pocopanのブログ 「地図がいっぱいある暮らし」

pocopanのブログ 「地図がいっぱいある暮らし」

地図を眺めれば、家にいながら「冒険」の始まり。
毎日をワクワクドキドキの「夏休み」にするためのブログ。

 

「地図講」の9月のイベントでのお話です。「地図講」とは、地図をこよなく愛する組織「地図ラー」の会の有料会員組織(「note」のコンテンツで月2,000円)のことです。日本は9月も酷暑であることが想定されていたため、今回の地図講も、涼しい室内でゲストをお迎えしての講演会形式となりました。実際には、線状降水帯の停滞の狭間となり、秋の気配を感じる中での開催でしたが、この月も素晴らしいゲストにお越しいただき、それぞれの地図に対する偏愛ぶりを存分に披露していただきました。 

最初のゲストは、グラフィックデザイナーで郷土史家の宮野祐さん。テーマは「千葉県なのに出羽三山?出羽三山ってなんだろう」という、出羽三山信仰に関する山岳宗教のお話です。 出羽三山は、山形県(かつての出羽国)にある羽黒山・月山・湯殿山の総称です。出羽三山を巡ることは、仏教の因果応報や輪廻転生の思想に基づき、「過去・現在・未来」の三つの世界を体験して新しい自分に生まれ変わる旅とされてきました。 その出羽三山信仰の石碑がなぜか千葉県にダントツで多く、その理由を解き明かそうと宮野さんはあちこち歩き回っていらっしゃるそうです。稲毛の浅間神社には18基、近くの黒砂神社には12基と、他の地域に比べると一桁多いとのこと。
出羽三山っていうと、コミック『ざつ旅』を思い出します。第一巻に、1225段の階段がある「羽黒山湯上神社」が登場するからです。この神社は福島県にありますが、出羽三山信仰界隈ということで、初旅のチョイスとしてはなかなかマニアックだと思ったものです。 
20代後半から登山が趣味ですが、私自身は出羽三山に登ったことはありません。役行者(密教を始めた空海以前の人物)が開祖という修験道(山岳の険しさに身を置くことで仏の悟りを得ようとする実践的な宗教)に興味を持ったことはありますが、単純に歩き回るのが好きなだけなので、悟りを開こうという気にはなれませんでした。
まあ、現在の登山界隈では、「百名山信仰」が今でも幅を利かせています。日本百名山とは深田久弥さんが厳選した山々のことで、百名山信仰とはそのすべてを登ろうとする人たちを指します。よくこんな会話に付き合わされたものです。
「百名山、いくつ登りましたか?」
「百名山?えーと、30くらいですかね」
「意外と登っていないんですね。もっと登っているかと思いました。わたしは先月半分を超えました…」 
ほんと、この「マウント」っぽい会話が実に苦手でした。 



次のゲストは、「暗渠マニアックス」というコンビの一人で、暗渠といえばこの方、第一人者の髙山英男さんです。テーマは「暗渠探しは街の宝探しだ!」。数々の暗渠関連書籍を発行されており、最近ではテレビ番組『NHK趣味どきっ! 歩く歩く まんぽ旅 街の魅力を再発見』の「見えない水路を探す」編に2週にわたり出演、講師として暗渠を解説されていました。実に奥の深い世界です。「経路・経過・景観」という3つの要素から暗渠を語り、「エビデンス」と「イマジネーション」を大事にしようと説き、「人間は誰しも心の中に暗渠を抱えている」という人生訓で締めくくられていました。 
個人的には、実は暗渠が苦手です。一種のトラウマですね。結婚前は安いアパートに住んでいたのですが、目の前の道路には暗渠があり、とにかく湿気がすごい部屋でした。押し入れに置いておいた「ボードゲーム(ほとんどがシミュレーションゲーム)」の半数以上がダメになってしまったことがあるほどです。しかも、スクリーンに映し出された画像に見覚えのある場所が……。まさに私が昔住んでいた場所そのものでした。かつては「ひらめ川」という川だったという解説が続き、そんなわけで、「住まいを選ぶなら、台地の上で最上階」というのがその後の私の人生訓となりました。とはいえ、親水公園を家内と歩くのは大好きです。その親水公園も、人工のせせらぎの下にしっかりと暗渠があるということで、私も暗渠マニアの一員としてちゃっかり「カウント」されています。 



最後のゲストは、同じく「暗渠マニアックス」の吉村生さんです。テーマは「野馬土手と暗渠」。野馬土手というのは、江戸時代に江戸幕府の広大な放牧地に作られた土手のことです。放牧地は主に北総(千葉県北部)に広がっていました。馬はほぼ放し飼いでしたが、年に一度、状態の良い馬を選別していたとのことです。鎌ヶ谷市では、「とっこめくん&のまっきー」というゆるキャラを作り、「野馬土手」の歴史を少しでも多くの人に知ってもらおうと努めているようです。 
放牧地ですから、当然馬の水飲み場は必須となります。川筋が土手になる傾向があるらしく、つまり「土手を探せば、地下に隠れた暗渠も見つかる」という訳で、いかにして土手から暗渠を探し当てたかという超絶マニアックな話が続きました。
さて、この広大な放牧地、明治以降は士族たちのための開墾地となります。今でも地名としてその名残をとどめています。最初の開墾地は「初富」。そして、
「二和(ふたわ)」
「三咲(みさき)」
「豊四季(とよしき)」
「五香(ごこう)」
「六実(むつみ)」
「七栄(ななえ)」
「八街(やちまた)」
「九美上(くみあげ)」
「十余一(とよいち)」
「十余二(とよふた)」
「十余三(とよみ)」
と十三まで続きます。開墾されなかった空地はその後、陸軍が演習地として活用していき、千葉県は軍都として発展していきます。 ということで、最後はまさかの「マウンド(野馬土手)」の話で締めくくられたのでした。 



