奪い、分かち合う
いつもは、オートページのブログ(創作ラボ)に書くのですが、ティーカップのオートページはページが開かないことがたびたびあるので、アメブロに書きます。
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愛は奪い、そして、分かち合う。
矛盾する二つの感情がせめぎ合う。
それが、人間の本質。
立松和平氏死亡
立松和平氏が死亡したということです。
どういう病名だったのかは知りませんが、病気には勝てません。
病気には自分の生活習慣が原因でなってしまうのか、それとも、寿命だと考えるべきなのでしょか。
多量の酒を毎日飲んで、煙草も一日に数箱も吸っていいても、長生きしている人はいます。
病気の原因をストレスだといってしまえば、たいていの病気はストレスが原因だということになります。
右を見ても、左を見てもこの世はストレスだらけです。
病気の話は別にして、立松和平さんの作品は実は、一冊も読んでいないので、どういう作風の人なのかは分かりません。
年齢的には全共闘世代です。
全共闘世代の作品では、高野悦子さんの、『二十歳の原点』シリーズの三冊を読んだくらいしか記憶がありません。
他にも、読んではいるでしょうが、覚えていません。
村上春樹氏も全共闘世代でしょうから、全共闘世代の作品といっていいのでしょうか。村上春樹氏の作品の中には全共闘の話はほとんどないようなです。
いくら気をつけても病気は予期せぬ時に襲いかかってきます。
平安時代の食事と寿命
与謝野晶子の源氏物語は、第九帖の『葵』まで読んでいます。
ここまで読んで気づいたのは、作者は女性であるにもかかわらず、食事の場面の描写が極端に少ないのです。
平安時代の貴族の食生活を知る上でも、食事に関する描写は現代からすれば、興味のあることなのですが、どうも、紫式部は食事に関しては興味がなっかたのか、食材とか食事に関する描写が極端に少ないようです。
平安時代とはいえ、貴族は豪華な食事をしていたはずだと想像するのですが、実際は、質素な食事をしていたのでしょうか。食べることは、着ることと、色の道ほどには、平安時代の貴族は楽しみを覚えてはいなかったのでしょうか。
光源氏やそのほかの貴族、女官は何を食べていたのか気になります。
平安時代の日本人の平均余命が短いのは食生活とも関係があるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。
動物性蛋白質を多く摂っていれば、もっと平均余命が長くなっていたのかも知れません。
平安時代は40歳が寿命のひとつの目安だったので、今の時代でいえば70代半ばくらいだろうと思います。ということは源氏物語の、『紅葉賀』に登場する源典待は57歳ということですから、今の時代からすれば、80歳を超えていることになります。驚くばかりです。
身近にある恐怖
あるものが職場から消えた。
金額的には大したものではないのだが、数年間少しずつ貯めていったものだ。
少しずつ貯めていった者の心情を思うと暗澹たる気持ちになる。
誰がそれを持ち去ったのか。
外部の者であれば、しかたない、隙があった、きちんと対策をしていなかったのが原因だといって、少しは納得できる。
しかし、外部の者が簡単に気づく場所ではない。
だとすると、職場の者が持ち去ったと考えてしまう。
そうなると、誰もが誰かを疑う。
職場からは笑顔が消え、お互いが猜疑心に悩まされる。
職場の空気は重くなり、汚れてしまう。
士気が低下する。
これは、身近にある恐怖だ。