物語の長さ
物語の適度な長さはあるのだろうか。
たとえば、一行で書ける場面を四百字詰め原稿用紙で、十枚に伸ばして書くこともできる。
情景描写をあまりせずに、会話文を多くして物語を展開させいいくこともできる。
個人的には、会話文を主体とした物語は好みではない。
会話文ばかりだと疲れてくる。
逆に、段落が少なくて、だらだらと状況描写ばかりでも疲れる。
読者が退屈しない程度の会話文と、状況描写文のバランスが必要だろうと思う。
基本的に、あまり長い物語は、好みではない。
四百時詰め原稿用にして、三百枚程度が、個人的には、読んでいて、疲れない長さだ。
青い手紙 21
「あの時は、お世話になりました」と彼女は言って、小さく頭を下げた。彼女は、故人となった畠山義男のヘルパーだった。
「ああ、どうも」と、私は言った。
彼女のことは印象が薄かったから、ほとんど忘れかけていた。
「亡くなられただんなさまは、以前はこの家にいて、わたしがお世話をしていました」と彼女は言った。
彼女は何かを話したがっているようだった。
彼女が以前、この家のメイドであったのなら、畠山家の内部事情には詳しいのではないかと私は思った。彼女からはいろいろと有益な情報を訊き出すことができそうだった。
畠山家に関しては、疑問がいくつもあった。
まず、なぜ畠山義男がアパートで独り暮らしをする必要があったのか。何かの事情でこの家から追い出されたのだろうか。
人間は、金も不動産も、有価証券も、この世界の財産という財産は向こうの世界には持って行くことはできない。そんなものは自分にとっては何も意味がない。人一人が生きていくには、六畳一間くらいの部屋があれば充分だと悟った畠山義男はアパートで独り暮らしを始めた。
そんなふうに彼女は説明した。
「なるほど。畠山義男さんが残した財産は畠山純一さんと、畠山修二さんが相続するわけですね」私がそう言うと、彼女は少し遠くを見るような表情をした。
「いいえ、そうではないと思います」と彼女は少し声のトーンを落として言った。
「そうではないというのは?」
「畠山純一さんには相続権はないはずです」
「相続権がない?」私の頭は混乱してきた。
ブックカバーは新聞紙で作る
ストーブの前で、読書していると、ついつい、眠くなってしまう。
いつの間にか、五分程度目を閉じていた。
そして、目を開けて、また、読書する。
そういうことを、たぶん、何度か繰り返していたのだろうと思う。
その結果がどうなるかというと、頭が痛くなって、むかむかし始める。
風邪をひくのと同じ症状になる。
私の場合、風邪をひくには、ストーブの前でうとうととすればいい。
気分が悪いから早く眠ったほうがいいと思う。
明日の朝は、五時半に起きる予定。
起きられるかどうかは分からないけれど、とりあえず、予定では、五時半に起きるはずる
ところで、文庫本に限らず、本にはブックカバーを付ける。
なぜかというと、読んでいる本のタイトルを他人に見られたくないということもあるけれど、私の場合は、本を汚れから守るという意味合いが大きい。
本いろんな場所で読む。
清潔場所ばかりでない。たとえば、トイレでも読む。屋外で読むこともある。何気なく、手から離して、床に置いた場合、本が汚れてしまうことがある。自分の手に何かがついていて、本が汚れる場合もある。
最悪なのは、本を落下させて、傷がついたり、ほんのページに皺ができたり、本の角が曲がってしまうことだ。
そういうわけで、私は、本にはできるだけカバーを付ける。
たいていの場合は、自分でカバーを作る。
多く場合、新聞紙で作る。
ほとんど、コストはかからない。
破れても、すぐに新しいカバーを作ることができる。
カバーをつけて不便なのは、タイトルが分からないことだ。
複数の本を同時に読んでいる場合は、ちよっと戸惑うことがある。
部屋の中の不思議なもの
パソコンのモニターを見つめていると、モニターの上のほうを何か黒いものが飛んだような気がした。全く何も音が聞こえなかった。
蝶のようにひらひらと飛んでいた。
しかし、なぜ部屋の中を蝶が飛ぶのだろう。季節は、真冬。ありえないと思った。
ところが、その物体が再び至近距離まで接近してきた。
黒い物体なのだが、今度ははっきりと分かった。
それは、蝶ではなくて、ツバメくらいのサイズの鳥だった。
自分の目が見ているものが信じられなかった。真冬に鳥が部屋の中を飛んでいる。
ありえない光景だった。
いったい、どこから入ったのか見当もつかなかった。
冬だから、窓はすべて閉じたままだし、玄関のドアを開けているわけてでもない。玄関のドアは、出入りするために開けることはあるから、ドアの隙間から部屋に入ってきたということは考えられる。
しかし、そういう偶然が起こる確率は大変小さいだろう。
ありえない・・・。私の頭は混乱していた。その小さな鳥は異次元の空間から現れたような気がした。
とにかく、鳥を部屋の外に出そうと思った。
玄関のドアを少し開けた。鳥がその隙間から外に出てくれることを願った。
私は、鳥のことは気にしながらも、パソコンのモニターを見ながら、キーボードのキーを操作していた。
いったい、どのくらいの時間か過ぎたのか、正確には分からない。玄関のドアをいつまでも開けたままにはできない。
私は玄関のドアを閉めた。
鳥は果たして、外に出たのだろうか。
たぶん、出たのだろう。
なぜなら、その後、部屋の中には鳥の姿はなくなったからだ。
それとも、鳥は元の時空間に戻って行ったのだろうか。
青い手紙 20
黒の礼服を着ている私を怪しむ者はいなかった。私の目から見れば、葬儀の参列者は決して少なくはないと思うのだが、大企業の元会長の葬儀としては参列者は少ないのだろう。しかし、故人の身近にいた人々だけでの葬儀にしては、参列者は多かった。
私は、喪主であるべきはずの畠山純一の姿を探した。もちろん、私は彼とは一度も面識がなかった。誰が畠山純一なのかは分からなかった。おそらく、記帳した参列者の一人一人に頭を下げている人物が畠山純一だろうと思われるのだが、あるいは、彼は、実子の畠山修二なのだろうか。
いよいよ出棺の時がきて喪主の挨拶が始まった。喪主は、参列者に頭を下げていた人物ではなかった。喪主は故人の実子の畠山修二だった。
私は、彼の声を注意深く聞いた。どこかに聞き覚えがあるかも知れないと思ったからだ。死亡していたはずの畠山義男からかかってきた電話の声と、畠山修二の声質に似たところがないだろうかと、記憶の中の声をたどりながら聞いた。
記憶の中の声と、畠山修二の声質は別物のように思えた。しかしそれは、私がそう感じただけで、実際のところは分からない。誰だって、生気のない老人の声のトーンを真似ることはできるかも知れない。
喪主の畠山修二の挨拶が終わった時に、背後で誰かが私の名前を呼んでいるような気がした。参列者の中に私を知っている者などいないだろうから、何かの聞き間違いだろうと思ったが、その声は間違いなく私の名前を呼んでいた。
私は、声のする方に振り返った。そこには、喪服を着た女性がいた。畠山純一の家のメイドのようにも思えたがよくは分からなかった。