い。
読者の関心としても「犯人当て」というジャンルが成り立つほど、その関心度は高い。
「本格」は他の解釈を許さないたった一つの結末を論理的に導き出す必要がある。
そういった解決を導くため、忘れんぼう『ワトスン』も、うそつき『ワトスン』も、
必要最低限の事実だけは『名探偵』と読者に提供する必要がある。
だらだらと『ワトスン役』について考えてみたが、結局そういうことなのかもしれない。
以下結論:
「本格」における『ワトスン役』の役割は解決に必要な情報を『名探偵』と読者に提供すること。
フェアプレイを実現させるためには常識的な『ワトスン役』の登場が「本格」には必要とされる。
間違いをおかす人間的魅力溢れる『ワトスン役』も、
読者と『名探偵』に忠実でミスを決して犯さない機械仕掛けの『ワトスン役』も、
「本格」推理小説をより魅力的なものとする上で、
『ワトスン役』には最低限の情報を流せるようがんばってもらいたい。
読んでくだすった皆さんのご意見お聞きしたく思います!
ぜひ 「こうじゃないか」 「いやいや違う違う、こうだ」 というご意見よろしくお願いします。
霧舎巧 『カレイドスコープ島 《あかずの扉》研究会竹取島へ』
「名探偵が一人余ってるんだけど、必要ないかな?」
(名探偵・鳴海雄一郎)
いやあ、鳴海さん、かっこよすぎです。
・・・本日紹介いたしますは、霧舎巧さんの 『カレイドスコープ島~《あかずの扉》研究会竹取島へ』
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連続殺人の万華鏡(カレイドスコープ)惨劇の光源を暴け!
八丈島沖にひっそりと隣り合う月島と竹取島。古くからの因習に呪縛され、月島の一族に支配され続けている双(ふた)つの島を、《あかずの扉》研究会の6人が訪れた時、血も凍る連続殺人の万華鏡が回転を始めた。一族に伝わる秘宝が島の後継者を次々と殺戮(さつりく)する怪! 本格推理の気鋭が放つ孤島ミステリーの奇跡的傑作!
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霧舎さんの作品は、前巻の 『ドッペルゲンガー宮』 と言い、次巻の 『ラグナロク洞』 と言い、
個人的にツボにはまる題名なので、題名を眺めているだけでホクホク気分になってしまいます。
今回の 『カレイドスコープ』 もテーマとしてはとても興味深い単語です!
後動悟率いる《あかずの扉》研究会の面々は、ユイの友達の誘いに乗り、
竹取島へと向かうことになるのですが、この竹取島・・・アツいです。
竹取島の雰囲気は横溝正史の 『犬神家の一族』 や 『八つ墓村』 に似たようなものがありました。
( 肝心の横溝正史のほかの作品ををあまり読んでいないので、
横溝ファンの方 「P!ぜんぜん違うよ!」 とツッコミ入れていただけると嬉しいです;)
過去の凄惨な大量殺人事件、強大な力でもって地域を支配する御三家などなど、
読んでいて、作中にぐいぐい引き込まれてしまいました。
そして気がつけば一日とちょっとで読了・・・ 霧舎さん巧すぎです。
霧舎さんの書き方については、以前ドッペルゲンガー宮でも触れたかと思いますが、
小説内の各所に作家の意見のようなものが埋め込まれており、
それはときには善意の読者に対する洒落っ気のある言い訳であったり、
粗探しで揚げ足を取ろうとする悪意の読者の鼻先をガツンとやるものであったりと、
作者-読者の関係が生き生きとしていて気持ちが良いです。
活字を通しての一方通行コミュニケイションしかできないはずの小説が、
その範疇を超えて作家-読者の関係になる瞬間ではないでしょうか。
技巧についてあれこれ言うのは野暮ったいのでここまでにしておきますが、
霧舎さんの作品の魅力はもキャラクターにあるんじゃないかと思います。
出てくるキャラクターが好きでたまりません!
特に冒頭で引用した自称名探偵・鳴海雄一郎!
かっこよすぎます! 彼が活躍しだすとページをめくる手が止まりません!
推理小説で一番好きなキャラクターは?ともう一度聞かれたら、
ポワロシリーズのヘイスティングズか鳴海雄一郎かで悩み死ぬかもしれない。
今回も名探偵・鳴海雄一郎の登場シーンはかっこよかった・・・
もっと早く霧舎さんの作品に出会っていたら、僕の人生進む方向が変っていたかもしれない・・・
鳴海雄一郎が好きな方、買いです!
