pocopanのブログ 「地図がいっぱいある暮らし」

pocopanのブログ 「地図がいっぱいある暮らし」

地図を眺めれば、家にいながら「冒険」の始まり。
毎日をワクワクドキドキの「夏休み」にするためのブログ。

 

木村拓哉さん主演の「教場」の映画とドラマは、「Amazonプライム」で無料放送されるのを待ちわびつつ、結局原作を読んでしまいました。「教場」の原作をあらかた読破してしまうと、続けて似たような作品も読んでしまいたくなるもの。「Gemini」に『「教場」ぽい作品で、次に読んでおくべき本を紹介して』 と頼んだところ、表題の「D機関」シリーズがトップに表示され、さっそく読み始めることにしました。

「D機関」シリーズは、柳広司氏が描く傑作スパイ・ミステリー小説です。時代は、太平洋戦争前の昭和12年。この年、結城中佐が極秘に設立したスパイ組織「D機関」の若き精鋭たちが、世界中を舞台に「死ぬな、殺すな」を旨として諜報戦を展開します。「ジョーカー・ゲーム」「ダブル・ジョーカー」「パラダイス・ロスト」「ラスト・ワルツ」の4冊が刊行されており、一冊当たり、3~5話分の短編が収録されています。どこから読んでも支障はありません。つまり、一話完結型です。それぞれの話は、短編でありながら、意外な結末やどんでん返しで、毎度圧倒されます。情報もてんこ盛りで半端ありません。

「D機関」というのは、帝国陸軍内の反対を押し切り、結城中佐が設立した諜報機関です。史実ですと、「陸軍中野学校」にあたります。軍人ではなく一般の大学出身者から選抜された異能の集団です。逆に軍隊に少しでも染まっている人間は、スパイに向かないと断定。その理由として、「死ぬな、殺すな」を理念としているので、潔い自決など、もってのほか。「死体」は、平時において、すべての人間の注意を集めるということで、自決と殺人は最悪の選択肢。隠密というよりは、ありふれたごく普通の行動を重視します。

「D」の意味については、登場人物たちが、いく通りもの解釈を披露してくれますが、決め手がありません。結城中佐は悪魔とも言われているので、単純に「Devil」の「D」なのかもしれません。

あと、スパイ小説なので、各国の情報機関も登場し、「D機関」にあっさりと出し抜かれます。ドイツ国防軍の「アプヴェーア」や、イギリスの諜報機関「MI6」あたりです。特に「MI6」では、創設者の「C」が話に出てきます。実在する人物であるマンスフィールド・スミス=カミング(Mansfield Smith-Cumming )海軍大佐が初代局長です。大佐が書簡の最後に「C」(「Cumming 」のイニシャル)と緑のインクで署名していたことより、以降、歴代長官も「C」の署名を踏襲。秘密情報部では歴代長官をさす暗号名として使用されてきたそうです。「007」シリーズのなかでは、「M」と呼ばれています。原作小説では、初代Mの本名の「マイルズ・メッサヴィー」(Miles Messervy)の頭文字から来ているとの設定がなされていますが、もともとは、マンスフィールド·スミス=カミング海軍大佐の名前の先頭の文字「M」を取っていると考える方が自然でしょう。そう考えると、「D」は、誰かの名前のイニシャルかもしれません。

「007」シリーズ といえば、「ロシアより愛をこめて」に登場する「オリエント急行」での列車シーン。このシーンが一番好きです。「D機関」シリーズでも満鉄特急の「あじあ」号が登場し、列車に関するうんちくやクイズとともに、列車内での秀逸な頭脳合戦が爽快に楽しめます。

「暗号名ケルベロス」という作品では、豪華客船「朱鷺丸」が登場します。ただし、本船は実在する船ではありませんでした。戦前(昭和初期)に日本郵船が運航していた「新田丸級貨客船(新田丸、八幡丸、春日丸)」 をモデルにしているようです。「貨客船」 ではありますが、昨年訪れた横浜港に停泊している「氷川丸」の内部を思い出させてくれます。

物語の展開としては、「スパイは何事にもこだわってはいけない。」が鉄則です。特に、得意技なんかがあると、「その得意技で足元をすくわれてしまう」というミスをおかし勝ちのようです。ただ、これだけ優秀な諜報機関によって獲得された、えりすぐりの情報があっても、それを正しく扱える人間がいないと、簡単に国が滅んでしまうというのは、皮肉なものです。実際にそのような情報を得ていたかどうかは別として、戦後の日本の混乱については、「終戦のエンペラー」や「山田轟法律事務所」を鑑賞し、気分的に立ち直りましょう。

最期に、本シリーズは、2008年「このミステリーがすごい!」第2位、第30回吉川英治文学新人賞・第62回日本推理作家協会賞を受賞しています。また、2016年にテレビアニメ化、2015年に映画化されています。無料のアニメの第一話は、原作に忠実に作られています。原作に忠実過ぎて、結城中佐はそれなりに描かれていますが、他の登場人物は、まったく顔が思い出せません。となると映画は、大丈夫? ということで、「Amazonプライム」のポイントを使って、無料で映画「ジョーカー・ゲーム」を鑑賞してしまいました。まあ、それなりに楽しみめたかと。D機関がブラックノートを入手するという話で、原作で使われたネタがあちらこちらにちりばめられており、それはそれで楽しいのですが、後半になると、アクションが主体となります。頭脳戦がテーマの原作とは似ても似つかない作品となり、はっきり言えば、「ルパン三世」です。チャイナドレスやメイド服姿で登場する深田恭子さんは「神」ですが、「ルパンの娘」というよりは、完全に峰不二子さんです。最後にしつこく登場するイギリス情報部は、まさに埼玉県警のパトカーと銭形警部でした。それにしても亀梨和也さんはルパン三世よりも格好良く、本映画は、ルパンの息子がD機関に潜入し、大暴れするという実写化映画だと思えば、最高傑作です。



さあ、今日も地図を広げて、
目立たないように冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

早くも3月後半です。今年から始まった、地図をこよなく偏愛する組織「地図ラー」の会の有料会員組織「地図講」(月2000円) の街歩きも3回目となりました。
今回も総武線沿線で、幕張となります。JR総武線の「幕張駅」で13時に集合です。

JR幕張駅は、地域住民が利用する落ち着いた駅です。1日の平均乗車人員は、JR京葉線の海浜幕張駅の約13.6万人に対し、この駅では1.5万人ほどで、2024年度においては、総武線と中央線(総武線の各駅列車は三鷹駅まで行く)の駅の中で最小の記録を残しています。 駅の北側は、再開発が進み、巨大なロータリーができましたが、建物がまったく追い付いていないようで、近代化された砂漠のような印象です。一方、駅の南側は、かつての村落が残っているため、大きな開発ができず、商店街などがごちゃごちゃしており、昭和の面影が色濃く残っています。そのため、幕張メッセに一番近い総武線の駅にもかかわらず、バスがありません。バスに乗るなら、隣の幕張本郷駅です。こちらでは、2両編成のバスがあるほど、充実しています。ただ、メッセへ行くのに、この駅で降りてしまう残念な乗客は跡を絶たず、タクシーだけは常時待機していますので、ご安心を。

