青い手紙 12
「サニーアップコーポレーションでございます」と、受話器の向こうで、女性の声が言った。
死亡した畠山氏が元会長を務めていた、グループ企業の中核企業が、『サニーアップコーポレーション』だった。私は、畠山氏の葬儀の場所と日取りを知りたいことを、透明感があって、明朗な声の持ち主の受話器の向こうの女性に訊いた。
電話回線はどこかに回された。私は三十秒ほど待った。
次に受話器の向こうから聞こえてきたのは、もはや透明感は失われて、ややトーンも低くなっている女性の声だった。その女性の声は、私の身元を確かめるために、元会長の畠山氏のとの関係を、遠まわし的な表現で、しかも、的確に訊いた。
私は、仕事上で、畠山氏にお世話になった者だと、答えた。もちろん、実際は、お世話にはなっていない。お世話になるか、あるいは、私が畠山氏をお世話するかも知れなかったが、もう、彼はこの世の人ではなかった。
受話器の向こうのキャリアを積んだと思える女性の声は、ごく内輪での葬儀を執り行う予定で、まだ、場所も日取りも決まっていないと返事をした。葬儀の場所と、日取りが分からないのであれば、直接、喪主の方のお宅に伺って、お悔やみを申し上げたいので、喪主の方の住所を教えていただきたいと、私は営業用のトーンで、特別な感情が声に現れないように言った。
キャリアを積んだ女性の声は、受話器の向こうで、数秒間途切れた。誰かと話しているような気配が受話器の向こうから感じられた。少し、困惑したような声のトーンだったが、彼女は、喪主の住所を教えてくれた。
選外
ローカルなコンテスでしたが、十枚の随筆は、全く、選外でした。
コンテストは方向性が違ってしまうと、自信作だと思っても、どうにもなりません。
けれど、やはり、コンテストの選外というのは、悲しいです。
せめて、佳作にでもなっていればと思ったのですが、佳作にもならないということは、よほと゛文章がうまくないのでしょうか。
コンテストといえば、過去には、『群像』の一次予選通過と、すでに倒産している『碧天舎』での奨励賞を受賞したくらいです。
選外にも、めげずに、コンテストには応募を続けるつもりです。
自分の書いているものと傾向が同じコンテストを選んで応募すればなんとかなるのではないかと思いつつ、書くことはやめないつもりだと、自分を納得させてみる。
華麗なるギャツビー DVD
『華麗なるギャツビー』のDVDを見ました。
原作の世界をそのまま映像にすることはできないだろうということは、理解した上で、どこがどう違うのか注目しながら見ました。
ギャツビーはロバート・レッドフォードです。原作のギャツビーのイメージとロバート・レッドフォードのイメージは一致しているでしょうか。
ロバート・レッドフォードはハンサムすぎる感じがします。もう少し、曲者的な雰囲気のある俳優がよかったのではないかとも思うのですが、誰がよかったのでしょうか。
デイジー役のミア・ファローはデイジーのイメージとは、少し違うようにも思えました。もうちょっと、華やかさがほしかったです。
ことに女優の衣装が美しく、それぞれのシーンの映像も美しく、ギャツビー邸と、パーティの様子などは、原作の活字では表現しきれないものだと思います。
二十世紀のアメリカ文学の歴史的名作の『華麗なるギャツビー』を映像化するには難しいこともあると思うのですが、映像はとても美しく、ロマンスを感じるものでした。
ですが、『華麗なるギャツビー』は原作を読むべきです。
翻訳で読んでも、文章が美しいです。
物語の冒頭の部分と、終盤は、名文です。
できれば、英語の原書で読むべきだろうと思います。来年は、原書で読もうと思います。
青い手紙 11
死亡した畠山義男にとって、あるいは、畠山氏だと名乗って電話してきた人物にとって、青い封筒は、重要な意味があるはずだった。電話をしてきた人物は、私が青い封筒を発見することを予想していた。あるいは、ヘルパーの女性が発見することを予想していたはずだ。しかし、青い封筒は毛布で隠されていた。ヘルパーも、私も青い封筒のことに気づかずに、それ以外の人物が、発見することも予想していただろう。いずれにしたところで、青い封筒は、誰かに見つけられる予定だったのだ。
ところが、その封筒を私が持ち去ることは、畠山氏、あるいは、電話をかけてきた人物は予想していなかったはずだ。私は、その青い封筒を手に持って、眺めていた。封筒の表にも、裏にも何も書かれていなかった。堅く握られていた青い封筒を死体の左手から無理矢理に抜き取ったために、封筒にはいくつもの折り目がついていた。