以上、なかなか楽しい休日の午後のひとときでした。


さあ、今日も地図を広げて、
山や暗渠や土手に冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

雨が降り続ける昨今。なので、ムリにウォーキングには出かけずに、配信動画の世界へ冒険です。

■『マンダロリアンとグローグー』

スター・ウォーズの数あるスピンオフ作品の中でも多大な人気を誇る、『マンダロリアン』。孤高の戦士と、小さくて可愛いグローグーが活躍するシリーズの最新映画です。

グローグーといえば、ヨーダと同じ種族でありながらまだ幼く(とはいえ年齢は60歳超え!)、いたずらをしたりつまみ食いをしたりと、とにかく手のかかるやんちゃ坊主です。一時期はルークのもとで修業を積んだものの、最終的には「ボバ・フェット」を輩出した誇り高き戦士種族・マンダロリアンの掟の道を選びました。いざとなればヨーダ並みの強大なフォースを発揮するものの、ジェダイではないのでライトセイバーは振るわない――この微妙な立ち位置がたまりません。

今回の映画のストーリーは、反乱軍からの依頼を受けて誘拐された子供を助け出すというもの。実はこの子供、「クローン・ウォーズ」でも誘拐されたことがあり、当時はオビ・ワン、アナキン、そしてアナキンの弟子であるアソーカ・タノが救出に向かいました。本作品中ではそのエピソードこそ語られませんが、「あれから時を経て、すっかり逞しい青年に育ったんだな……」としみじみ感慨深くなります。

戦闘アクションに関しては、さすが『マンダロリアン』の一言に尽きます。ライトセイバー以外の武器を次々と器用に切り替え、巧みに操るアクションは実に多彩。時には敵の武器さえも有効活用してしまいます。さらに、頑丈な装甲を身に着けているからこそ、敵の攻撃をあえてまともに受けるシーンなども迫力があり、非常に見ごたえがありました。

……と、見どころはたくさんあるのですが、見終わったあとの正直な感想としては、「わざわざ映画にする必要があったのかな?」というのが本音です。個人的には、この二人のコンビはやはり配信ドラマのじっくりとした展開の方がおもしろい気がします。

とはいえ、マンダロリアンのシリーズ自体はこれまでに2シーズンありますが、それらを見ていなくても一応楽しめる内容にはなっています。個人的な欲を言えば、グローグーにはもっと移動用のロボットなどを縦横無尽に操縦させて、反乱軍基地の食堂なんかをメチャクチャにして、首をかしげさせてほしかったところ。それと、映画を見ていて「自分は白い蛇がめちゃくちゃ苦手なんだな……」という、新たな自己発見があったりもしました。



■『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』

映像・動き、いずれをとっても最先端を行く素晴らしい作品です。でも、知らない専門用語ばかりで、正直意味が分からない部分も……。前作の『閃光のハサウェイ』も美しい作品だったという記憶はあるものの、内容はほとんど思い出せません。当時も「クェス・パラヤ」など分からない言葉が出てきたため、『逆襲のシャア』を見直した記憶があります。大筋は覚えているものの、細かいシーンはほとんど頭から抜けていました。

そういうわけで、改めて『逆襲のシャア』(1988年公開)と前作『閃光のハサウェイ』(2021年公開、ただし原作は1989年出版)をしっかり見たうえで、今作に挑みました。「キルケー」というのは、敵となる連邦軍の治安部隊の名前です。指揮官の名前ではなく、前作から登場するキキ・アンダルシアという謎めいた幸運な少女を意識して名付けられた部隊名です。

シャアの反乱が終わり、アムロが行方不明となった、一応は平和なはずの地球。ブライト・ノアの息子であるハサウェイ・ノアは、地球を私物化している特権階級の人々に対する反乱に身を投じています。前作では、横行するテロや、その鎮圧のためなら民衆をも平気で犠牲にする鎮圧部隊、そしてハサウェイが最新のクスィーガンダムを受け取る姿が描かれましたが、本作はいよいよ連邦の要人たちに大掛かりな殴り込みをかけようという緊迫した展開です。

地上でのモビルスーツ戦が中心になりますが、これほど重力を無視した激しい戦闘ができてしまうと、「そもそも二足歩行である意味って何なんだろう?」とふと思ってしまったりもします。もともと、モビルスーツは核融合エンジンを搭載していますが、重力のある世界ではそうとう苦戦していました。でも、時が解決したということでしょうか。新たに開発されたミノフスキー・クラフトに核融合エンジンが作った莫大なエネルギーを注ぎ込むことで、クスィーガンダムを浮かせて超音速で飛ばせてしまうようです。しかも、空気抵抗はビーム・バリアを前方に展開することで、可変翼にする必要もなく、人型のまま実戦配備です。

いずれにせよ、本作だけでは戦闘は完結しないので、また次作を心して待つことになります。



■『VIVANT』シーズン2

「VIVANT」は「ビバン」と発音しますが、陸上自衛隊の秘密諜報組織「別班」のことを意味します。Amazonプライムでシーズン1が公開され、あわてて視聴しました。架空のバルカ共和国をめぐる陰謀戦は、「半沢直樹」シリーズを彷彿とさせる、胸のスカッとするような展開でとても興奮しました。さて、シーズン2が7月末からテレビ放映され始めたので、「TVer」にて視聴しています。

前シーズンは、バルカ共和国を根城とする謎のテロリスト集団「テント」がライバルでしたが、シーズン2では、日本の別班に相当する中国の秘密組織「シンシー」がライバルとなり、核融合技術の情報、特に核融合反応を維持する技術をめぐり、熾烈な諜報戦が繰り広げられます。

新たな架空の「ゴルバド共和国」も登場し、地図帳を眺めては、「このあたりか」と、楽しい日々が続いています。



■核融合って? 