さて、幕張駅です。13時となり、かつて「ベックスコーヒーショップ (BECK'S COFFEE SHOP)」があった場所へ移動します。現在は誰でも利用できる休憩広場となっており、昭和の時代に千葉県内などを走っていた引退車両の座席が設置されています。特急「わかしお」や「さざなみ」などで活躍した183系・189系特急電車の座席と、観光列車で利用された485系「ニューなのはな」の座席です。近くに、「幕張車両センター」があるので、そこで解体された車両の部品が持ち込まれたようです。お決まりの「歩く際の注意事項」を記憶にとどめ、さっそく出発です。 

商店街を抜け、京成線の踏切で右折、線路沿いに歩き、京成幕張駅を目指します。商店街には、街の中華屋が何件もあり、うらやましい限りです。「幕張いもっこ保育園」の細い道から「幕張公民館」を観察します。この公民館、上から見ると、十二角形の形をしています。そのまま進めば、京成幕張駅。駅前は再開発されていました。かつては、大きな開かずの踏切があったのですが、道路は地下へ移され、駅前にはロータリーができており、京葉線方面へのバスがあるのにはびっくりしました。

駅の前には、広大な昆陽神社が広がっています。地下に潜った道路の上に建立されています。手前には、青木昆陽甘藷試作地の静かな空間。江戸時代に青木昆陽さんがサツマイモの栽培に成功し、その後の飢饉で多くの人を助けたという話で、教科書で読んだことがあるかと思います。先ほどの保育園の名称が「いもっこ」なのも、頷けるかと。昆陽神社には、秋葉神社も併設されていますが、逆です。もともと秋葉神社があった場所に、サツマイモの神様が祀られています。それにしても、神社の下を自動車がひっきりなしに通過していると思うと不思議な感じです。神社を過後にして、幕張小学校です。校章が「三枚の芋の葉」。地元では、「イモショウ」と呼ばれており、ちょっと可哀そう。でも、この小学校出身の有名人と言えば、作家の椎名誠さんです。幕張時代の思い出を東京新聞によく綴られています。

線路わきなので、そろそろ車両基地が見えてきます。こういう広大な車両基地を見ると、気になるのは向こう側への渡り方です。当初は、何もない場所に車両基地を作っているので、後から横切るような自動車道を作るのは、かなりの大事業です。基地は24時間稼働しているので、架橋工事で止めることができません。なので、こういう場所では跨線橋が活躍します。いわゆる陸橋ですね。跨線橋は、鉄道マニアにとって、隠れたトレインビューにもなります。 期待していたところ、なんと踏切がありました。しかも直線の踏切ではなくて、クランク型の踏切です。横にも長いので、一度では渡り切れませんでした。向こう側へ渡ると、寸断された自動車道。その先に跨線橋があり、再び線路の南側へ渡りますが、眺めは最高です。鉄道模型も憧れますが、実際のちまちました車両の風景も絶景です。

補陀羅山宝幢寺は地元のお寺なのでしょう。広大な敷地で、お墓もかなりの広さがあります。少し歩くと、幕張総鎮守の子守神社(コマモリ神社)があります。こちらも古くからの地元の神社らしく、絵馬やおみくじやらで、とても賑やかです。巫女さんもおり、「御朱印(ごしゅいん)」も「直書き」方式で対応しています。この神社、下総三山の七年祭りに参加する九つの神社の一つで、「子守役」を担当しています。立派な神輿庫(みこしぐら)があり、ガラス越しに神輿を見ることができました。 

上八坂橋は浜田川にかかる橋。この川の上流には、広大な車両基地があり、その区間は暗渠となっています。その暗渠の大きな二つの出口がこの橋から望むことができます。ちなみに、この浜田川が東京湾に流れ込む場所に「ZOZOマリンスタジアム」があります。

セブンイレブン幕張店でトイレ休憩・水分補給後、馬加康胤首塚へ向かいます。千葉氏の19代当主の馬加康胤は室町幕府と争い、八幡宿で自刃します。首実検で運ばれていた首を部下が奪い、この地に埋めたという話です。椎名誠氏の東京新聞「過ぎし楽しき千葉の日々」によれば、この山は「ドウノ山」と呼ばれ、木登りしようとすると、枝がすぐに折れる。「埋められている首のせいだ」ということで、子供たちから少し怖がられていたようです。このこんもりした丘の西側へ向かい茶屋坂を下ります。

再び、浜田川を渡ります。この付近では、房総往還がクランクしており、江戸時代には「馬加宿(まくはりしゅく)」 があったようです。周辺一帯の埋め立てが始まる前は、海水浴場と潮干狩りで賑わっていたとのことです。新道を伝い、幕張銀座通りを歩き、田川肉店の前の空き地で無事に解散です。この「田川肉店」は、アニメ「青のオーケストラ」で秋根さんがチキンカツを楽しみにしていたお店となります。

■東京新聞(2024年04月07日)


■コース


①幕張公民館


②青木昆陽甘藷試作地


③昆陽神社


④クランクした踏切


⑤跨線橋


⑥子守神社


⑦上八坂橋


⑧馬加康胤首塚


⑨田川肉店



さあ、今日も地図を広げて、
跨線橋と踏切を渡り、向こう側の世界へ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

先日の「地図講」での街歩きで、東京湾に流れる花見川(旧検見川)と印旛沼とをつなぐ「新川」が、かつては印旛沼へ流れ込んでいたという話を聞き、無性に二つの川の境目を見たくなってしまいました。地図を見ると、西船橋駅と勝田台駅とを結ぶ東葉高速線の八千代中央駅から歩くのが近そうです。

西船橋駅から、東葉高速線に乗り換えます。東葉高速線は、京成津田沼から成田へ向かう京成線と、ほぼ並行して走っており、終点の勝田台で合流します。ちょっと、路線がかぶっているように見えますが、その京成線のラッシュ緩和が目的なので、良きライバルと言えるでしょう。京成線は、もとからある集落を縫って敷かれた線路なので、駅の間隔は異様に短いです。一方、東葉高速線は、住宅地とセットで開発されているので、駅の間隔は長めです。それにしても、バスが必須な住宅街があるほど、駅の間隔は長めです。理由は、路線名にありました。京葉高速線には、「遠くの都心へいかに早く着くか」という目的があるのでした。そのまま、東西線に乗り入れているので、大手町へ向かうには、最速です。バスで時間がかかったとしても、電車が早ければ、心理的に抵抗が少ないということのようです。

通勤でバスを使うのは、ちょっと苦手です。「自宅からバスに乗って最寄りの駅へ」という通勤は、親元から通っていたときに経験(京葉線がない時代で、総武線の新検見川駅へ出るのに、バスを利用)済みですが、ある意味トラウマです。バスが深夜まで営業していれば、問題ありませんが、残業続きの日々だったので、駅から毎夜45分歩いていました。自立しようと家探しをしたときも、駅から何分というのが基準でした。結局、快速が停まる稲毛駅周辺を選んでいます。

さて、その東葉高速線に乗車すると、すぐにトンネルです。路線の実に37%が地下にあります。高速が謳い文句なので、台地の下をトンネルで一直線に貫いています。まもなく「飯山満」駅に到着。読める人いますでしょうか?「はさま」と読むそうです。各駅の間隔があまりにも長いので、各駅にはそれぞれの役割があるそうです。以前紹介したことのある「船橋日大前駅」は、日大があることからわかる通り、文教エリアです。

今回、下車した八千代中央駅は、行政と医療の中核を担う役割が与えられています。市役所や警察署、市民会館などの公的機関はもちろんのこと、大規模な総合病院「東京女子医科大学八千代医療センター」、さらには健康促進のための運動公園があります。そんなわけで、安心を売りとしたファミリー向けの住宅地が広がっています。

