青い手紙 21
「あの時は、お世話になりました」と彼女は言って、小さく頭を下げた。彼女は、故人となった畠山義男のヘルパーだった。
「ああ、どうも」と、私は言った。
彼女のことは印象が薄かったから、ほとんど忘れかけていた。
「亡くなられただんなさまは、以前はこの家にいて、わたしがお世話をしていました」と彼女は言った。
彼女は何かを話したがっているようだった。
彼女が以前、この家のメイドであったのなら、畠山家の内部事情には詳しいのではないかと私は思った。彼女からはいろいろと有益な情報を訊き出すことができそうだった。
畠山家に関しては、疑問がいくつもあった。
まず、なぜ畠山義男がアパートで独り暮らしをする必要があったのか。何かの事情でこの家から追い出されたのだろうか。
人間は、金も不動産も、有価証券も、この世界の財産という財産は向こうの世界には持って行くことはできない。そんなものは自分にとっては何も意味がない。人一人が生きていくには、六畳一間くらいの部屋があれば充分だと悟った畠山義男はアパートで独り暮らしを始めた。
そんなふうに彼女は説明した。
「なるほど。畠山義男さんが残した財産は畠山純一さんと、畠山修二さんが相続するわけですね」私がそう言うと、彼女は少し遠くを見るような表情をした。
「いいえ、そうではないと思います」と彼女は少し声のトーンを落として言った。
「そうではないというのは?」
「畠山純一さんには相続権はないはずです」
「相続権がない?」私の頭は混乱してきた。