スター・ウォーズのハイパージャンプで使われるハイパードライブも、核融合と思われます。なので、核融合は未来の世界には必須の技術のようです。

でも、「核融合って、めちゃくちゃ危険なのでは?」と思っていましたが、マスコミの「極端な核アレルギー」のために、正しい情報が何一つ伝わっていなかったようです。しかも、安全すぎる核融合では、ニュースとして面白くないのかもしれません。もちろん、一時的に生成する放射性の原料や炉心の扱いには厳重な注意が必要ですが、核分裂のような暴走の危険はありません。核融合を起こし、維持するためには膨大なエネルギーが必要で、その供給がなくなればすぐに反応が停止してしまうからです。水爆も核融合ですが、こちらは原子爆弾の爆発で起爆しているとかで、人間って恐ろしいことを考えつくものです。

ただ、中国では、全国力をあげて開発しているので、すでに核融合反応が1000秒以上維持できる技術があります。もちろん、分かりやすい数値目標に特化しているので、実用運転にはまだまだハードルが高そうです。逆に日本では、世界最大の炉心を使った、あくまでも安全な実用運転をめざした地道な開発を一歩一歩続けているとのことです。

まあ、現実の核融合開発は「VIVANT」を超えたところでレースが続いているようです。できることなら、手をとりあって、共同で開発を進めてほしいところです。



さあ、今日も地図を広げて、
辺境の世界へ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

今週の早朝ウォーキング。玄関を出ると、霧雨で涼しい朝。さらにはコオロギの鳴き声で、ようやく秋の気配を感じます。今回の目的地は、京成線の海神駅です。京成稲毛駅から乗車し、京成津田沼駅で乗り換えて海神駅を目指します。

海神駅で「列車接近メロディ」として流れる曲は「海のトリトン」。正式なタイトルは「GO! GO! トリトン」(アニメ『海のトリトン』主題歌)です。駅に降りてから、「トリトン」の曲をまだ聞いていないことに気付き、次の電車の到着を待ってしまいました。しかしながら、鳴りません。残念に思いつつ、家で調べてみると、近隣住民への環境配慮による「早朝・深夜の時間帯消音」が理由のようです。朝が早すぎたというわけですね。

細い路地を縫って歩いていると、こんなところにという感じで「踏切」。斜めに伸び、その先は坂道という雰囲気満点の踏切。ごちゃごちゃした感じが実に素晴らしいです。「踏切百景」というものがあれば、せひ一景として加えたいものです。

国道14号線を渡り、さらに路地の迷宮へもぐりこんでいけば、すぐに龍神社に到着です。かつての海神という地域は、船橋海神と行徳海神に分かれていたそうで、龍神社は船橋海神の鎮守神社です。神社入り口の鳥居の後ろには、二つの大きな溶岩の上に据えられた狛犬。よく見ると、台座となっている溶岩には、子犬が遊んでいます。子連れの狛犬で、最近よく見かける気がします。神社の起源は、日本武尊。日本武尊がこの地を訪れた際、海上に光り輝く船があり、その柱に神鏡が懸かっていました。それを持ち帰って祀ったのが本神社の始まり(漂着神信仰)とされています。 

弘法大師の芋の伝説(大師が村人に芋を恵んでほしいといったところ、これは「石だから」と断れるが、後日村人の芋が石になってしまったという伝説)がある龍神池は境内の中にあります。かつて湧き水が出ていた池が本神社のアクセントになっています。そばには、子供たちの遊具があり、子供たちが池に立ち入らないように、過剰なほどの柵がめぐらされていました。

神社を離れ、東へ向かって、路地を歩きます。国道14号線に合流し、総武線を超える橋を少しだけ登ります。この自動車道の土手上から階段を下りると、小さな境内があり、入日神社に到着します。こちらは、行徳海神村の鎮守神社です。右側に鎮座する狛犬はなんとも優しい顔をしています。笑っているのかもしれません。実に小さな神社です。

この付近の総武線はまだ高架化されていません。西船橋駅が地上にあるため、この付近まで地上を走っているようです。ですが、海神という街は、線路向こうにも一丁目が広がっているため、線路を超える手段は数多く用意されていました。私たちが渡った地下通路もその一つです。線路を超えても同じような路地が広がっています。

海神一丁目は、1868年の戊辰戦争における戦闘の一つ「市川船橋戦争」があった場所です。期せずして親政府軍と旧幕府軍とが衝突。銃撃戦となり、抵抗する旧幕府軍に新政府軍が火を放ったため、町家一帯と先ほどの二つの神社は焼け落ちたそうです。そんな話を思い出しつつ、船橋駅へと向かうのでした。

■コース


①海神駅


②踏切百景


③龍神社


④入日神社




さあ、今日も地図を広げて、
秋の気配を感じながら冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

言問橋に訪れるのは、ずいぶん久しぶりです。最初に訪れたのは、清水由貴子さんの8枚目のシングル「言問橋」という曲がきっかけでした。この橋の近くで握手会があるというので出かけたのですが、もう47年も昔の話です。当時は錦糸町駅から歩いた記憶があります。当時の墨田川沿いは浮浪者のテントが多く、ちょっと歩きにくい雰囲気がありました。 

そんなわけで、ずいぶんと長い間、この付近のウォーキングは避けてしまったきらいがあります。しかし本日の家内との早朝ウォーキングは、浅草駅から出発し隅田川を北上して、言問橋を目指します。
現在はすっかり様変わりしていました。川岸は整備され、まさにリバーサイド。さらに目を引くのが東京スカイツリーです。言問橋は東京スカイツリーに一番近い橋ということもあり、ひときわ大きく、そして高く見えます。早朝の墨田テラスは、今ではすっかりジョギングの聖地へと変貌していました。

言問橋の浅草側、台東区立隅田公園には、東京大空襲戦災犠牲者追悼碑があります。墨田川には多くの橋が架かっていますが、この橋での犠牲者が特に多かったそうです。その原因の一つが、この橋の上流にある白髭橋がかなり遠かったことにあります。すぐ北側にあるX字形の桜橋は1985年に完成したので、当時は存在しませんでした。そのため、他の橋よりも人が集中しやすかったのでしょう。 

さらには、橋の西側の浅草から逃げる群衆と、東側の向島(浅草から見えた対岸の丘が島のように見えた場所)から逃げる群衆とが、ちょうどこの橋の上でぶつかってしまい、身動きがとれなくなってしまったのです。橋自体は鉄とコンクリート製で、関東大震災後の復興のシンボルとして永代橋などと共に建設されたものでしたが、避難民が持ち込んだ大八車などの家財道具に火が移って燃え出してしまいました。焼夷弾は川の両側に落とされたため、目前に迫る火の手から逃げる人たちは、「橋の向こう側に行けば助かる」というかすかな希望にすがり、この橋で行き場を失ってしまったのです。 