駅舎を出て、東へ向かうと、ゆりのき通り。正面には、谷へ通じる細い道があり、直角に左へ曲がると、萱田第5号公園となります。かつては、新川の支流が流れていたのでしょう。谷に沿って、公園が作られています。要所要所には、季節の花が植えられており、春を迎えようとしていました。

新川の川岸は遊歩道。ジョギングする人で多少賑わっています。ゆらゆら橋を渡り、東岸へ。吊り橋なので、揺れます。中央の支柱で両端をつっているので、正確には「斜張橋」という分類になります。その支柱の橋げた部分には、昭和の時代に描かれたような丸い宇宙船が秘密基地のように置かれています。 中に入ってみると階段付きの展望台となっていました。風が強いので、長居は無用です。あとで調べてみると、宇宙船ではなく普通の船をモチーフにしていることが分かりました。

村上橋には、「太陽」と「緑」の題名が付けられた裸婦像が2体置かれています。
市民の募金によってつくられています。黒光りはコーティングの影響らしく、ブロンズ像とのことです。製作者の佐藤忠良氏は、日本人として初めてパリのロダン美術館で個展を開いた、現代彫刻界の第一人者だそうです。同じ作者の裸婦像は、千葉市の青葉の森公園の「緑の風」があります。

村上橋を渡り、再び川の西岸へ。まだ開花を迎えていない桜並木を歩きます。新川大橋通りを渡り、しばらく歩くと、巨大な木製のアスレチックが置かれてる「子どもの広場」です。アスレチックは丘の上の「冒険広場」とつながっていますが、ところどころ、禁止区域があり、すべてを遊びつくすことはできないようで、子供たちにはちょっと残念な遊具です。

朝日もすっかり上り、ようやく新川と花見川を区分する堰のような構造物「大和田排水機場」が見えてきました。実は、新川と花見川はつながっておらず、印旛沼が満水時に、ポンプを使って新川から花見川へ水を流す仕組みになっています。この排水ポンプ施設を管理する「水資源機構 千葉用水総合管理所」の敷地は広く、向こう側の花見川を見るためには、住宅地を大きく迂回する必要がありそうです。残念ながら、家内の活動限界が近いので、京成線の京成大和田駅へ向かいます。

現在では、ポンプ施設の北側が新川の出発点であり、南側が花見川の出発点となっていますが、かつての地形図を見ると想像外の地形が広がっています。新川の源流は、もっと南の方となります。花見川も当時は検見川と呼ばれていて、かなり南側から流れています。2つの川の間には、大きな台地が広がっており、昭和20年代の地形図では、横戸台や鷹之台といった台地を貫くように溝を掘った跡が記されています。この溝は、江戸時代から掘り続けられていますが、かなりの難工事だったようです。溝があるだけで、まだ二本の川は接続されていません。昭和30年代になると、ようやく完全に一本の川となるのです。

京成大和田駅に近づくにつれ、住宅地の隙間に食事処が点々と、しだいにバーなどの飲み屋が見え始め、駅のホームも見えてきます。京成大和田駅の改札をくぐり、線路を渡って、上野方面のホームへ。帰宅の途につくのでした。

■新川と検見川のかつての分水嶺


■コース


①萱田第5号公園


②ゆらゆら橋


③村上橋


④子どもの広場

⑤大和田排水機場




さあ、今日も地図を広げて、
源流探しへ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

早くも3月です。今年から始まった、地図をこよなく偏愛する組織「地図ラー」の会の有料会員組織「地図講」(月2000円) の街歩きも2回目です。当初は2月8日の予定でしたが、大雪で中止。代わりに2月の最後の日の28日に開催されました。

2回目は検見川です。JR総武線では「新検見川駅」があります。総武線で二番目に知られていない駅で有名なのだそうです。「知られていないのに有名?」って、変な話ですが、一番知られていないのは「平井駅」(新小岩駅と亀戸駅との間)なのだそうです。「新検見川駅」に「新」がつくのは、京成千葉線の「検見川駅」(1921年)が先に存在していたからです。総武線自体は古くからあったのですが、駅ができたのは、周辺に住宅地が整備され始めた1951年となります。

新検見川駅は懐かしい駅です。30年以上前に美浜区に住んでいたことがあり、通学や通勤で、この駅を利用したものです。かつては、ミートスパゲティーが美味しかった喫茶店「モナミ」や「ロッテリア」があり、ホーム上には立ち食いそば屋があったりと、大いに利用したものです。現在では、改札へ上がるエレベータが取り付けられ、イメージがかなり変わりました。「カフェ・ド・クリエ 新検見川駅店」ができたりと、少しはお洒落な感じです。ただ、快速列車が停車しないことや、南口には旧態依然とした「西友」があったりと、昭和から抜け切れていない感じがする駅です。

さて、その駅に13時に集合し、時刻通りに出発します。最初は、花園グリーンベルト。約1kmにわたって桜の巨木が続くソメイヨシノの並木道です。高圧線に沿って設けられた道路中央分離帯を公園や緑地として整備した空間です。「2万5千分の1の地図」(地理院地図)を見ると、道路に沿って、送電線の地図記号が付されています。その片隅に、「千葉工業高校跡」があります。千葉県立千葉工業高等学校の旧校舎跡地のことです。戦時中、技術者の需要が高まったことから、当時としては珍しい「航空機科」などが置かれ、国策に沿った専門教育が行われた場所として、記憶にとどめるべきなのでしょう。空襲により焼失しています。現在は、文教地区として蘇り、千葉市立花園中学校の敷地となっています。現在の千葉工業高校は蘇我駅近くで伝統を守っています。 

千葉工業高校跡を過ぎると、下り坂となり、その先は再び上り坂ということで、起伏の激しい場所です。かつては、この低地に川が流れていましたが、現在では、東京大学総合運動場が広がっています。もともとは戦前の東京帝国大学の厚生施設としての運動場だったそうです。1kmほど続くクロスカントリーコースが設定されていました。戦後は、一時期「東大ゴルフ場」として運営されていました。しかし、「国立大学がゴルフ場を持つとは何事か」という議論が国会で巻き起こり、1964年の五輪を機に現在の総合運動場へと再整備されました。このエリア特有の起伏に富んだ地形が、選手の体力を試す過酷なコースとして高く評価されたのです。 1964年10月15日にはオリンピック競技が行われました。競技種目は、近代五種のうちの最終種目「クロスカントリー(4000m)」です。そんなことを、今回の街歩きで知ることができました。

新検見川駅の北側を地図で見ると、先ほどのグリーンベルトと同様に気になるカーブが登場しています。かつての航空写真を見ると、小さめの兵舎がカーブに沿って多数並んでおり、その名残のようですが、そもそも、なぜカーブなのかは分かりませんでした。

巨大な東大のグラウンドに沿って歩くと、「大賀ハス発掘碑」が見えてきます。ちょっとした「ビオトープ(その地域にもともといた生き物(在来種)を呼び戻す場所 )」、あるいは「サンクチュアリー(人間がむやみに立ち入ったり、荒らしたりしてはいけない場所 )」っぽくなっていますが、どことなく泥っぽい印象です。ここで、地下6mの泥炭層から2000年前のハスの種が3粒発掘され、そのうちの1粒からハスが開花し、有名になりました。千葉公園のハスは、株分けによって生育しています。そんなわけで、この池は、「歴史的・学術的な聖域(サンクチュアリ)」に近い性質を持った場所と言えるでしょう。

