ねばねば文体
もうすぐ、与謝野晶子源氏物語の一冊目を読み終えます。
現代訳とはいえ、こってりとした文体です。
別の表現をすると、『ねばねばした』文体です。
女流作家の純文の学作品を読むと、こういうねばねばした文体によく出会います。
女性特有の体内リズムと生理的なものがこういう文体を生み出すのでしょうか。
それとも、男と女の脳の構造の違いでしょうか。
右脳思考と左脳思考の違いとでもいえばいいのでしょうか。
男の場合は、家の外に出ると周りは敵ばかりです。
けっして、他人には弱味を見せることはありません。
男が弱味を見せる相手というのは、よほど信頼しているか、利害関係がない者でしょう。
女の場合は、まったく逆で、「私はこんなに困っている。こんなに悩んでいるのだから分かってほしい」というように、自分と共感してほしいのです。
男と、女の脳は、同じ世界を見ているのにまるっきり違う世界を見ているくらいに違うものだと思います。
だから、女流作家の純文学を読むと、個人的には、ものすごく違和感を感じます。
袋小路に追い詰められた様な気分になります。
それでも我慢して、与謝野晶子源氏物語を読みます。