CANAL CAFEで読んだ本について、先ほどの投稿では触れられなかったのでこちらで紹介しようと思う。

ここ数日かけて読んでいた本で、非常に売れている自己啓発&ビジネス書である、岸見一郎氏の『嫌われる勇気』

アドラー心理学を、青年と哲人のダイアローグ形式で分かりやすくかみ砕いて説明した書。

 

[岸見 一郎, 古賀 史健]の嫌われる勇気

 

いろいろ読んでいて衝撃的だったことが多い。衝撃ポイントを列挙する:

 

まずは、アドラー心理学が原因論ではなく目的論に立脚しているということ。

自分のことが嫌い、という青年に対して哲人は、自分のことを好きになりたくないということを好んで選んでいるのは、対人関係から避けるために自分のことが嫌いという言い訳に頼っている青年自身であると論破している。

●●だからその結果、▲▲になってしまった、というのをアドラー心理学では認めない。

必ず、××するために□□することを選ぶのは自分、としている。

故に、感情に任せてかっとなり怒鳴ってしまった。というのも認めない。怒りを道具に怒鳴ることを選んだのは自分自身であるからだ。怒りの感情(原因)→怒鳴る、ではなく、怒りたい(目的)→怒鳴るという方法を適用しよう、となるようだ。

 

また上記から、「ライフスタイル」(その人の性格から価値観までを広く内包するもの、らしい)を決めるのも自分自身。

変わりたいのに変わらないのは、本当は変わりたくないから

変わることへの不安(自分の実力と、現実と向き合うこと)が、変わらないことで生じる不満よりも大きいために一歩を踏み出せず、結局変わらないという決断を下しているということ。

このように口実をつけてやらねばならないタスクを回避することを「人生の噓」とアドラー心理学では呼んでおり、代表的なものにウォーカホリックが挙げられる(多忙を言い訳に、交友関係・家庭での義務を果たさない)。

 

アドラー心理学では、人の期待を満たすために生きてはいけない、他者承認を得ることを人生の目標にしてはならない、という。

そのためには、「課題の分離」が必要であるとのこと。自分の判断は自分の判断であり、それに対して他者がどのような判断を下すかまでは自分の課題ではないから無視しろ、という。

例えば、親が自分の就職先の決定に反対していること、反対されていること自体を変えることは、その一時点で自分が出しえる最善の判断を下しているので、自分にはできない、だから放っておこう、というもの。そこであえて親に合わせて自分の判断を変える(好かれたい)必要はないということ。自分の判断を尊重し貫けということ(嫌われてもかまわない)。

「課題の分離」ができるようになると、他者の目線にとらわれることが無くなるという。つまり、嫌われる勇気を持てるようになるということ。

整理すると、【他者承認の道(好かれたい)】VS【他者承認なき自己承認ゆえの自由な道(嫌われてもかまわない)】という二項対立において、後者にしか、自分の生き方を貫く方法はない、ということ

 

またアドラーによると、人間の最大の不幸は、自分自身を好きになれないことだという。

これは、前者を選んでいるために。必然的に他者から好かれても自分はその決定に納得がいかないからである。

人生に迷っているということは、つまり自由を勝ち取ろうともがいている最中であるということ。

今すぐにでも、この瞬間から、自由な道を選び取るために行動を開始しなくてはならない。

 

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読んでいて非常に身に染み入る内容だった。

今の自分をまさに投影させながら読んでしまったからだ。

合わない仕事を続けていくのか、別の道を選ぶのか、この本を読まなくても答えは出ていたけれど、でも、あと少しだけ、、とずるずるこの仕事を続けていたら、私は自分を嫌いになってしまっていた。人間の最大の不幸に陥るところであったと思うと、やはり身につまされると言わざるを得ない。