源氏物語の謎 ①
与謝野晶子源氏の第二巻の『明石』のところまで読んでいます。
ここまで、読んできて感じるのは、どうも、文と文のつながりのよくない部分があったり、突如として、新しい愛人の名前が登場するところから、与謝野源氏は原文のいくつかの部分を省略しているのではないかということです
原文を読んでいないから、何とも言えないのですが、原文そのものが文と文のつながりが悪いのかも知れません。
たとえば、『須磨』では、『五節の君』という人物が登場します。この人物は突然として現れたような感じですが、須磨にそういう情人がいたとは、それ以前の『帖』には書かれていなかったような気がします。
どうも、文と文の間に、小さな飛躍があり、『帖』の中に突然として挿入されていた文章があったりするような気がします。
奇妙です。
写本をしているうちに、写し間違いがあったのかもしれないのですが、源氏物語には謎があるような気がしてきました。
紫式部という一人の女性が書いたのかという基本的な疑問は、源氏物語を読み進めていくにしたがって大きくなってきます。
源氏物語の主人公の光源氏は男だから、男目線の物語になっているのは理解できるのですが、あまりにも、男目線的で、光源氏を称賛しすぎる。
源氏物語は、女性が書いたのではなくて、男性が書いたのではないかと感じてしまう。かといって、すべての、『帖』を男性が書いたのではなくて、いくつかの、『帖』は女性が書いているような感じがする。
以前にも書いたけれど、源氏物語は、いうなれば、短編集なのではないかと感じてしまう。
一話ごとに完結するテレビドラマのようなものだ。一話ごとに完結した短編だから、各、『帖』の順番は、必ずしも、現在知られている順番である必要はない。
紫式部が書いたのは、いくつかの、『帖』だけであって、五十四帖も書いてはいないのではないかという気がする。
紫式部の名前だけが後世に残ったために、紫式部が五十四帖すべて書いたと思われたのではないか。
源氏物語に関してはまだまだ謎がある。
時候の挨拶のようなもの
バレンタインのチョコレートは時候の挨拶のようなものだろうと、個人的には解釈しています。
お中元と、お歳暮のようなものでしょう。
個人的には、身近にいる人からもらうのが一番嬉しい。
一年間の感謝と、いつも御苦労さまという気持ちを込めたチョコレートであってほしい。
義理的なものでも、もらわないよりは、もらった方がいい。
でも、多くの人にとっては、今日は重大な日かも知れない。
最適な文字数
なぜか昨日のアクセス数が増えている。
こういうことが時折起こる。
なぜだろう。
源氏物語関連の記事が、興味を引いたのだろうか。
アメブロのブローガーには一日に何度も更新している人がけっこういる。
自分にはそんなことはできそうにはない。
一日中、パソコンの前に座っているわけではない。
パソコンのモニターを見ている時間は比較的短い。
あまり長い文章を書くのは得意ではない。
だから、一つの記事は、せいぜい1000文字程度にしておこうと思う。
できるだけ少ない文字数で、言いたいこと正確に伝えるということは、一つの技術だろうと思う。
与謝野晶子の源氏物語 第一巻を読み終える
与謝野晶子の源氏物語の第一巻を読み終えました。
文庫本で、五巻あります。
一冊四百ページを超える長い作品です。
それでも、他の現代訳に比べると、短いような気もします。
与謝野晶子源氏は部分的には省略されているのでしょうか。他の現代訳を読んだことがないので分かりません。
現代訳とはいっても、一文が長かったり、主語述語がはっきりとは分からなかったり、文がこなれた現代語になっていなかったり、言葉の順序がしっくりこなかったりすることもあります。
原文がそのように、主語述語が分かりにくく、言葉の順番が現代のこなれた日本語の順番とは違っているのかも知れません。
要するに、古典は原文を読めということでしょうが、ふつうには、知識のない者が読めるものではありません。
現代語訳にするにはできるだけ、現代の分かりやすい言葉で分かりやすい語順の文章にするべきだろうと思います。
そうするためには、省略とか、意訳があってもいいし、注釈と、平安京の御所の見取り図、役職名の説明と、光源氏と登場人物の関係、生活習慣、文化、食事、収入源などの解説がついていると、源氏物語が少しでも理解しやすくなるだろうと思います。
全く、安時代の歴史的知識を持っていないままに、現代語訳だからといって、読んだところで、まず、言葉の意味すらわからないということに何度も遭遇してしまうので、もろもろの注釈と、解説なしには源氏物語を十全に理解するのは難しいだろうと思います。
理解するのに困難な部分があり、あまりにも長いので、現代語訳の源氏物語であっても、五十四帖を読破してみようという方はあまり多くはないのではないかと思います。
