緑内障治療 第二弾 その7
前回通院から、1か月経ち病院に行きました。
以前より、私なりに更に視力低下を感じていましたが、
やはり、視力検査は、以前より悪くなっていました。
まぁ、100点満点のテストに対して、
普段、10点代の点数しか取れない学生が、
一桁の点数しか取れなくなった程度の変化ですから、
生活する分には、何も問題ありません。
先生の診察ですが、眼圧は35。
1か月前の眼圧が34ですから、安定しているとの診断です。
飲み薬を止めて眼圧が上がらなくて良かったです。
新生血管のいきおいも見られないとのことで、
このまま1か月、様子をみることになりました。
特に自覚症状として、肩凝り・・・、
肩凝りは別な要因があるかも知れませんが・・・、
目が腫れぼったく感じる程度です。
それも意識したときくらいで、
他の何かに集中しているときは、
まったく感じません。
ドライアイは、眼軟膏をつけ忘れたり、
つける機会が無いと目の乾きで辛いことがあります。
先生からは、眼圧の薬も目を傷めるので、
眼軟膏、ヒアレイン点眼薬をマメに点けて、
目にできるだけ傷をつけないようにと言われました。
良かったことは、運転免許書の更新ができたことです。
運転免許の視力条件は、
片目でそれぞれ0.3以上、両目で0.7以上見えること、
または、片目が0.3以下の場合は、他眼の視力が0.7以上で、
視野が左右150°以上あること。
左目は殆ど見えない、右目は0.7以上・・・
もし、疲れなどで、右目がぼやけて、0.7見えないと・・・
眼鏡を買って再検査になったりして面倒だと
思っていましたが、どうにかパスしました。
視野検査も無事パス!
今は運転する機会も無いので、当然、ゴールド免許書保持者ですので、
約1時間で新しい免許書を手にすることができました。
・・・続く。
30か月検診に行ってきました
放医研に入院、重粒子線治療を受けて、
2年半になりました。
手術からは、3年弱となります。
半年前に「24か月検診」にも行っていたのでしたが、
ブログを書くことを忘れていたようです。
すいませんでした。
東日本大震災の翌週、水曜日が予約日です。
間引運転、速度制限の電車となる可能性もあるので、
通常より30分早く自宅を出ました。
本来であれば、自宅の最寄駅から放医研病院の最寄駅まで、
1本の電車で、30分弱の乗車時間でしたが・・・
なんと、ほぼ、変わらずの時間でした。
そのため、病院には8時頃には到着です。
待合室に入ることは出来ましたが、部屋は薄暗いです。
事務所の方が気を使って頂き、TVをつけて下さいました。
外来は8時30分から始まります。
その際、外来で待っている人達に、
事務所の方々から挨拶の言葉があります。
今までしたら、既に数組の人達が待っていますので、
気にならないのですが、
今日は、やはり交通手段で問題がある方が多いのか、
誰一人いません。
その言葉を一身で受けるのは気恥ずかしいものでした。
今日は、血液検査、CT、MRIの検査と先生の診断です。
病院への地震の影響については・・・
MRIは故障しました。
そのために、検査を受けることはできませんでした。
CT検査は受けることができましたので問題無いでしょう。
3月は重粒子線治療関連の機器は整備期間でしたが、
どうなのでしょう。
「つくば」の加速器に被害があったようですが、
被害が無く、4月から治療できるように
祈るばかりです。
CTの検査だけでしたので早く終わりました。
主治医の先生は、
地震関連で新たな放射線に関する対応なのでしょうか、
病院へ来られる先生達の交通手段対応なのでしょうか、
電話を色々沢山とされていましたが、
私が待っているところに気づいて頂いて、
すぐ診断を行って頂きました。
CTの画像から、腫瘍については、
再発、転移(肺、肝臓、他を含めて)は無いようです。
また、血液検査の結果も良好でした。
目出度い!目出度い!で、終わりと思ったところ・・・
なんと・・・
ヤバイかも知れない・・・
副作用が見つかりました。
放射線脳症だそうです。
左脳の前方から中頃まで脳浮腫がおきています。
毛細血管の静脈で流れが悪くなっているのか・・・。
脳が放射線にさらされた場合、急性脳症が起こり、
頭痛、吐き気、嘔吐、眠気、錯乱などの
神経症状が現れるそうです。
放射線療法後に現れる脳障害の症状は、
遅発性放射線障害と呼ばれ、
痴呆の悪化、記憶喪失、思考障害、認知障害、
人格変化、歩行の不安定などの進行性の症状が現れるそうです。
実は、先々週辺りに、2、3回、
眩暈と言うのか、
少し吐き気に近い変な症状が起きたことがあります。
