ウクライナ戦争日記36「セベロドネツクの攻防」 | 日記「ウクライナ人の戦い」 Masanori Yamato

日記「ウクライナ人の戦い」 Masanori Yamato

「ウクライナ戦争」を描くことで、プーチンとは何者なのかを書きたい。

 

 

 五月二九日(日)

 

 今日の日本メディアはいずれも、セベロドネツクでウクライナ軍が劣勢にあると報じている。ロシア軍に包囲されつつあるというのである。防衛研究所の高橋杉雄氏は

 「セベロドネツクを守るか、ウクライナ部隊を守るか、選択の時が来ている」

 と評している。

 戦争では部分的に敗戦を認めて、引き下がることも肝要であろう。欧米からの武器支援が整ったところで反撃し都市奪還はできるのだから。それより、ウクライナ兵を失う方が痛い。ここは、包囲網を敷かれる前に撤退した方がいい。

 外交的にはトルコが、スエーデンとフィンランドのNATO加盟になお反対している。その理由は、トルコ国内における反政府勢力のクルド人をスエーデンがかくまっているというところにある。このトルコ国内におけるクルド人部隊の反政府活動がどういうものか、メディアはなかなか説明してくれない。

 クルド人というと、イラク戦において米国軍に最後まで抵抗したのが北部のクルド人たちであった。そのクルド人が今ではトルコ東部で反政府活動を展開している模様である。

 トルコのエルドアン大統領は、スエーデンとフィンランドのNATO加盟と引き換えにNATOや米国、EUからトルコへのなんらかの支援を引き出す算段であろうと考えられる。エルドアン大統領自身は、ウクライナとロシアの停戦協議に何度も仲裁役を引き受けているし、トルコの影響力を発揮することに果敢である。

 ストルテンベルグNATO事務総長は会見でトルコを説得できるという発言をしていた。スエーデンとフィンランドの両首相がNATO加盟を正式に発言した時に、トルコの反対意思はすでに表明されていたが、それでも、ストルテンベルグ事務総長は両国の加盟を歓迎し、実現するだろうと述べていた。

 セベロドネツクでは劣勢を余儀なくされているウクライナ軍であるが、南部のヘルソンではロシア軍を攻撃しているという報道も伝わってくる。メディアは東部での戦線が天王山と述べているが、ウクライナにとっては南部の攻防の方が重要なのではないかと思う。今、黒海はロシア艦隊が展開しており、オデーサからの小麦の積み出しもできない状態である。その港に貯蔵された小麦をロシアン軍が盗み出しているという。

 いずれにしても、南部のヘルソンとクリミアの奪還はウクライナ軍にとって最大の目的であるはずだ。もちろん東部のドネツク、ルハンシクの両州を制圧されると、再度ロシア軍が北進してくることも警戒しなければならないから、セベロドネツクやイジュームを守ることは最重要課題ではあるが。

 東部も南部も今は一息ついていいのではないか。六月半ばには、支援武器等が前線に到着するという。もうすぐだ。それまで、撤退も休息もいいのではないか。戦い続けるだけが能ではない。一時的な作戦失敗もあるはずだ。要は、無謀な作戦を無理強いしないことだ。撤退も次の新しい反撃にとっては欠くべからざる判断である場合がある。ゼレンスキー大統領は勇気を持って撤退命令を下してもらいたいと思う。

 

 長期戦はウクライナ軍の望むところである。NATO諸国も支援が長引くことは痛手であろうが、戦いの長期化はロシアの方に経済的デメリットは大きい。なによりも経済・金融制裁の痛手は徐々にロシア社会を苦しめていく。特に産業分野での制裁の効果が出てくるのはこれからであろう。プーチンはウクライナでの戦争と、ロシア国内での制裁の締め付けの両方と戦わなければならない。おそらく、徐々に蠢きだした国内の厭戦気分にも対処しなければならなくなるし、何よりも戦士たちの士気低下もあり得る。

 

 

 五月三〇日(月)

 

 BBCの三〇日の報道である。左は最新の東部における戦況図である。

 

 

 

 BBCJapanの特派員の記事から抜粋して引用する。

 「ロシアは、ウクライナ東部ドンバス地方の制圧を重要目標に掲げており、攻撃を集中させている。目下、セベロドネツク市とリシチャンスク市の包囲を目指している。ロシア国防省は二八日、ドンバス地方ドネツク州の町リマンを制圧したと発表した。

 ロシアのラブロフ外相は二九日、『ロシアにとってドンバス地方の開放が絶対的な優先事項だ』と、フランスのTV局『TF1』のインタビューで語った。

 ラブロフ氏はインタビューで進行中の軍事作戦を擁護し、ウクライナの『非軍事化』が目的だと改めて主張した。そして、ロシアは『ネオナチ政権』と戦っているとする説明を繰り返した。ロシア政府のこの説明は、各国で広く一蹴されている」

と、書いている。

 同じ日二九日、ゼレンスキー大統領はハルキウを訪問している。市内の廃墟を視察した。訪問時の映像によると、ウクライナ兵たちが、大統領に道路わきの破壊された軍用車両などの被害について説明している。ゼレンスキー大統領はこの訪問の後

「この戦争で、占領者はどうにかしてなんらかの結果を手に入れようとしている。しかし、私たちが最後の一人まで土地を守ることを、占領者たちはもっと早く理解すべきだった。向こうに勝ち目はない、私たちは戦い、必ず勝利する」

 と、SNSに投稿しているとBBCは伝えている。

 また、大統領は訪問後、ハルキウ州で領土防衛の任務を果たさなかったとして、ウクライナ保安局のハルキウ州責任者を解任したと、国民向けの演説で明らかにした。

 

 

 五月三一日(火)