橋を渡り、言問通り沿いのバス停の時刻を見ると、あと30分は来ないようです。「それならタクシーに乗ろうか」と思うけれども、こういうときに限って流しのタクシーはやってきません。最近ではスマホで気軽に呼べるらしいのですが、昭和生まれの私にはちょっと敷居が高すぎます。結局、押上から半蔵門線に乗って錦糸町駅へと向かい、帰宅の途につくのでした。 

言問橋散策のそもそものきっかけは、映画「TOKYOタクシー」にあります。木村拓哉さん主演という理由だけで、家内と一緒に視聴しました。山田洋二監督の作品と言ってもさほど期待はしていませんでしたが、意外に面白かったです。一言でいえば、木村拓哉さん演じる個人タクシーの運転手が、倍賞千恵子さん演じる85歳のおばあちゃんを乗せて、東京の柴又から神奈川の葉山の施設へと向かう間の物語です。

物語の展開はある程度予想していましたが、おばあちゃんの過去は破天荒過ぎました。「昭和」はどこか懐かしいという気持ちが沸き起こるワードですが、この映画では当時の触れられたくない一面もしっかりと思い起こさせます。煙草に暴力、そして東京大空襲。この空襲を5歳の時に経験したおばあちゃんは、柴又を出て、真っ先に言問橋の慰霊碑に向かうのでした。

タクシーは一期一会。せっかくの出会いなら、何か運転手さんと会話したほうが良いのかもしれません。遠方へ出かけるとき、「遠回りされないか」という不信感が先に立ってしまい、運転手さんとまともな会話ができない自分を少し反省させられます。

ちなみに本映画は、フランス映画「パリタクシー」のリメイクなのだとか。機会があれば、そちらもぜひ見ておきたいものです。タクシー物語に目覚めてしまった老夫婦は、現在、夜ドラで放映されていた「ミッドナイトタクシー」を毎夜一話ずつ視聴中。実際のタクシーではなかなか味わえない人間模様を、ドラマを通じて追体験しています。


■コース




さあ、今日も地図を広げて、
タクシーを使って冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

今年のお盆休みは、線状降水帯の影響で外出を控え、家内と配信動画を楽しみました。この時期になると終戦に関する作品が多くなるのは当然ですが、今年はいくつかの映像作品を通じて、改めて「戦争と描き方」について考えさせられました。

●「開戦前夜」
「終戦」をことさら意識するのであれば、その原因となった「開戦」についても十分に意識すべきでしょう。というわけで取り上げるのは、現在映画館で公開されている映画『開戦前夜』です……と言いたいところですが、実はまだ視聴していません。というか、ちょっと視聴したくない映画というのが正直なところです。

理由は、この作品が昨年の夏に放送されたNHKのドラマ「シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜」を完全にベースにしながら、人物の描き方に大きな懸念があるからです。原作であるノンフィクション作品では、総力戦研究所の所長は、研究員に不都合な結果が出ても「大いに研究しろ」と激励し、その結果をありのままに上層部へ報告する人物として描かれています。しかし、NHKのドラマでは所長が正反対の立場で描かれてしまいました。モデルとなった所長のご遺族からは当然のごとく猛烈な抗議があり、世間からも数多くの批判が寄せられたようです。

これに対し、映画版の制作者側がくだした対応は以下のようなものでした。

・作中で「所長」という肩書や呼称を一切使用しない形に変更
・本編の冒頭に「本作はフィクションである」という旨を明示するテロップを追加

ご遺族が納得できるはずもなく、現在も係争中であるにもかかわらず公開に踏み切っています。そこまでして事実を改変した理由として、製作者側は「現代への警鐘」や「ドラマとしてのわかりやすさ」を挙げていますが、やはり理解に苦しみます。

実際に「平和主義的な所長が存在したにもかかわらず、開戦に踏み切ってしまった」という点こそが大きな問題であり、とことん追求すべきはずです。しかし、製作者側にはそんな姿勢は微塵も感じられません。

実在の人物の事実を歪めて悪者に仕立て上げ、「フィクション」という言葉で逃げる行為は、戦後のドイツ国防軍が「全責任をヒトラーになすりつけた」事象と何ら変わりません。「所長」という肩書を外し、ノンフィクションをフィクションに貶めるやり方は、「敗退」を「転進」と言い換え、「全滅」を「玉砕」と言い換えていた当時の軍部やマスコミとまったく同じではないでしょうか。

というわけで、原作や昨年のNHKドラマを知らない方には、むしろ「裏の意図を意識した上で鑑賞すべき作品」となってしまいました。



●「手塚治虫の戦争」
こちらは今年のNHK終戦特集ドラマです。1970年代、劇画ブームの到来もあり、漫画の神様である手塚治虫氏は虫プロを倒産させてしまいます。「そんなどん底で描きたくなった漫画は何か」ということで、戦時下の自身の姿を漫画化していきます。どんな状況下でも「やりたいことを優先すべき」ということなのでしょうが、多くの凡人にとっては、まず「やりたいことを見つけ出すこと」自体が大変なハードルです。まあ、平和な時代の贅沢の一つかもしれません。



●「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」
太平洋戦争末期の日本にタイムスリップしてしまう女子高生の物語です。主人公の百合は自分の境遇を激しく憎んでいましたが、食糧も物資も乏しい世界を体験し、元の自由な世界がいかに尊いものかを実感し始めます。さらに、彼女を苦しめているのは「子供を助けるために死んでしまった父親を許せない」という思いであり、「だから特攻など言語道断」だと反発します。「あともう少しで日本は負けるのに」と思う百合に対し、「戦争に負けたら愛する人たちがどんな目にあわされるか分からない」と、ひたすら自己犠牲に突き進む特攻隊員たち。しかも、それを純粋に信じている彼らに、百合には何もできません。

どうしてそんな世界になってしまったのか。「ここで自分が特攻に行けば、愛する人たちが救われる」という誤った前提に基づく使命感。これらを植え付けてしまった責任の一端はマスコミにあり、さらには「信じたいものを信じてしまった」一般大衆にもあるのかと考えさせられます。
(※現在、続編の『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』も公開中です)



●「ラーゲリより愛を込めて」
「戦争に負けるということは、どういうことなのか」…。そういった重いテーマを期待していましたが、実際の焦点は少し違っていました。どんな理不尽で絶望的な状況でも希望を失ってはいけない、というのが主なテーマのようです。ただ、鑑賞中にどうしても細かい点が気になってしまいました。

・奥さんの名前が「モジミ」(単なる黒板の書き間違い?)
・「いとしのクレメンタイン」という選曲(なぜアメリカ民謡?)
・流氷の海に飛び込むクロ(演出のやりすぎ?)
・遺書の一風変わった伝え方(大げさすぎるのでは?)