頭痛は殆ど起きませんが、
緑内障とも関係があり、何とも言えません。
痴呆の悪化、記憶喪失については、
確かに、最近、記憶喪失とか、
話しているときに明確な単語が出てこないこと等があります。
ん・・・ただ、単なる年齢の問題かも知れないので、
何とも言えません。
人格変化は、怖いですね。
私の周りの方は気をつけて下さい。
特にアッチの方に変化してしまうと危ないですね。
って、既にそうだったりして。(笑)
ステロイド系の効果のある薬がありますが、
出来るだけ使わない方が良いでしょう。
様子を見ていきましょう・・・
と言うことになりました。
次回は、また6か月後です。
・・・半年後検査ということですので、
急激な状況にはならないようですね。
しかし、前回のブログを書くことを忘れていたことを思うと、
脳症はもっと前からあったのかも。(笑)
・・・続く。
緑内障治療 第二弾 その6
前回、緑内障に関して、
以下のようなことを書きました。
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網膜への光凝固治療は硝子体に出血が混じっていて
網膜の見えないところが多く、追加の治療ができない。
アバスチン注射は、
虹彩辺りの新生血管については、
非常に良く効いていて、
2週間をあけて再度注射を行うことができる。
まだ、リスクが小さく、効果が期待できる治療を
選択できる時期なので、アバスチン注射を行った。
治療効果はどうなったか?
今後の治療はどなるか?
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東日本大震災の翌週、火曜日に東大病院に行きました。
外来やっているのだろうか?
先生は病院に来られるのだろうか?
公共交通機関は動くのだろうか?
それもそうだけど、病状はどうだろうか?
色々心配事を重ねて、朝早く出かけました。
病院には、8時過ぎには到着しましたが、
既に自動再来受付には外来患者の方が
大勢列を作って待っていました。
自動再来受付は、8時20分からですので、
私は、余裕でソファーに座って受付できるまで待っていました。
どんなに早く受付をしても眼科はいつも混んでいますから・・・。
やはり地震の影響があり、看護師さんや検査技師の方の人員数は、
普段より少なく、そのようなアナウンスがありました。
今日もいつものように待たされるだろうな・・・
午前中に終わると良いなぁと思いながら、
ウツラウツラ居眠りをしていました。
しかし、病院スタッフの人数が少ないという以上に、
外来の方が交通手段の理由なのか、大幅に少ないようです。
そのため、9時過ぎには視力検査が行われ、散瞳薬の点眼、
そして、先生の診療を受けることでき、会計を終えたのは、
なんと、早い!10時でした。
地震は単なる不幸ではなく、大々不幸ですが、
不幸中の幸いでした。
ブログに書いていませんでしたが、
今回の2週間前、アバスチン注射1週間後に
治療を受けています。
そのときの眼圧は30でした。
高い数値ですが、過去の測定眼圧の最高値は46ですから、
比較すると随分下がっていることになります。
また、そのとき、硝子体に混ざっていた出血が減っていて、
網膜の見える場所が広がったとのことから、
更に追加の網膜への光凝固治療を行って貰えました。
やはり主治医の処置では殆ど痛くありません。
先生に尋ねましたら、
機種のことを含めて簡単に説明してくれました。
・・・よく理解できませんでしたが、
主治医の場合は、安心して治療を受けることができます。
前回の治療時に、眼圧も下がってきているので、
飲み薬「ダイアモックス」を中止となりました。
って、継続は私が厭な顔をしたことも大きな要因だと思いますが・・・。
今回の眼圧は・・・
なんと・・・
34でした。
ただ、飲み薬も止めた後、また前回から2週間後、
眼圧は少し高いが落ち着いているとの判断になりました。
私も、眼痛はありませんし、
多少、肩凝り、微妙に頭痛することもありますが、
気分は悪くありません。
まずはこのまま状況をみていきます。
次回は1か月後、ただ、病状悪化の場合は
その前に私から予約することになりました。
また、予約が難しいのか、かなり先なのですが、
6月に「ゴールドマン視野計」検査を行うようになりました。
私の左目は視力はとても悪くなりました。
重粒子線治療の副作用で失明も覚悟していましたが、
見えないと目薬を点すのが難しくなると心配していました。
まさに、今がその困難の状況に陥りました。
でも、人間は強くなるもの、私も技を身につけました!
