房総半島の太平洋岸にある勝浦は夏でも涼しいという噂を聞き、家内と訪ねてみることにしました。勝浦沖の海底は急激に深くなっており、そこで冷やされた海流が勝浦という街を涼しくしているのだそうです。
今回訪ねたのは、正確には勝浦市にある鵜原理想郷(うばらりそうきょう)です。鵜原理想郷は、勝浦湾の西側に突出する明神岬周辺の海岸景勝地を指します。周辺は、起伏に富んだ岬が続くリアス式海岸で、南房総国定公園に指定されており、砂浜が広がる鵜原海岸は日本の渚百選にも選ばれています。さらに岬は先端まで木々や植物にびっしりと覆われています。その複雑な自然造形に惹かれ、古くから多くの文人たちが訪れ、数々の作品を残しています。与謝野晶子は当地に滞在し、76首の歌を詠み、三島由紀夫は「岬にての物語」で鵜原を活写しています。大正初期には当地を別荘地とする計画があり、鵜原理想郷の由来とされています。
さて、早朝の快速電車で終点の上総一ノ宮駅まで一本。ここで乗り換えです。通常は2両編成の列車も、朝のこの時間は10両くらいの長い編成。楽に海側のボックス席に座れます。ただ、海が見えるのは、御宿と勝浦を過ぎたあたりから。勝浦の次の駅である鵜原駅はローカルな無人駅です。ホームに降りると、確かにカラッとしていて、ジトっとした蒸し暑いという感じはしません。駅には改札のゲートもなく、Suicaをかざす機器があるのみ。駅自体が改修中のようです。可愛い郵便局や小さくて短い商店街は祭りの準備中。昭和を感じる佇まいでした。
小さな川沿いに下っていくと、ほどよい大きさの入江には鵜原海水浴場が広がっていました。点在する海の家からは早くもラーメンの濃い醤油の匂いが漂ってきます。ブイに囲まれた海水浴場には、サーファーが多くみられますが、浜辺には子どもたちの姿も見えます。
浜辺の中央には鳥居が建てられています。満ち潮時には、波につかるのか、わからない微妙な位置ですが、一の鳥居のようです。鳥居をくぐるのがはばかれるように祭りのための飾りつけが施されていました。
砂浜の堤防沿いの道を歩くと、とても小さな漁港。その先には手掘りのトンネルがあり、中に入っていきます。反響もよくひんやりとした空間で、ときおり雫が落ちてきます。向こう側が見えているので、安心して歩けます。
トンネルを抜けるると小さな広場。左手の方に、理想郷と書かれた標識に従って、手すりのついた細い緩やかなコンクリート製の階段をゆっくりと登ります。途中立派な公衆トイレがあり、そこからは風通しのよい登山道。しばらくすると分岐点ですが、木々の背が高く、方向が分かりません。地理院地図で見当をつけ、右手の方へ向かいます。ここからは緩やかな小道。草原のような開けた場所に出て、小高い丘の上に設置されたベンチまで上がると尾根道の両側に突如として海が現れます。右側は鵜原海水浴場。左側は絶壁で、太平洋の荒波が谷間のような入江に打ち寄せていました。広々とした風景にカラッとした空気、それに風も気持ち良いのですが、さすがに頭上の日差しが強すぎます。
しばらく周辺を歩き、危険のないように絶壁の縁まで覗き込んだりしますが、そろそろ家内の活動限界なので、退散します。元来た道を戻っていきます。海水浴場も先ほどよりは人が集まっていました。帰り道の商店街で、お店の人から挨拶をされ、パンフレットをいただきました。それによると1週間後の日曜日に「大名行列」が行われるとのこと。商店街の祭りの準備は、このためのものでした。
■コース