源氏物語の謎 ③
紫式部はどれだけの知識を持っていたのか。
想像力だけで、五十四帖もの長編を書けるものだろうか。
想像力の以前に、知識が必要となる。
現代でも、自分が体験していない世界のことを題材にして小説を書く場合は、想像力だけで書くことはできない。
たとえば、医療現場を題材にした小説を書く場合には、作家が医者でもな限り、専門的な知識も体験もないだろろうから、資料を集める必要がある。
紫式部が実在して、一人で世界で類のない長編の源氏物語を書くとすれば、驚くべき知識を持っていたはずである。
あるいは、同時代の世界の他のどの作家も及ばない想像力を持っていたということになる。
光源氏は、明石・須磨で数年、時を過ごす。明石・須磨に紫式部が実際に行ったはずはないだろうし、その時、光源氏が見た光景の描写はすべて想像力で書いたということになる。
驚くべき想像力であったと言わざるを得ない。全く一度も、見たことも聞いたこともないものを想像力たけで書けるものだろうか。
たとえば、キリンを一度も見たことも聞いたこともない者がキリンを描写することできない。
紫式部が実在して、一人で五十四帖を書いたとすれば、紫式部はほとんど超人的想像力を持っていたということになる。
源氏物語は紫式部が超人的な想像力だけで書いた『おとぎ話』だ。
源氏物語の謎 ②
平安時代の紙は大変貴重なものだったはずで、紙を手に入れることができるのは貴族だけだっただろうと思われる。
源氏物語は、四百字原稿用紙にして、3,000枚という膨大な枚数の長編小説だから、第一稿と、推敲と、清書ということを考えると、とんでもない枚数の紙が必要になっただろうと思われる。
現代の感覚からすれば、紙代だけで、どれくらいになるのか想像はできないのだが、一般に庶民には手に入らないものだと考えると、数百万程度ではなくて、一千万円単位の費用がかかっているものと思われる。
それだけの費用をかけて物語を書くということは、どういう目的で源氏物語が書かれたのか推測ができるのではないかと思う。
平安京は、魑魅魍魎が跋扈する世界だった。戦争はなかったけれど、貴族たちは、日々出世をするための画策をし、妬みと、怨念が渦巻いていたはず。
とすると、源氏物語は、現代では、世界最古の長編恋愛小説と捉えられているけれど、実はそうではなくて、政治小説ではないかとも思える。
一人の紫式部が実在して、五十四帖を一人で書いたとしても、それは、ある意図をもって書かされていたのではないかと思う。
ただのエンターテイメントのために、膨大な枚数の高価な紙を使って源氏物語が書かれたとも思えない。
平安貴族の食事のメニューは
源氏物語では食事のシーンの描写がほとんどない。
作者が女であっても、男であっても、食事にはあまり関心がなかったということだろうか。
平安京に運び込まれてくる食材はあまり種類がなくて、新鮮ではなくて、おいしくはなかったのかも知れない。
食事は、平安時代には、楽しみの一つではなかったのかも知れない。
でも、何を食べていたのかは気になる。
おそらくは、栄養のバランスもよくなくて、貴族階級ではあっても、栄養が充分に足りている者は少なく、あまり健康な貴族は少なかったのではないかと思う。
当時の人々が短命だったのは、栄養不足と、衛生状態が原因だったとも思われる。
現在、『澪標』まで読んでいるのですが、食材が書かれたシーンはありません。
源氏物語には参考とする資料はなかったか
紫式部という人物が実在していて、そして、たった一人で五十四帖の源氏物語を書いたとして、四百人もの登場人物を全くの想像だけで書いたのではなくて、実在の人物をモデルにしているか、壮大な大河ドラマの参考にする資料とか、物語などがあったのではないかと推測しても、あまり大きく外れてはいないだろうと思う。
現代の作家が3,000枚の小説を書こうした場合に、何も資料もないままに書くことは考えられない。今なら、ネットの上で資料を収集できるし、書籍を購入して、情報を得ることはできる。
紫式部という一人の女性が、政治の世界の事とか、その他の貴族の慣習などについて、どれほどの知識を持っていたのだろう。
3,000枚の小説を書くのに、何の資料もなく書くとすれば、驚くべき想像力と、知識が必要にる。和歌の才能であり、芸能知識が必要になってくる。ただ、不思議に思うのは、料理を作る場面とか、料理の食材の描写がほとんどない。紫式部は自分では料理もしなかったのだろうか。女官は料理はしなかったのだろうか。源氏物語は男が書いたとするなら、料理の描写がほとんどないこともうなずける。
現代は、小説を書く人は間違いなく、他人が書いた小説は読んでいるだろうし、影響を受けた作品があるはずだろう。
源氏物語以前の物語も、紫式部は読んでいるはずだろうし、あるいは、写本をしたこともあるかも知れない。読んだ本を元にして、源氏物語を書いたという可能性もなくはない。
源氏物語には、何かの参考資料があったと考えるの自然だろうと思う。
源氏物語を書くには何年かかるのか
源氏物語の五十四帖を紫式部が一人で書いたと仮定すると、いったい、一日にどれだけの文字数を書いていたのだろうか。
源氏物語は、現代語訳にすると、四百字詰め原稿用にして、2,500枚から3,000枚くらいです。
紫式部は現代のような職業作家ではないから、一日中書いているはずはないと思います。
パソコンで書いているわけではなくて、筆字で書いているわけだから、文字を書くスピードは現代の作家よりははるかに遅かったはずです。
パソコンを使えば、一日、十枚程度はふつうに書けるとだろうと思います。とすると、第一稿は、一ヶ月で、三百枚ということになり、3,000枚は十ヵ月で書き上げてしまいます。
筆字で書いていたということを考えると、せいぜい、一日、五枚程度とすると、一ヶ月で、150枚、一年で、1,800枚ですから、長くても、二年もかからずに、第一稿は書き上げることはできる計算になります。
それを推敲するのに、長く見て、一年かけて、さらに清書するのに、一年半程度かかるとしたら、長くても四年半あれば、源氏物語は書けたということです。
時間的には、源氏物語を書くには謎の部分はないはずです。
筆字で職務の合間に、紫式部が源氏物語を一人で書くことは、時間的には可能だったと思われます。
時間的には可能だったのですが、謎は残ります。