なんと、反対側の目を開けて見ながら点眼すると
できるようになるのです。
視力が悪くなり、点眼液を無駄にし、
反対側の目で見ながら点眼しても、なかなか入らない・・・
しかし、その繰り返しで、
今は、殆ど無駄なく点眼できるようになりました。
・・・続く。
狂春嵐か?
春嵐という単語では小さすぎる状況ですが・・・
東日本大震災に前後して、
私には大イベントが発生しています。
以前からの「緑内障」治療や
「眼窩腺様嚢胞癌」治療後の定期検査、
受験シージン長男の「大学受験」、
不意に発生した仕事の「超多忙状態」のことです。
病気に関することは、別の日に記載するとして・・・
地震に受けた影響・・・、
本当に災害を受けることになってしまった
方々とは比較にもならない、
単なるボヤキですが、
ボヤかさせて下さい。
緑内障で病院への外来日も多いのに、
多忙となって外出が増えていました。
そう、埼玉県の某所に出かけて会議をしていた時間、
グラグラ、グラグラ、グラグラ・・・
「東日本大震災」第一弾の発生です。
その会社全社員と共に外に退避しましたが、
状況が一段落し、今日の会議は中止、帰ることになりました。
駅に行くと、既に大勢の乗客の方が
駅員の説明を聞き、電車の動きを確認しています。
タクシースタンドにも大勢の列、
しかもタクシーはなかなか来ない・・・
5分程度、見ていましたが1台も来ない。
この日は寒いので待っているのも楽では無い状況でした。
その駅は東武鉄道でしたが、
別の鉄道路線は動き出すのが早いかも知れない、
この街より大きな街の方がタクシー台数も多いかも知れない・・・
と思い、
私は、別の駅に行くバスに乗りました。
始発のバスなので、暖かいし、乗っている間は、
寝ていられるので楽です。
ただ、距離的にはそれほど長いと思いませんが、
埼玉県の道路は混雑もあるし、地震の影響があったためか、
1時間近く掛かったと思います。
着いた駅は、西武鉄道の駅です。
西武鉄道も同じく動き出そうもありません。
またタクシーも同様に待つ人は多く、
タクシーは殆ど着ません。
次の駅に向うバスに乗りました。
今度の駅は、JR中央線の駅です。
JRも動きません。タクシーにも乗れそうもありません。
都心に少しでも近く、規模の大きな駅にバスで向いました。
地獄です。
規模が大きな駅の場合、人がもの凄く多いです。
タクシーを待つ人の数は、数百人?
3分に1台にタクシーが姿を現す程度です・・・
どう計算しても、何時間掛かっても乗れません。
やっぱり、規模が中程度の街の駅が良いかもと思い、
小田急線の駅にバスで向いました。
駄目です。
大勢の人々がタクシースタンド、バス停に行列しています。
ここでも、タクシーに乗れそうもありません。
会社から出て、既に4時間経ち、20時近くなっていました。
小田急も勿論、動きそうもありません。
しかし、私に何故かラッキーが!
なんと、「渋谷駅行き」最終時刻のバスがあり
乗ることができました。
郊外の街から都心へ夜のバスであったため、
混んでいるバスですが、どうにかこうにか乗ることができました。
でも、渋谷まで、約4時間、バスの中で立っていましたが・・・。
渋谷に着いた頃には、次の日になりそうな時刻でしたが、
地下鉄・半蔵門線は、動き始めていましたので、
地下鉄で自宅方面の下町まで行き着きことができました。
バス5本と地下鉄を乗りついてきて疲れていましたので、
タクシーに乗ろうと思いましたが、
なんと、自宅方面にバスを含めて微動もしない車々の列です。
大渋滞という言葉にも適さない車列です。
実際、翌朝も車列が並んでいました。
結局、そこから3km強歩き、ヘトヘトとなり、
9時間掛けて帰ることができました。
良かったことは、帰れたこと、
バスや徒歩のお掛けで、
余り寒さを感じなかったことでしょうか。
もう一つのボヤキ?は簡単にします。
長男の受験のことです。
何故か理系の私と異なる分野での受験でした。
第一希望大学 ・・・ ×
第二希望大学 ・・・ 〇
以下の大学 ・・・ 〇
が、結果です。
もう少し詳しく書くと、
第一希望大学は、複数学部を受験しています。
第二希望以下の大学は、希望学部だけを受験しています。
私としては、長男の希望している学部には、
余り価値観を持っていません。
理系、文系でも経済など、
実社会に直接関係の深い分野が良いと思っていました。
そのため、第一希望大学の「希望学部」は不合格で
第一希望大学の「希望していない学部」の合格が、
私にとっては、一番の望みだったのですが、
夢になってしまいました。
勿論、長男にこのようなことは言っていませんでしたよ。
まぁ、希望学部を優先する長男に
説得するようなこともなくなり良かったのでしょう。
長男よ、本当にお疲れ様でした。
今の大学生は、勉強をしなければならないし、
資格を取るような勉強もするとか・・・
私の頃とは異なると思うけど、楽しんで欲しい。
震災の皆様、辛いことばかりでしょうが、
少しでも希望が持てることがありますように!