北川景子さんは美しすぎますが、それは特別に許すとして、名前が「モジミ」なのは黒板の書き間違いかと思いきや、事実なようです。本作は辺見じゅんさんの『収容所から来た遺書』を原作とした、すべて実話ベースの映画。つまり上記の4点も実話だということなのですが、それを知らずに鑑賞した私には、どうしても「映画化による稚拙な脚色」に見えてしまい、すべてがフィクションのように感じられてしまったのは非常に残念でした。

ちなみに、劇中で主人公たちが歌う「いとしのクレメンタイン」は、ゴールドラッシュの金鉱で働く父親と愛娘の悲恋、そして彼女を失った男の哀しみを歌ったアメリカ民謡です(ちなみに日本の『雪山讃歌』の原曲としても知られています)。また、昭和のCM「芸能人は歯が命」を思い出してしまうほど、出演者たちの歯の白さが妙に気になってしまったことも付け加えておきます。



さあ、今日も地図を広げて、
どんな些細なことも見逃さないように、冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

「地図講」の夏のイベントでのお話です。「地図講」とは、地図をこよなく偏愛する組織「地図ラー」の会の有料会員組織(「note」のコンテンツで月2000円) のことです。日本は、酷暑と呼ばれる第五の季節の真っ盛り。お日様の照りつく真昼間を「街歩き」というわけにもいかず、7月から9月にかけての地図講のイベントは、涼しい室内でのゲストをお招きしての講演会形式です。この8月も、素晴らしいゲストが招かれ、地図に対する偏愛ぶりを披露していただきました。

ゲストは、川歩きで有名な「まちなみ冒険家・水辺文筆家」の地図子さん。テーマは、 なんと「気づいたら最後、これしか目に入らない!井戸の手押しポンプ観察入門」です。たまに古い街並みで見かけますよね。井戸の手押しポンプ 。私の地元でにもあります。でも、正直に言って、ここまで観察する人がいるとは思いませんでした。

もともとは、河口から水源までを歩きとおすのが趣味の方ですが、ひょんなきっかけで井戸の手押しポンプを探し求めるようになったそうです。地図子さんの知人(女性)が、お誕生日のプレゼントに「水質調査キット」をもらったそうで、さっそく水質調査をしようと地図子さんを誘ったそうです。誘われた地図子さんも二つ返事で協力することに。最初は、月島(佃島のある島で、地下水の層が隅田川の下をくぐって続いているそうです)で井戸を中心に調査に励んだとか。結果は、中性が多く、酸性がすこしばかり、アルカリ性は少ないとか。いずれにせよ、その日から、水質調査まではしないまでも、井戸がありそうな場所を地図で特定し、実際に出かけ、動画に収めているとのこと。まあ、お誕生日のプレゼントが「指紋検査キット」でなくてよかったです。 

プライベートの「Google Map」には、膨大な数の手押しポンプ付きの井戸がプロットされていました。見事なものです。そして、調査を経て分かったことがあるそうです。大正・昭和に作られた手押しポンプ付きの井戸は、家・路地・寺社・畑に分布し、設置目的は予想通り生活用なのだそうです。ただ、平成・令和になると、家・学校・広場・公園に分布し、設置目的は防災用と変わってきているそうです。広域停電で断水しても、手押しで水が供給できるのは心強いものです。目的が防災ですから、井戸も本当の井戸である必要もなく、貯水タンクだったりと、井戸もどきが多いそうです。 

最近は、ある場所での手押しポンプ 探しにはまっているそうです。その場所とは、ディズニーランド。すでに、6カ所も見つけたそうです。一つは、スプラッシュマウンテンで滝を落ちる直前にあったとか。「隠れミッキー」なら分かりますが、ディズニーランドでわざわざそんなものを探すというのが、もうお見事です。

さて、バブルのころ、「超芸術トマソン」を探し求める路上観察が流行しました。超芸術トマソンとは、不動産に付着して美しく保存されている「無用の長物」のことです。現代美術家の赤瀬川原平らが1980年代に提唱した概念で、何の役にも立たないのに街の中に残り、まるで芸術作品のようになっている建造物のパーツを指します。 



最近は、大正ロマンや昭和レトロを懐かしむ風潮なのか、先ほどの手押しポンプもそうですが、むかしは当たり前にあったものをこの時代に探し出すというのが流行のようです。

・電話ボックスあるいはダイヤル付きの電話
・オロナミンCの看板
・赤い円柱型の郵便ポスト


街歩きでの私の個人的な興味で言えば、めずらしい・変わっている・面白いといった単純なオブジェを探しているといえます。そういうオブジェがあれば、まずは撮影し、家に帰ったらGoogleMapにマッピングしています。いろいろなオブジェがある中で、割とブロンズ像に興味が引かれている気がします。まあ、正直に言えば、裸婦像が多いかもしれません。

・船橋市のかっぱとシーラカンスの像


・千葉市美浜区のカタツムリと犬


・市川市の「ママ•••ご本をよんで」大須賀力作


・千葉市美浜区の「浜辺の情景」日高頼子作


・船橋市の「ふれあい」菊池一雄作


・千葉市美浜区の「愛」伊藤孝作



さあ、今日も地図を広げて、
令和らしい路上観察へ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

毎週日曜日の早朝ウォーキング。久しぶりに、4時起床後、朝の涼しいうちに散歩をしようと、家を出ます。目的地は、少しでも涼しそうな都会のベイフロントを目指します。Google Map であらかじめ見つけておいた名所旧跡を手がかりに歩き回る予定です。