セブンイレブン瑞穂の杜店でトイレ休憩後、西へ向かい、花見川へと向かいます。花見川は、かつては検見川と呼ばれていました。昭和40年代の河川工事で、検見川・上流の新川・印旛沼がつながったことを契機に「花見川」と呼ばれるようになったそうです。河川改修工事と同時に、桜も植えられ、この地は「千本桜 」でも有名です。河川と岸辺は初春と思わせるようなのどかな風景です。ごく一部、つぼみが膨らんだ桜の木もありました。先ほどの河川改修工事で東京湾と印旛沼が一本の川でつながりました。実は、検見川と新川の接点付近は分水嶺となっています。つまり、かつて新川は印旛沼に流れる河川だったのです。江戸時代から、印旛沼と江戸湾をつなげたいという計画はあり、昭和になってようやく、印旛沼の放水路ができあがったわけです。あと、工事の目的は、それだけではありません。曲がりくねっていた検見川を、一直線に変えています。そんなわけで。かつての曲がりくねった河川跡を歩いていきました。

ようやく検見川神社に到着です。アニメ「青のオーケストラ」第2シーズンの初詣の場所と思われます。というのも、主人公たちが通う海幕高校は、この神社から1.5kmほどのところにある「幕張総合高校」をモデルにしているからです。通学風景は、京葉線の海浜幕張駅と総武線の幕張駅(コロッケを買うとき)の二つが使い分けられています。なので、この神社の初詣には、幕張駅から歩いてきたと勝手に推測しています。さて、この検見川神社ですが、台地の突端にある神社で、かつては目の前に海が広がっていたかと思うと、感慨ひとしおです。今は、住宅地が遠くまで広がっており、東京湾ははるかかなたです。

房総往還道の河内屋菓子店で、再び休憩です。目前に神社があることで、かつては大いに栄えた場所です。なので、京成千葉線の「京成検見川駅」も目前にあります。「梅の湯」や「厄除不動尊石碑」を見学し、新検見川駅で解散となりました。


■戦後の航空写真(1945年~1950年)

■高低差


■コース


①花園グリーンベルト


②謎のカーブ


③大賀ハス発掘碑


④花見川


⑤検見川神社


⑥梅の湯



さあ、今日も地図を広げて、
開花前の川岸へ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

四神というのは、古代中国の神話に由来した、東西南北の四方をつかさどる四体の聖獣(青龍・朱雀・白虎・玄武)のことです。土地の安全を守る神とされ、風水や陰陽五行説では方位と深く結びついています。四神相応(しじんそうおう)という言葉があり、四神が守るような「東に青龍の川」「西に白虎の道」「北に玄武の山」「南に朱雀の池」がある土地は、風水的に最強の吉地とされています。都の南門を「朱雀門」と呼んだり、メインストリートを「朱雀大路」と呼ぶのは、この四神の名残です(かつて、京都の南には巨椋池がありました)。

江東区に四神が置かれているのを知ったのは、5・6年前のことかと思います。新橋始発のゆりかもめが豊洲まで延伸されたことがきっかけでした。いつもビッグサイトまでしか乗車していなかったので、終点まで乗ってみようと思い、実際に最前席に座り、豊洲まで乗車しました。豊洲駅に到着し、有楽町線に乗り換えようと、地下への入り口を探しているときに、偶然に「白虎 」を見つけたのでした。その後、「玄武」と「青龍」を探しに、JR総武線の亀戸駅から都営新宿線の東大島駅へと歩いたことがあります。

残りは、「朱雀」ただ一つ。江東区の南部にある若洲海浜公園に置かれています。このモニュメントだけ、近くに駅がありません。一番近い駅でも、JR京葉線の新木場駅となり、3.8km離れています。ということで、都営バスの出番です。「Google Map」で経路を調べているうちに、「木11甲」という路線の終点「若津キャンプ場前」までバスを使えば、簡単に行けることが分かりました。「木11甲」に乗車するのは、京葉線の新木場駅からでも可能ですが、東京メトロ東西線の「東陽町駅」が始発とのことなので、ここから乗車することにしました。

この判断は正解でした。早めにバス停に着くと先頭ですが、すぐに行列が長くなっていきます。家内と二人掛けの席に座り、出発するころには、満員でした。新木場駅で、乗客のほとんどが降車しますが、新木場駅からも大勢の乗車で再び満員です。ヘリポートで乗客はいなくなり、終点まで乗っていたのはうちら老夫婦だけでした。

帰りのバスの時刻を確認し、朱雀のモニュメントがある場所へと向かいます。歩いて5分ほどでした。朱雀を詳しく知らない私には、鳳凰にしかみえませんが、羽を広げ、なかなか良い恰好をしています。朱雀は「四神(四獣)」のメンバーで全身が赤く、鳳凰は「四霊」のメンバーで五色の羽をもっています。どちらもよく似ていて、混同されやすいようです。 ちなみに、手塚治虫氏の「火の鳥」は西洋の「フェニックス」をベースに「鳳凰」のイメージを取り込んでいるといわれています。

江東区立若洲公園を散策し、朱雀が守っている南の岸壁へと向かいます。人はほとんどいません。遊具が置かれた区画や岩の庭園などが改修工事中のようで、公園自体がさびれて見えます。若津キャンプ場も閉鎖されており、駐車場を通って、岸壁へ向かいます。人はほとんどみかけないのですが、駐車している車がたくさんあります。理由は、後で分かりました。気温は温かなのですが、風がとても強く、まさに「春一番」が吹き荒れている感じです。岸壁はときおり、打ち寄せた波しぶきが高く激しく飛び散っています。荒々しい風景が広がっていました。東京ゲートウェイブリッジの存在は圧巻です。その橋に舞い降りるかのように旅客機が羽田へ向かって降下しています。ブリッジの橋脚沿いにできた突堤には、海釣りの人で満員でした。みんな車で来ていたのでした。

東京ゲートブリッジは、レインボーブリッジのような吊り橋ではありませんが、なかなか武骨な構造です。「恐竜橋」という愛称もあるようですが、三角形の構造材を束ねたトラス構造になっています。「トラス」の語源は「束ねる」だそうです。羽田飛行場に近いため、吊り橋を支える高い橋脚を作れないため、トラス構造が採用されています。橋の両端から工事を進め、大きな二頭の恐竜が互いにぎりぎりまで手を伸ばしていったという感じです。なので、ど真ん中は隙間が開いていて、つながっていません。地震大国なので、揺れを二頭の恐竜が受け持っているという感じです。肝心の中央部は、車が通れるように、「伸縮継手」という、ギザギザした櫛のような金属のジョイントが設置されています。

あと、東京ゲートブリッジには歩道があり、歩くことができます。今、微妙な言い回しをしました。レインボーブリッジみたいに、「歩いて渡れる」と書きたいところですが、渡れません。反対側の大田区(城南島)側に出口がないのです。大田区側は大規模な整備中のため、一般の人が歩くような場所ではないためです。橋の真ん中まで歩いて、引き返すというのがお勧めのようですが、高さ60mからの眺めは最高でしょう。うちらは、東京ゲートブリッジの存在すら知らずに、来ていたので、歩道を歩くという発想はなかったです。もっとも、風速15mで閉鎖となるので、この日は歩けなかった確率が高そうです。

なお、東京ゲートウェイブリッジを含む「東京港臨海道路」は、湾岸線の渋滞を緩和するために作られています。湾岸線は観光客も利用するため、物流専用のルートが必要だったようです。

