1985年12月。
フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーブが「タイユヴァン」でオーダーしたのが1959年のシャトー・ディケム。
シャトー・ディケムと言えば「神々の為の甘美なるネクター」と言われる、世界最高峰の貴腐ワインです
この貴腐ワインと言うのは、特別な条件が揃った時にボトリティス・シネレアと言うカビが葡萄の果粒に付着して、果皮に微細な穴をあけ水分を蒸発させる為に、葡萄のエキスが凝縮して作られた極甘のデザートワインです。
実は、この貴腐ワインは貴腐菌が完熟した葡萄に付着した時のみ出来るんです。
未熟な果粒に付くと、たちまち葡萄は腐敗してしまうのですから、自然の面白いところ
さて、フォアグラと貴腐ワインのマリアージュはワインの世界では定石で、以前、後輩とフレンチを楽しんだ時、前菜のフォアグラのソテーにシャトー・クリマンをグラスでお願いしたところ、この甘美なるマリアージュに後輩と私はウットリ。
「あの美味しさは忘れられない」と彼女は語り継いで下さっています。
さて、そんな風にポイント的に使う事があっても、コース全体をデザートワインで通すって・・・・頭の中でシュミレーションをしてみたけれど、中々いけるかも知れません。
と言う事で、今回はデザートワインの思い込みを覆して、お料理と合わせてみました。
「今日は、ワイン、どうされます?」とおっしゃるソムリエのI氏に「お料理にもワインにも精通しているIさんだからこそ、私の遊びに付合って欲しいのだけれど、料理にデザートワインを持ってきたいのよ」と難題を吹っ掛ける
私にとって、I氏は17世紀のハプスブルク宮廷を取り仕切った、銘侍従長バルテンシュタインの様な存在
マリア・テレジアでさえ宮廷の仕来りなど、バルテンシュタインに従わなくてはならなかった位の実力者だったんですよ。
そのバルテンシュタイン殿…もとい、I氏が「分かりました」とお持ちあそばされたのが、クラッハーのアウスレーゼ。
香りは、アプリコットやパイナップル、マンゴー、パッションフルーツ等のトロピカルフルーツの香り、アールグレー
味わいは、アタックに甘味を感じた後、エレガントな酸が、味わいがべたつかない様、しっかりと支えているワインです。
余韻も長い。
極上のネクターと思わせる、非常に美味しく、勿論、ワイン単体でも絵になるワインです
このワインと楽しんだのが、オマール海老とアスパラのゼリー寄せ。
ホワイトアスパラガスとオマール、トマトをオマール海老のジュ(出汁)で固めたお料理です。
黄色と緑のソースですが、黄色はサフランの風味のソース、緑は香草のソース。ディルの爽快感のある香りが新緑の季節に良く合います。
どうです?
トマトの鮮やかな赤い色が、綺麗にマーブル状に入って美しいお料理でしょう?