玄関を出ると、熱帯夜のような熱気。早くも多難なウォーキングが予想されますが、めげずに出発します。途中のセブンイレブンで朝食を購入し、京成稲毛駅のベンチにて食事を済ませます。改装工事中ですが、改札口や、障碍者用のスロープには、駅員たちがアート感覚を振り絞ったであろう夏の風物詩などの飾り付けが、庶民的な駅を感じさせ、すこぶる好感が持てます。ほんの少しだけ涼しく感じたものです。今朝はめずらしく東京湾からの潮風がまったくなく、暑さがひとしおに感じていたからです。04時55分発の冷房のよく効いた電車に乗車し、ホッとします。京成津田沼駅で上野行きの電車に乗り換え、船橋競馬場前へと向かいます。

久しぶりの船橋競馬場前駅です。かつては、ららぽーとへ遊びに行くのに、よく利用した駅です。最近はすっかり出不精となり、ウィンドーショッピングもさっぱりです。ららぽーとへ向かう無料バスのバス停を過ぎ、国道14号線を渡り、京葉道路へ向かいます。

最初の名所は「南船橋キリスト教会」。教会ということで、教会前の京葉道路の大きな土手は、中世ヨーロッパの城壁のように見えます。ただ、この教会。今は、普通の住宅になっている模様。というのも、かつての写真を見ると、玄関の扉の脇に十字架のマーク。さらに左側の窓ガラスには教会でよくみられるステンドガラスが嵌め込まれていたからです。今は、簡単には消せそうもない壁面に描かれた十字架だけが残っていました。

次の名所は「陸軍境界石」。境界石というのは、民有地や官有地との境界を明確にするために設置した石柱のことです。習志野には広大な陸軍の演習場があったので、その境界線かもしれません。

船溜りの方へ向かって歩くと、あからさまな暗渠に遭遇。暗渠に沿って民家が連なっています。その脇の自動車道を歩くと、京葉道路にせき止められたような運河にぶつかります。運河沿いには、ペットを連れた人たちでにぎわっています。ワンちゃんたちの仕草を見ながら歩くと、朝陽を浴びつつある船溜りが見えてきます。

満潮のようです。10隻ほどの漁船らしき船が停泊していますが、実際に漁に使っているのかどうかは不明です。いったん、京葉道路を抜けようと、抜け道をくぐると、立派な燈明台のレリーフが飾られています。少し路地を歩けば、浜町の商店街。早朝なので、シャッターはすべて閉まっていますが、各店舗には、提灯が下げられており、祭りの飾り付けのようです。掲示板のポスターを見ると、「ファミリータウン夏まつり」というのが、昨日の土曜日から開催されているようです。
 
商店街を抜けると、京葉道路の高架下には「大捲き舟・ベカ舟」の名所がありました。二隻の木造の船が高架下に展示されています。のりの養殖用に使うのがベカ舟、アサリやハマグリを人力の捲き網で捕るのが大捲き舟のようです。なかなかの不思議な空間です。 

小さな浜町北公園でも、提灯の飾りつけ。屋台もあり、中央には簡易の舞台が作られ、本部用のテントなどがあり、ここが祭りの中心地のようです。

再び、船溜まり。歩行者専用の浜町橋を見つつ、新船橋へ向かいます。新船橋は、船橋浜町船溜りの水門のような橋。現在架け替え中です。橋を渡り、左側に海老川を見つつ、歩くと船橋橋。海老川に掛かる橋には、それぞれテーマを持ったモニュメントがあり、この橋の袂には河童の銅像がありました。「海へのロマン」をイメージしているとかで、ちょっと意味がわかりませんでした。

海老川を離れ、大神宮下駅へ向かい、京成線で船橋に出て、列車の冷房をありがたく感じながら、帰宅への途につくのでした。

■コース


○京成稲毛駅の飾りつけ


①陸軍境界石 


②船橋浜町船溜り


③灯明台のレリーフ


④浜町の商店街


⑤大捲き舟・ベカ舟


⑥浜町北公園


⑦浜町橋 


⑧船橋橋の河童


⑨海老川


さあ、今日も地図を広げて、
都会のベイフロントへ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

先日の3連休では、平日だとなかなか見ることができない配信動画の無料映画を精力的に観賞しようと決意しました。

・「プロジェクト・ヘイル・アーサー」「ET」を思い出すファミリー映画
・「ひつじ探偵団」羊たちが主人公のファミリー映画。ミスリードが秀逸
・「ドールハウス」人形は大切に扱いましょう!かくれんぼって、意外と危険
・「アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ」3作目は、溶岩滴る火の世界を期待したのに!
・「国宝」一言で片づけられない



■人間の「業」と凄まじい執念―圧倒的な密度で描き切る傑作『国宝』
「一言で片づけられない」 そんなわけで、映画賞を席巻するなど大きな話題となった映画『国宝』の感想などをお話ししたいと思います。伝統芸能の華やかな世界と、その裏にある人間のねじれた業を描いた作品。3時間という上映時間にもかかわらず、もっと長く観ていたいと感じるほど、微細なドラマが凝縮されていました。というか、気になるシーンは何度も再生です。ポイントごとに見ていきましょう。

■歌舞伎界の頂点「人間国宝」という重み
あえて、一言でいえば、本作は歌舞伎の世界での人間国宝を描いた重厚なドラマです。

そもそも「人間国宝」とは、日本の文化財保護法に基づき文部科学大臣が指定した重要無形文化財の保持者(各個認定)に対する通称。正式な法律用語ではなく、芸能や工芸技術などの伝統的な「わざ」を高度に体現・体得している個人を指します。歌舞伎の俳優(役者)分野における現役の人間国宝は、現在わずか6人。その頂点に立つことが、どれほど孤独で険しい道であるかが、二度目の鑑賞中にビシビシと伝わってくるのでした。