四百字詰め原稿用紙で2,500枚とか3,000枚ともいわれる長い源氏物語をなぜ紫式部は書いたのか、また、ほんとに一人の女官の式部という人物が書いたのか、ふと、疑問に思います。
墨の筆字でつらつらと和紙に書き続けたのでしょうが、膨大な時間が必要だったと思います。その内容は、絶世の美男子で、高貴で、才能豊かな、スーパースターが繰り広げるスキャンダルです。
現代でさえ、これは高校生には読ませることはできないと思える不道徳で淫靡な内容なのに、一千年以上前の貴族社会ではどのように受け止められていたのでしょうか。
紫式部が、ほんとに、一人の女官だったとして、自らすすんで、スキャンダルな物語を書いたとは思えません。
業務命令で書いたのでしょうか。
式部は、自分が望んだのではないけれど、暇にまかせて書いた、光源氏の短編物語が、権力を持つ誰かの目に止まって、これはなかなか面白いということになって、続編を書くように命令され、式部としては、長編にするつもりはなかったけれど、業務命令だからということで、続編の短編を書いたのではないでしょうか。
すると、その短編も権力者には褒められ、続編を書き続けなければならない、地獄のような状況に式部は追い詰められていったのではないかと推測します。
筆字で長編を書くのは心身ともに消耗するとんでもない重労働だっただろうと思います。心身ともに疲労した式部は書き続けることができなくなり、こっそりと、他の女官に手伝ってもらう。
たとえば、二帖ごとに、数人の女官が書いて、それを式部が手を加えて、式部一人が書いたと見せかける。
物語の順は、現代の一帖から、五十四帖の順ではなかったかも知れないし、ほんとに、五十四帖もあたのかどうかも分からないし、書写するうちに、式部がが書いた原文とは違ってしまったということもあるはず。
そんなことを考えると、現代訳で読んでいる源氏物語は、偽物かも知れない。
だいたい、式部は、千年後まで読まれるとは想定してたいなかったはずだ。
千年前の、ふつうの書き言葉で書いて、とにかく業務命令だから、時の権力者に気に入られるように面白く書かなければと、式部はブレッーシャーを受けながら、まさか、まさか、こんな展開になるとは、というようなストーリーにしたのでないかと、推測します。
一度書いた物語を全く推敲もしなかったはずはありません。もちろん、千年前にパソコンはありません。パソコンであれば、簡単に誤字脱字の書き直しもできるし、文章の削除と、訂正と書き加えも簡単にできます。
しかし、和紙に筆字で書かれたものに手を加えて書き直すというのもものずこく手間がかかったはずです。推敲をして、清書するとしたら、式部が一人ですべてのことをこなすのは、時間的にとても余裕がなかったはずです。
式部は、夜も眠ることなく、書続けていたとしたら、健康な生活はしていなかったのではないかと思われます。精神的におかしくなっていたのではないかと思います。
きっと、式部の手助けをした女官がいたはずです。
とりあえず、一つの帖を書き上げたとしたら、それを書写する作業も必要になります。おそらく、一人が原本を読みあげて、数人の女官が書き取るという作業をしていたのでしょう。
書き取る段階で、原本とは違う言い回しとか、固有名詞の聞き取りの間違いがあったり、主語がいつのまにか消えてしまって、誰のことを書いているのか分からなくなったりということが、何度も起こり、原本とはかなりの部分で違ってしまったということが起こったはずです。
現本とは多少の違いははあっても、千年前のものがいまだに読み続けられているということは一つの驚異であり、源氏物語を書いた式部の心労のことを思うと、ありがたく読まなければと思わざるをえません。
ねばねば文体
もうすぐ、与謝野晶子源氏物語の一冊目を読み終えます。
現代訳とはいえ、こってりとした文体です。
別の表現をすると、『ねばねばした』文体です。
女流作家の純文の学作品を読むと、こういうねばねばした文体によく出会います。
女性特有の体内リズムと生理的なものがこういう文体を生み出すのでしょうか。
それとも、男と女の脳の構造の違いでしょうか。
右脳思考と左脳思考の違いとでもいえばいいのでしょうか。
男の場合は、家の外に出ると周りは敵ばかりです。
けっして、他人には弱味を見せることはありません。
男が弱味を見せる相手というのは、よほど信頼しているか、利害関係がない者でしょう。
女の場合は、まったく逆で、「私はこんなに困っている。こんなに悩んでいるのだから分かってほしい」というように、自分と共感してほしいのです。
男と、女の脳は、同じ世界を見ているのにまるっきり違う世界を見ているくらいに違うものだと思います。
だから、女流作家の純文学を読むと、個人的には、ものすごく違和感を感じます。
袋小路に追い詰められた様な気分になります。
それでも我慢して、与謝野晶子源氏物語を読みます。