帰りのバスは、終点の新木場駅まで、二人きりでした。新木場駅からの武蔵野線も、ディズニーランドへ向かう観光客で満員かと思いましたが、かなり空いていました。西船橋で総武線の各駅列車に乗り換え、帰宅への途につくのでした。

■江東区の四神の位置


①白虎


②玄武


③青龍


④朱雀



■コース


①江東区立若洲公園


②朱雀


③江東区立若洲公園の南の岸壁



さあ、今日も地図を広げて、
自分の街の四神を探しに、冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

今回の早朝ウォーキングは、スマホの位置情報ゲーム「Ingress(イングレス)」で、奇妙なポータルを発見したことが発端です。本ゲームでは、現実世界の史跡や、モニュメント、公共施設(郵便局や駅)、公園の看板などが「ポータル」として設定されており、占有している陣営によって色が変わります。陣営が変わるたびに、ゲームをしているプレイヤーに通知が来るのですが、あまりにも奇妙なモニュメント。大きな球形で、全体的に錆びた鉄色。名称も「地球釜」と異色だったので、一度訪れてみたいと思っていました。通知される情報には住所も含まれているので、JR常磐線の金町駅近くにあることがすぐに分かりました。

総武線沿線の住民にとって、常磐線は遠い場所に思えます。茨城県に通じる電車というイメージが強いからかもしれません。実際に、JRを利用すると、金町駅の場合、東京・上野を経由するか、武蔵野線を経由するしか手がありません。その点、京成線は、総武線と常磐線との間隙を埋めているという印象があり、京成線を使えば、金町へたどり着けそうです。なお「こち亀」で有名な亀有駅は、常磐線の金町駅より一つ上野寄りの駅となります。

総武快速線で船橋駅で下車、ショッピングモールの船橋フェイスを伝って京成船橋駅へ向かいます。京成上野行きの各駅列車に乗り、京成高砂駅で下車し、京成金町線に乗り換えます。京成金町線は、わずか営業キロ2.5kmの路線で、全線単線です。終点の京成金町との間には駅が一つしかありませんが、有名な駅です。映画「男はつらいよ」シリーズや「矢切の渡し」で有名な柴又駅です。京成高砂駅では、いったん改札を出て、すぐ目の前にある京成金町線の京成高砂駅の改札から再入場します。かつて、京成金町線は開かずの踏切で有名だったらしく、2010年にホームごと高架化されましたが、既存の改札にうまく接続できなかったようです。なので、ホームは5番線のみ。1から4番線の京成押上線と北総線とは改札が完全に別になっています。 

今回、京成金町線に初めて乗車しました。4両編成です。高架だった線路もすぐに下降し、地上を走ります。踏切の音も下町らしい感じがします。柴又駅では、一方が到着するのを待ってもう一方が出発します。単線ならではの光景です。 

京成金町駅の改札を出て、JR常磐線の通路を伝って、北側へ出ます。居酒屋の多い、商店街を歩きます。商店街を抜けると、白い壁に覆われた工事中の区画。この再開発エリアは、「クロス金町」と呼ばれ、40階建てのタワーマンションが2030年に完成予定です。エリアの奥には、巨大な自動車教習所。と思いきや、そうではなくて、大きな商業施設の屋上に自動車教習所が乗っかっているようです。

再開発地域を抜ければ、東京理科大学葛飾キャンパスが見えてきます。 あとで知りましたが、全長250mの「キャンパスモール」 が、敷地のエントランスから最奥の図書館までを直線で結んでいるそうで、モールの地面には、科学上の大発見や歴史が年表のように刻まれているそうです。一般の人にも公開されています。

このエリアは、公園一体型キャンパスとなっており、キャンパスの門やフェンスを取り払い、隣接する「葛飾にいじゅくみらい公園」と一体化しています。図書館棟の1階には、科学教育センター「未来わくわく館」あり、光や水などをテーマにした科学体験が可能で、子供から大人まで楽しめる地域交流の拠点となっているそうです。キャンパスモールに面した学食には、1千席以上の座席があり、一般も利用できるとのことです。

目の前の「葛飾にいじゅくみらい公園」。かつては、三菱製紙中川工場が長期間にわたり存在していました。お目当ての球体の「地球釜」も見えます。この球体は、パルプの製造や古紙を再利用する際に使用された鉄製の釜だそうです。内部に材料と高温の蒸気を入れて回転させることで古紙や藁、チップの蒸解、漂白を行なうそうです。内径は約4.2メートル。現役当時は銀色に輝く球体だったそうですが、現在では、モニュメントとして、鉄錆色の球体を披露しています。

地球釜を大きく一周し、理科大学の建物を仰ぎ見つつ、公園を離れます。あとは、理科大学通りを歩き、往路と同じ経路で帰宅するのでした。


■コース


①柴又駅


②京成金町駅


③葛飾にいじゅくみらい公園


④理科大学通り



さあ、今日も地図を広げて、
京成線に乗って冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ベートヴェンの葬儀

ー 虚飾の『捏造』から、至高の『精造』へ -

「ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック」が始まりました。いつでも視れると思ったら大間違いでした。日本の選手団入場までは視聴しましたが、眠くなってしまったのが敗因。後日、「NHK ONE」で「オリンピック開会式」を検索しまくりますが、まったく表示されません。どうやら、この開会式には、音楽の著作権やパフォーマンスの権利が複雑に絡むため、配信期間はかなり制限されるようなのです。結局、2カ所での聖火同時点灯ですが、まだ視聴できていません。


■「ベートーヴェン捏造」

 


ベートーヴェンの交響曲第五番「運命」で始まるこの映画。舞台は、中学校の音楽教室です。終業のチャイムが鳴り、帰宅しようとしていた野村君は、音楽室に忘れ物をしたことに気づき、取りに行きます。職員室で担任の教師やほかの教師たちと会話し、階段で校長先生とすれ違い、「悲愴」が流れる音楽室にたどり着きます。音楽室では黒田先生がピアノを弾いていました。忘れ物を見つけますが、先生からコーヒーを勧められ、話しかけられます。

「ベートーヴェンって、どんなイメージ?」との先生の問いかけに、「天才的作曲家」「耳が聞こえなくても作曲したすごい人」、さらには「運命」の「ジャジャジャジャーン」は「運命が扉をたたく音」を伝記で読んだことを、野村君は思い出しつつ答えます。

黒田:「一般的なイメージはそうだよね」
野村:「違うんですか?」
黒田:「ベートーヴェンの秘書にシンドラーという人物がいてね」
黒田:「そいつがとんでもないやつで…」

そこから、黒田先生の語る物語を、野村君は頭の中で再現していきます。野村君の頭の中なので、シンドラーは黒田先生、ベートーヴェンは校長先生と見知った人たちが想像の世界に登場していきます。映画でのウイーンの街並みは、3DCGで作られ、巨大なLEDパネルに映し出した映像を背景にしているので、少し滲んでぼやけた感じが、野村君の頭の中の創造された世界としてとても良く表現されています。

シンドラーは、当初は単なるベートヴェン推しのオタクでしたが、次第に英雄を生み出すプロデューサーとしての使命を自覚するようになり、ベートーヴェンのイメージを真剣に守ろうとします。あの偉大なベートーヴェンの間近にいた人たちは、「自分こそはベートーヴェンの…」と言いたいがために、言わなくても良いことを吹聴するやからばかり。ついには、捏造に手を出してしまいます。