緑内障治療 第二弾 その5
前回、以下のようなことを書きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実は実は・・・
三連休の前日辺りからかなり痛みや凝りを感じなくなってきました。
連休初日の今日も随分調子が良いです。
ん・・・ 果たして、三連休明けの検査は期待できるか!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お陰さまで、すっかり良くなりました。
眼圧を下げる飲み薬も不要となり、身体も軽い!
ここには書けない楽しい冒険も経験でき、
別世界に居たような気持ちで、ブログ更新を忘れていました。
・・・なんて、書ければ良かった。
三連休明けの日、病院に行ってきました。
眼圧検査です。
なんと、46mmHgでした!
余りにも高い数字なので久しぶりに単位までつけてしまいました。
自覚症状としては、多少の頭痛、首筋・肩凝りがありましたが、
仕事ができるので、生活上の問題は無かったと思います。
この当時から、今でもそうなのですが、
計画外の仕事が入り、週に1.5日は外出、またその準備も必要となり、
大変忙しい仕事をしています。
忙しい分、仕事で、普段よりは厳しい口調だったかも知れませんが、
決して、頭痛、首筋・肩凝りの原因ではありません・・・
きっと。
決して、長男の大学受験が心配だからだったわけでもありません・・・
きっと。
治療に関しては、前回書きましたように、
網膜への光凝固治療は硝子体に出血が混じっていて
網膜の見えないところが多く、
見える部分については、以前の治療で十分とのことで、
追加の治療ができないそうです。
そのため、再度、アバスチン注射を行うことになりました。
アバスチン注射は、効果が少ない場合、
2週間をあけて再度注射を行うことができます。
虹彩辺りの新生血管については非常に良く効いていますので、
今、リスクが小さく、効果が期待できる治療として、
第一選択なのだろうと思いました。
ただ、心配事があります。
注射を打った後、眼圧が急激に上がるために、
我慢できないほどの痛みを感じることです。
前回は、注射前の眼圧が36で酷い痛みでしたですが、
今回、もし注射前の眼圧が46でしたら、
死んでしまうかも知れません。
死ぬなら良いけど、失禁では恥かしいので、
先生に前回の痛みを相談しました。
先生「分かりました。注射前に水分を抜かせましょう。
伝えておきますが、ご自身で確認もして下さいね。」
ということになりました。
注射当日です。
注射前の眼圧は38でした。
注射前の検査をして下さった先生も、注射をして下さった先生も、
注射の前の処理をすることを言って頂き、
どういう処理をして頂いたのか、見ることはできませんが、
痛みについては、前回の1/100程度、
殆ど気にならない程度で終わりました。
本当に、感謝、感謝、感謝感激でした。
このことについては、面白い出来事が一つあります。
三連休明け以降、時々、腹痛がすることが多くなりました。
下痢?それにしては下腹部では無いかな。
左側のお腹・・・ 盲腸? 盲腸は右か?
随分以前に助間神経痛の経験もあるけど、数日で治るし・・・
というのが続いていました。
目の病気の他に、消化器系の病気は厄介だなぁ・・・と
本当に悩み始めた頃、
今年2回目のアバスチン注射をやっていただきました。
・・・その瞬間から、腹痛も無くなりました!
この二つの出来事を結びつけるのは難しいのですが、
余りにもタイミングが良すぎますので、因果関係があるのでしょう。
仕事、長男の受験にも色々気を使っていましたが、
あくまでも大脳への負荷、
アバスチン注射の痛みに対する恐怖は、
もっと古い脳の悩みだったのでしょうね。
その悩みが助間神経痛として現われたとしか考えられません。
まさか、眼球注射の痛みを
そんなに悩んでいる意識はありませんでした。
眼圧が上がらない処置を取って頂くということで、
痛みは多少減るだろうと完全に思い込んでいました。
でも、それは、大脳、古い脳は悩んでいたのでしょうね。
・・・で、今回のアバスチン注射の効果は、来週、診療してきます。
昨日は、長男の全受験が終わり、ささやかなお疲れ会を行いました。
合否結果が出てくる大学・学部はまだまだ残っています。
果たしてどうなるか・・・。
続く・・・