 

 産経新聞が「ジリ貧でも宗旨替えしない日本共産党」と題して特集記事を揚げていた。二〇二二年は、日本共産党結党一〇〇周年に当たるという。

 共産党が目指す国とはどういうものか。知っているようで知らない。仮に、一度や二度聞いてもすぐ忘れる。ただ、共産党だから、共産主義国家を目指しているのだろう、くらいしか認識していない。そんな共産党を揶揄して「革命を夢見て一〇〇年」と産経新聞は書くのである。

 四月二九日、共産党委員長の志位和夫は、東京渋谷の党本部で講演した。ウクライナ侵攻を決断したロシア大統領、プーチンを非難した。プーチンの言動は共産主義と関係がないことを力説した。

 「プーチンは、ロシア帝国やスターリンの覇権主義の信奉者でしかない。共産主義とはいかなる意味でも全く関係がない」

と語ったと紹介している。

 「共産主義」と聞くと、では「社会主義」とどう違うのか、と質問したくなる。わたしもよくわからないのであるが、マルクス・レーニン的には、社会主義国家の理想形が共産主義国家というらしい。

 だから、崩壊前のソ連邦が社会主義国家への途上にあった政治体制だったといっていい。もちろん、スターリンの独裁政治というおよそ社会主義国家にふさわしくない時代もあったが、それでも、ソ連邦を構成する国々はれっきとした社会主義国家だったのである。

 ウクライナ・ソヴィエット社会主義共和国であったし、カザフスタン・社会主義共和国であった。

 共産主義と社会主義の違いを論じても意味はない。論理的に議論するほどの差異はない。ちなみに、日本共産党の綱領の説明文から、その一部を抜粋してここに載せてみよう。

 「ソ連とそれに従属してきた東ヨーロッパ諸国で、一九八九~九一年に起こった支配体制の崩壊は、社会主義の失敗ではなく、社会主義の道から離れ去った覇権主義と官僚主義・専制主義の破産であった。これらの国々では革命の出発点においては、社会主義を目指すという目標が掲げられたが、指導部が誤った道を進んだ結果、社会の実態としては、社会主義とは無縁な人間抑圧の社会として、その解体を迎えた」

 また

 「ソ連覇権主義という歴史的な巨悪の崩壊は、大局的な視野で見れば、世界の平和と社会進歩の流れを発展させる新たな契機となった。それは世界の革命運動の健全な発展への新しい可能性を開く意義をもった」

 と説明している。

 党員数は、現在二七万人という。三〇年前は五十万だったから、ほぼ半減である。一番の収入源である「赤旗」の読者数は、今は一〇〇万人という。三十年前は三〇〇万部だったというから、三分の一に減ったことになる。二七万人と一〇〇万部の差はなんだというと、これは地方自治体の公務員たちが買わされているのである。地方議会の議員たちに強要されているのである。

 中国は社会主義国家といっていい。中国共産党の一党独裁体制であり、資本主義をベースに個人所有も認める。ただ、習近平の専制政治体制というべき状態にある。北朝鮮も社会主義国家であり、労働党の一党独裁体制であるが、個人所有はない、中国以上に金一族による先制独裁体制である。また、キューバやラオスが社会主義国家といわれているが詳しくは知らない。

ところで当のロシアであるが、ロシアは選挙制度システムも整っており、資本主義体制であり、れっきとした共和国といっていい。ロシアも、その専制政治体制であることは免れず、言論や表現の自由は著しく制限されている。プーチンを支えているのは圧倒的議席を有する与党の「統一ロシア」である。野党に「共産党」がある。

 ちなみに、「統一ロシア」は我が国の「自由民主党」をまねて結成された党であるという。二〇〇二年以来、自民党とは友党関係にあるという。

 ウクライナ戦争が始まって以来、ロシア国内でのプーチン支持の世論調査が二度ほど出た。当初は八一%、二度目は七六%だったかな。国営TV局の調査だから信頼できないと思うかもしれないが、プーチンは国内では数字に近い支持を集めているものと思う。ウクライナへの侵攻でも、「東部ドンバス地方のロシア系住民が迫害を受けているから、彼らをネオナチから守るために特別軍事作戦を展開する」というプーチンのことばを信じているのである。

 一つには、プーチンは一時期ロシア経済の建て直しに功績を示したこと。

 もうひとつは、いつも周辺諸国と戦争して、いつも勝利してきたこと。

 この二つが、強いプーチン像を形作り、同時に独裁体制が強化されてきたのである。もちろんその陰で、言論や表現の自由は著しく制限され、反政府批判は許されなくなったが。

 ウクライナ戦争を記録してきて、わたしはロシア人のメンタリティについてある疑問を持った。

ウクライナ戦争が勃発して以来、ロシアから脱出した人が既に三〇〇万人を超えるというニュースを聞いて、なんという亡国の民であろうかと思ったのである。金融制裁や経済制裁を知って、ロシアの未来に絶望しての脱出であろうが、それにしてもなんとまあ資産家たちに見る、金と物欲に堕した国民であろうかと思った次第である。

 しかし、それは、一般のロシア人だけではないのだろう。オルガルヒと呼ばれる巨大資産家たちは、ソ連崩壊後に民間会社の権益を受け継いだ人々であり、権力者が代わるたびに新しいオルガルヒが誕生して受け継がれているという。シロビキと呼ばれる諜報機関と軍の中枢勢力も、権力のそばにあって、それぞれ莫大な資産を有して、大統領を支えているという。

 権力が交代する度に、新しい富豪が誕生するという構造は、中国もよく似ているのかもしれない。独裁政権というところが共通しているのだろう。

 

 

六月一一日(水)

東部ドンバス地方で攻防は続いている。