不都合な会話帳は暖炉に廃棄し、会話帳の余白には、美しいエピソードを追加していきます。その会話帳をもとに捏造の集大成ともいえる伝記を綴る時間こそは、シンドラーにとって、まさに至福の時でした。捏造するたびに、憧れのベートーヴェンは、現実を超えて、神々しい輝きを放ち、シンドラーの傍らにそっと寄り添ってくれるのです。そして、その捏造は、150年間もあばかれなかったのです。


■「グランメゾン・パリ」

 


ようやく、「アマゾン・プライム」で無料配信です(月額料金は必要ですが…)。別料金を払ってレンタル視聴という選択肢もありましたが、72時間の制約は短すぎます。もちろん、永久に無料配信されるわけではありませんが、せめて一カ月は余韻に浸りたいものです。

ドラマ「グランメゾン・東京」を堪能したファンには、絶対に見逃せない映画となるでしょう。映画なので、前半の「急ぎ足」感は否めないのですが、「いったいどうなるのやら?」と「こんなにぎくしゃくしていて本当に大丈夫なの?」と極度の不安感を抱かせつつも、最後のコースシーンでは、K点越えのビッグジャンプに着地は見事なテレマーク姿勢と、完璧なチームワークを見せてくれ、涙が止まらなくなります。

物語は、フランス・パリで、アジア人初となるミシュラン三つ星を獲得すべく奮闘する尾花夏樹と早見倫子。そんな中、尾花は三つ星が獲れなければ店を辞め、フランスから出ていくという約束をかつての師と交わしてしまいます。 

最終的に三つ星を獲得する尾花たちの料理は「凄すぎる」の一言。映画のために用意された料理、一体どんなシェフが考案したのか、調べてみました。監修は、パリでアジア人として初めてミシュラン三つ星を獲得した「Restaurant KEI」の小林圭シェフです。2020年のことです。やっぱり、三つ星のシェフでないと、三つ星の料理は作れないですよね。映画に登場する「Restaurant KEI」のメニューをオマージュした料理が、東京・虎ノ門「KEI Collection PARIS」及び、日本のKEIブランドのレストランにて期間限定で登場したそうです。 

「Restaurant KEI」というと、「フェルマーの料理」に登場する、都内の一ツ星レストラン「K」のオーナーシェフの朝倉海を思い出してしまいますが、 「フェルマーの料理」 は2018年の漫画作品ですし、 ドラマ「フェルマーの料理」の料理の監修は、店舗を持たない「フリーランス・シェフ」 で有名な田村浩二氏となっており、「けい」は偶然の一致のようです。



さっそく、一ツ星のレストランに出かけてみたいなと思い、まずはガイドブックです。「amazon」で「ミシュラン」と調べると、ずらりと表示された「車のタイヤ」に唖然とします。それもそのはず、ミシュランガイドは、フランスのタイヤメーカー「ミシュラン」が1900年に発行した、自動車旅行者向けの無料情報冊子が起源でした。ドライバーに美味いレストランや快適なホテルを紹介し、自動車旅行を促進する目的で誕生しています。現在では匿名調査員による「星付きレストラン」評価で知られる、世界的な美食ガイドです。タイヤのあとに、ガイドブックが表示されますが、 3500円と意外に高く、購入ボタンが推せませんでした(「推す」ではなく「押す」ですね)。図書館ではどうかと調べると、「ミシュランガイド東京 2019」がすぐに借りられるようです。まあ、ガイドブックの値段にビビっているようでは、とうていレストランには行けそうもないです。



さあ、今日も地図を広げて、
レストランへ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

鵜沼城跡

 

NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟!」も、放映開始から1か月が過ぎました。その間、桶狭間で完勝し、先日の第5回「嘘から出た実」で、ようやく美濃攻略が始まります。今回のエピソードは、鵜沼城主の大沢次郎左衛門。私の知らないエピソードですが、太閤記には記載されているそうです。ただし、信長記には「鵜沼城攻略」の事実記載しかないということで、作り話のようですが、そこが大河ドラマの面白さ。些細なエピソードをいかに料理して魅せてくれるかが楽しみとなります。ネットでは、大沢次郎左衛門の妻の篠さん役が、映美くららさんということで、前作の「べらぼう」では、主要人物四人の暗殺にからんでいたので、今作でも一波乱あるのではないかと、ざわついているようです。

さて、同時代を扱った、PCゲーム「信長の野望・新生」が発売されたのは、2022年07月21日。実は、2024年08月13日に放映されたNHKの教養番組「ゲームゲノム」で紹介されて以来、「信長の野望・新生」は、プレイしたくてたまらない作品でした。「ゲームゲノム」で紹介されるゲームは、「This War of Mine」や「ニーア オートマタ(NieR:Automata)」や「風ノ旅ビト」など、どれもプレイしたくなる粒そろいの作品ばかりです。でも、この「信長の野望・新生」だけは別格に感じました。国や城を奪い合う戦略的な地図と、合戦でしのぎを削る戦術的な地図の二つで自軍部隊を動かせるというのは、とても魅力的です。しかも、部隊が自動的に進撃予定路を示しつつ、地図上を動いてくれることがたまらなく誘惑的でした。要は、地図が大好きなので。



ただ、「1万円近い」というのは、ちょっと手を出しずらい値段です。昨年暮れに、世界最大のPCゲーム配信プラットフォームである「Steam」で5千円台で販売しているのを見つけ、1週間ほど迷ったあげく、購入に踏み切りました。

とりあえず、画面のボタンをクリックしていくと、壮大なオープニングがしばらく続き、なんとなくボタンをクリックしていくうちに、練習モードもなく、 織田信長として、 いきなりプレイが始まります。内政を不器用に進めていると、今川義元が大軍で攻めてきます。あたふたしているうちに、なぜか大勝利。こんな調子で、内政や外交など、システムがよく分からないまま、部下などの諫言に最大限耳を傾けつつ、事態は進展していきます。とりあえず、「結果オーライ」なようで、美濃も無事に攻略し、ようやく最近になってゲームシステムが見えてきた感じです。

少しづつ、隣国の城を攻略していくというのは、実に快感モノです。攻略目標を定め、自軍の各城ごとに軍備を整え、「出陣」とともに、各城から部隊が駆け出していきます。攻略目標地点に自軍が次々と集結し、合戦を繰り広げ、敵を打ち砕いていく様は、なかなかの壮観です。

ただし、近隣諸国も頑張っています。いちおう、徳川と浅井とは同盟を組んでいますが、北に朝倉と上杉、東に武田、西に三好に囲まれ、現時点では一進一退を繰り広げています。動員兵力は敵の方が圧倒的で、常に2~3倍以上。こちらより内政が旨く行っているのでしょう。いつ押しつぶされても不思議ではありません。

攻略法について、YouTubeで調べるのも、なかなかしんどいものがあります。倍速で見ても、いつも自分の期待していることと、ピントがずれており、時間の無駄と思うことが何度もあります。でも、このままでは、勝てそうにもありません。というか、ストレスが溜まっていくばかりです。というわけで、思い切って、Geminiに聞いてみます。

pocopan:
PCゲーム「信長の野望・新生」で、織田信長でプレイしています。徳川と浅井とで同盟を組んでいますが、武田・上杉・三好・朝倉に囲まれ、どうにも勢力を拡大できないでいます。城をとっても、取りかえされる状況が続いています。どのような手を打つべきでしょうか? 