オマールのジュがしっかりとして力強い為、ワインもしっかりとしたモノが必要です。
但し、サラダに甘口ワインはサラダの印象がなくなってしまうので、サラダ系・・・・ヴィネグレット系と甘いワインは避けた方が良いです。
さて、I氏が「どうですか?」と心配しながら訪ねて下さいましたが、流石はI氏。
ワインのチョイスも最高です。そして、甘口のワインが嫌いでなければ、お料理と甘いワイン、有り!!です
まずオマール海老自体、フランスワインならイグレッグ・ド・イケムと言う、デザートワインのシャトー・ディケムの辛口白ワインと最高の相性。
甲殻類は味がしっかりしているので、イグレッグやブルゴーニュの白ならコルトンシャルルマーニュやモンラッシェ系(私は比較的リーズナブルにルフレーヴのバタールモンラッシェを持ち込んだことがあります)の様な、同じ様にしっかりとしたワインに合うんです
その為、果実のレベルとしてはアウスレーゼは非常に近い。
また、デザートワインは・・・・これは私の好みですが、タルト等の甘いお菓子に合わせるとお砂糖の甘さで、繊細な果実の甘さが負けてしまい、酸味と苦味を感じてしまうんです
ですので、デザートワインは出来るだけ単体で飲むか、ロックフォール・チーズの様な青カビのチーズと合わせると非常に合うんですね。
もっと言うと、ブルーチーズに蜂蜜を加えたり、ナッツやレーズン、または洋梨などと一緒に頂いても最高です
つまり、「しょっぱさと甘さ」の組合せです。
また、オーストリアのお料理は、塩味だけではなく、酸味や甘味が一皿の上に同時に存在するので、甘系のワインとは合い易い分野にあると言えます。
これは文献を紐解かないと分かりませんが、シャンパーニュをとっても、今の様なブリュットが出来たのは19世紀に入ってから。
それまでシャンパーニュは甘かったんです
また、ナポレオンによって断絶されたヨーロッパの秩序を回復させるために開かれたウィーン会議。
この時、ヨーロッパ各国の王侯貴族達は、お抱えのコックやワインを引き連れてウィーン入りしたんです。
つまり、宮廷やサロンごとウィーンに持ってきたのね。
そして、いかに自国にとって有利になるか意見を戦わせて、有利に持って来させるために、今日は何々大使主催の晩さん会だの、何々国王主催の舞踏会だのと、ナポレオンの支配から解き放たれて、大いに羽を伸ばした為に2年もかかったのですが、その時、西の横綱としてタレーランが持って来たのがシャトー・オーブリオン。
迎え撃つ名宰相メッテルニヒのサロンで供されたのがシュロス・ヨハニスベルク。
メッテルニヒの所有するラインガウの甘口白ワインです。
とすると、食事に甘いワインを持ってくるのも全然ありなんですね。
尤も、タレーランやメッテルニヒの時代は、クリームやバターを使ったクラシックな料理が主流。
現代のオリーヴオイルやハーブを使った軽やかでヘルシーな料理には、ワインもドライな辛口ワインの方が合わせ易いし、現代人の嗜好に合っているのでしょうね。
マリアテレジアの時代。
ハンガリーのトカイワインは果たしてお料理と一緒に楽しまれていたのかは不明ですが、ここぞ!と言う時のクライマックスに、もしかしたら遅摘みで作った半甘口のワインやトカイ・アス・エッセンシアなども甘さのレベルに合わせて楽しまれていたかも知れません。
さて、ここでもう一皿。
ホワイトアスパラガスのスープです。
浮身はボイルしたホワイトアスパラガスにゼンメル粉を衣にしたフリット。
野菜の香りのする香り豊かなフォン(出汁)に合わせたポタージュ仕立てのアスパラガスのスープ。
こう言うしっかりとしたクリーム系のお料理には、甘いワイン(アウスレーゼ)は最高です
ヴィーニンガーさんの最高級の畑のゲミシュターサッツとも合わせましたが、どちらが良いかはお好み。
私は酸味で次の一口に繋ぐよりも、甘味で優しくつなげたい派です。
辛口ワインの方がお料理を選ばない利点はありますが、甘いワインも中々のもの。
とくにクリーム等を使ったクラシックなタイプのお料理には合わせやすいと思います。
また、ジャガイモのピュレ等コクのあるしっかりとしたソースを使ったお料理や栗のポタージュの様にコックリとした料理に自然の甘味を感じる料理にもピッタリです
写真は鮃のソテーに菊芋のピュレ、クリームを使ったソースにトリュフをスライスしたお料理ですが、こう言った香りが豊かでボリュームのあるお料理には、合うんじゃないかなぁ
甘いワインはデザートでしか売れないと言う思い込みがありますが、もっと枠を外して楽しんで良いワインだと思います。
ソーテルヌに拘らず、ロワールやアルザスの甘口ワイン、ドイツやオーストリア等の甘口ワインなど、甘さだけではなく酸味の伴奏のある上質な甘口ワインを使うと、もっとデザートワインの活用は広がると思いますよ。