「地図講」の6回目の街歩きのお話です。地図講とは、地図をこよなく偏愛する組織「地図ラー」の会の有料会員組織(「note」のコンテンツで月2000円) のことです。
本日の地図講の街歩きは、千葉駅周辺。千葉開府900年を記念した行事の真っ最中の千葉の中心地です。「千葉開府900年」とは、千葉市の都市としての歴史が始まってから、2026年で900年という大きな節目を迎えることを記念するプロジェクトです。平安時代後期の1126年6月1日に、武士の一族である「千葉氏」の当主・千葉常重が本拠地を猪鼻城(現在の千葉市中央区)に移したことが、現在の千葉市のまちの起源とされています。千葉市ではこの歴史的な節目を祝い、様々な取り組みや記念イベントが展開されているところです。
千葉駅に着くと、そこかしこに大きなポスター。アニメ「青のオーケストラ」です。このアニメの聖地は、厳密には幕張になりますが、幕張も千葉市の一部ということで、コラボされているようです。
集合場所は、千葉駅で有名な「ふくろう交番」。千葉中央警察署の千葉駅前交番です。千葉駅前広場を鉄筋に囲まれた人工の森と見立てた「森の守り神」をイメージしているとか。ただ、歩道の屋根の影響で、交番の二階部分のふくろうが確認しずらくなっていましたが、無事に全員集合。取材のための新聞記者が一人同行しつつ、出発です。
最初に、「ここに千葉駅ありき」碑を見学。千葉駅は、この場所から1963年に現在の場所へ移動しています。駅が移動するまでは、内房線の館山や外房線の安房鴨川から東京へ向かう場合、ここでスイッチバックをしていたのです。かつては、にぎやかだった場所の一等地でしたが、今ではすっかり埃っぽい街並みとなっています。
ここから、しばし房総往還(ぼうそうおうかん)の往時を忍びます。房総往還とは、千葉県船橋市の船橋宿から房総半島の西側(内房)を経由し、館山市の安房北条に至る江戸時代からの主要な街道の総称です。かつては、この街道沿いに、地蔵様などが祭られ、主要な神社が建てられ、賑わっていたことになります。堂満橋を渡り、しばし歩くと香取さま(千葉神社境外末社)です。神社と言えば、すぐ近くの妙見本宮千葉神社が有名ですが、こちらは歴史がある神社です。千葉神社最大の伝統祭礼である夏の例祭「妙見大祭」では、神輿はまっさきにこの神社に参ります。さらに挨拶が終わるまでは、神輿の頂点にあるきらびやかな飾りの鳳凰は外されるなど、かなりの敬意が払われるのです。
次に訪れたのは、後からできた妙見本宮千葉神社です。この地を支配していた千葉氏は、北極星や北斗七星を神格化した星の神様として「妙見様(妙見菩薩)」を信仰し、軍神もしくは守り神として一族の結束を図っていました。鳥居の狛犬の足元には、子供の狛犬が遊び回っています。これは、かなりのパワースポットだと、個人認定しておきます。さらに、この神社は重層社殿としても有名です。今まで知らなかったのですが、二階へ自由に上がれるのです。社殿の横手には、護摩壇・亀岩・弁天様・妙見池など、小さなテーマパークのようににぎやかに広がっています。
休憩は、千葉市美術館。ここで、新聞記者さんからインタビューを受けつつ、ショップで土産物を買ったり、館内の小さなカフェでドリンクを飲んだりと、しばしくつろぎます。さて、新聞記者さんとはここでお別れ。なんでも、ボビー・オロゴンさん関係の事件があったようで、呼び出されてしまったようです。
美術館を後にし、謎のスパイダーマンの等身大の像を目撃しつつ、蓮池通りを散策します。この細い通りは、かつての千葉の政財界の重鎮や文化人が集った「千葉市最大の格式高い花街(芸者街)」の歴史を持つ粋な通りだったそうで、芸者の三味線のBGMが流れるなど、今でも面影が残っています。
都川に到着。吾妻橋を渡り、大和橋を横目に見つつ、「お茶の水」です。千葉常胤が、ここの湧き水でお茶を点てて頼朝をもてなしたとされた場所です。徳川家康も鷹狩の途中、ここでお茶を飲んだという記録が残っているそうです。亥鼻城跡というか、城の形をした博物館を仰ぎ見つつ脇を歩きます。この博物館、みなさんの思い出話を聞くと、2階にプラネタリウムがあったりとか、金網が取り払われた最上階からの眺めはよくなったりとか、一度は訪れてみたいと思うのでした。
街歩きも、いよいよ終盤。千葉大学のキャンパス内に入ります。病院もあるので、キャンパス内への出入りは自由だとかで、今まで知りませんでした。千葉大学亥鼻キャンパス記念講堂は、コンクリート打ちっぱなしのモダンな建物です。千葉大学旧医学部本館は、古くなり、もはや誰も入ることができません。千葉大学医学部サークル会館は、現在ではサークル活動に使われていますが、不気味なほど古い建物です。さて、大学を含め、亥鼻城の跡地周辺には、7つの小さな古塚「七天王塚」(市指定文化財)が点々と残されています。そのうちの6号塚と7号塚を見学します。7つの小塚は北斗七星の形に散らばっているとかで、パワースポットあるいは心霊スポットとして地元では有名なようです。機会があったら、7つ全部制覇したいものです。大学自体は城跡に続く丘の上にあるのですが、両側の落差は激しく、面白い地形です。近未来的な千葉大学医学部附属病院の救命救急センターの前を通り、千葉大学医学部附属病院に到着。街歩きはここで終了となりました。みな、バスに乗り、千葉駅へと向かうのでした。
■コース

●地形拡大図

さあ、今日も地図を広げて、
「開府900年」の千葉へ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















































































































































