平安時代の食事と寿命
与謝野晶子の源氏物語は、第九帖の『葵』まで読んでいます。
ここまで読んで気づいたのは、作者は女性であるにもかかわらず、食事の場面の描写が極端に少ないのです。
平安時代の貴族の食生活を知る上でも、食事に関する描写は現代からすれば、興味のあることなのですが、どうも、紫式部は食事に関しては興味がなっかたのか、食材とか食事に関する描写が極端に少ないようです。
平安時代とはいえ、貴族は豪華な食事をしていたはずだと想像するのですが、実際は、質素な食事をしていたのでしょうか。食べることは、着ることと、色の道ほどには、平安時代の貴族は楽しみを覚えてはいなかったのでしょうか。
光源氏やそのほかの貴族、女官は何を食べていたのか気になります。
平安時代の日本人の平均余命が短いのは食生活とも関係があるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。
動物性蛋白質を多く摂っていれば、もっと平均余命が長くなっていたのかも知れません。
平安時代は40歳が寿命のひとつの目安だったので、今の時代でいえば70代半ばくらいだろうと思います。ということは源氏物語の、『紅葉賀』に登場する源典待は57歳ということですから、今の時代からすれば、80歳を超えていることになります。驚くばかりです。