■血筋とハンデ、そして「真の動機」を探す旅
物語を通じて深く突きつけられるのが、「価値を決めるのは血筋か、それとも才能か?」という問いです。

伝統の世界では家柄や血筋が大きな意味を持ちますが、そこでふと「では、その血筋の『初代』はどうなるのか?」という根源的な矛盾に行き当たります。ただ、そこはあえて作中では深く触れられず、ヤクザの子という逃れられない血筋のハンデや刺青を背負った主人公・喜久雄が、必然的に過酷な運命に翻弄されていく姿が描かれます。

本人は「芸のために悪魔と契約した」というほどの覚悟と心持ちで芸に身を捧げていきますが、運命の波に翻弄され、時には「自分はいったい何をやっているんだ」と心が折れそうになり、目指していたはずの「真の動機」を見失いかけてブレてしまう苦悩の時期もあります。しかし、その泥沼の中でも、かつて自分が追い求めた原点を再び思い出していきます。

最終的に、主人公が求めたのは「ただひたすら、美しい風景を見たい」という純粋で切実な願いでした。そこにたどり着くまでに費やした膨大な修練の時間こそが、結果として彼を人間国宝としての高みへと押し上げたと感じます。

そして、彼が追い求めた「美しい風景」の正体とは何だったのか。それは、父親の一生一代の見せ場の続きです。映画の冒頭、あえなく中断されてしまった父親の見せ場。その強烈な心残りと哀しみが、主人公の心を一生離れることはなく、彼自身を最後まで突き動かし、未完だった夢を完成へと導いたと、個人的には納得しています。

■見事なコントラストを描き出す、俳優陣の凄み
そして、俳優陣の圧倒的な名演です。

吉沢亮(喜久雄):まさに「悪魔と契約した冷徹な印象」を体現し、美しさと狂気が同居する凄まじい演技力がスクリーンを支配します。芸のためにはすべてを飲み込んでいく姿に圧倒されます。

横浜流星(俊介):歌舞伎界の跡継ぎという重い立場にありながら、父親の影や、圧倒的な才能を持つ喜久雄の存在に翻弄され、常にどこか安定感のない危うさと葛藤を抱えた姿を見事に表現していました。

この対照的な二人の奇妙な関係性が、物語の面白さを何倍にも膨れ上がらせています。どれも、欠かせないエピソードの連続であることに気付かされます。

■作品の評価とまとめ
本作は、第49回日本アカデミー賞で最優秀作品賞をはじめとする最多10部門で最優秀賞を受賞するなど、国内外の賞レースや興行面でも圧倒的な評価を獲得しています。

強烈な映画体験を求めている方に、心からおすすめしたい一本です。



さあ、今日も、冷房の効いた部屋で地図を広げて、
スクリーンの中へ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

7月の第三月曜日は、「海の日」で祝日です。

「海の日」は、1996年から7月20日より、国民の祝日となりました。もともとは、1876年(明治9年)、明治天皇が東北地方への巡幸の際に、灯台巡視の汽船「明治丸」で航海され、7月20日に横浜港へ無事ご帰着されたことに由来しています。2003年(平成15年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)により、7月20日から現在の7月の第3月曜日へと変更されました。今年は、7月の第三月曜日が7月20日であったため、多少のありがたみは増しているかもしれません。いずれにせよ、三連休です。夏休み気分を味わいたく、安房興津という房総の海へ出かけてみることにしました。

房総半島の南部には、「安房(あわ)」という文字がつく地名が数多く存在します。この「安房」という地名は、古代に四国の阿波国(現在の徳島県)からこの地域に移住した「阿波忌部(あわいんべ)氏」が開拓し、故郷にちなんで名付けたことに由来しているそうです。「興津(おきつ)」は、鎮座する興津宗像神社の祭神である「興津島姫命(おきつしまひめのみこと)」が住居を定めたことに由来するとされています。

当日は、総武快速線で上総一宮駅まで行き、安房鴨川行きの電車に乗り換えです。乗り換え時間は3分ほどしかありませんが、ホームが違うので、速足で陸橋を渡ります。階段を降りると、先頭車両です。この1両目の列車は、ボックス席でもあり、元気のよい部活の子供たちがはしゃいでいます。後部車両へと向かって歩いていくと、トイレのある車両を見つけ、さらにその奥の車両がボックス席であることに気付き、しめたとばかりに陣取ります。といっても、同じ車両に乗客は誰もいません。

電車はすぐに出発。水田が広がる車窓に満足です。この時点ではまだ梅雨明け宣言はされていませんが、夏らしい風景が過ぎ去っていきます。海岸線を走るとは言え、御宿駅を過ぎないと、海は見えません。太平洋が見えてくると、いよいよ外房という感慨がわいてきます。

安房興津駅で下車します。雑草が元気よく生い茂った単線の無人駅で、私たち以外には、二人ほどの乗客が下車。海辺の駅らしく、潮の香。駅の待合室は、掃除が行き届き、綺麗な状態で保たれています。駅を出れば、早朝で閉まっていますが、小さな小さな商店街が広がっています。

車も通らない国道128号を渡り、民家を抜けると、すぐに小さな海水浴場です。海水浴場自体は水蒸気が立ち込め、雲が多く、ときどき陽が射す程度。でも、真夏という感じです。浜辺の東半分は、波が寄せる限界まで植物が育ち、歩きやすくなっています。ただし、この区画は、小型ボートが停泊しており、子供たちの遊泳場所は中央から西にかけての区域となっているようです。

その区画には、早くも、地元の人たちらしい幾つかの家族がテントとビーチパラソルを基地にして、ペットの犬たちとともに海水浴を楽しんでいます。

朝7時の時報が海岸に流れます。と同時に海水浴客たちが海岸へ現れ始めます。ちょうど、地元の住民たちが、朝飯を食べ終わり、大人たちの準備も整い、子供たちに引っ張られながら、ぞろぞろと浜辺に集合しているようです。

湾の両端は磯でできた岬となっています。この辺は遊歩道が整備されていないので、歩ける範囲は限られています。西の磯へ近づくと、勢いのある高い波が岸壁に打ち寄せています。暑いので、影が延びている川筋をしばし歩き、駅方面へ戻りました。