封筒を開けるべきかどうか迷った。畠山氏の死の原因のカギを握っているのは、この封筒であることは間違いなかった。病死なのか、自殺なのか、他殺なのか、まだ何も分かっていない。畠山氏の死因が分かるまで、この封筒は封印しておくべきだと私は思った。
では、畠山氏の死因は何なのか。見落としていることはなかっただろうか。私は、畠山氏の部屋を撮影した写真をパソコンのモニターで見てみた。
モニターに映し出された老人の顔には、暖かい色はなかった。雪の降る日に公園のベンチに何時間も、ぼんやりと、座っていたかのような顔色だった。皺は数えきれないくらいに額から顎の先まで、左右、上下に走っていた。血が固まったようなどす黒い斑点が額から頬にかけていくつもあった。仮に、誰かが手を下して、命を奪うことをしなくても、畠山氏の命の灯火は、消えかかっていたのではないかと思えた。
首筋は皺に覆われて、私が片手でつまんでも折れそうだった。首筋には、何かで絞めた跡は見当たらなかった。後頭部の写真も念入りに見たのだが、何かで殴られたような跡はなかった。
外傷はないといっても、私が確かめたのは、畠山氏の頭部だけであって、首から下は、服を脱がして確かめたわけではないから、身体のどこかに外傷はあるのかも知れないが、それは分からない。
写真で見る限り、部屋は、荒されてはいないし、何かが盗られたようにも思えなかった。気になるのは、流し台の上にあった薬と、音がでないまま、つけっ放しになっていたテレビだった。音を出さないまま、テレビをつけていることは、ないことではないし、心臓が悪いのだから、薬は定期的に飲む必要があっただろうし、その薬が流し台の上にあったとしても何も不思議はない。薬の銘柄を確認しようと思って、パソコンのモニターで等倍に拡大してみたが、銘柄は分からなかった。
写真からはほとんど何も分からなかったが、私にはやるべきことがあった。私は電話に手をのばして、受話器を取った。
夢がなければ生きていけない
昨夜の、『アンビリーバボー』を見て、何歳になっても、夢はあきらめてはいけない。そして、夢は叶うのだと、あらためて、感じた。
ジェリー・ボイドはいくもの職業を転々とする。私立探偵も経験していた。彼の夢は小説家だった。何度も出版社に小説を持ち込んでもノットアウトされ続けた。彼の人生は、負け犬のような人生だった。
49歳になった時に、彼はボクシングジムに通う決心をする。そこで、トレーナーのダブと出会う。
かつて有望なボクサーだったダブの夢は世界チャンピョンを育てることだった。
ジェリーとダブはコンビを組んで、世界中を転戦して、ついに、ワールドチャンピョンを生み出した。
ダブは満足していなかった。彼のほんとうの夢は有能なボクサーを発掘して、育て上げ、ワールドチャンピョンにすることだった。
ダブは夢を追いかけていたが、彼は57歳になっていていた。ダブは自分の夢をあきらめかけていた。
その時、70歳になっていたジェリーがダブに一冊の小説を渡した。小説の登場人物はダブだった。70歳になって、ジェリーが初めて出版した本だった。何歳になってもジェリーは夢をあきらめなかったのだ。
二人は、再び、一から世界チャンピョンを育て上げる夢を追いかけ始めた。しかし、ジェリーは心臓病で死亡してしまう。
二人の夢は、これで終わったかと思ったのだが、ジェリーの死の2年後に夢は新たな形で現実のもとなった。
ジェリーの小説は、名優であり、監督としても巨匠である、クリント・イーストウッドの心を動かした。
クリント・イーストウッド主演・監督の映画のタイトルは、『ミリオン・ダラー・ベイビー』。 アカデミー賞の、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞の主要4部門を受賞する歴史的名作となった。
映画を見ていなのいので、いつかは、DVDで手に入れようと思います。
何が感動的かというと、70歳になっても自分の夢をあきらめず、小説を出版して、それが映画化されて、歴史に名を残したことです。
私も、そのようになっみたい。
生涯たった一冊でもいいから作品を出版する。でも、誰も注目もしないし、本は売れない。しかし、死後に評価され、映画化され、読み継がれていく。
『夢がなければ生きていけない。夢をあきらめたら生きている意味がない』