創作ラボ2 -695ページ目

若紫は拉致される これでいいのか

源氏物語の『若紫』を読んだ方々はどう感じるでしょうか。


ふつうに考えて、光源氏の行為はほとんど犯罪です。


十歳ほどの少女を拉致してしまいます。


平安時代の恋愛というのは、相手が既婚であっても、自らが既婚であっても、夜な夜な、目的の人物の家に忍び込んでしまう。


場合によっては、強引に拉致してしまう。


これがその時代の習慣だったとすれば、平安時代から、密通(不倫)は社会的習慣として認められていたということになります。


つまり、千年前より、密通(不倫)はひとつの恋愛の形として、文化だったわけです。


現代では、犯罪である行為をロマンチックな物語として受け入れる事ができるものでしょうか。


外国の方は、源氏物語を読んでどう思うのか。


源氏物語は、まさに、権力を持つ男の側から書かれたような物語なのに、実際は、女性である紫式部が書いているということに、理解ができない部分もある。


あるいは、紫式部に、光源氏のような男性に通ってきてほしいという願望があったのだろうか。


現代のまともな感覚からすれば、光源氏はいくつもの罪を重ねているわけだから、幸福な最期を遂げるはずがないと思う。


高貴で美男だからというだけで、光源氏の行為を許せるのか。



今日が終わらないうちに

大したことではないですが、今日が過ぎていかないうちに書いておきます。


今日は、平成22年2月2日ということで、2が4並びになります。


大したことではないのですが、記録しておきます。

源氏物語は少年少女には推薦できない

現代語訳で読んでいるはずなのに、源氏物語は分かりにくい。登場人物の呼び方が複数あったり、登場人物の関係が分からない。


一文が長すぎて、主語述語の関係が分かりにくいし、誰が誰に話しかけているのか分からない。


登場人物の関係図は必要だろうし、用語の説明、内裏の図も必要だろうと思われます。


登場人物の多さと、複雑な関係と、物語の壮大な長さを考えると、果たして、紫式部という一人の女性が書いたものなのかと疑ってしまう。


シェイクスピアは複数いたのではないかと疑われるように、紫式部も複数いたのではないかと疑いたくなる。


一度書いたものを推敲もしただろうし、清書もしただろうから、源氏物語の完成にはとんでもない時間がかかったはずだと思われる。



次々と光源氏が密通を重ねてしまう。


平安時代の貴族階級の女性の第一の関心事は、男女の秘め事だったのだろうか。


現代人の考える恋愛というものと、平安時代の貴族の恋愛感は違っていたのだろうか。


現代の感覚からすれば、恋愛というまどろっこしい事ではなくて、ずばり、密通するというこが恋愛だったような感じさえする。


ちょっと美人を見かけると、相手が既婚者であっても、継母であっても見境なく、密通してしまうというこが恋愛ではないはずで、源氏物語は、少年、少女たちに推薦できるものではない。


不道徳極まりない光源氏ですが、平安時代の貴族社会ではそれがふつうだっのか。



なんとか最後まで読んでみようとは思っています。




青い手紙 23

いつものように、私はオフィスのソファに腰を掛けてぼんやりと天井をながめながら考えていた。病死であれ、他殺であれ、畠山義男が死亡することによって、利益を得る者は誰なのか考えてみた。


法定相続人が、単純に畠山義男の財産を相続することによって、利益を得ると考えると、実子の畠山修二と畠山純一の長男が利益を得ることになる。相続権のない畠山純一は何も利益を得ることはない。


しかし遺言があれば、それが有効なものなら、それが優先される。畠山義男は何も遺言を残さなかったのだろうか。


一代で大企業を築いた人物だ。その企業の将来を考えて、遺言を残すはずだろう。とすると、私のオフィスのデスクの引出しの中に入っている青い封筒が重要な意味を持つことになる。私が不用意に封筒の中身を見てしまうと、その中身に書かれてあることは無効になるかも知れない。


畠山義男の死が他殺だとして、殺人者は、青い封筒に入っている手紙を第三者が発見するものと思っていた。第三者とは、私だ。ところが、私は青い封筒は発見したのだが、それを持ち去ってしまった。殺人者にとっては予想外の事が起こった。殺人者は私が青い封筒を持ち去るとは思っていなかった。青い封筒の事は殺人者と私以外には知らない。


青い封筒の中の手紙が永遠に闇に葬られることを殺人者は黙って見ているはずがない。私が青い手紙を持っていることを殺人者は知っているはずだ。ならば、殺人者は私に接触してくるはずだ。


その通り、殺人者はすでに私に接触している。もっと早くに、私は気付くべきだった。

サリンジャー死亡

サリンジャーが1月27日に死亡したということです。91歳でした。


サリンジャーとは誰なのかという疑問を持つ方は、『ライ麦畑でつかまえて』の作者だと言えば分かると思います。


サリジャーは40年間ほど作品を書かなかったので、とっくに死亡しているのではないかと思っていた方も多くいるのではないかと思うのですが、隠者のような暮らしをしながら、寿命まで生きていたわけです。


最近、村上春樹氏の翻訳で、『ライ麦畑でつかまえて』を読みました。


サリンジャーの作品はほかにも蔵書していて、『フラニーとゾーイ』とか、『ナインストーリーズ』などもあります。


『ライ麦畑でつかまえて』よりも、『フラニーとゾーイ』のほうが、個人的には面白かったような気もします。


『フラニーとゾーイ』の内容はほとんど忘れています。


『ナインストーリーズ』の中では、『バナナフィッシュにはうってつけの日』がいまだに、印象に残っています。


バナナフィッシュという魚の名前が衝撃的でした。


サリジャーのように大ベストセラーを書いて、そのあとは、何もせずに、一日中、空をながめる暮らしをしてみたい。