朝顔が咲き乱れる民家の軒下を抜け、国道に戻ります。街の万事屋であるコンビニの「Daily Store」では、浮き輪の陳列が目を惹きます。

時刻表を見ると、ちょうど特急わかしおが間もなく停車する模様。ネットで調べると、わずか5両編成の全車指定席。無人駅で指定席券を購入できないため、最後尾の5号車の乗車口で列車を待ち、車掌に確認してから乗車します。発車後、空いている席に案内してもらい、特急指定席券を無事購入します。蘇我駅で千葉行きの内房線に乗り換えです。ちなみにわかしおは蘇我駅を出ると、京葉線に入り、終点東京駅まで停車駅はありません。つまり、海浜幕張駅には止まらないのです。

さすがに最近の夏は、暑すぎて歩き回れないですね。短い滞在でしたが、夏休みの雰囲気を十分に味わことができました。なお、安房興津には、興津城跡があるらしいのですが、内陸に入って1キロほどの高台にあるようです。夏以外の季節に訪れたいものです。

■「興津海水浴場」の位置

■「興津海水浴場」周辺図

 

 


さあ、今日も地図を広げて、
夏休みの冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

先日の土曜日の午後は、幸いにも「千葉市長と語る会」に参加することができました。きっかけは、私が参加している「地図ラーの会」に市からお声がけがあったからです。noteでの投稿を調べてみると、「ボードゲームの会」などでも呼ばれた記事がありましたので、あらゆる市民団体にお声がけをされているようです。

当日は、「900年の歴史を振り返り、未来につなぐまちづくりを考える」という資料をもとに、市長より30分ほどのすばらしいプレゼンがあり、残りの30分弱で質疑応答という構成でした。30分にも満たない時間なので、4人ほどしか質疑応答ができませんでしたが、市長からは懇切丁寧な回答をいただき、好感の持てる場となりました。

市長というものは、千葉市に関するあらゆる問題に精通していなければならず、さらには解決策とまではいかなくても、「ある程度の見通しやビジョンを持っていなければならない」ということを改めて思い知ると同時に、「激務だな」と感じるのでした。

私は、免許を持っていないので、国道357号線の交通渋滞などを知りませんが、質問に立たれた当事者たちには真剣な悩みの種です。千葉市の誇る千葉港は貨物量が日本第二位の港です。それだけの物量を裁く必要がありますが、東京方面は通勤にも使う国道357号線に頼るしかない現状。その357線の改良を続けると同時に、国主導の新湾岸道路の早期具体化を図っているとのことです。

私の家は、台地上にあるので、それほど地震を心配していませんが、美浜区の埋め立て地に住む人たちには、防災はきわめて重要な問題です。市の見解によると、地震による津波よりも台風による高潮の危険が切実なようで、あらゆる対策を講じつつあることを知ることもできました。

日本は全国的にも少子化問題の対策を急がれていますが、千葉市は幸いにも人口が増えています。東京のような都心で見られるような、若い人たちの増加だけが顕著な現象とは異なり、千葉市は全世代で増えており、比較的住みやすい街として知られているようです。千葉という街には、広い公園と水辺がある街という印象があるらしく、それが誘致への好材料となっているようです。

1時間はあっという間でした。まさに、密度の濃い1時間でした。 私も、意見を求められても良いように、千葉について、考えをめぐらしますが、どうしても「横浜に対する千葉」となってしまいます。私は、大学へ入学と同時に千葉へ引っ越してきました。それまでは、横浜市で過ごしてきたので、否が応でも横浜市と比較したくなります。ただ、比較と言っても、比較対象はことごとく横浜に軍配が上がってしまいます。

●タワー
・横浜:マリンタワー・ランドマークタワー
    キング・クイーン・ジャックの三塔物語
・千葉:ポートタワー・猪鼻城(どちらもアクセス悪し)
●野球
・横浜:ハマスタ(関内駅から2分)
    毎年開催されるTUBEのライブ
・千葉:老朽化したZOZOスタジアム
    (海風を感じるらしいけど、強風じゃん?)
●港
・横浜:氷川丸・日本丸・中華街や外人墓地などの異国情緒
    横浜市の小中学校には「開港記念日」というお休みがあり、懐かしい!
・千葉:日本第二位の工業港
    (夜景でがんばれ!)
●アニメの聖地
・横浜:「コクリコ坂から」(誰もが知ってる国民的アニメ)
・千葉:「俺の妹が…」「俺の青春ラブコメ…」「青のオーケストラ」

こうしてみると、勝てる要素など、一つもありません。母はよく言っていたものです。

「千葉へ都落ちしちゃった!」

私も最近まではそんな気分で過ごしたものです。でも、今は違います。誇れるものが一つはありました。それは、世界一の距離を誇る懸垂式モノレール。神奈川県にも、湘南モノレールという懸垂式モノレールがありますが、単線です。対して、こちらは複線です。しかも、街中を走っています。下から上を見上げたときのインパクトは破壊力があります。つまり、モノレールの沿線は、ほとんどがフォトスポットです。もちらん、車窓からの眺めも秀逸です。モノレールを手始めに自信を取り戻す日々が始まりました。



さて、「千葉市長と語る会」のあった土曜日の夜は、「出没!アド街ック天国」で、「米西海岸風ビーチリゾート」 として、千葉市の「稲毛海岸」が紹介されていました。東京テレビらしく、アニメ「俺の青春ラブコメ…」については、いっさい触れずにです。少し離れたところに住んでいる私にすれば、稲毛海岸を取り上げるのは、少々大げさなような気もしますが、1位から20位までの順位をひとつづつを見ていると、知らないスポットもあったりで、大いに勉強になるとともに、「良い街じゃん!」とも思えてくるのでした。でも、海岸へ行くには、陽がすっかり登った6時以降でないとバスがないので、暑さの厳しい季節には、遠い場所でもあります。なので、始発の総武快速線に乗って、大船まで行き、湘南モノレールに乗りたくなってしまう(あるいは、鎌倉から江ノ電)のは、少々残念な習性です。あと、千葉そごうへ行くと、崎陽軒のシウマイ弁当を買ってしまうのも、残念な習性ですね。

■参考図書
●「地球の歩き方 千葉市」

 

 




さあ、今日も地図を広げて、
ビーチリゾート稲毛海岸へ冒険にでかけましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。