「地図講」の9月のイベントでのお話です。「地図講」とは、地図をこよなく愛する組織「地図ラー」の会の有料会員組織(「note」のコンテンツで月2,000円)のことです。日本は9月も酷暑であることが想定されていたため、今回の地図講も、涼しい室内でゲストをお迎えしての講演会形式となりました。実際には、線状降水帯の停滞の狭間となり、秋の気配を感じる中での開催でしたが、この月も素晴らしいゲストにお越しいただき、それぞれの地図に対する偏愛ぶりを存分に披露していただきました。
最初のゲストは、グラフィックデザイナーで郷土史家の宮野祐さん。テーマは「千葉県なのに出羽三山?出羽三山ってなんだろう」という、出羽三山信仰に関する山岳宗教のお話です。 出羽三山は、山形県(かつての出羽国)にある羽黒山・月山・湯殿山の総称です。出羽三山を巡ることは、仏教の因果応報や輪廻転生の思想に基づき、「過去・現在・未来」の三つの世界を体験して新しい自分に生まれ変わる旅とされてきました。 その出羽三山信仰の石碑がなぜか千葉県にダントツで多く、その理由を解き明かそうと宮野さんはあちこち歩き回っていらっしゃるそうです。稲毛の浅間神社には18基、近くの黒砂神社には12基と、他の地域に比べると一桁多いとのこと。
出羽三山っていうと、コミック『ざつ旅』を思い出します。第一巻に、1225段の階段がある「羽黒山湯上神社」が登場するからです。この神社は福島県にありますが、出羽三山信仰界隈ということで、初旅のチョイスとしてはなかなかマニアックだと思ったものです。
20代後半から登山が趣味ですが、私自身は出羽三山に登ったことはありません。役行者(密教を始めた空海以前の人物)が開祖という修験道(山岳の険しさに身を置くことで仏の悟りを得ようとする実践的な宗教)に興味を持ったことはありますが、単純に歩き回るのが好きなだけなので、悟りを開こうという気にはなれませんでした。
まあ、現在の登山界隈では、「百名山信仰」が今でも幅を利かせています。日本百名山とは深田久弥さんが厳選した山々のことで、百名山信仰とはそのすべてを登ろうとする人たちを指します。よくこんな会話に付き合わされたものです。
「百名山、いくつ登りましたか?」
「百名山?えーと、30くらいですかね」
「意外と登っていないんですね。もっと登っているかと思いました。わたしは先月半分を超えました…」
ほんと、この「マウント」っぽい会話が実に苦手でした。

次のゲストは、「暗渠マニアックス」というコンビの一人で、暗渠といえばこの方、第一人者の髙山英男さんです。テーマは「暗渠探しは街の宝探しだ!」。数々の暗渠関連書籍を発行されており、最近ではテレビ番組『NHK趣味どきっ! 歩く歩く まんぽ旅 街の魅力を再発見』の「見えない水路を探す」編に2週にわたり出演、講師として暗渠を解説されていました。実に奥の深い世界です。「経路・経過・景観」という3つの要素から暗渠を語り、「エビデンス」と「イマジネーション」を大事にしようと説き、「人間は誰しも心の中に暗渠を抱えている」という人生訓で締めくくられていました。
個人的には、実は暗渠が苦手です。一種のトラウマですね。結婚前は安いアパートに住んでいたのですが、目の前の道路には暗渠があり、とにかく湿気がすごい部屋でした。押し入れに置いておいた「ボードゲーム(ほとんどがシミュレーションゲーム)」の半数以上がダメになってしまったことがあるほどです。しかも、スクリーンに映し出された画像に見覚えのある場所が……。まさに私が昔住んでいた場所そのものでした。かつては「ひらめ川」という川だったという解説が続き、そんなわけで、「住まいを選ぶなら、台地の上で最上階」というのがその後の私の人生訓となりました。とはいえ、親水公園を家内と歩くのは大好きです。その親水公園も、人工のせせらぎの下にしっかりと暗渠があるということで、私も暗渠マニアの一員としてちゃっかり「カウント」されています。

最後のゲストは、同じく「暗渠マニアックス」の吉村生さんです。テーマは「野馬土手と暗渠」。野馬土手というのは、江戸時代に江戸幕府の広大な放牧地に作られた土手のことです。放牧地は主に北総(千葉県北部)に広がっていました。馬はほぼ放し飼いでしたが、年に一度、状態の良い馬を選別していたとのことです。鎌ヶ谷市では、「とっこめくん&のまっきー」というゆるキャラを作り、「野馬土手」の歴史を少しでも多くの人に知ってもらおうと努めているようです。
放牧地ですから、当然馬の水飲み場は必須となります。川筋が土手になる傾向があるらしく、つまり「土手を探せば、地下に隠れた暗渠も見つかる」という訳で、いかにして土手から暗渠を探し当てたかという超絶マニアックな話が続きました。
さて、この広大な放牧地、明治以降は士族たちのための開墾地となります。今でも地名としてその名残をとどめています。最初の開墾地は「初富」。そして、
「二和(ふたわ)」
「三咲(みさき)」
「豊四季(とよしき)」
「五香(ごこう)」
「六実(むつみ)」
「七栄(ななえ)」
「八街(やちまた)」
「九美上(くみあげ)」
「十余一(とよいち)」
「十余二(とよふた)」
「十余三(とよみ)」
と十三まで続きます。開墾されなかった空地はその後、陸軍が演習地として活用していき、千葉県は軍都として発展していきます。 ということで、最後はまさかの「マウンド(野馬土手)」の話で締めくくられたのでした。

以上、なかなか楽しい休日の午後のひとときでした。
さあ、今日も地図を広げて、
山や暗渠や土手に冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。











































