古泉迦十 『火蛾』
今回紹介しますは、第十七回メフィスト賞受賞作、古泉迦十さんの 『火蛾』
- 古泉 迦十
- 火蛾
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中世の中近東。修行者たちの殺人。第17回メフィスト賞。
かつて誰も見たことのない本格世界が展開する。
12世紀の中東。聖者たちの伝記録編纂を志す作家・ファリードは、取材のため、アリーと名乗る男を訪ねる。男が語ったのは、姿を顕(あら)わさぬ導師と4人の修行者たちだけが住まう山の、閉ざされた穹廬(きゅうろ)の中で起きた殺人だった。未だかつて誰も目にしたことのない鮮麗な本格世界を展開する。
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何と説明したらよいかわからない雰囲気が作中に満ちています。
中東という地域、イスラムという宗教、修行者という作中の主人公、どれもが僕には新しいテーマでした。
似たようなものとして、ウンベルト・エーコの 『薔薇の名前』 があります。
そちらはキリスト教・・・といってもキリスト教は一言でまとめることができないほど宗派に差異がありますが、便宜上キリスト教と言わせていただきます。
そのキリスト教フランシスコ修道会の師弟が事件を解決する物語が 『薔薇の名前』 です。
圧倒的知識量に驚きと興奮を覚えた記憶があります。
今回の 『火蛾』 にも 『薔薇の名前』 ほどではありませんが、似たような雰囲気がありました。
物語が行きつ戻りつしながら進行する様は、まるでロウソクの火が揺らめくような感じです。
火が左右にぶれながらも、着実にロウは減り、芯は燃え尽きていく・・・
物語も枝道にそれながらも、とうとうと語りは進行し、事件は解決へと向かっていく。
文章を通して主人公と同じような体験をすることができました。
しかし、この作品において何よりも推したいことは、驚きの密室の解決法です!
説明でもあるとおり、入り口を閉ざされた穹廬(行者の住居)で密室殺人が起こるのですが、
その密室をいかにして解決するかが、僕にとっては、衝撃的でした。
上記、本格ものの醍醐味といえる密室やクローズドサークルという状況、さらに叙述的なトリックもあり、
本格もの好きな方、宗教もの好きな方、色々楽しめるかと思います。
とりあえず、書店で見かけたら買いではないでしょうか!
密室の開放、推し!
文学フリマ偵察 ~ネトミス活動 番外編~
11月20日のことでした・・・
以前、ネトミスの交流を通して 『文学フリマ 』 という存在を知ったわけですが、
その 『文学フリマ 』 が開催されるのが、11月20日。
僕たち(ネトミス会長、副会長)は、来年出展することを視野にいれ、
お店のレイアウトや本のデザイン、冊数などを偵察しに会場へとやってきました。
あまりにも高い空のせいか、吹きすさぶ風の冷たさのせいか、なんとなく気分も下降気味に・・・
会場は駅からさほど遠く無い場所にあるのですが、
寒い寒いと 「らーめん食べたいね」 とか既に 『文学フリマ 』 後の会話がちらほら。
偵察隊としては甚だ不適切な人選であったかもしれません;
いざ会場についてみると、外の寒さはどこへやら、暖房も効いておりひとまず助かった感有りです。
会場の雰囲気は、ひとことで言うと、企業の説明会のような雰囲気でした。
静かな熱気というかなんというかわかりませんが、何かがありました。
学園祭のようなものを予想していた僕たちにとっては意外な感じでした。
各団体に与えられているスペースは長机にパイプイスが2脚。
少々狭いイメージがありますが、その空間、如何に活用するかでプラスにもマイナスにもなりそうです。
ディスプレイの方法は、派手すぎても、目立ちすぎても、奇をてらいすぎてもダメ。
その団体のイメージとピッタリくるような方法を考え出す必要があるようです。
ネトミスの象徴は鮭なので、鮭が鍵となる!まあ、ウソですが。
なかなかハードルの高いフリマ でしたが、会誌の発表予定の場でもあるので、
問題は山積みですが、来年は参加したいと思います。
売り子さん急募・・・
泡坂妻夫 『煙の殺意』
本日紹介しますは、泡坂妻夫さんの短編集『煙の殺意』
ネトミス副会長B
の勧めで先日 TRICK+TRAP
で購入したものです。
- 泡坂 妻夫
- 煙の殺意
『煙の殺意』は表題他8編からなる短編もので、
泡坂さん独特の濡れた文体というか瑞々しさのある文章が魅力的です。
それに加え、独特のユーモアと上品な品性が泡坂さんの良さなのかもしれません。
いくつか好みのものがありましたが、中でも秀逸だったものは、
一幅の絵が事件に関わる 『椛山訪雪図』 でした。
短編としてのおもしろさはもとより、人物の魅力、題材の魅力、
何よりも思想の魅力がありました。
一幅の絵画 『椛山訪雪図』 に込められた生死感はシェイクスピアのそれに似ている。
またそれは僕の考えにも似ているため、自然と感情が入ってしまいました。
他にも『紳士の園』のスワン鍋をつつく紳士たちや、
身の毛もよだつ怪談めいた『閏の花嫁』、
見識の深い坊主対山伏団の『狐の面』などなど、どれもぐいぐい読まされます。
短編ものが好きな方、ちょっと不思議な時間を味わいたい方、
絶対に買いです!
スクラップブック、始めました。
スクラップブックを使ってみたくて仕方なかったので、作ってみました。
その名も・・・
仁木悦子さんの作品を読んだこと、虚無への供物を買ったことから、
ネトミスの会長は江戸川乱歩賞を徐々に制覇していく気になりました。
受賞作品もしくは候補作品のレビュウをお書きになられた方、投稿してくだされば幸いです。
http://scrapbook.ameba.jp/prosperos_book/