Gemini:
本作において、複数の城を効率よく奪い、かつ敵の反撃力を削ぐ最大の武器は「合戦」による威風です。

といとも簡単に回答を示してくれます。しかも、合戦の方法など、細かく分かりやすく解説してくれます。といっているはなから、16万の三好勢が自領へ攻めてきます。敵が10部隊ほど集まったところで、敵より若干多い4万の自軍で迎撃、合戦となります。Geminiの指南通り、要所を抑え、挟撃により各個撃破に努めます。右と左のクリックを誤り、信長と秀吉の軍勢がうまく動かない状況だったのにもかかわらず、家康勢が破格の活躍。からくも合戦に勝利します。しかも、勝利しただけではなく、「威風」効果で、地図上のいくつもの敵部隊がなびいていきます。なんと、伊賀上野城まで、こちらになびいてしまい、 あれだけ城を落とせなかった苦戦が嘘のようです。

その後は、何が何でも、合戦につぐ合戦。敵が集結する前にどんどん各個撃破していきます。あとは、「銀英伝」のヤン・ウェンリーのような智将が三好勢に登場しないことを願うばかりです。ここで、ふと思った疑問をGeminiに尋ねてみます。

pocopan:
いま、信長でプレイしていますが、将来的には、信長は本能寺の変の年で勝手に死んでしまうのでしょうか? 

Gemini:
信長の寿命が来れば亡くなります。ただし、本能寺の変の1582年ではありません。「本能寺の変」というイベントは存在しますが、発生確率は低いです。また、寿命がつきても、 後継者を選んでプレイが続けられます。
ただ、あなたの場合、本能寺の心配をする前に、まずは三好を完全に飲み込んで「天下人」としての基盤を固めてしまいましょう! 

いやいや、なかなか鋭いご指摘です。ということで、強大な三好からの防戦で合戦に明け暮れている今日この頃です。



さあ、今日も地図を広げて、
天下人になるべく、冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

新しい年を迎え、地図をこよなく偏愛する組織「地図ラー」の会では、有料(月2000円)の会員組織「地図講」が始まり、さっそく参加してみることにしました。この地図講では、月一ペースでの街歩きのイベントがあります。実際の風景と平面に表現された地図とを見比べて、地図の偉大さを味わおうというわけです。まあ、そんな大それた話ではありません。地図を見ていて、面白そうな場所や違和感のある場所に、実際に出かけてみて、見聞を広めようという程度の趣旨です。

最初の第一回は、「千葉」ということで、JR総武線の西千葉駅から千葉駅までの区間を歩きました。8kmという少々長めの街歩きとは言え、こんなに観察すべき対象、つまり見どころがあるとは思ってもいませんでした。

● 千葉氏にまつわる寺社
● 房総往還を偲ばせる史跡
● 太賀ハスにちなんだ説明板や建物
● 鉄道第一聯隊に関するいくつもの軍事遺構
● 千葉公園の綿打池に流れる、かつての川筋
● 変わった交番
● 和菓子屋

個人的には、特に鉄道聯隊が印象的でした。津田沼の第二聯隊と千葉の第一聯隊、ある程度は知っているつもりでしたが、こんなに巨大な軍事遺構が残っているとは思いませんでした。千葉は、軍都ということで、空襲も激しかったはずですが、しっかりと残されていました。 

西千葉駅に13時に集合。東口を出て、すぐの右手には旗竿が建ち並ぶ西千葉稲荷大明神。ちょっとした異空間ですが、かつては刑場があった場所。近くにはこんもりとした塚があります。房総往還は1kmほど東にありますが、刑場があったということは、ここにも往来のある道があったということになります。

松波町と轟町とで、段差と松並木を見学。かつての陸軍の土地と一般の土地との境界線があった場所となります。兵隊さんたちの軍靴が鳴り響いたということで、「轟町」という地名が付けられています。主催者側も場所を選び抜いているとはいえ、まだ歩き始めたばかりというのに、地図ネタがてんこ盛りで、びっくりです。

千葉県の千葉は、千葉氏が由来となっていますが、メジャーだったのは鎌倉時代ということもあり、横浜出身の私としては、いまいちピンときません。豊臣秀吉の小田原征伐で北条氏が滅亡。北条に味方した千葉氏も所領を没収され、戦国大名としての千葉氏はここに滅亡します。ただ、千葉氏ゆかりの寺や神社はそこかしこにあり、今回は来釈寺・大日寺・宗胤寺を回っています。

次に、千葉経済大学。一昨年に文化祭を訪れたのが昨日のようです。この校内に大きな軍事遺構があるとは思いもよりませんでした。奥の方にあるとはいえ、存在感のある巨大な建物です。「旧鉄道聯隊材料廠煉瓦建築」は、千葉県の有形文化財に指定されています。この建物は、明治41年(1908年)に陸軍鉄道第1聯隊の材料廠として建設されました。「材料廠」とは、鉄道の敷設や修理に必要なレール、機関車、客車などの資材を管理・修理・組み立てするための工場です。見どころは、三つあります。一つ目は、10連の巨大な煉瓦アーチ。柱の間隔が約5.4mもある弧形の煉瓦アーチが10基、連続して並んでいます。これほど巨大な連続アーチを持つ明治時代の煉瓦建築は、全国的にも極めて珍しいとのことです。二つ目は、オランダ積み。煉瓦の積み方は、長手面と小口面を交互に並べる「オランダ積み」という技法が採用されています。最後の三つめは、高い天井と広い開口部。車両の出入りを想定して、アーチの下を鉄道車両が通り抜けられるよう開口部が確保されています。

千葉経済大学を後にして、緩やかなカーブを描く車道を歩きます。この道は、先ほどの「材料廠」 へ通じる鉄道の跡です。テンションが自然と上がる道です。和菓子屋「御菓子処袖ヶ浦」で、糖分補給。もち米を使った「いちご大福」が人気なようです。千葉都市モノレールの天台駅から千葉公園駅にかけては、房総往還の道筋と重なっています。ワンカップなどがいまだに供えられている、お地蔵様などを見つけるのは、街歩きの楽しみの一つです。 

宗胤寺から千葉公園にかけては、くぼ地となっています。かつては、川が流れていたそうで、いかにもという風景です。綿打池を中心とした千葉公園は、全体がくぼ地にあります。その周囲のフチに巨大な鉄道聯隊の隧道(トンネル)工事跡がありました。トンネルと言っても、奥行きは5m半ほどしかありません。このトンネルは、昭和6年(1931年)頃に鉄道聯隊がトンネル掘削の技術を磨くために造られているからです。「トンネルの一部」を地上に再現し、内側を補強したり掘り進めたりする訓練に使われたとのこと。高さ・幅ともに約6mの大きさがあります。当時の単線の鉄道が通れるサイズで設計されています。トンネルの入り口上部(ポータル)の中央に、レールの断面と工作用具の斧を組み合わせた「鉄道聯隊」の紋章が刻まれています。

「ウインチ台」は、重い資材を吊り上げたり、引っ張ったりするための機械(ウインチ)を固定していた場所となります。いつもは通り過ぎてしまう軍事遺構ですが、今日だけはしっかりと観察です。台座の上面に、機械を固定していた太いボルトや、その抜き跡が残っています。表面はでこぼこで、当時の荒削りなコンクリートの質感が残っており、あくまで「使い古された道具の跡」という雰囲気でした。 

「架橋演習の橋脚跡」は、鉄橋を架ける訓練に使われた巨大なコンクリートの柱です。まるで、ぬりかべのような迫力。鉄道聯隊の任務は、壊された橋を数日で架け直すこと。ここで何度も、橋脚を組み上げる訓練が行われていたことでしょう。当時の鉄道聯隊の架橋技術は世界一と言っても過言ではありません。映画「戦場に架ける橋」の架橋技術に関する描写はフィクションです。鉄道聯隊は、地味で緻密な「重量物運搬の計算」に長けた技術集団でもありました。

大賀ハス(おおがはす)は、1951年に大賀一郎博士が千葉市で発見した、約2000年前の地層から出土した種から開花した古代のハスです。千葉県の天然記念物や同市のシンボルとなっており、 淡いピンク色の花が特徴で、6月中旬〜7月上旬に見頃を迎えると、千葉公園はお花見以上に人だかりとなるそうです。売店の蓮華亭脇を抜け、ハス鑑賞用の木造の道をたどりました。

その後、千葉公園を抜け、千葉駅が見えてくるとイベントも終了、解散です。地図好きの人間が集まると、街歩きでの観察方法が何十倍にも膨れ上がる感じで、実に興味がつかない半日でした。

■コース


① 旧鉄道聯隊材料廠煉瓦建築 


② 隧道(トンネル)工事跡 


③ 架橋演習の橋脚跡


④ 変わった交番


さあ、今日も地図を広げたまま、
街へ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

鎌倉の鶴岡八幡宮へ初詣に行きたいし、結婚記念日にはどこか旅行したいと、いろいろ考えあぐね、家内に相談してみると、自衛隊の護衛艦が見たいとのこと。それならば、昨年と同じく、一日目は鎌倉へ初詣。横須賀で一泊し、二日目は軍港めぐりにしようと、考えがまとまるのでした。

鎌倉駅に到着すると、平日にもかかわらず、大勢の観光客。ホームの階段へたどり着くまでに長い行列ができています。これはまったくの想像外でした。ぱっと見、半分以上はうちらと同じお年寄り。残りの人たちは中国人観光客かもしれません。中国語の構内放送がめちゃくちゃ響き渡っています。

ロッカーに荷物を預け、小町通りへと向かいます。時刻は間もなく11時。適当な食べ物屋を探します。なんとなく、うちらの視線に止まった峰本小町通り店に入りました。家内は海老の天ぷらが載った鎌倉丼、私は天丼と少々のお蕎麦。柚の香りが鼻をくすぐられつつ、天ぷらと白いご飯を見事につなげる天つゆのあまりのおいしさに、バクバクとかき込んでしまったのでした。締めはアイスクリームに日本茶です。

この時間帯に小町通りを歩くのは初めて。各店舗がこんなにも賑やかで華々しいとは思ってもいませんでした。お店の商品一つ一つに一喜一憂するかのように、ふらふらと八幡宮を目指します。人が多いのは、三の鳥居前のスクランブル交差点まで。境内に入り、橋を渡れば、人は少なくなり、ようやく落ち着いて参詣できました。帰りは、若宮大路の歩道を伝って、鎌倉駅へと戻ります。

JR横須賀線で横須賀駅へ。ヴェルニー公園では、早くも護衛艦がお出迎えです。艦首の番号は「101」。汎用護衛艦の「むらさめ」のようです。対岸には、二隻の黒い潜水艦が停泊しています。公園を伝って、ホテルへと向かい、チェックインを済ませます。夕食後は、「どぶいた通り」を散策。アメリカナイズされた街並みを堪能します。

翌日は、「YOKOSUKA軍港めぐり」の11時の便に合わせて、行動します。京急の汐入駅のロッカーに荷物を預けようとしましたが、改札内にしかなく、「これは縁がないな」と感じ、荷物を持ったまま、チケット売り場のある「コースカベイサイドストアーズ」の2階へ向かいます。

10時開店の「汐入ターミナル」とも呼ばれている「YOKOSUKA軍港めぐりクルーズターミナル」でチケットを購入します。カウンターのお姉さんは、海上自衛隊の士官のようなきちんとした制服。かっこいいです。一人2000円。隣のお土産屋「軍港めぐりSouvenirShop」にロッカーがあることを教えていただき、ここに荷物を預けます。時間まで、同じ階にある巨大なフードコーナーで食事を済ませておきます。

遊覧船「シーフレンド7 」に乗り込みます。あたたかな陽気なので、迷わずにオープンデッキになっている2階の艦尾席へ。11時の定刻通りの出航。艦内放送によるガイドは、とてもフレンドリーで分かりやすい解説。ディズニーランドのリバークルーズを思い出します。ガイドさん自身も「USJ」の「ジョーズ」のツアーを大変参考にしているとか。ガイドさん一人一人説明の仕方が違うとのことです。

ヴェルニー公園から見えていた潜水艦と「むらさめ」を過ぎ、公園からは見えない死角に入ると、米のアーレイ・バーク級の2隻のミサイル駆逐艦。そして、第七艦隊の顔ともいえる原子力空母「ジョージ・ワシントン」。デカすぎです。というか、まさかアメリカの空母が見れるとは思ってもいませんでした。甲板上には航空機は見えませんでしたが、F35ライトニングやF18スーパーホーネットなどの戦闘攻撃機を含め最大90機を搭載できます。艦内にはスタバもあり、人口五千人の町に匹敵します。一日の乗組員の洗濯物の重量は5トンもあるとか。なので、毎日「ゴトンゴトン」と洗濯をしているそうです。「しょうもなー」と家内は大爆笑です。

船は東京湾に出て、吾妻島を回り込み、長浦湾へ入ります。停泊していたのは、3隻の調査艦に5隻の潜水艦、各種の補助艦艇。横須賀湾のイージス艦を含め、こんなに停泊しているのは珍しいとのこと。新井掘削水路を抜け、横須賀湾へ戻ります。「まや」(艦首番号179)と「てるづき 」(艦首番号116) の2隻のイージス艦が出迎えてくれます。「イージス艦」の「イージス」とは、ギリシャ神話の女神アテナが持つ「あらゆる邪悪を払う盾」のことです。500km以上離れた100個以上の目標を同時に追跡し、自動で迎撃できることから「『最強の盾』を持つ軍艦」という意味で「イージス艦」という言葉が使われています。

最後に登場する自衛艦は、「むらさめ」です。こちらは、汎用の護衛艦で、100km以上離れた敵艦船を正確に攻撃できる「90式艦対艦誘導弾(SSM-1B)」や敵ミサイル攻撃を防ぐ「CIWS(高性能20mm機関砲)」、敵潜水艦を撃沈する垂直発射型アスロック(VLA)と三連装の魚雷を装備しています。さらに、対潜攻撃能力を持つ哨戒ヘリコプター(SH-60J/K)を搭載しています。

あっという間でしたが、密度の濃い45分間でした。土産物屋で、家内は自分のために「むらさめ」の絵葉書を、娘のために軍港カレーを購入します。最後に「むらさめ」を眺めつつ、JRの横須賀駅へ向かい、帰宅の途につくのでした。

■周辺図


①ヴェルニー公園から


②どぶいた通り


③潜水艦


④ミサイル駆逐艦と空母「ジョージ・ワシントン」


⑤外洋


⑥長浦湾の艦艇


⑦潜水艦


⑧イージス艦「てるづき」と「まや」


⑨汎用護衛艦「むらさめ」


⑩「シーフレンド7 」 



さあ、今日も地図を広げて、
軍港めぐりへ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。